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袋小路の男  09/20/2007  
袋小路の男袋小路の男
(2004/10/28)
絲山 秋子

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『袋小路の男』絲山秋子 2004年

純文学って苦手だ。

芥川賞と直木賞が違うように。
あたしの好みは、明らかに大衆文学の直木賞。
この「袋小路の男」は芥川賞ぽぃ正統派の文芸で
作品中に流れる、この「正統派!」という硬派な空気に
最後まで馴染めなかった…。

ちなみにこの作品は、2004年第30回川端康成文学賞を受賞。
川端康成文学賞は、その年1年間のうちで発表された
一番優れた短編に与えられる賞らしい。

面白くなかった、という一言で表すわけじゃない。
ただ、この硬質の世界に近寄りがたくて、
そして余り理解が出来なくて、痒くなる。
読んでいて、あまり面白くない。
エンターテイメント性を求めるわけじゃないけど、
この本の魅力は「ストーリー展開の面白さ」じゃなくて
「ストーリーの味わい深さ」だろう。
この味わいを自分が咀嚼できない、というか、
なんというか、・・・食わず嫌いだ(苦笑)
娯楽作品だけが、「面白い本」ではない。
味わい深い本も、また「面白い本」であると思う。

日向子と小田切。
日向子は先輩である小田切が好きで、ずっと追いかけている。
小田切は小説家を目指していて、そして恋人もいるし、
日向子のことは相手にしない。
でも、日向子と近からず遠からずの関係で、
「友達以上恋人未満」のような言葉で喩えで言うならば、
かぎりなく、友達以上であり、そしてそこには恋人未満という、
「恋人」という言葉はふさわしくない。
振り向いてくれない男をずっと追い続けるという、
片思いの典型的な例だけど、そこには、相手に振り向いて欲しいという
思いよりも、「ただただ好きで、好きだから好きでい続ける」って
盲目的な思いの強さと長さが描かれている。

途中で日向子が小田切に体の関係を求めて、
それがあれば諦められるかもしれないと足掻くシーンがある。
諦めきれないから、その手段か?!と
大きな疑問が残ったのだけど、唯一そのシーンだけ
人間らしい葛藤や俗ぽぃところが感じられて、
なんだか親しみを覚えた。
ツクヅク、自分は俗ぽぃ恋愛が好きで(そしてそれしかできなくて)
「袋小路の男」のようなプラトニックな恋愛は苦手だ。
苦手、というか、実践したことがないからかな。

絲山さんの書く文章は格調高い。
それでいて、堅すぎる事はなく、女性のほのかな色気がある。
文学を感じさせる正統派の美しさ、この本全体から漂う。
よく考えれば、好き嫌い無しにこの本を思うに、
この品格は素晴らしい。上手く文章で表現できないのがもどかしい。
柔らかくもありながら、芯のある雰囲気を醸し出すことは
書き手のもつ才能である、ということかな。

この1冊には、3作収められている。
連作の「袋小路の男」「小田切孝の言い分」、そして
叔父と姪が宇宙の星についてやり取りをする「アーリオ オーリオ」。
一番最後の「アーリオ オーリオ」が好きだ。

手紙をやりとりするうちに、姪が自分だけの新しい世界を作り、
そして想像の世界、内面的な世界を深めていく若さゆえのエネルギーが
叔父の哲の心を揺り動かす。
世界を想像すること、そして、想像したことを誰かと共有すること。
それは絆であり、心の交流であり、二人だけの間で閉じていながら、
どこまでも自由に広がっていく世界である。
やり取りするうちに、お互いの仲が深まっていくのが感じられて、
いい視点から切り取っている作品だと思った。


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