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After the Party  12/11/2005  

**** After the Party.********



ハローウィンパーティは
侑人さんと一緒に過ごせなかった。


あたしの恋人であり
専属執事で、九条院家の執事長で
家例でもある樫原侑人さん。
九条院家でのパーティだから
当然、侑人さんはとても忙しい。


侑人さんが指示を出して
飾り付けや食事の準備や
パーティの進行を全て決める。
侑人さんだからこそできる
こんな仕事。

そう、あたしの恋人は
とても有能で
仕事ができて・・・
すごく素敵な人。










・・・・・・・・



パーティの準備で
傍についていられないからと
あたしの世話を侑人さんが
真壁さんに頼んでくれた。


「申し訳ございません。****お嬢様」

当日は真壁が****お嬢様の
お世話を担当しますので。


そう侑人さんがあたしに頭を下げた。
ちょっと寂しかったけど
でもこれはしょうがないことだと
わかっているから、と少し笑ったら。
侑人さんがあたしの右手を取って
その手の甲にキスをした。


「終わったら君の元に戻るから、大人しくそれまで我慢できるかい?」



恋人になった侑人さんが
そうあたしに問いかけるものだから
握られた右手を頬に当てて
侑人さんの手にあたしは頬擦りした。


「うん。待ってる」


「いい子だ」


愛しそうにあたしを見つめる年上の恋人。

「パーティ終わったら、いつものように2人で過ごそう」


侑人さんが柔らかく抱きしめてくれたから
それに身を任せた。
侑人さんの細い指があたしの顎を摘んで
いつものように優しくそっと自然にキスしてくれた。

















パーティの仮装は
中世の貴婦人をイメージした。
オフホワイトのドレス。
侑人さんが選んでくれた。
義兄さんが貿易関係で取引している
イタリアのアトリエで作られたクラシカルなドレス。

丸く開いた胸元にはレースが施され背中も開いている。
シルクオーガンジーのトレーンから覗くレースがとても素敵。
すっきりだけどふんわりと降りる裾。
レースで作られた透ける袖。
中世のジュリエットが着ていたような
そんなオフホワイトのドレス。


少し大人っぽい感じ。

準備をしているときに真壁さんが迎えに来てくれて
髪の毛を結い上げてくれた。緩くカールがかかった毛先。
小さなティアラを真壁さんがそっと被せてくれる。


髪飾りは赤い薔薇の花。

耳朶の後ろにつけられる薔薇の香りの練り香水。

優しく丁寧にゆっくりと筆で紅を塗られる。


そして顔には真壁さんが準備してくれた
鈍い金色に光る仮面をつける。


足元にはドレスと共布に思えるホワイトベージュに
クラシカルレッドの糸でバラの模様が刺繍されている。
そっと真壁さんが靴を履かせてくれる。
優しく足首にもつけられる薔薇の香り。




「まさに貴婦人です」



真面目な顔をした真壁さんがそう褒めてくれた。
少し頬が赤くなってる?


「ありがとう、真壁さん」


吸血鬼の仮装をした真壁さんは
はまりすぎるほどはまってる。


「非常に古風な美しさで、本当にお美しい」


いつもの真面目な真壁さんからは
聞けないような大絶賛にあたしも嬉しくなった。


「真壁さんが髪の毛のセットやお化粧もしてくれたからだよ」


真壁さんってこんなこともできるんだ、と
びっくりするほど,
お化粧道具を扱う真壁さんはとても器用で。
綺麗にお化粧してくれた。
いつもはつけない紅い色の口紅さえも
あたしに似合っている。


クラシカルなドレスを着たあたしと一緒にいると
真壁さんとあたしだけ違う時代の人みたいだね。


そう言って笑ったらまた真面目な顔をして
真壁さんが「恐れ入ります」と言った。






・・・・・・・・・







真壁さんにエスコートされて会場に行くと。


既にパーティ会場は玄関から続く絨毯も
オレンジ色に変わってて
カーテンもテーブルクロスも
すっかりハロウィン仕様になっている。



(これじゃ、侑人さんが準備で忙しいのもわかるわ)


屋敷全体がハロウィン仕様に変わっている。
そっと窓から覗く庭もハロウィンに合わせて
飾り付けされてる。










つつがなくパーティが進む中
真壁さんが傍にいてアップルサイダーや
パンプキンパイも食べさせてくれたけど・・・


あたしはずっと侑人さんを探していた。

















パーティ後半。



会場にしっとりしたワルツの曲が流れる。
メロディアスでロマンチックな雰囲気。

義兄さんが姉さんに
「これからは大人の時間だよ」と
2人が最初に踊りだした。


侑人さんがいないことに気落ちしながらも
あたしはダンスの誘いを受け
最初に晶さんと、その次はウォルフさんや中岡さんと踊った。


ファーストダンスを申し込んでくれた晶さんは
いつもの口の悪さもなく
とても綺麗なレディになったね、と褒めてくれた。


ウォルフさんはいつもどおり
ダンスに誘ってくれるだろうとは
想っていたけれども
ナポレオンの格好をした中岡さんが


「一曲、お相手願えますか?」

と尋ねてきた時にはびっくりした。
隣にいた真壁さんもちょっと驚いていた。


「ええ、喜んで」


差し出された手を握ったら
中岡さんが少し赤い顔をして
にっこりと笑ってくれた。

中岡さんと踊った後、義兄さんとも踊った。


今日のオフホワイトのドレスが
とても綺麗だと褒めてくれた。


まるでこんなオフホワイト一色のクラシカルなドレスだと
ウェディングドレスのようだとちょっと寂しそうな顔をする。


「本当に侑人と****ちゃんが恋人同士になってくれてよかった」


「義兄さん・・・」


「おかげでこんなに優雅で気品あふれる****ちゃんをみれた」


「うふふ」


「まったく侑人が妬けるよ」


「え?」


「こんなに綺麗な****ちゃんをお嫁さんにするなんて」


「義兄さんったら」


義兄さんには姉さんがいるじゃない?
それにまだ結婚の話なんてされたことないよ?


恥ずかしがるあたしを
義兄さんが優しく見つめる。


「それはそんなに遠くないんじゃないかな?」


「え?」


「侑人が君を手放すとは思えないからね」


嬉しすぎる言葉であたしが頬を染めていると
少し義兄さんが困ったような顔で溜息をついた。


「きっとぼくは君の結婚式で泣いてしまうんだろうな」


「そう?」


「うん、きっとね。こんなに可愛い義妹が他の男のもとへ行くのだから」


「・・・あたしが結婚するとしたら侑人さんしかいないよ?」


「侑人でも、誰でも、だよ」


それぐらい君は今日綺麗だ。
この手を離したくない、と想うほどにね。
どこにもお嫁に行かせたくないよ。


穏やかで優しい義兄さん。


侑人さんとは違う愛情で
義兄さんから包まれているのを実感する。
侑人さんがいなくて寂しかった心が
少しだけ癒される。



年上の義兄さんから見てもこの格好がとても上品で
大人びて見えるのなら、侑人さんもそう想ってくれるかな?



会場をステップ踏んで回りながら
目ではずっと侑人さんを探してる。



踊っているあたしを見つめている
隆也君や誠吾君、中岡さんやウォルフさん、
真壁さんと目が合う。
晶さんもあたしを見ている。



皆、あたしの今日の仮装を
とても綺麗だと言ってくれた。


ドレスもさることながら仮面をつけているからか
いつものお嬢様よりももっと大人びて見えて
とても美しいって。



・・・・そんな言葉、侑人さんの口から
一番最初に聞きたかった。


いろんな人からの褒め言葉より
なによりも欲しかったのは
大好きな人の言葉。


少しだけでも侑人さんの時間を
あたしにくれたらな。
今日、すごくお洒落したのに。
この仮装だって・・・
気品あふれる貴婦人を目指して
一回り年上の侑人さんの隣に並んでも
見劣りしないように大人っぽくしたのに。









結局、侑人さんは見つけられないまま。



パーティは終わり
真壁さんにエスコートされて部屋に戻ってきた。
着替えを手伝いましょうか?と聞かれ
断った後、真壁さんに仮面を返した。















部屋で一人残されて。
あたしはドレスを着替えられずに
ソファに座っていた。


(たしか前にもこんなことあったな)


侑人さんと初めてキスした日を思い出す。
自分の想いを伝えた日。
着替えずに待っていたら
また侑人さんと踊れるかな?



侑人さんにはあたしの傍にいる
専属執事以外の仕事も沢山あって。
忙しいってこと分かってる。
だからいつも我がままは言わないって決めてる。


でも・・・。


今日のこの格好はきっと侑人さんが
とても褒めてくれるはずだから。
侑人さんに見て欲しかった。


それに―――。
侑人さんとダンスを踊りたい。


今日いろんな人と踊ったけど
でも一番最後のダンスは侑人さんと踊りたい。


今日のパーティ会場、本当に素敵だった。
ハロウィンパーティ。
仮装した侑人さんを見てみたかったな。
仮装していた中岡さんや真壁さん、ウォルフさんも
他の皆も素敵だったし。
きっと侑人さんだったらもっともっと素敵なはず。



侑人さんの言葉を想い出す。


終わったら戻ってくるって言ってた。



それなら・・・・。



あたしは自分の部屋を
そっと抜け出した。















オレンジ色の絨毯。


ホールの電気は消えていた。


飾り付けのされた窓はカーテンがひかれずに
そのままの状態。
黒の総レースに紫色の刺繍が入った
ハロウィン特別仕様のカーテン。



(こんなところまで凝ってるって素敵)




窓から月の光が入ってくる。

窓から覗くと庭園の外灯も
かぼちゃの形に変わっていた。
思わず可愛らしくて笑ってしまう。
ホール中に飾られた
かぼちゃやお化けなんかのオーナメント。


本当に今日のハロウィンパーティは
とても素敵だった。
オーケストラの演奏でダンスも踊れた。
いつものお屋敷の人たちもとても素敵だった。

だからこそ・・・
侑人さんに逢えなかったのはとっても残念だった。




でも・・・・確信はあった。


ここで待っていたら
きっと侑人さんが探してきてくれるって。





誰もいないホールはしーんとしてて。
さっきまでの華やかなパーティが
終わった後の静けさ。



(こんな静けさ、好きだな)



いつからか、パーティよりも
パーティが終わった後のほうが好きになっていた。



きっとそれは
侑人さんに想いを告げた日から。



華やかなパーティで楽しむより、パーティが終わって
その余韻が残った時間を侑人さんと味わいたい。


その時間のほうが
もっと大切。


終わった後の静けさが好きだなんて
きっとあたし変わってるんだと想う。





窓際に置かれたソファに座る。



きっと会場の片付けは明日かな。
明日には無くなってしまう今日だけの、この空間。


月の光でも十分に明るいくらい。
そっと窓から庭を覗いてみる。
10月の終わりの庭園はコスモスや秋の花が咲き乱れている。


月も満月に近くて。


(早く侑人さん来ないかな・・・・)



待ち合わせをしたわけじゃないのに。




きっと来てくれると
信じてるから。


あたしはパーティの疲れもあって
近くのソファでうたた寝してしまった。













・・・・・・・・・・・




ふと目が覚めた
何か音が聞こえる。


え・・・?


あ・・・眠っちゃってた?



思わずびっくりして起きたら
ホールの隅から音が聞こえる。



なんかいつもとは違う音。


電気はついていない。
ホールは月の光だけ。





でも・・・。



あれ?と想ってそこに近づくと
古いレコード機があった。
レコード盤が回ってる。
じーっという音と共に
静かにジムノペディが流れた。











「****」


優しい声が
あたしの名前を呼ぶ。
その声で誰かわかるよ。




「・・・侑人さん」



振り向けば
あたしがずっと逢いたくて待ち焦がれていた人。


両手には2つの
ろうそくが入れられたジャックランタン。
かぼちゃの目や口から
柔らかい灯りがこぼれている。


思わず駆け寄ると
侑人さんが仮装しているのが分かる。
そして、その仮装に目を丸くする。



「侑人さんそれって・・・」


両手に持っている
ジャックランタンの光で
その姿が浮かび上がる。


「****がここで僕を待っていると想ったから、着替えてきたよ」


「え?」



「約束しただろう?パーティが終わったら戻るって」



「うん」



「どうしたの、そんなきょとんとした顔をして」



「だって・・・」



あたしが驚いている様子に
侑人さんがくすっと笑う。



そしてホールの隅に置かれた
テーブルにそれぞれ1個づつ
ジャックランタンを置いた。


「ね、侑人さん。その格好って・・・」


「ヴァンパイアだよ」



灯りをテーブルに置いて
近づいてきた侑人さんは
吸血鬼のマントを羽織っていた。



真壁から借りたんだ。



そう言いながら
近づいてくる侑人さんの影が
蝋燭の光でゆらゆらと揺れる。



黒の燕尾服に
黒の蝶ネクタイ。
そして黒いマント。


(さっきの真壁さんのヴァンパイア姿もよく似合っていたけど・・・・)


侑人さんはとても・・・
淫靡でもっと艶ぽい。




「さっきまで準備や片づけで追われてたからね」


すごくカッコよくて
ドキドキしてしまって・・・
あたしは侑人さんから
目が離せなくなっていた。



「待ちくたびれた?」


「・・・ううん、大丈夫」



侑人さんがあたしの髪の毛を撫でる。
思わず自分が真っ赤になるのが分かる。


「どうかした?」


「う、ううん」



あたしが見惚れてることに気がついて
侑人さんがくすっと笑う。



「こんなところで寝てたら風邪を引いてしまうよ」



「・・・侑人さんが見つけてくれるって分かってたもの」



侑人さんがあたしの前に立つ。
蝋燭の光が逆光でその表情は見えないけど。
すごく愛しそうにあたしを
見つめているのが感じられる。


伸ばされたその手が優しくあたしの頬を撫でた。
あたしはその手を掴んで自分の頬に当てた。



「侑人さんを待ってたの。侑人さんと踊りたくて・・・」


侑人さんと踊るまで
着替えたくなかったの。
この姿を見せたかったんだ。



「しょうがない子だ」


侑人さんが優しく笑いながら
あたしだけに聴こえるように
囁いてくれた。










おいで。









手を引かれて
ホールの中央に立つ。





部屋に静かに流れる
ジムノペティの柔らかいピアノの音階。

ジャックランタンから漏れる灯り。


窓から差し込んでくる月光。


そしてヴァンパイアの格好をした恋人。



「いつもだったら、こうやってホールなんかでは踊らないけど・・・」


「うん、わかってるよ」


建前は執事長の侑人さん。
2人でいるときは執事だったり恋人だったりするけど
部屋で2人きりじゃないときは大抵は執事の樫原さんだ。



「この蝋燭の光だけで、誰にも見られないなら大丈夫」


「そうだね」


侑人さんがあたしをぐっと引き寄せる。


「一曲、踊ってくれますか、マドモアゼル?」


「ええ、喜んで」


優しく組まれる手。背中に添えられる手。
優しく笑った侑人さんがゆっくりと踊りだす。
そのリードに合わせて
あたしも靴で床を滑るように踊り始めた。

部屋の隅でともる蝋燭の光で
二人の影が揺れるのが分かった。













「やっぱり、侑人さんとの方がすごく踊りやすい」


「それはそうだよ」


なんていっても僕は君の恋人だから。
君のタイミングや身体の使い方、
呼吸の速さまで知ってる。


緩やかでありながらも
しっかりとリードしてくれる。
ナチュラル・スピン・ターン、リバース・ターン。
侑人さんに導かれるままあたしはステップを踏む。


侑人さんは踊りながらあたしの瞳を見つめる。
あたしも侑人さんを見つめる。
踊っている間はあたしと侑人さんは
本当に二人だけの世界になる。



「ねえ侑人さん、覚えてる?」


何も言わないのに
侑人さんが優しく頷く。


「あの時と一緒だね」


あたしが想いを告げた日のこと。
初めてキスした日のこと。
あの日もこうやって侑人さんと踊った。



「あたし・・・ずっと侑人さんに恋していたのに、その気持ちを言えなくて」


「わかってたよ」

君の気持ちは全て。
嬉しかった。



そう伝わってくる言葉が
あたしも嬉しくて。
そっと肩に頭をもたれさせた。



「今日のこのドレス姿、とても綺麗だ」


「ありがとう」


侑人さんの手があたしの肩や
ドレスから出ている背中をなぞる。



「パーティで誰と踊った?」


「ん?」


侑人さんの目がじっとあたしを見つめる。
・・・あたしがこうやって問われることに弱いって分かってて。



「・・・晶さんと踊ってウォルフさんと中岡さん・・・義兄さん」



真壁とは?と訊かれて首を振った。
侑人さんがそっと笑うのがわかる。
安心したのかな?



「慎一郎様と踊られてるのは見たよ」


「え?」



「丁度その時会場にいたからね」

いつもの笑顔でにっこり笑う。


「気がつかなかった・・・」



「踊りながら楽しそうに、どんな話してたの?」



どこにいたの?と聞く前に質問で返された。
その言葉は・・・疑問系だけどあたしは知ってる。
これって、全部話しなさいって軽い命令形。



「・・・とても綺麗だからどこにもお嫁にやりたくないって言われたの」

「あたしの結婚式にはきっと泣くだろうな、って」



思わず義兄さんの困り顔を思い出して
くすっと笑ってしまう。
そんなあたしを侑人さんが真面目な顔で見返した。




「慎一郎様が僕にとって一番の恋敵ですね」



「え?」



さらりと言われた言葉にドキッとする。


そのままターンでくるりと回される。
戻ってきたところは侑人さんの胸の中。
侑人さんは何も言わずにいつもの笑顔だった。


侑人さんの冗談、
ほんとにわかりにくいよ。



「それにしてもこんなにも綺麗な姿でハロウィンパーティ出席なんて、さすがは僕の恋人だ」



「侑人さんが選んでくれたからだよ」



侑人さんが少し赤くなりながらも
あたしのことを褒めてくれる。
それがとても嬉しい。



「もっとこっちおいで」


侑人さんを見つめたらステップを踏むのをやめて
背中に添えていた手でぐっとあたしを抱き寄せた。
そして組んでいたその手をあたしの頭に添えて
じっと見つめる。



「本当に綺麗で、見惚れてしまうよ」


「・・・あたしだって・・・侑人さんがとても素敵で見惚れちゃうよ」




「奇遇だね」


思わず笑ってしまう。
懐かしい言葉。


この言葉を最初聴いたとき・・・
すぐには意味がわからなかったけど
でも、とても嬉しかった。
あたしの中で忘れることのできない言葉の1つ。




「うん。それにこういうの両想いっていうんだよ、侑人さん」



「知ってるよ」



思い出しているのがわかったのか
侑人さんがにっこり笑った。


視線が交わる。



そっと瞼を閉じたら
自然と唇と唇が重なった。


ジムノペティの音階。



緩やかでも静かに激しいキス。
角度を変えて何度も繰り返される。


唇も吸われて、舐められる。


Kiss off.
キスで口紅を剥いじゃうことって
侑人さんが前に英語の宿題をしているとき教えてくれた。










時が止まる。










いつの間にか
曲が終わっていた。









侑人さんがずっとキスしててくれた。
永遠かもと思うほど長く。
何度も何度もキスされる。


繰り返されるキスに心奪われる。


キスしながら髪の毛を撫でられる。
ドレスの背中、開いたところから
肌に触れる。


ドレスの背中から差し込まれる指先。
それはひんやりとしながらも
優しく撫でてくれる。


うっとりして力が入らなくなって
そのまま侑人さんにもたれたら
唇が優しく離された。



「曲が終わったね」


「うん」


「もう少し踊る?」


「ううん・・・さっきのでラストダンスは充分」



侑人さんが耳元に顔を近づける。


「薔薇の香りがする」


「うん」



耳朶の後ろにつけた練り香水。
きっとキスで体温が上がったから
それで香りがするんだと想う。




「これだけ近づかないと、匂いがわからないようにちょっとだけ」




侑人さんが傍にいなくて
ちょっと寂しそうな顔をしていた
あたしに真壁さんが
夜を楽しく過ごせる魔法だって
そっと付けてくれた。




その意味が今、よくわかる。






「キスされることわかっていたからかい?」




優しく笑う声が聞こえる。


パーティの時間に一生懸命侑人さんを探していた
心細さや不安や寂しさが全部消え去っていく。
楽しかったけど、でも侑人さんがいなくて
ちょっぴり寂しかった。
パーティが終わった余韻を今、2人で味わえて・・・
こんな甘い時間がずっと続けばいい、と想った。



「侑人さん・・・大好き」




そう言って侑人さんの
燕尾服の胸元に頬を寄せる。



「****・・・」



ふわっと何かが背中に被さった。

一瞬の後。
マントの中に包み込まれた。

侑人さんがマントを持ちながら
その中にあたしを閉じ込めた。











真っ暗の中。




さっきも蝋燭の明かりしかなかった
暗い部屋だったけれど。
今はもっと真っ暗。頭の先からつま先まで。



ヴァンパイアのマントの中。



何も見えなくなって
ただそばにある侑人さんの
身体しか感じられない空間。


「侑人さん・・・? 」


ちょっとだけ不安になって
侑人さんにしがみつく。
そしたら侑人さんが
くすっと笑うのがわかった。




「僕の心臓の音、聴こえる?」


「うん・・・」




少しだけ速い。



抱きついている
その身体を通して言葉が
自分に響いてくる。




真っ暗なのはちょっと怖いけど
でもそれが侑人さんのマントの中だから・・・
怖いけれどでもこのままずっと包まれていたいと想うの・・・。


抱きしめられるだけで満たされる気持ち。



侑人さん・・・って抱きついたら
抱き返してくれた。













本当に君は僕の腕の中だけに
納まってしまって。
時々可愛すぎてたまらなくなる。





侑人さん・・・。





こんな可愛い君だから
慎一郎様が手放したくないと
冗談でもおっしゃる理由がわかるよ。




ふふ・・・あれは義兄さんの冗談だよ。





そうかな?





侑人さんの少し真剣な声が響く。





慎一郎様が君を可愛がりすぎて
結婚を許してくれないのなら―――





いっそこのまま君を浚ってしまおうか。



え?




ヴァンパイアの花嫁になるかい、****?



・・・!!



言葉に驚いて顔を上げたら
侑人さんがじっとあたしを見つめていた。





「返事は?」



その瞳の色が妖艶で情熱的にあたしを見つめてる。
いつもの優しくて柔らかい侑人さんじゃなくて
もっとその奥にある一人の男の人だった。


思わずドキッとしてしまう。



「答えて、****」



軽い命令形にあたしはくらくらしてしまう。
こうやって・・・たまに支配的な侑人さんも
好きだと感じてしまうの。





「・・・・侑人さんみたいなヴァンパイアだったら、あたし、浚われてもいい―――」



答え終わらないうちに
激しく唇を奪われた。


さっきとは全然違う。


侑人さんの舌があたしの口の中を全て味わう。
熱で浮かされる。
全て奪い去られるかのように
激しく求められて。
息もつけなくなった。



「愛してるよ」



両腕で抱きしめられて
その腕の束縛から
逃げられない。


どこにも逃がさない、とマントにも包まれて
その腕にも拘束されて―――





苦しいって侑人さんの燕尾服の裾を指先で
一生懸命引っ張ったら不意に唇が離された。




「っ・・・・!!」


少し咳き込みながら
侑人さんに抱きしめられる。




「・・・****がとても可愛いからだ」




荒くなってしまった呼吸を整えようとしたら
侑人さんがあたしの顎をしゃくって
自分の方に向かせる。
その親指で息の荒いあたしの唇を優しく撫でた。





「なんだかいつもの侑人さんとは違うみたい・・・」



いつもより・・・激しい。


強引でずるいところも
たまに意地悪で怖いところも
わかっている。
そしてそれを見せてくれるのも
あたしにだけってことも。
思い余って実力行使に出ちゃうのも
あたしに対してだけだってことも。


今は知ってるよ。




「嫌?」



あたしは静かに頭を横に振った。


「嫌じゃないよ、むしろ・・・ドキドキする」



こんな、侑人さんの一面を
あたししか見れないことが。

少し戸惑いながらも頬が赤くなる。

侑人さんの手が優しく
あたしのからだのラインを撫でた。






なぜだろう。
きっと君があまりにも綺麗だから
パーティの時に一緒にいれなかったことを
悔いてるのかもしれない、僕は。
手放したくないという慎一郎様の気持ちがわかるからか。




その言葉が切なそうに聞こえる。




でもね、****。

「君が襲いたくなるほど綺麗だから気持ちが抑えられないんだ」




言い訳がましいその言葉に
くすっと笑ってしまった。



だってさっき襲っちゃったのに。
マントの中に閉じ込めて腕も拘束して
あんなキスなんて襲ってるのと同然だよ。
それをあたしの責任にするなんて
ずるいよ侑人さん。





拗ねながらそう言ったら
侑人さんがちょっと瞳を和らげて
そうだね、って言ってくれた。












「あ・・・薔薇の花が」


気がつくと髪の毛に飾られていた
薔薇の花が落ちていた。
花弁が何枚か取れて
あたしと侑人さんの周りに散っている。


「花を散らすなんて・・・・」



赤い花弁が侑人さんの黒いマントにも付いている。
花弁を摘んだ指先を侑人さんが包んだ。
その指先にそっと侑人さんがキスをする。



あまりにもその動作が色っぽくて・・・
目を離せなくなってしまったあたしを
侑人さんがまた抱きしめる。



力が抜けて指先から
赤い薔薇の花弁が
はらはらと落ちていく。





「・・・・本当に侑人さん、ヴァンパイアみたい」





・・・闇の魅力っていうのかな。
妖艶で・・・淫靡で・・・
見ちゃいけないほど綺麗で
思わず心を奪われてしまうの。





「****はヴァンパイアが好きかい?」



「違うよ・・・。侑人さんだからヴァンパイアが好きなの」




今日の侑人さんは・・・いつもと少し違う。
でも・・・こんな侑人さんもすごく好きだよ。
今、あたしがすごくドキドキしてるのわかる?





「****」


「なあに?」



侑人さんの瞳が魅惑的に光る。
その瞳がじっとあたしを見つめながら愛を囁く。





「もし僕がヴァンパイアだったとしたら、君を浚って、ヴァンパイアにして永遠に君だけを愛すだろう」


こんなに綺麗で愛しい女性を前にして
浚いたくなるのは当然だよ




「そして僕は君の血しか吸わない」



「え・・・」




そう言いながら
侑人さんの綺麗な指が
あたしの首筋をすーっと撫でた。
鎖骨と鎖骨の間のくぼみを
指が円を書くように撫でる。



ひんやりとした指先。





「だって愛してるんだから、飲みたいのは君の血だけだ」


指先があたしの髪の毛を
少し耳朶が見えるようにかきあげる。




「・・・・侑人さん、冗談わかりにくい」




「冗談じゃない」




「侑人さん・・・」





ゆっくりと耳元に近づいてくる唇。









そういうのもいいと思わないかい?


密やかに笑う声にさえ胸が高鳴る。





今日はハロウィンだから。
こんなことさえもきっと許される。
僕がヴァンパイアになっても。
そして君がその花嫁になっても。




「・・・なんだか怖いよ、侑人さん」



「怖くなんかないよ」




耳朶を軽く舐めながら、そこで喋られる。
その感覚で思わず力が抜けそうになる。





「こういう風に愛されるだけだ」



あ・・・・




侑人さんがゆっくりと
あたしの首筋に噛み付いた。



「っ・・・・!!」



思わずきつく目を瞑る。


痛みじゃない。
これは・・・気持ちよさ。


生温かい唇や
這う様に動く舌。
軽く噛んでくる歯。
肌に吹きかけられる温かい息。




(侑人さんに食べられちゃう・・・)



強烈な感覚で
思わず身体の力が抜ける。




くらっとしたあたしを侑人さんがつかさず
お姫様抱っこのように抱きかかえた。




「っ・・・!!」



侑人さんがくすっと笑う。



魅惑的に微笑みながら
あたしに言い聞かせた。





今日はもうここには誰も来ない。
鍵も閉めてしまったからね。

ヴァンパイアに浚われた花嫁だよ、今夜の君は。
僕の意のままだ。
可愛い****。本当に可愛くて仕方ないんだ。
浚ってしまいたい、このままずっと遠くまで。

誰にも邪魔されないところへ。
2人だけになれるところへ。










僕達2人のパーティはこれからだよ。










顔を近づけて侑人さんが
あたしにしか聴こえない声で囁く。



初めて侑人さんに
抱かれた夜のように。


あたしの中から余裕なんてものが
侑人さんよって全て剥ぎ取られる。
侑人さんに囁かれるだけで。
その言葉の魔力に身も心も束縛される。


これから起こることに胸が高鳴って
何も喋れなくなったあたしは
ただ静かに目を伏せた。



その瞼に侑人さんが
優しくキスをしてくれた。










黒のマントが翻されて
2人の姿を隠すように
包み込まれる。



闇に奪われるかのように
白いドレスが乱れる。



ホールの静寂を乱す気配。



蝋燭の明かりが揺れる。



ジャックランタンから
零れる灯りが
弱弱しくなる。


オレンジ色の絨毯に延びる影。
格子のように絨毯にうつる窓枠。



月は雲で覆い隠される。



時折、青白い月光が
天井のステンドグラスに刺し込む。



鳴り終わった後の
レコードの針が止まる音。




絨毯に散らばった赤い薔薇の花弁。



テーブルに置かれた
小さなティアラ。







衣擦れの音。
侑人さんの息遣い。
漏らしてはいけないと
抑えるあたしの声。


そっと吐き出される溜息。







闇にゆっくりと飲み込まれる。



ひっそりと耳元だけで
囁かれる愛の言葉。
繰り返される情事。




薔薇の香り。



侑人さんとあたしの匂いが溶け合う。














パーティが終わった後。









2人だけの時間。







パーティの余韻を残し
ハロウィンの夜が
静かに過ぎていった。







ただそれを見守るのは
雲に隠れた月だけ。












Fin.....




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