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〔執恋〕創作について  05/26/2009  
日曜日。

知り合いの油絵個展を
観にいってきました。
そこで、その画家の先生と
とても良い出会いをしました。

色々あって、ぐたぐた悩んでて、
衝動的に「書きたくない」と
リアタイで書いたあと、篭ってて・・・。
そんな時の出会いで、
こんなタイミングで出逢えるなんて
思っていないことで、
すごくすごく嬉しかったです。

なので、その出会いから
あたしが感じたことなど。
「書くことについて」、「創作」について
少し語りたいと思います。

( ゚Å゚) 決意表明(?)みたいなものなの。

独り言というか、
感じたことを忘れたくないから、
文章にしておきます。
畳みますね~♪





今回、観にいったのは、
知人の画家の油絵個展でした。

実は学芸員の免許を持ってるので、
美術館・博物館関係では
実習したこともあって、
意外と絵とか美術品は大好きです。

だけど、今回は初めてその知人の
絵を見ました。

世界的、というか、
もともとアメリカや東京の方で
活動されてる方で、
実際に話をしたことはあるものの
(いちお家族ぐるみで知人w)
その人の描く油絵はみたことがなくて。

久しぶりに大きく個展をするとのことで
母と一緒に観てきました。

久しぶりに美術館
(それも自分が実習したことがある)で
それも嬉しかったんだけど・・・。

執恋で晶さんシナリオをした時の
展覧会デートのことを思い出して。

絵の見方とか、そんなのは勉強してないから
(専門は民族関係の博物館とかなんで)
見方に自信はないんだけど、
でも晶さんが言っていたように
感じるままみてみようと。

ようは「好き・嫌い」で絵を感じてみようと
観にいきました。

そう決めたら、すごく楽しくて。

大判の油絵は抽象画が主なんだけど、
タペストリーだったり、他の素材を使っていたり
世界中を旅しての光景を描いたのもあり、
とても楽しめました。

(本当に晶さんに感謝だわ~)

そうしみじみ、また晶さんへの愛を
実感しつつw

ゲームのキャラの言葉で、
ここまで勉強になる、っていうか、
すごく身にしみるっていうのが
本当にびっくりしたけど
嬉しかったなぁ。

だって、これからも美術館へ行くときに
全部見てやろうって気負っていくより
「好きな絵があればいいな」って
スタンスでいけるから。

なまじに、学芸員の免許があって
仕事ができる環境だからこそ、
鑑賞ってなると、どうしても、
頭でっかちになっちゃうから。

久しぶりに純粋に絵の鑑賞ができました。

そうやって観ているときに。

画家の先生とお話することがあって。

話しかけられてすぐに
あたしが言ったのは
「あそことあの絵がすごく好きです」
すごくエネルギーを感じるから。

ただ直感で好きな絵を選んで
それを伝えたんだけど、そのことを
すごく先生が喜んでくれて。


そこで作品作りのことを話してて。

女の方なんですが、その人が
すごくはっとすることを言っていました。


そのままの言葉が
かなり的確で衝撃的で
いつもだったら、覚えられるのに
聞きながら、自分の中の衝撃で
きちんと覚えられなかった・・・・。
でも、こんな内容を話してました。



・・・・・・・・・・


作品って、作者の想いを
見ている人に押し付けるものじゃない。
もちろん、自分なりのテーマがあって
それで描いてはいるけれども、
それは見ている人に
押し付けるものじゃない。

見た人がどう感じるかで、
その絵は完成する。
どんな感じ方でも。


自由に感じていいんです。


たとえば無関心ならば、
ただ通り過ぎるだけで
でも、それに対して
なにか感じることがある。
それだけで、
ほんとうにとても嬉しい。

だって、無関心に
通り過ぎることも
あるんだから。


そうやって絵を見てくれた人が
感じたことを伝えてくれる。
それがとても嬉しい。

絵を描くときは、
もちろん完全抽象というのもやるけど
作者というのは、
絵を描きながら、答えを探していって
描いているうちにその答えがわかり
そして、それを絵にはめる。

でも、完全に埋め込んでしまうんじゃなくて
その絵を見て、受け取ってくれる人が
どう感じるのか?という余裕を
残しておかなくてはいけない。

感じるのは
人それぞれ自由なのだから。


・ ・・・・・・・・



あたしは、この言葉を聞きながら、
すごく、思うことがありました。

というか、泣きそうになった(苦笑)

今、自分は「執事たちの恋愛事情」っていう
ゲームの二次創作で
お話を書いているわけで。

それを、純粋に
「創作」と呼んでいいのか
迷うところはあるんだけど。


でも、あたしはお話を書きながら、
とても思うことがあるんですね。
長編になっている連載にしろ。
短いショートストーリーのSSにしろ。


ブログにUPすることで
自分以外の人が読んでくれて、
それに対して、拍手コメントなりで
コメントをもらう。


好意的なコメントが多いのだけど、
でも、たまに
(あたしはそう思って書いてはないんだけどな)
と書き手である自分と、
読んでくれた人との感じ方の違いを
感じることがあるんです。


その感想をどう受け止めていいのか、
考えてることがあって。

もちろん、好意的な感想を
頂くのはとても嬉しいことです。
でも、それを読んでくださる方に
「このお話好きになって!そして好意的な感想下さい!」と
願うのは、すごく違うと思うのね。


人それぞれ感じ方は違うのだし、
あたしがそれを誰かに強制するのは
おかしいと思うから。


でも、やっぱり書いたものを
誤解される(とあたしは感じたり)と
悲しかったり、
自分の力量が不甲斐なく感じたり、
やはり、凹むわけです。


書いたお話が、ブログにUPされて
自分の手を離れて、
読んだ人の下に届いたら
それはもう、あたしのものじゃないし
受け取る人、それぞれのお話に
なると思ってます。


だからこそ、書いているあたしが持っている
想いを誤解されたくない、
こういう風にとってほしい、と
回りくどいように言葉を重ねて、
あたしは、「感じる余地」を残さないほど
書いて、書いて、
形をがっちりする傾向があります。


それは、誰かに誤解されたらどうしようっていう
怖さとか、「こうやって感じてほしい」という形へ
読んでくれる人を誘導しているから・・・。


ようするに、あたしは、
お話を書きながら、結構読んでくれる人に
こういう反応をしてほしい、と
誘導しているように書いている節があります。



それは自分でも・・・・
気づいていたかも。


まあ、それはいいとしても。

その画家の先生の言葉で
一番心の琴線に触れたのは。


書き手が受け手に
「こう感じてほしい」と想うのは
やはりなんか違うんだな、ってこと。


もちろん、あたしだって人間だから、
批判的なものはできるだけ避けたいし
(それで傷ついたりするから)
耳に痛いことは聞きたくないと思う。

でも、そのことは、
いったいどうなんだろう?って
改めて感じました。

「書きたくない」と書いてしまったこと。

書いてなにかを伝える難しさがあって
それがうまく伝わらないもどかしさとか。

色んなもやもやが
かなり吹っ飛びました。


書いているあたしにも想いがあるように
受け取られる側にも想いがあって。

それはどちらも尊重されるべきで、
別に対立して、どちらが正しいって
ことではなく。

誰かから書いたものに対して
なにかを言われたとしても、
それはその人の意見や感想として
正しくて、それに対して、
あたしが傷ついたり、
凹んだりすることは
全然ないんだな、
って思ったんです。

もちろん、明らかに間違っていて
誰かをとても不用意に
傷つけていることを
書いたりするのは、
どうなんだろう?って思うけど。


悪意とかなく、
いたずらにもてあそぶんじゃなくて
一生懸命、登場人物を
大事に書いている限りは
あたしは、書くことで、
何かを伝えていっても
いいんじゃないかな、
って思ったんです。


それに・・・・。


書いたものに対して、
レスポンスを返してくれる人がいて。


好意的な感想なり。
ここは違うんじゃないか?
という否定的な感想なり。


受け取られる方の自由だから。


その色んな感想を受け止めて
それのそれぞれを認めていくことが、
書いたあたしの責任だと思ったんです。


責任って言葉は、とても重いけど。


二次創作であれ、
UPして、ネット上で不特定多数が
アクセスできるところに出している以上。

好意的、批判的、否定的、共感的、
どんな感想でも、
反応をもらうこと自体が
とてもスゴイコトなんだと感じました。


反応してくださる方それぞれに
想いがあって。


あたしが書いたもので、
良い感情なり悪い感情なり、
誰かに作用して、その人が
リアクションとして、あたしに
書いたものの感想を伝えてくれる。


これって、すごいです。


「愛の反対は無関心」といいますが、
それと同じだと思うの。

無関心な態度に近いような、
何も反応がないより、
やっぱり自分が起こした行動に
反応があると嬉しい。

まあ、反応がなくても
それはそれで、その受け手の自由だから、
あたしはただ、それを待つだけなんだけどw


読まない、って選択肢、
読んだけど感想を伝えないって選択肢、
それもあるのに、
感想で、好意的なり、否定的なり、
思いを伝えてくれて。


あたしが起こした行動で
それに対してのリアクションがあるって
とても嬉しいことです。
どんな形であれ。
繋がっていくと思うから。


そう思えるようになって、
色々とぐたぐた悩んでいたことが
少し解決しました。


好意的なコメントだけじゃなくて
たまには否定的なコメントも
頂きます。


それに傷つくよりも、
きちんと伝えてくれたことに感謝したいし、
それに答えていけるように
あたしのほうからも
あたしなりの返事をしたいな。
そう思ってます。



誰かに反応してもらえる
お話を書いているってことが
とても嬉しい。


そういう反応は。


コメントだけじゃくて、
空拍手でも。
ぽちっと押してくれた反応も
いつも嬉しく思ってます。

いつも拍手だけでごめんね。

なんて謝られることもあるけど
全然気にしてないです。
遊びに来てくれたこととか、
読みに来てくれたこととか、
そういうこと自体で嬉しいから。



空拍手とかでも、
あたし、すごく嬉しくて。
また書こうとか、
読んでくださってる人がいるんだ、って
モチベーションに実は繋がってますw


毎回、このことに関しては、
感謝の言葉を書いてないから、
もしかしたら気持ちが
伝わってないかもしれないけど・・・・。

本当は空拍手とかでも、
すごく嬉しいんです。





初めて自分のために書いたSS,
「恋愛写真」の最後で、


*******

書いているあたしがいて
読んでくださる方がいて、
そしてお話が生まれてくる。
お話が1つの世界を形作って、
その世界を読んでくださる方と共有できる。

この過程がいまだに不思議。

文章を書いている自分も、
それを読んでもらってるということも。
こうやって読んでくださる方に出会えたことが
本当に幸せだと思う。


*****



そう書きました。

今でもその気持ちは
変わっていません。
読んでくださるだけで、
本当に嬉しいです。


自分ひとりだけで感じていた世界を
誰かと共有したり、
誰かに話すことができる嬉しさ。

世界の見え方は違ってもいい。
捉え方は違っててもいい。


あたしがあたしであることを
認めるのと同じように、
他の人のことを
その人として認めたい。


沢山の人がいて、
もしかしたら
巡り合わなかっただろうけど
なにか縁があって巡り合えて
繋がることができている嬉しさ。


そういうのを感じています。



このブログを始めたのも、
1人で遊んでいるより、
なんか執恋の話で
誰かと楽しめたらな、って
思いからでした。

そしたら、1+1=2のような
楽しみじゃなくて、
1+1がけして2ではない
もっと大きくなると思ったから。


その想いは、
ブログに遊びに来てくれた人、
来てくれてる人によって、
もう叶えられています。
いつもいつも、それに感謝しているの。


企画の夜語りをしたのも、
あたしがネットサーフィンをしながら、
色んなサイト様に楽しませてもらってて
その時の感謝を、あたしなりの方法で
このブログに遊びに来てくれてる人に
還元したかったから。


還元できたかな・・・って
想いながらも、
多分、やって良かったんだと思います。
参加してくれた方々が多かったから。
自分の想いが届いたんだな、って
嬉しかったです。


まあ、ブログも企画も、
あたし自身が
楽しんでやっています。


自分の楽しみの延長上に
誰かの楽しみが
少しでも生まれればいい。


ああ、なんか、すごく立派な
奇麗事を書いちゃったんだけど、
まあ、重く捉えないでね。


「みなさんのためー!」みたいな
自己犠牲的な色は少ないですよ?(苦笑)

あたしが楽しめることで
楽しんでくれる人がいるといい。

そういう気持ちです。


そんな気持ちだったのに、
いつの間にか、
がっちり、「書くこと」に対して
構えているあたしがいたり、
誰かの反応を気にしてるばかりの
自分がいたり。

「自由に書いていいよ」
「思うがままにかけばいい」と
わかりながらも、
本当の意味に気づけてなくて。

でも、今回、すごく目が覚めるほど
しっかりと想いました。


あたしが自由に書くように
それに対して、受け手側の反応も
それぞれで。
どんな反応にしろ、
「書くこと」からなにかに繋がるのは
すごく素敵なことなんじゃないかってことに
改めて気づいたからかな。


なにかを始めてみる。
自分から行動を起こしてみる。
それが、他の人と繋がるキッカケになったり
今自分がみている「世界」以外の
「世界」に触れることができる
チャンスになるかもしれない。

そう思えたから。

また書こうと思いました。

下手でもいい。
好きだから続ける。

それで良いんだと思ってます。
他の誰かと比べて
上手じゃないから、
書くのをやめる、じゃなくて。

自分が好きだったら
下手でも続けてていいんだよ。
そう自分に許せるようになったかな。

「許せる」って言葉を使うのは
また語弊を招きそうだけど・・・。


というわけで。


まだまだ書きたいと思ううちは。
書いていきたいなって思ってます。


そして、色んな反応が出てくるのを
楽しみにしつつ。

一期一会であっても。
どんな出会いであっても。
楽しんでいけたらいい。


誰かと心を通わせる瞬間が
これからも沢山積もっていけば
良いな、って想います。


伝えたいこと、
心に感じたことを
上手にまとめられてないんだけど・・・。
この想いが伝わるといいな。


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