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After the Party  11/09/2008  
****** After the Party.********



ハローウィンパーティは
侑人さんと一緒に過ごせなかった。


あたしの恋人であり
専属執事で、九条院家の執事長で
家例でもある樫原侑人さん。
九条院家でのパーティだから
当然、侑人さんはとても忙しい。


侑人さんが指示を出して
飾り付けや食事の準備や
パーティの進行を全て決める。
侑人さんだからこそできる
こんな仕事。

そう、あたしの恋人は
とても有能で
仕事ができて・・・
すごく素敵な人。










・・・・・・・・



パーティの準備で
傍についていられないからと
あたしの世話を侑人さんが
真壁さんに頼んでくれた。


「申し訳ございません。ゆいこお嬢様」

当日は真壁がゆいこお嬢様の
お世話を担当しますので。


そう侑人さんがあたしに頭を下げた。
ちょっと寂しかったけど
でもこれはしょうがないことだと
わかっているから、と少し笑ったら。
侑人さんがあたしの右手を取って
その手の甲にキスをした。


「終わったら君の元に戻るから、大人しくそれまで我慢できるかい?」



恋人になった侑人さんが
そうあたしに問いかけるものだから
握られた右手を頬に当てて
侑人さんの手にあたしは頬擦りした。


「うん。待ってる」


「いい子だ」


愛しそうにあたしを見つめる年上の恋人。

「パーティ終わったら、いつものように2人で過ごそう」


侑人さんが柔らかく抱きしめてくれたから
それに身を任せた。
侑人さんの細い指があたしの顎を摘んで
いつものように優しくそっと自然にキスしてくれた。

















パーティの仮装は
中世の貴婦人をイメージした。
オフホワイトのドレス。
侑人さんが選んでくれた。
義兄さんが貿易関係で取引している
イタリアのアトリエで作られたクラシカルなドレス。

丸く開いた胸元にはレースが施され背中も開いている。
シルクオーガンジーのトレーンから覗くレースがとても素敵。
すっきりだけどふんわりと降りる裾。
レースで作られた透ける袖。
中世のジュリエットが着ていたような
そんなオフホワイトのドレス。


少し大人っぽい感じ。

準備をしているときに真壁さんが迎えに来てくれて
髪の毛を結い上げてくれた。緩くカールがかかった毛先。
小さなティアラを真壁さんがそっと被せてくれる。


髪飾りは赤い薔薇の花。

耳朶の後ろにつけられる薔薇の香りの練り香水。

優しく丁寧にゆっくりと筆で紅を塗られる。


そして顔には真壁さんが準備してくれた
鈍い金色に光る仮面をつける。


足元にはドレスと共布に思えるホワイトベージュに
クラシカルレッドの糸でバラの模様が刺繍されている。
そっと真壁さんが靴を履かせてくれる。
優しく足首にもつけられる薔薇の香り。




「まさに貴婦人です」



真面目な顔をした真壁さんがそう褒めてくれた。
少し頬が赤くなってる?


「ありがとう、真壁さん」


吸血鬼の仮装をした真壁さんは
はまりすぎるほどはまってる。


「非常に古風な美しさで、本当にお美しい」


いつもの真面目な真壁さんからは
聞けないような大絶賛にあたしも嬉しくなった。


「真壁さんが髪の毛のセットやお化粧もしてくれたからだよ」


真壁さんってこんなこともできるんだ、と
びっくりするほど,
お化粧道具を扱う真壁さんはとても器用で。
綺麗にお化粧してくれた。
いつもはつけない紅い色の口紅さえも
あたしに似合っている。


クラシカルなドレスを着たあたしと一緒にいると
真壁さんとあたしだけ違う時代の人みたいだね。


そう言って笑ったらまた真面目な顔をして
真壁さんが「恐れ入ります」と言った。






・・・・・・・・・







真壁さんにエスコートされて会場に行くと。


既にパーティ会場は玄関から続く絨毯も
オレンジ色に変わってて
カーテンもテーブルクロスも
すっかりハロウィン仕様になっている。



(これじゃ、侑人さんが準備で忙しいのもわかるわ)


屋敷全体がハロウィン仕様に変わっている。
そっと窓から覗く庭もハロウィンに合わせて
飾り付けされてる。










つつがなくパーティが進む中
真壁さんが傍にいてアップルサイダーや
パンプキンパイも食べさせてくれたけど・・・


あたしはずっと侑人さんを探していた。

















パーティ後半。



会場にしっとりしたワルツの曲が流れる。
メロディアスでロマンチックな雰囲気。

義兄さんが姉さんに
「これからは大人の時間だよ」と
2人が最初に踊りだした。


侑人さんがいないことに気落ちしながらも
あたしはダンスの誘いを受け
最初に晶さんと、その次はウォルフさんや中岡さんと踊った。


ファーストダンスを申し込んでくれた晶さんは
いつもの口の悪さもなく
とても綺麗なレディになったね、と褒めてくれた。


ウォルフさんはいつもどおり
ダンスに誘ってくれるだろうとは
想っていたけれども
ナポレオンの格好をした中岡さんが


「一曲、お相手願えますか?」

と尋ねてきた時にはびっくりした。
隣にいた真壁さんもちょっと驚いていた。


「ええ、喜んで」


差し出された手を握ったら
中岡さんが少し赤い顔をして
にっこりと笑ってくれた。

中岡さんと踊った後、義兄さんとも踊った。


今日のオフホワイトのドレスが
とても綺麗だと褒めてくれた。


まるでこんなオフホワイト一色のクラシカルなドレスだと
ウェディングドレスのようだとちょっと寂しそうな顔をする。


「本当に侑人とゆいこちゃんが恋人同士になってくれてよかった」


「義兄さん・・・」


「おかげでこんなに優雅で気品あふれるゆいこちゃんをみれた」


「うふふ」


「まったく侑人が妬けるよ」


「え?」


「こんなに綺麗なゆいこちゃんをお嫁さんにするなんて」


「義兄さんったら」


義兄さんには姉さんがいるじゃない?
それにまだ結婚の話なんてされたことないよ?


恥ずかしがるあたしを
義兄さんが優しく見つめる。


「それはそんなに遠くないんじゃないかな?」


「え?」


「侑人が君を手放すとは思えないからね」


嬉しすぎる言葉であたしが頬を染めていると
少し義兄さんが困ったような顔で溜息をついた。


「きっとぼくは君の結婚式で泣いてしまうんだろうな」


「そう?」


「うん、きっとね。こんなに可愛い義妹が他の男のもとへ行くのだから」


「・・・あたしが結婚するとしたら侑人さんしかいないよ?」


「侑人でも、誰でも、だよ」


それぐらい君は今日綺麗だ。
この手を離したくない、と想うほどにね。
どこにもお嫁に行かせたくないよ。


穏やかで優しい義兄さん。


侑人さんとは違う愛情で
義兄さんから包まれているのを実感する。
侑人さんがいなくて寂しかった心が
少しだけ癒される。



年上の義兄さんから見てもこの格好がとても上品で
大人びて見えるのなら、侑人さんもそう想ってくれるかな?



会場をステップ踏んで回りながら
目ではずっと侑人さんを探してる。



踊っているあたしを見つめている
隆也君や誠吾君、中岡さんやウォルフさん、
真壁さんと目が合う。
晶さんもあたしを見ている。



皆、あたしの今日の仮装を
とても綺麗だと言ってくれた。


ドレスもさることながら仮面をつけているからか
いつものお嬢様よりももっと大人びて見えて
とても美しいって。



・・・・そんな言葉、侑人さんの口から
一番最初に聞きたかった。


いろんな人からの褒め言葉より
なによりも欲しかったのは
大好きな人の言葉。


少しだけでも侑人さんの時間を
あたしにくれたらな。
今日、すごくお洒落したのに。
この仮装だって・・・
気品あふれる貴婦人を目指して
一回り年上の侑人さんの隣に並んでも
見劣りしないように大人っぽくしたのに。









結局、侑人さんは見つけられないまま。



パーティは終わり
真壁さんにエスコートされて部屋に戻ってきた。
着替えを手伝いましょうか?と聞かれ
断った後、真壁さんに仮面を返した。















部屋で一人残されて。
あたしはドレスを着替えられずに
ソファに座っていた。


(たしか前にもこんなことあったな)


侑人さんと初めてキスした日を思い出す。
自分の想いを伝えた日。
着替えずに待っていたら
また侑人さんと踊れるかな?



侑人さんにはあたしの傍にいる
専属執事以外の仕事も沢山あって。
忙しいってこと分かってる。
だからいつも我がままは言わないって決めてる。


でも・・・。


今日のこの格好はきっと侑人さんが
とても褒めてくれるはずだから。
侑人さんに見て欲しかった。


それに―――。
侑人さんとダンスを踊りたい。


今日いろんな人と踊ったけど
でも一番最後のダンスは侑人さんと踊りたい。


今日のパーティ会場、本当に素敵だった。
ハロウィンパーティ。
仮装した侑人さんを見てみたかったな。
仮装していた中岡さんや真壁さん、ウォルフさんも
他の皆も素敵だったし。
きっと侑人さんだったらもっともっと素敵なはず。



侑人さんの言葉を想い出す。


終わったら戻ってくるって言ってた。



それなら・・・・。



あたしは自分の部屋を
そっと抜け出した。















オレンジ色の絨毯。


ホールの電気は消えていた。


飾り付けのされた窓はカーテンがひかれずに
そのままの状態。
黒の総レースに紫色の刺繍が入った
ハロウィン特別仕様のカーテン。



(こんなところまで凝ってるって素敵)




窓から月の光が入ってくる。

窓から覗くと庭園の外灯も
かぼちゃの形に変わっていた。
思わず可愛らしくて笑ってしまう。
ホール中に飾られた
かぼちゃやお化けなんかのオーナメント。


本当に今日のハロウィンパーティは
とても素敵だった。
オーケストラの演奏でダンスも踊れた。
いつものお屋敷の人たちもとても素敵だった。

だからこそ・・・
侑人さんに逢えなかったのはとっても残念だった。




でも・・・・確信はあった。


ここで待っていたら
きっと侑人さんが探してきてくれるって。





誰もいないホールはしーんとしてて。
さっきまでの華やかなパーティが
終わった後の静けさ。



(こんな静けさ、好きだな)



いつからか、パーティよりも
パーティが終わった後のほうが好きになっていた。



きっとそれは
侑人さんに想いを告げた日から。



華やかなパーティで楽しむより、パーティが終わって
その余韻が残った時間を侑人さんと味わいたい。


その時間のほうが
もっと大切。


終わった後の静けさが好きだなんて
きっとあたし変わってるんだと想う。





窓際に置かれたソファに座る。



きっと会場の片付けは明日かな。
明日には無くなってしまう今日だけの、この空間。


月の光でも十分に明るいくらい。
そっと窓から庭を覗いてみる。
10月の終わりの庭園はコスモスや秋の花が咲き乱れている。


月も満月に近くて。


(早く侑人さん来ないかな・・・・)



待ち合わせをしたわけじゃないのに。




きっと来てくれると
信じてるから。


あたしはパーティの疲れもあって
近くのソファでうたた寝してしまった。













・・・・・・・・・・・




ふと目が覚めた
何か音が聞こえる。


え・・・?


あ・・・眠っちゃってた?



思わずびっくりして起きたら
ホールの隅から音が聞こえる。



なんかいつもとは違う音。


電気はついていない。
ホールは月の光だけ。





でも・・・。



あれ?と想ってそこに近づくと
古いレコード機があった。
レコード盤が回ってる。
じーっという音と共に
静かにジムノペディが流れた。











「ゆいこ」


優しい声が
あたしの名前を呼ぶ。
その声で誰かわかるよ。




「・・・侑人さん」



振り向けば
あたしがずっと逢いたくて待ち焦がれていた人。


両手には2つの
ろうそくが入れられたジャックランタン。
かぼちゃの目や口から
柔らかい灯りがこぼれている。


思わず駆け寄ると
侑人さんが仮装しているのが分かる。
そして、その仮装に目を丸くする。



「侑人さんそれって・・・」


両手に持っている
ジャックランタンの光で
その姿が浮かび上がる。


「ゆいこがここで僕を待っていると想ったから、着替えてきたよ」


「え?」



「約束しただろう?パーティが終わったら戻るって」



「うん」



「どうしたの、そんなきょとんとした顔をして」



「だって・・・」



あたしが驚いている様子に
侑人さんがくすっと笑う。



そしてホールの隅に置かれた
テーブルにそれぞれ1個づつ
ジャックランタンを置いた。


「ね、侑人さん。その格好って・・・」


「ヴァンパイアだよ」



灯りをテーブルに置いて
近づいてきた侑人さんは
吸血鬼のマントを羽織っていた。



真壁から借りたんだ。



そう言いながら
近づいてくる侑人さんの影が
蝋燭の光でゆらゆらと揺れる。



黒の燕尾服に
黒の蝶ネクタイ。
そして黒いマント。


(さっきの真壁さんのヴァンパイア姿もよく似合っていたけど・・・・)


侑人さんはとても・・・
淫靡でもっと艶ぽい。




「さっきまで準備や片づけで追われてたからね」


すごくカッコよくて
ドキドキしてしまって・・・
あたしは侑人さんから
目が離せなくなっていた。



「待ちくたびれた?」


「・・・ううん、大丈夫」



侑人さんがあたしの髪の毛を撫でる。
思わず自分が真っ赤になるのが分かる。


「どうかした?」


「う、ううん」



あたしが見惚れてることに気がついて
侑人さんがくすっと笑う。



「こんなところで寝てたら風邪を引いてしまうよ」



「・・・侑人さんが見つけてくれるって分かってたもの」



侑人さんがあたしの前に立つ。
蝋燭の光が逆光でその表情は見えないけど。
すごく愛しそうにあたしを
見つめているのが感じられる。


伸ばされたその手が優しくあたしの頬を撫でた。
あたしはその手を掴んで自分の頬に当てた。



「侑人さんを待ってたの。侑人さんと踊りたくて・・・」


侑人さんと踊るまで
着替えたくなかったの。
この姿を見せたかったんだ。



「しょうがない子だ」


侑人さんが優しく笑いながら
あたしだけに聴こえるように
囁いてくれた。










おいで。









手を引かれて
ホールの中央に立つ。





部屋に静かに流れる
ジムノペティの柔らかいピアノの音階。

ジャックランタンから漏れる灯り。


窓から差し込んでくる月光。


そしてヴァンパイアの格好をした恋人。



「いつもだったら、こうやってホールなんかでは踊らないけど・・・」


「うん、わかってるよ」


建前は執事長の侑人さん。
2人でいるときは執事だったり恋人だったりするけど
部屋で2人きりじゃないときは大抵は執事の樫原さんだ。



「この蝋燭の光だけで、誰にも見られないなら大丈夫」


「そうだね」


侑人さんがあたしをぐっと引き寄せる。


「一曲、踊ってくれますか、マドモアゼル?」


「ええ、喜んで」


優しく組まれる手。背中に添えられる手。
優しく笑った侑人さんがゆっくりと踊りだす。
そのリードに合わせて
あたしも靴で床を滑るように踊り始めた。

部屋の隅でともる蝋燭の光で
二人の影が揺れるのが分かった。













「やっぱり、侑人さんとの方がすごく踊りやすい」


「それはそうだよ」


なんていっても僕は君の恋人だから。
君のタイミングや身体の使い方、
呼吸の速さまで知ってる。


緩やかでありながらも
しっかりとリードしてくれる。
ナチュラル・スピン・ターン、リバース・ターン。
侑人さんに導かれるままあたしはステップを踏む。


侑人さんは踊りながらあたしの瞳を見つめる。
あたしも侑人さんを見つめる。
踊っている間はあたしと侑人さんは
本当に二人だけの世界になる。



「ねえ侑人さん、覚えてる?」


何も言わないのに
侑人さんが優しく頷く。


「あの時と一緒だね」


あたしが想いを告げた日のこと。
初めてキスした日のこと。
あの日もこうやって侑人さんと踊った。



「あたし・・・ずっと侑人さんに恋していたのに、その気持ちを言えなくて」


「わかってたよ」

君の気持ちは全て。
嬉しかった。



そう伝わってくる言葉が
あたしも嬉しくて。
そっと肩に頭をもたれさせた。



「今日のこのドレス姿、とても綺麗だ」


「ありがとう」


侑人さんの手があたしの肩や
ドレスから出ている背中をなぞる。



「パーティで誰と踊った?」


「ん?」


侑人さんの目がじっとあたしを見つめる。
・・・あたしがこうやって問われることに弱いって分かってて。



「・・・晶さんと踊ってウォルフさんと中岡さん・・・義兄さん」



真壁とは?と訊かれて首を振った。
侑人さんがそっと笑うのがわかる。
安心したのかな?



「慎一郎様と踊られてるのは見たよ」


「え?」



「丁度その時会場にいたからね」

いつもの笑顔でにっこり笑う。


「気がつかなかった・・・」



「踊りながら楽しそうに、どんな話してたの?」



どこにいたの?と聞く前に質問で返された。
その言葉は・・・疑問系だけどあたしは知ってる。
これって、全部話しなさいって軽い命令形。



「・・・とても綺麗だからどこにもお嫁にやりたくないって言われたの」

「あたしの結婚式にはきっと泣くだろうな、って」



思わず義兄さんの困り顔を思い出して
くすっと笑ってしまう。
そんなあたしを侑人さんが真面目な顔で見返した。




「慎一郎様が僕にとって一番の恋敵ですね」



「え?」



さらりと言われた言葉にドキッとする。


そのままターンでくるりと回される。
戻ってきたところは侑人さんの胸の中。
侑人さんは何も言わずにいつもの笑顔だった。


侑人さんの冗談、
ほんとにわかりにくいよ。



「それにしてもこんなにも綺麗な姿でハロウィンパーティ出席なんて、さすがは僕の恋人だ」



「侑人さんが選んでくれたからだよ」



侑人さんが少し赤くなりながらも
あたしのことを褒めてくれる。
それがとても嬉しい。



「もっとこっちおいで」


侑人さんを見つめたらステップを踏むのをやめて
背中に添えていた手でぐっとあたしを抱き寄せた。
そして組んでいたその手をあたしの頭に添えて
じっと見つめる。



「本当に綺麗で、見惚れてしまうよ」


「・・・あたしだって・・・侑人さんがとても素敵で見惚れちゃうよ」




「奇遇だね」


思わず笑ってしまう。
懐かしい言葉。


この言葉を最初聴いたとき・・・
すぐには意味がわからなかったけど
でも、とても嬉しかった。
あたしの中で忘れることのできない言葉の1つ。




「うん。それにこういうの両想いっていうんだよ、侑人さん」



「知ってるよ」



思い出しているのがわかったのか
侑人さんがにっこり笑った。


視線が交わる。



そっと瞼を閉じたら
自然と唇と唇が重なった。


ジムノペティの音階。



緩やかでも静かに激しいキス。
角度を変えて何度も繰り返される。


唇も吸われて、舐められる。


Kiss off.
キスで口紅を剥いじゃうことって
侑人さんが前に英語の宿題をしているとき教えてくれた。










時が止まる。










いつの間にか
曲が終わっていた。









侑人さんがずっとキスしててくれた。
永遠かもと思うほど長く。
何度も何度もキスされる。


繰り返されるキスに心奪われる。


キスしながら髪の毛を撫でられる。
ドレスの背中、開いたところから
肌に触れる。


ドレスの背中から差し込まれる指先。
それはひんやりとしながらも
優しく撫でてくれる。


うっとりして力が入らなくなって
そのまま侑人さんにもたれたら
唇が優しく離された。



「曲が終わったね」


「うん」


「もう少し踊る?」


「ううん・・・さっきのでラストダンスは充分」



侑人さんが耳元に顔を近づける。


「薔薇の香りがする」


「うん」



耳朶の後ろにつけた練り香水。
きっとキスで体温が上がったから
それで香りがするんだと想う。




「これだけ近づかないと、匂いがわからないようにちょっとだけ」




侑人さんが傍にいなくて
ちょっと寂しそうな顔をしていた
あたしに真壁さんが
夜を楽しく過ごせる魔法だって
そっと付けてくれた。




その意味が今、よくわかる。






「キスされることわかっていたからかい?」




優しく笑う声が聞こえる。


パーティの時間に一生懸命侑人さんを探していた
心細さや不安や寂しさが全部消え去っていく。
楽しかったけど、でも侑人さんがいなくて
ちょっぴり寂しかった。
パーティが終わった余韻を今、2人で味わえて・・・
こんな甘い時間がずっと続けばいい、と想った。



「侑人さん・・・大好き」




そう言って侑人さんの
燕尾服の胸元に頬を寄せる。



「ゆいこ・・・」



ふわっと何かが背中に被さった。

一瞬の後。
マントの中に包み込まれた。

侑人さんがマントを持ちながら
その中にあたしを閉じ込めた。











真っ暗の中。




さっきも蝋燭の明かりしかなかった
暗い部屋だったけれど。
今はもっと真っ暗。頭の先からつま先まで。



ヴァンパイアのマントの中。



何も見えなくなって
ただそばにある侑人さんの
身体しか感じられない空間。


「侑人さん・・・? 」


ちょっとだけ不安になって
侑人さんにしがみつく。
そしたら侑人さんが
くすっと笑うのがわかった。




「僕の心臓の音、聴こえる?」


「うん・・・」




少しだけ速い。



抱きついている
その身体を通して言葉が
自分に響いてくる。




真っ暗なのはちょっと怖いけど
でもそれが侑人さんのマントの中だから・・・
怖いけれどでもこのままずっと包まれていたいと想うの・・・。


抱きしめられるだけで満たされる気持ち。



侑人さん・・・って抱きついたら
抱き返してくれた。













本当に君は僕の腕の中だけに
納まってしまって。
時々可愛すぎてたまらなくなる。





侑人さん・・・。





こんな可愛い君だから
慎一郎様が手放したくないと
冗談でもおっしゃる理由がわかるよ。




ふふ・・・あれは義兄さんの冗談だよ。





そうかな?





侑人さんの少し真剣な声が響く。





慎一郎様が君を可愛がりすぎて
結婚を許してくれないのなら―――





いっそこのまま君を浚ってしまおうか。



え?




ヴァンパイアの花嫁になるかい、ゆいこ?



・・・!!



言葉に驚いて顔を上げたら
侑人さんがじっとあたしを見つめていた。





「返事は?」



その瞳の色が妖艶で情熱的にあたしを見つめてる。
いつもの優しくて柔らかい侑人さんじゃなくて
もっとその奥にある一人の男の人だった。


思わずドキッとしてしまう。



「答えて、ゆいこ」



軽い命令形にあたしはくらくらしてしまう。
こうやって・・・たまに支配的な侑人さんも
好きだと感じてしまうの。





「・・・・侑人さんみたいなヴァンパイアだったら、あたし、浚われてもいい―――」



答え終わらないうちに
激しく唇を奪われた。


さっきとは全然違う。


侑人さんの舌があたしの口の中を全て味わう。
熱で浮かされる。
全て奪い去られるかのように
激しく求められて。
息もつけなくなった。



「愛してるよ、ゆいこ」



両腕で抱きしめられて
その腕の束縛から
逃げられない。


どこにも逃がさない、とマントにも包まれて
その腕にも拘束されて―――





苦しいって侑人さんの燕尾服の裾を指先で
一生懸命引っ張ったら不意に唇が離された。




「っ・・・・!!」


少し咳き込みながら
侑人さんに抱きしめられる。




「・・・ゆいこがとても可愛いからだ」




荒くなってしまった呼吸を整えようとしたら
侑人さんがあたしの顎をしゃくって
自分の方に向かせる。
その親指で息の荒いあたしの唇を優しく撫でた。





「なんだかいつもの侑人さんとは違うみたい・・・」



いつもより・・・激しい。


強引でずるいところも
たまに意地悪で怖いところも
わかっている。
そしてそれを見せてくれるのも
あたしにだけってことも。
思い余って実力行使に出ちゃうのも
あたしに対してだけだってことも。


今は知ってるよ。




「嫌?」



あたしは静かに頭を横に振った。


「嫌じゃないよ、むしろ・・・ドキドキする」



こんな、侑人さんの一面を
あたししか見れないことが。

少し戸惑いながらも頬が赤くなる。

侑人さんの手が優しく
あたしのからだのラインを撫でた。






なぜだろう。
きっと君があまりにも綺麗だから
パーティの時に一緒にいれなかったことを
悔いてるのかもしれない、僕は。
手放したくないという慎一郎様の気持ちがわかるからか。




その言葉が切なそうに聞こえる。




でもね、ゆいこ。

「君が襲いたくなるほど綺麗だから気持ちが抑えられないんだ」




言い訳がましいその言葉に
くすっと笑ってしまった。



だってさっき襲っちゃったのに。
マントの中に閉じ込めて腕も拘束して
あんなキスなんて襲ってるのと同然だよ。
それをあたしの責任にするなんて
ずるいよ侑人さん。





拗ねながらそう言ったら
侑人さんがちょっと瞳を和らげて
そうだね、って言ってくれた。












「あ・・・薔薇の花が」


気がつくと髪の毛に飾られていた
薔薇の花が落ちていた。
花弁が何枚か取れて
あたしと侑人さんの周りに散っている。


「花を散らすなんて・・・・」



赤い花弁が侑人さんの黒いマントにも付いている。
花弁を摘んだ指先を侑人さんが包んだ。
その指先にそっと侑人さんがキスをする。



あまりにもその動作が色っぽくて・・・
目を離せなくなってしまったあたしを
侑人さんがまた抱きしめる。



力が抜けて指先から
赤い薔薇の花弁が
はらはらと落ちていく。





「・・・・本当に侑人さん、ヴァンパイアみたい」





・・・闇の魅力っていうのかな。
妖艶で・・・淫靡で・・・
見ちゃいけないほど綺麗で
思わず心を奪われてしまうの。





「ゆいこはヴァンパイアが好きかい?」



「違うよ・・・。侑人さんだからヴァンパイアが好きなの」




今日の侑人さんは・・・いつもと少し違う。
でも・・・こんな侑人さんもすごく好きだよ。
今、あたしがすごくドキドキしてるのわかる?





「ゆいこ」


「なあに?」



侑人さんの瞳が魅惑的に光る。
その瞳がじっとあたしを見つめながら愛を囁く。





「もし僕がヴァンパイアだったとしたら、君を浚って、ヴァンパイアにして永遠に君だけを愛すだろう」


こんなに綺麗で愛しい女性を前にして
浚いたくなるのは当然だよ




「そして僕は君の血しか吸わない」



「え・・・」




そう言いながら
侑人さんの綺麗な指が
あたしの首筋をすーっと撫でた。
鎖骨と鎖骨の間のくぼみを
指が円を書くように撫でる。



ひんやりとした指先。





「だって愛してるんだから、飲みたいのは君の血だけだ」


指先があたしの髪の毛を
少し耳朶が見えるようにかきあげる。




「・・・・侑人さん、冗談わかりにくい」




「冗談じゃない」




「侑人さん・・・」





ゆっくりと耳元に近づいてくる唇。









そういうのもいいと思わないかい?


密やかに笑う声にさえ胸が高鳴る。





今日はハロウィンだから。
こんなことさえもきっと許される。
僕がヴァンパイアになっても。
そして君がその花嫁になっても。




「・・・なんだか怖いよ、侑人さん」



「怖くなんかないよ」




耳朶を軽く舐めながら、そこで喋られる。
その感覚で思わず力が抜けそうになる。





「こういう風に愛されるだけだ」



あ・・・・




侑人さんがゆっくりと
あたしの首筋に噛み付いた。



「っ・・・・!!」



思わずきつく目を瞑る。


痛みじゃない。
これは・・・気持ちよさ。


生温かい唇や
這う様に動く舌。
軽く噛んでくる歯。
肌に吹きかけられる温かい息。




(侑人さんに食べられちゃう・・・)



強烈な感覚で
思わず身体の力が抜ける。




くらっとしたあたしを
侑人さんがつかさず
お姫様抱っこのように
抱きかかえた。




「っ・・・!!」



侑人さんがくすっと笑う。



魅惑的に微笑みながら
あたしに言い聞かせた。





今日はもうここには誰も来ない。
鍵も閉めてしまったからね。

ヴァンパイアに浚われた花嫁だよ、今夜の君は。
僕の意のままだ。
可愛いゆいこ。本当に可愛くて仕方ないんだ。
浚ってしまいたい、このままずっと遠くまで。

誰にも邪魔されないところへ。
2人だけになれるところへ。










僕達2人のパーティはこれからだよ。










顔を近づけて侑人さんが
あたしにしか聴こえない声で囁く。



初めて侑人さんに
抱かれた夜のように。


あたしの中から余裕なんてものが
侑人さんよって全て剥ぎ取られる。
侑人さんに囁かれるだけで。
その言葉の魔力に身も心も束縛される。


これから起こることに胸が高鳴って
何も喋れなくなったあたしは
ただ静かに目を伏せた。



その瞼に侑人さんが
優しくキスをしてくれた。










黒のマントが翻されて
2人の姿を隠すように
包み込まれる。



闇に奪われるかのように
白いドレスが乱れる。



ホールの静寂を乱す気配。



蝋燭の明かりが揺れる。



ジャックランタンから
零れる灯りが
弱弱しくなる。


オレンジ色の絨毯に延びる影。
格子のように絨毯にうつる窓枠。



月は雲で覆い隠される。



時折、青白い月光が
天井のステンドグラスに刺し込む。



鳴り終わった後の
レコードの針が止まる音。




絨毯に散らばった赤い薔薇の花弁。



テーブルに置かれた
小さなティアラ。







衣擦れの音。
侑人さんの息遣い。
漏らしてはいけないと
抑えるあたしの声。


そっと吐き出される溜息。







闇にゆっくりと飲み込まれる。



ひっそりと耳元だけで
囁かれる愛の言葉。
繰り返される情事。




薔薇の香り。



侑人さんとあたしの匂いが溶け合う。














パーティが終わった後。









2人だけの時間。







パーティの余韻を残し
ハロウィンの夜が
静かに過ぎていった。







ただそれを見守るのは
雲に隠れた月だけ。












Fin.....




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リボン  11/08/2008  
【秘密シリーズ】樫原侑人


********* リボン ********

Nobody can know it.
It's our secrets.
You want to bind my heart,
and me too.
Darling,you are mine and
I'm yours.

【Secrets Serise】










今日も侑人さんが
あたしの制服のリボンを
結んでくれる。


赤いリボン。

きつくないように
ふっくらさせるように
左右均等に結んでくれる。


あたしより背の高い侑人さんの
目の前に立つ。
侑人さんの手袋をはめた指が
器用にあたしのリボンを結ぶ。


自分で出来るよって
最初の頃はそう言っていたけど。


でも毎日こうやって
結んでもらうたびに
なんだかとても・・・
大事にされてるんだなって
愛されてるんだなって想う。


(これって奥さんにネクタイを結んでもらう旦那さんの気持ち?)


なんて変なことを
考えちゃうけど。


でもあたしがこの朝の習慣が
大好きな理由は
綺麗にリボンを結び終わった後
侑人さんがキスしてくれるから。


魔法がかかる瞬間。



「出来たよ」



そう言って侑人さんは
結び終わった後
にっこり笑う。


それが幸せな瞬間で
あたしはちょっと背伸びして
侑人さんにキスをする。


軽く触れるだけのキス。

「ありがと」



行ってきます。

いってらっしゃい。



一緒に学校の、それも
教室まで一緒に行くのに
部屋を出る時の
そんなキスが大好き。


部屋を出たら
あたしと侑人さんは
お嬢様とその執事。


勿論、侑人さんは“執事”の枠に
はまってるだけじゃなくて
たまに執事のお仕事中も
恋人になるんだけど
でもこうやって朝、
あたしの部屋から出る間際。


キスしてくれる。

切ない気持ちにはならない。
穏やかな気持ち。



学校から帰ってきたら
勿論、すぐさま
制服から着替える。


侑人さんが
朝結んだリボンを
解いてくれる。


赤いリボンが
ゆっくりと解けて
きちんと畳まれてしまわれる。


リボンが解けたら
あたしの魔法も解ける。



侑人さんただいま。


朝みたいな軽いキスじゃない。
ちゃんとしたキス。
だって甘い気持ちに
なってもいいもの。


勿論侑人さんもしっかりと
キスを返してくれる。


おかえり。って。



リボンを解かれた瞬間からは
あたしは侑人さんのもの。

あたしと侑人さんの
2人だけの時間。


いつもリボンを結ばれる時と
リボンが解かれる瞬間
二人揃って
ひっそりと視線を交わす。


たまにリボンが解かれた後
すぐさま侑人さんに
浚われてしまうことがある。


愛しい気持ちが募って
思わず、という侑人さんの
そういう余裕のなさを見るのは
あんまりないから
あたしはそんな日は
とても幸せな気持ちになる。


侑人さん曰く
リボンを解く瞬間
なぜかあたしの服まで
脱がせている気になるらしい。


だから、リボンを解きながら
すごくどきどきするって。


そう言われてみて。


確かにそうだなって想ったの。

侑人さんの器用な指が
優しくリボンの端を取って
ゆっくりと引っ張る。

だんだん緩くなっていって
しゅるりと解かれる。
その時、あたしと侑人さんの間に
かすかにある理性の線まで
緩くなる気がする。


あたしが侑人さんの
執事服のネクタイを解く時に
ものすごくどきどきするのと
一緒かもしれない。


執事服を着ているときは
「執事」なはずな侑人さんなのに
それがたまに寂しくて
そのネクタイをキスしながら
解いちゃうことがある。



勿論、侑人さんは
あたしの悪戯に
気がついているけど・・・
そのままやらせてくれる。










そうやって侑人さんのネクタイを
しゅるりと解く瞬間。

犯しちゃいけないことを
やっているような気がして。
禁忌を踏み越えるような気がして。


すごくどきどきする。


きっとそれと同じ気持ちを
侑人さんは
あたしの制服のリボンを
解く時に感じてるんだろうな。











ある日侑人さんに言われた。


縛るのが好きな人は
本当は縛られたいんだって。

それってどういう意味?と聞いたら
いつもの笑顔で


「束縛したいと想う人は
本当は束縛されたい人なんだ」と言った後で


「僕も君を縛り付けて、僕以外には逢わせたくないと本当は思ってるよ」


なんて真面目な顔で言われた。


侑人さんの冗談、
わかりにくいよ。


そう笑ったら
侑人さんが苦笑した。


あたしは気づいてるよ。
その言葉が冗談半分
本気が半分だってことぐらい。


あたしが12歳年上の侑人さんを
あたしだけ見てて欲しくて
束縛したいように
侑人さんもあたしに
束縛されたいんだよね。


きっとあたしの心も
そうすることで
もっと手に入れてしまいたいから。




あたしの心は既に
侑人さんだけのものなのに。
勿論侑人さんの心も
あたしだけのものなのに。




結びたい解きたい。
束縛したい、束縛されたい。
きっとそれは表裏で
どっちも同じこと。




今日も侑人さんに
リボンを結んでもらって
そしてまたリボンを解かれる。
きっとあたしが
学校を卒業するまで。


あたしがもう
制服を着なくなった後は
きっとこの儀式のような
リボンの習慣は
なくなるだろう。


それがちょっと寂しい。


でもきっと。


侑人さんだったら
また別な儀式を考えてくれる。


きっと。



あたしと侑人さんしか知らない
二人だけの秘密の儀式。



リボンを結んで解く。




たったそれだけなのに
その瞬間
あたしと侑人さんの間で
密な時間が流れる。


きっとそれは侑人さんが
あたしの心や身体をそのまま
愛してくれるのと一緒の感覚。









いつか言おう。




侑人さんが
あたしのリボンを解く時に
どきどきするような気持ちを
あたしは侑人さんの
執事服のネクタイを解く時に
感じてるよって。


少し淫靡で、そして
うっとりするような瞬間だよねって。



リボンを結ぶように
緩やかに優しく
侑人さんに束縛されたいんだ。



あたしが侑人さんを
束縛したいようにって。



















****** リボン Fin.... ********
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手袋  11/08/2008  


【秘密シリーズ】真壁直樹


********* 手袋 ********


Nobody can know it.
It’s secrets in my heart.
I remove my gloves,
Because want to touch you more.
Please notice my love.

【Secrets Serise】











「ね、真壁さん」

「はい」

「手袋、貸して?」

「は?」


「執事の手袋ってどうなってるんだろう?っていつも疑問に想ってたの」



にっこりと彼女が笑った。


午後から学校が休みの日。
彼女にアフターヌーンティを
入れていたときの出来事。


やけにカップへティを注ぐ
俺の手を見ているなと想ったら
俺のお嬢様はにっこり笑って訊いてくる。


よく表情が変わる可愛い。
くりっとした目で
見つめられると
そういうおねだりでさえ
はねつけられなくなってしまう。


思わず俺は自分が
微笑んでしまっていることに気がつく。


恥ずかしくても
認めてしまうしかない。

俺はこの、「俺のお嬢様」に
おねだりされるのが弱いんだ。


そういう素振りは
あまり見せないけれども
彼女が俺にしてくるおねだりは
いつも叶えてあげたいと
想っている。


そうやって甘えてくるのは
「俺の」お嬢様だからだ、
とわかっているから。







いつから俺は彼女に
こんなに甘くなったんだろう。



そう思いながら思わず
自分自身に苦笑してしまう。

くすっと笑った俺に
彼女は首を傾げる。


その仕草さえ可愛くて。
子どものようだと想う。






「普通の手袋とそうたいして変わりはありませんよ」


「そう?」

「ええ。しいて変わっている点を挙げるのなら、ボタンがついていることでしょうか」


ふ~ん。


そう感心する彼女の目は
俺の手袋に注目だ。

俺の手袋を借りたい様子が
ありありな彼女。


俺の顔と手袋を交互に見ながら
無言で(いい?)って
目をキラキラさせて
俺を見つめてくる。


(しょうがないな)


その子どもっぽいおねだりに
思わず苦笑しながら、
手袋を右手だけ脱いだ。


指一本一本を
手袋からすっと抜き出す。


脱いだ手袋の指先を揃えて
彼女に渡した。

大事そうに受け取る彼女。


「ボタンがついてるし、普通の手袋よりもっときちんと作られてるね」


彼女が俺の手袋を持って
ひっくり返したりして見ている。


(どう見たって手袋なだけなのに)


俺の手袋を彼女が
自分の手にはめてみる。


「真壁さんの手って大きいんだね」


ぶかぶかの手袋の
余った指先の布を摘む
小さなその指。



さっきまで真壁さんがはめてたから
あったかいや。


にっこり笑って
ぶかぶかの手袋をはめた
手を見せる彼女。


「お嬢さまには少し大きめですね」

「うん」

ぶかぶかの手袋の
指先を遊ぶように
指を動かしてみせる。



そんなに喜んでいる様子が
思わず可愛いと笑ってしまう。


まだ高校生の彼女は
たまに大人っぽい顔も見せるが
こうやって「執事」の俺と
一緒にいるときに
小さい子どもに
戻ったかのように
甘えてくることがある。


それは執事への「信頼」から
成り立っているものだと
わかりながらも。


俺よりも幼くて
純粋で天然な彼女に
・・・なぜか心惹かれてしまう。


彼女がこうやって甘えてきたとき
俺はその甘えに心を許しながらも
それをもっと引き出して
俺に甘えさせたいと願ってしまう。







もっと俺に甘えるといい。


お前は「俺の令嬢」なのだから。






この気持ちは。
執事としてなのか
彼女に心惹かれる男としてなのか。



あくまでも「執事」として
彼女の傍にいればいい。


そう思いながらも・・・・。


甘えられて嬉しく想いながら
これ以上彼女に近寄られたら
執事としていられるかどうか
自信がない自分がいる。


自分で自分自身を
隠せなくなることがある。



たまに俺は
外れそうになる
執事の仮面を
俺は震える手で
もう一度つけなおす。



そういう時は
いつも彼女が
俺に触れてくるときだ。



真壁さん。



そう呼ぶ声。


ねえ、あれをみて。


俺の腕に手をかけながら
向こうを指差したりする。


触れられたところから感じる
熱を感じないふりをしながら
俺は執事として彼女に接する。


なんですか、お嬢様?


そう訪ねながらも
俺は自分がとても優しく
笑っていることに気がつく。
背の低い彼女を
少し上から見つめる。




彼女からしたら
なんでもないスキンシップ。

ただそれだけなのに。













「―――真壁さん?」


はっと気がつくと
彼女が俺のほうに
手袋を差し出していた。


嬉しそうに
俺の持ち物を触る彼女に
見惚れていた。


「ありがとうございます、お嬢様」


見惚れてて
返事が遅れたのが
気恥ずかしくて
その気持ちを隠すように
さらっとお礼を言ったら
彼女がにこっとした。


「ね、このボタン、手袋してたら止めにくくない?」


え・・・?
って返事をするより先に
彼女がすっと手を伸ばしてきた。


そして俺の手袋していない手を
ぎゅっと捕まえて。


「真壁さん、手を出して?」



「っ・・・・!お・・・お嬢様?」



俺の動揺に気づかないように
彼女がふと俺の顔を見上げる。


「手袋、はめてあげるよ」


「っ・・・・!」



想わぬことにドキッとする。



手袋をはめてあげる、という
言葉よりも俺を
動揺させているのは
俺の手を掴む彼女の指。


彼女が触れている部分の・・・
皮膚が敏感に
彼女の温度を捕まえる。



「・・・・・・」



思わず何も言えなくなってしまう。


その沈黙を了承と捕らえたのか
にっこり笑って
彼女が浮かせた俺の手に
手袋をそっとはめようとして。


でも次の瞬間
何を思ったのか、悪戯のように
自分の指を俺の指に絡ませた。


「やっぱり真壁さんの指って綺麗」


「!!」


「男の人だけど、真壁さんの指は器用っていうか、細いんだけどしっかりしてるね」



そう言いながら
指を撫でられる。


「いつも手袋の下はどんなんだろう?って想像してたんだよ」



「っ・・・!!!」


何も意図していないだろう
その言葉と彼女の行為に
俺は思わず言葉が出なくなった。



「こんな綺麗な指をしてるから、真壁さんっていつもすごく色んなことが出来ちゃうんだね」



そして自分の手と
俺の手を合わせて
その大きさを確認する彼女。


「やっぱり男の人の手だな、あたしよりこんなに大きいや」



その大きさの違いに
にこっと笑いながら
彼女が俺を見上げる。


その言葉が何も
意図していないと
わかりながらも。







俺は。

俺はこの指で。

その触れている手のひらを
ぎゅっと返して
彼女の手を掴んで
胸に引き寄せたくなる。


もっと彼女に俺が
「男」であることを
教えたくて。



彼女の全てに
触れてしまいたいと
想っている欲求を
思わず解き放ちそうになった。








この指で色んな事が
出来るというなら。



(俺が一番したいことは―――)



この指で彼女の全てに触れること。
彼女が触ってほしいところも
俺が触りたいところも全て。



いや触るだけでは足りない。
この手で彼女の全てを
奪い取りたくなる。












そんな衝動が自分の中に
湧き上がるのを感じて
俺はぱっと目を伏せた。


彼女の目に浮かんでいる
俺への信頼が痛い。



彼女に触れられているのが
永遠に長いように感じる。



合わさった手のひらで
俺よりも小さな手のひらから
伝わってくる
ひんやりとした柔らかさ。


その部分の感覚は
妙に実感があって
そして温かくて
艶かしく感じる。



(それはきっと俺がそう感じているだけ)



なんでもない
ただ手のひらを合わせて
大きさを比べているだけなのに。


その小さな手で
いつもの手袋を
はめてもらうだけなのに。



「なんかうまくはめれないな」


俺の右手に手袋をはめようと
ボタン留めで苦戦している
少し不器用な彼女の
抱きしめそうになった自分を
ぐっとこらえた。



解き放つ前に
この気持ちを捕まえる。


そう。俺は今、
彼女の「執事」だ。

この気持ちは
もってはいけないもの。

指一本触れられないほど、
触れたら最後だと想うほど
彼女のことを想って
思い詰めているか、なんて。



―――伝えるべきことじゃない。



「手袋って面倒だけど、でも真壁さんにこの手袋は似合ってるよ」


嬉しそうに言いながら
彼女が俺の手袋のボタンを
1つ1つ、丁寧に
その指ではめてくれる。



今だけだ。



そう言い聞かせて
俺は彼女にもっと触れたいと
想う気持ちを抑える。
でもその仕草に思わず
目が吸い寄せられる。








息が止まる。

彼女の指が。

触れたところが。

熱い――――。








その指を掴んで
今すぐ噛んでしまいたい
食べてしまいたいほど
可愛い彼女だから

すぐにでも
口に含んで
その全てを
舐め回したい

舌先で彼女の指を
一本一本
その指を口に含んで
舌を絡ませ
甘く噛んで
彼女がどう反応するか
みてみたい




そんな想いが
頭の中をよぎった。















息を凝らして
耐える時間が
どれほど続いたか。


数秒が永遠に感じられ
時が止まってるのではと想ったとき。



「出来た♪」

全てのボタンを
はめ終えた彼女が
嬉しそうに笑った。




「・・・・ありがとうございました」


かろうじて
口から出たのは
掠れた声。


手が震えてきそうなのを
押さえながら
俺は彼女の手から
自分の手を抜き取る。



彼女が触れてくる
その1つ1つに
胸が振るえるような
締め付けられるかのような感覚が
名残惜しい。



俺は自分が狼狽して
赤くなっていることに
気がついた。


その照れた顔を
動揺した顔を
見られたくなくて。
きつく仮面を被った。




手袋のボタンを
無事にはめれたよ、褒めて?


そういう様に
俺を見上げる彼女に
理性の限界値ぎりぎりの微笑で
取り繕う。






可愛すぎると襲いたくなる。
そんなに可愛い顔で俺を見るな。






思わず呟きたくなるのを
ぐっと口をつぐんで
その呟きを心の中にしまう。



そして何気ないように
目をそらして
彼女が飲み干した
カップを取り
盆においた。




「お嬢様。何かあったらまたすぐにお呼びください」


お茶を片付けてまいります。




胸に手をあて
静かに腰を折って
お辞儀をする。



「ん、わかった」


彼女が俺に微笑みかける。


その微笑には
俺の狼狽に気づいた様子や
何か不思議そうな様子はない。




ありがとうね、紅茶。


そういう風に彼女が
俺がドアから出て行くのを
見つめているのがわかる。








(何も考えるな今は)




そう言い聞かせて
俺はいつも通りの順序で
ティカップを台に載せ
部屋から出た。


そして廊下に出た後
一人その場で立ちすくむ。
誰にも見られないように
ゆっくりと息を吐き出す。



あまりにも純粋に
俺を見つめるものだから。
惹かれてはいけないと
想いながらも
心が揺さぶられる。



彼女がはめてくれた手袋を
ぎゅっと握り締めた。



彼女が触れた部分が熱い。



その指遣いが
脳裏から離れない。
ほんのりと温かい感触。
彼女に掴まれた部分の
手の感覚を忘れられない。



何度も何度も思い出す。


こんなにも彼女から
何も意図せずに不意に
素手を触れられただけで
動揺しているのに。


ただでさえ
手袋ごしで
彼女に触れても
胸が高鳴るのに。




俺の意思でこの手で
彼女に触れた日には―――。


(きっと俺は自分で自分を抑えられない)



さっきのちょっとした
彼女の仕草でも
充分に動揺して
狼狽して、そして
動けなくなっていたのだから。



もうこの気持ちを
己の心の中だけに
閉まっておくことが
出来なくなる。



そう。
だから俺は
この手袋を
彼女がいるところでは
外せないんだ。











彼女に恋をしている。
彼女に触れたい。
もっと、もっと。




この気持ちは
もう消せないものなのに。



消さなくてはいけないものだと
何度も動揺した自分に
言いきかせる。




俺は彼女がはめてくれた
右手の手袋を
左手で押さえた。











心の中を締める想いは
ただひとつ。



もっと彼女に触れたい。
ただそれだけ。



心の中でうずまく想いを
動揺する心を抑えられず
俺は想いを馳せてしまう。




・・・・もし
この手袋を外して
彼女に触れることが
許されるのならば。




彼女の柔らかいところから触れたい。


毎日いつも、つい見つめてしまうところから。


唇。
耳朶。
鎖骨のくぼみ。



その後は
首筋をなぞって
うなじを撫でた後
彼女の髪を
この指で梳かそう。

口付ける前に
もう一度その唇を
指でなぞる。


俺だけのために
その唇が使われるように。
俺だけがその唇を
奪えるのだと教えるために。


ゆっくりと優しくなぞりながら。


もう片手で彼女を
引き寄せて抱きしめる。


その瞬間の柔らかさを
胸に焼き付けながら。


きっと彼女は
俺の指に触れられたところから
赤くなっていく。

その可愛い口から
吐息を漏らすだろう。
俺の名前と一緒に。



この手で。
一度捕まえたのなら。
俺はけして彼女を離さない。







そんないけないことを
彼女にしたいと想っている
俺の心を抑えいるのは
俺の理性だけ。



俺の理性は
この手袋の布きれ1枚で
抑えられている。


けして・・・・悪さをせぬよう
今は手袋をしておかなくてはいけない。


素手でなど
彼女には触れられない。
素手でふれたら最後
自分が何をしてしまうか
わからない。


きっとその瞬間に
全て消し去られてしまうだろう。


執事の仮面も。
得意のポーカーフェイスも。
詭弁も。
俺の理性も。


全て、ただ指から伝わる
彼女の感触を求める
俺の情動の前には
なんの役にも立たない。





すでに俺の心を
捕まえている彼女が
俺の気持ちに
気がつく日が来るのだろうか。

わからない。



ただわかっていることは
俺が触りたいものは
彼女だけだということ。


気持ちが暴走しないように
俺は手袋をはめる。
これは、俺の理性の枷だ。

枷をしないといけないほど
俺は彼女に恋している。


枷はいつか
外されるだろう。
彼女が俺に恋をする
その時が来たら。


触れた先から
赤く熟するように
彼女が俺に
恋に落ちた瞬間を
見届けた後
俺はその想いと共に
この“手”を解放しよう。


この手で彼女を掴んで
もう離さない。


この仮面を外せるのも。
この手袋も外せるのも。
この気持ちを解放させるのも。




俺のお嬢様である彼女だけだ。




そんな日が来るまで。

それまでは。


激しく熱を帯びた
俺の恋心は
ただ、手袋のなか。

















*********** Fin.... *************





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Like A Peach   11/08/2008  

********** Like A Peach *********





Nobody can know it.
It’s secrets in my heart.
I love you so much.
Please eat me like a peach !!

【Secrets Serise】














あなたがあたしの
特別な人になったのは
きっと、あの時。


専属執事に決まった日。

お屋敷の中で転んだあたしを
あなたが手を貸してくれた。

膝を折って
その白い手袋をした手を
あたしに差し伸べてくれた瞬間。


「大丈夫ですか?」



そう優しく訊く声よりも
あたしの顔を覗き込む
あなたの顔がとても優しくて。

差し伸べられた手。


その手に全て
奪い取られたいと想ったの。


その手をぎゅっと握って。
きっといつか、
この手の持ち主を
あたしだけのものに
したいと願ったから。




あれから半年。
あなたはあたしの傍に
いつもいてくれる。


専属執事として、
世話をしてくれる。


あたしとあなたの関係は
形式張ったものじゃなくて
もっとフランクで。

お友達、ううん。
あなたはあたしを
すごく可愛がってくれる
お兄さんのよう。


甘えん坊のあたしを
充分に甘やかしてくれる。


お嬢様になりたてだったあたしを
この人が傍で支えてくれた。


泣きそうになった時。
困ってしまった時。
迷っている時。

あなたはいつも
あたしのそばにいてくれて
見守っててくれた。


そんなあなたの優しさに
あたしはドキドキしてる自分を
隠すので精一杯だよ。


彼にとって
これが仕事なんだから。

そう想って、このドキドキを
消そうと想ったけど・・・・。


でも、彼があたしに
ただの「仕事」以上の気持ちを
抱いてるっていうが
いつの間にか、伝わってきた。



それは・・・・。


ふとした拍子に
あなたがあたしを
見つめている視線。


彼好みの服を着たときの
嬉しそうに何度も
ちらちらと見る様子。


たまに・・・・
他の執事さんと
話しているときに
にこにこしながらも
少し雰囲気が違うところ。


あたしが眠れなかった夜
眠れないあたしの髪の毛や
頭を優しく撫でてくれた手。


お嬢様、とあたしを呼ぶ声。

あなたのノックの音を
聞き分けるように
あなたはあたしの
仕草1つ1つで
あたしの気持ちを
全て見抜いてしまう。


あたしが笑ったら
あなたが優しく
微笑んでくれる。


その優しい雰囲気が
すごく好きなの。




あたしはあなたに恋してる。
8歳年下でも。

あなたにとって
特別な“存在”になりたいと想ってるよ。









「中岡さん」


扉の向こうで
待機しているであろう
彼に声をかける。


「背中のファスナー上げてもらってもいい?」



そう頼むと、中岡さんが
パウダールームに入ってくる。



ドアが閉まる音。



あたしと中岡さんしかいない。
なんだかドキドキしてくる
気持ちを押さえながら
あたしは赤くなってくる頬を
隠すように背中をむける。



半分までしか上げれなかった
ファスナー。
その上にホックもある。


このファスナーとホックが
1人で着替えると、
難しいんだ。


・・・頑張れば1人で出来るけど。

中岡さんに構って欲しいから。
子どものように甘える。



着替えさせてって。




「失礼します」




そう言って彼がすっと
あたしの後ろに立つ。

さっと空気が動いて
中岡さんの気配がするの。


ファスナーをあげやすいように
あたしの髪の毛を分ける
その指遣いがすごく好き。

髪の毛を優しく優しく
愛撫されてる気になる。




ファスナーにかかる
中岡さんの指。


一瞬だけあたしの背中に
触れてなぞる。


ひっそりと舐めるような視線が
あたしの背中に注がれている。


思わずその感覚に
ドキッとした気持ちを隠して
じっと息を止める。


一瞬だけ躊躇があったあと、
中岡さんがゆっくりと
ファスナーを上げて
ホックを止めてくれた。










ドキドキしたあとの、
完了の合図。












・・・そのままファスナーを
下ろしてくれたらいいのに。


皮をむくように、するっと
ファスナーを下ろして
この服を脱がしてくれたら。


そう、ゆっくりとファスナーを
下ろしたあと、露わになった
背中に口づけて
お好きなところから、
あたしを食べちゃえばいい。











そんなあたしの気持ちは
まだ彼に届いてない。








中岡さんは
あたしのことが好き。
あたしも
中岡さんのことが好き。


そんなこと、わかってる。


わかってるのに
こうやって
わかってないフリをするのは。


あたしがあなたより
ずっと年下だから。
それにあなたの“主”だから。


あたしとあなたの間にある
色んな障害物みたいな
ちっぽけなもの。


気持ちを伝えたときに
妹扱いされて
遠ざけられたり
執事だからとか
年が離れてるからだとかで
話が逸らされてしまうかもしれない。


そう、ならないように。


子どものあたしは
姑息な作戦を立てる。

中岡さんのことが大好きで
手に入れたい。


あなたが自分から
手を出したくなるように
仕向けるのなら。


あなたから手を出してきたら・・・。


あたしは中岡さんのもの。
そしてきっと
中岡さんはあたしのもの。



それをじれったいと想っても。




いつかきっと中岡さんが
ファスナーを上げたくなくなるほど
あたしのことを好きになる日が
来る。



あたしのことを
食べちゃいたくてしょうがなくて
自分を抑えられなくなる日が
来ると想う。




そう信じてるから。


今日もぎゅっと抱きつくんだ。


甘えたくて。
あたしにドキドキして欲しくて。


あたしよりも背が高くて
そこそこに筋肉がついてて
それでいてしっかりしてる。



しなやかな身体つき。



「ほら、お嬢様。だめですよ
こんな風に抱きついちゃ」


そう言いながらも
彼は抱きついたあたしを
拒否しない。

他の男にはこうやって
抱きついちゃダメだよ。

そう前に注意された。



あたしが抱きつくのは
中岡さんだからだよ。


なんて答えた
あたしの意図を
中岡さんは
どう受け止めたのかな?


いつも抱きついて様子を見る。

拒否しないこと。
困まったふりをしてるけど
実は嬉しそうなこと。


そして、徐々に
あたしを抱きとめる腕に
中岡さんの意思が
感じられること。


そして想う。


彼もあたしのことを好きだって。


ぎゅっと抱きつくと
その執事服から
彼の香水の匂いがする。


その匂いが大好き。
ずっと顔をうずめていたい。


「中岡さん」


思わず名前を呼んだら
お嬢様、と優しい声で
返事が返ってきた。

抱きしめながら
そんな優しい声で
応えてくれるなんて
ドキドキしてしまう。


そしてうっとりしてしまう。


何も意図せず名前を呼んだら
それに応えてくれる。
それがいつも嬉しい。



抱きついたときに
中岡さんがあたしを
優しく受け止めてくれる。


背中に回る
手の温かさが大好き。


執事服に覆われながらも
その隙間から香ってくる
中岡さんの匂いも
気配も全部好き。




だからわざと抱きついてるんだ。



大好きなものを
抱きついている間
独り占めできるから。



彼の身体を感じながら。
彼に自分のことを教える。




あたしはもう食べごろだよ

身体つきだってもう
大人になってきてるもの

子ども扱いされたくない
一人の女の子として
見て欲しい


いつか、恋人として
きつくきつく
抱きしめて欲しい、と。









今はまだ・・・。



中岡さんがあたしを
抱きとめる腕に
恋人として独占するような
強さはない。


抱きついてきたあたしを
優しく受け止めているだけ。
だからまだ
ぬいぐるみのような抱き心地。


もっときつくきつく
抱きしめちゃっていいのに。


きっと彼が
“恋人”として
あたしのことを
抱きしめてくれたら。



多分。


その時は・・・・
優しいけど強くて。
そのまま包み込まれるんだと想う。


中岡さんの腕の中。


きっと嬉しくて。
そして恥ずかしくて。
大好きな気持ちで
胸が高鳴るのを
押さえられなくて。

ドキドキしすぎて
震えちゃうんだろうな。




そんな日が来るのを
あたしは待ってるの。




いつでも食べてもらえるように。


今日も中岡さんが
大好きだといってくれた
香りを身にまとう。



フルーツ系の香り。
甘くてうっとりする香り。


桃の香り。



あたしと中岡さんの
恋がはじまったら
この香りのように優しくて
とても甘くて柔らかいものだろうな。



柔らかい桃のように。


きつく抱いたら
潰れてしまうよ。
だからその時は
躊躇せずに全部
食べちゃってね。



そうメッセージを込めながら。


優しく抱きしめてくれる
その胸に顔をうずめる。
愛らしいと思って欲しくて
甘えるだけ甘える。



不埒だといわれても。



きっと、そうやって
中岡さんがあたしのことを
とてもとても欲しくなるまで。


この香りであたしを包んで
彼に伝える。




早く気づいて。
中岡さんに食べられたいんだ。
もう食べごろだよ?








―――口には出せない
こんな不埒な望み。



あたしの秘密は
甘くて柔らかい桃の香り。
















******* fin. *********

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柔らかい身体  11/08/2008  


********* 柔らかい身体 **********

Nobody can know it.
It’s my secrets in my heart.


【Secrets Serise】






「ねえ、中岡さん」

「はい、お嬢様?」

「今日、どれを着ていけば良いかな?」


クローゼットの前で
彼女はいくつかの服を
身体に当てて
交互に見せてくれる。

その迷っている姿が
可愛くて、俺は
こっそりと笑った。

彼女は鏡に映る
自分に夢中で
俺が少し笑ったのに
気がつかない。

子どものように
口を尖らせて真剣な表情で
クラスメートに招かれた
お茶会に着ていく服を
選定している。


「それでしたら、こちらのほうがよろしいかと」

俺は彼女が選んだ
コーディネイトの中から
1つを選ぶ。

途端に彼女が
ぱあっと笑顔になり
嬉しそうに、
その服を抱きしめる。


「うん、あたしもこれがいいかな、って想ってたんだ」
ありがとう、中岡さん。


あたし、今日これ着ていくよ。
そういってにっこり笑う。



着替えるから外にいてね。



そう言われて
俺はパウダールームの外で待つ。


出されていた服は
全て俺が可愛いと
想うようなコーディネイトだった。

一緒にいるうちに
俺の好みに似てくるんだろうか。


その服を選んだのは
後ろ手にある
背中のホックを多分
彼女が1人では留められないだろうから。


きっと彼女は
無理して1人で
着ようとせず
俺に甘えるだろう。




案の定、
パウダールームから
俺を呼ぶ声がする。



「お嬢様、中に入りますね」


そう断って開けた
ドアの向こうには
やっぱり背中のホックを
留めて欲しいと
お願いする彼女がいる。


俺は勿論
にっこり笑って
彼女の背中に回り
背中にかかる髪の毛を
ゆっくり触って前へ流す。


背中のファスナーを
ゆっくり、ぐっと上げる。

そしてホックを留める。



その時に見える彼女の白いうなじ。
背中のライン。
少しだけ見える下着の線。


思わず見惚れる。


華奢な身体。



自分がそういうのを望んで
この服を選んだのに。
誘惑されているような気になって。

ファスナーを
下ろしてしまいたくなる。







「どうしたの?中岡さん、顔が赤いよ?」






そう無邪気に
鏡越しに俺を見て
微笑む彼女は
とてつもなく純粋だ。



思わず、前に流した
髪の毛を整えるフリをして
俺は彼女の長い髪の毛に触る。



ただ前に寄せた髪の毛を
後ろに持っていくだけの
仕草だけれども。


彼女の柔らかくて
綺麗な髪の毛が
俺の指をすーっと馴染む。
指に絡んでくる。


この感覚が触り心地よくて。


彼女の髪の毛を触ってしまう。


「執事」として
おかしくないような
タイミングで、いつも。


彼女の髪の毛を
指で梳くような
仕草をしながら
俺は密やかに
自分だけがわかるよう
彼女を愛撫する。


勿論、彼女はそれに気づかない。

でもちょっと気持ちいいのか
目を細めてじっとしている。


その表情が、撫でられた時の
小動物を彷彿させて
俺は本当に心の底から
彼女のことが可愛いと想う。



あと少しで
髪の毛を掬い取って
そこにキスをしそうになる
衝動を押さえ
「できたよ」って合図で
俺は彼女の頭を撫でる。



「さあ、お嬢様、お着替え完了ですか?」


そう、小さい子どもにするように。
彼女を甘やかす仕草。


「ええ、ありがとう。中岡さん」


そういって微笑む彼女は
俺の下心なんて
気づいていないだろう。


「この服、どう?」


「とてもよくお似合いですよ」



今日のお出かけに
とてもふさわしいと想います。


にっこり笑って保証する。




その笑顔で安心したのか。
彼女は俺に抱きついてきて

「中岡さんが選んでくれた服だから今日は安心して出かけられるわ」


なんて可愛いことを言う。



「ありがとね」


抱きついてきた彼女が
ちょっと頬を赤らめながら
俺を見上げる。


「中岡さんが選んでくれる服っていつも可愛いから好き」

だからずっと
あたしの専属でいてね。



にっこり笑う。


たまに、いや
彼女の専属執事になってから
だいぶ慣れ親しんできた頃から、
彼女がこうやって
俺に甘えるように
抱きついてくるようになった。


嬉しいときは特に。

わがままを聞いて欲しい時も特に。


「ほら、お嬢様、だめですよ、こんな風に抱きついちゃ」


だから俺は仕方がないな、と
苦笑するフリをして
彼女を軽く抱きしめる。

本当はとても嬉しいのに。
戸惑っているフリをする。






その柔らかい身体。





抱きしめたら
膨らみが潰れるんじゃないかと
思うほどの柔らかさ。


ほんのりと
彼女の使っている石鹸や
香水の香り、
そして彼女自身の温かさが
俺の感覚をくすぐる。



抱きついてきた彼女に
最初のうちはびっくりして、
胸が高鳴るのを
押さえられなかったが
今はもうだいぶ慣れた。


それどころか
そういう状態に仕向けて
役得とばかりに
彼女を抱きしめたりする。


その柔らかい感触を
味わうために。




「だめ?」


少し不平そうに口を尖らせ
上目がちに甘えてくるのには
いつでも変らない。


俺の心など知らずに。
君はちょっとした仕草で
俺を誘惑するよ。



だから、俺は
抱きついてきた彼女の背中に
そっと手を回して
少し背中を撫でながら
子どものような扱いで
それを許す。


「しょうがないお嬢様ですね」


と甘やかして。

こうやって他の男には
抱きついたりしてはだめだよ、
なんて、たまに言うけれども。


彼女が俺以外の男に
こうやって抱きつくのは
見たことがない。


「だって中岡さん優しいんだもん」


ぬいぐるみみたいに
抱きつくと安心するんだ。


胸にうずめていた顔を
ちょっとだけ上げて
彼女が俺を見つめる。



・・・今日のお茶会、
沢山クラスメートの
お嬢様来るから少し不安なの。
ちゃんとやっていけるかって・・・。



そう言って抱きつく彼女は
とても愛らしくて守りたくなる。

少し困った顔を
しているのがわかるよ。


「中岡さん、あたしがヘマしないように、近くで見ててね?」


舌ったらずで
見つめてくる瞳。

なんのてらいもなく
そこに映し出されるのは
俺への全面的な信頼。


だから俺は
彼女の信頼を裏切らぬよう
小さな「妹」である
彼女に対して、
「兄」のように振舞う。



「ええ、いつも傍におりますよ」



子ども扱いしているうちは
彼女は俺のことを
男だと意識せずに
その柔らかい身体で
抱きついてくるだろう。



柔らかさを独占してしまいたい。












彼女の専属執事についた時。


彼女をこんなにも
好きになるとは
想ってもいなかった。


そして自分が
「執事」の立場を利用して
彼女の信頼を得て
「執事」の顔をしながら
「男」として抱きしめるなんて。


想ってもいなかった。


毎日傍にいて
彼女が日々変っていくのを
目にするたびに。



俺の心は彼女に釘付けだ。


本当にこんなに・・・
綺麗になるとは
想ってもいなかった。


俺よりも8歳年下の女の子。
泣き虫で甘えん坊で
すぐに不安になって。
心配性で。


俺がいないときっと彼女は
やっていけないだろう。


年の離れた妹のように、
俺を「兄」のように慕う彼女。


小さくて可愛い彼女を守る
「執事」としての俺の役割は
職務以上の楽しみと
喜びを俺にくれた。


彼女を守って
彼女を支える。

これが毎日の俺の仕事。





「中岡さん」



彼女の口から
こぼれる俺の名前。



その響きが特別に
感じられるようになったのは
いつからだ?


俺を見つめる瞳が
たまに潤んでいるように
感じられるのは
俺の思い過ごしだろうか。







最初は妹のように
可愛がっていた彼女を
今では1人の女性として
愛してしまっている。






君は俺の「妹」じゃないんだ。





俺は君の「兄」でもなくて
君に想いを寄せる男だよ。




でもこの気持ちは
いまだ俺の胸だけに
封印されたまま。



この封印の鍵は
彼女が握っている。


その封印が解かれるまで。


俺は彼女の「執事」として
傍にいよう。


いつか彼女が
俺のことを「兄」以上に
想う日まで。


抱きついてくる、
その柔らかい身体が
俺に抱きしめられて、
嬉しさと恥ずかしさと
愛しい気持ちで
震えるくらいになるまで。







今、この気持ちは
俺だけのもの。



そしてこの柔らかい身体を
抱きしめる特権も。



いつか、彼女が気づくまで。












―――これが俺の秘密。













********* 柔らかい身体 Fin.*********
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eclipse of the love  11/07/2008  
*****eclipse of the love ****











eclipse of the sun.






段々と辺りが暗くなってくる。






今日は皆既日食の日。
専属執事の真壁さんと一緒に
九条院家の庭で観測をしている。

いつものあずまやじゃなくて
庭の奥にある噴水のところ。

真壁さんが準備してくれた
観測用の道具と一緒に。
お茶もある。
大好きなお菓子もある。
カメラも持ってきてある。


花壇の真ん中だから
周りには高い木もないし空が広い。

あたしは隣により添う真壁さんの横顔を
こっそりと眺めて・・・・・。






その右手をゆっくりと握った。









・・・・・・・・・・・・・









「明日学校休んでもいいよね?」


昨日の夜、そう聞いたら
真壁さんが眉間に皺を寄せて
すごく難しい顔をした。





(やっぱりサボるってダメ?)





「・・・・」

案の定、返事が返ってこなかったから


「もういい。義兄さんに聞いてくるから」


その足で部屋を出た。


「っ・・・ゆいこお嬢様!?」

びっくりした声を背中に聞きながら。





・・・・・・・・・






明日ね、皆既日食があるの。


あたし・・・
学校に行っていたら授業で見れないから
明日だけは学校を休ませてくれないかな?


想いきって義兄さんに甘えてみた。



応接間で樫原さんの入れた
紅茶を飲んでいた義兄さんは
思わずびっくりしたのか
紅茶を吹きだしそうになる。


「それってゆいこちゃん・・・ズル休み?」

「うん、そう」

間髪をいれず、にんまりと笑って答える。

皆既日食が観たくて学校を休むのに
屋敷の主である義兄さんに許可をもらおうなんて・・・・





あたしは立派な確信犯だ。





「え・・・・でも学校・・・」





目を丸くしている義兄さんの
ソファの隣に腰掛けて
思わず身を乗り出して頼む。


「だって明日を逃したら、ここで見れる皆既日食は何十年も後なんだよ?」

(そう、だから明日の皆既日食は真壁さんと一緒に見たいの)

「だからお願い!」

ズル休みするのは明日だけだから!!


思わず必死に頼み込むあたしを
義兄さんが目をぱちぱちさせて見ている。


「そ、そんなにどうしたの?」

「明日・・・明日どうしても皆既日食見たいんだ」

返答に困っているんだと想う。


さすがに学校をズル休みさせてくれって
前日に頼みに、ううん、甘えて
許可をもらいに来てるから。



お願いお願いお願い!!



駄々をこねるように
義兄さんに頼み込むあたし。
その様子をそばにいる
樫原さんがくすくす笑った。


「あー。ゆいこちゃん、それって・・・・ああ・・・」


保護者なのにそんなに頼まれたら・・・・
ちょっと困った顔をしている。


こんなに頼み込むあたしに
ダメとはいえないのが
義妹に優しい義兄さん。


懇願するあたしに困り果てて
救いの視線を後ろに控える
樫原さんに投げたのがわかった。


あたしは、樫原さんにも
胸の前で両手を合わせてお願いする。



「ね、樫原さん?いいって言って!」

樫原さんが良いって言ったら、きっと義兄さんもいいって言うから!!
お願い!お願い!!


必死で頼みこむ。


その様子をふふっと笑う樫原さんに
あたしは(おねがいー!!)って
想いっきり上目遣いで頼んだ。


視線を義兄さんに移すと
義兄さんが困り果ててるけど
段々と苦笑いしてきている。


(あと一押しだ!)


と、あたしは義兄さんに
ぎゅっと抱きつくようにしてお願いした。


「義兄さん、お願い!休んでも良いって言って?」

「えっ・・・!!ゆいこちゃん!!!?」

狼狽した声が聞こえる。

(これって奥の手♪)


照れて困り果てながらも
抱きとめようとしてるのか
義兄さんの両手が
空中で右往左往しているみたい。


その様子を見て、
樫原さんが我慢できないというように
吹きだした。

「侑人、何がおかしい?」


義兄さんが困った声ながらも
樫原さんに問いかけると
樫原さんは余裕で微笑みながら言った。


「いいじゃありませんか、慎一郎様」


普段、ゆいこお嬢様を
一番甘やかしてるのは
慎一郎様なのですよ?

こんなにお願いをしてくる
ゆいこお嬢様をお断るなんて
到底無理ですので
早めに承諾されたほうが
よろしいかと想いまして。


想わぬ応援にあたしは嬉しくなった。


抱きついた義兄さんの肩越しに
樫原さんをちらりっと見る。
すると、樫原さんがあたしを
見つめてるのがわかった。


視線が合う。

ちょこっとだけ
樫原さんが目配せしてくれる。


(あ・・・これが作戦だってことは樫原さんにはバレバレね)

でもありがと。

あたしも樫原さんに目配せした。



こうやったら絶対に義兄さんが
あたしの我侭を聞いてくれるってわかってるから。

思わず使っちゃったけど。

でも、悪用はしてないよ?


舌をぺろりって出しそうに
企んじゃってるあたし。



お願いー!って
抱きついてきた義妹に困りながらも、
義兄さんが赤い顔をして
わかったよ、と言ってくれて
ちょっとだけ身体を離す。


「もう、ゆいこちゃんったら」

そう少し照れながら義兄さんが
許してくれた。
今回だけだよって。


こうやって学校を
ズル休みすることがばれたら
僕が夏実に怒られるから、と。
だから、夏実には学校をズル休みしたことは
内緒にしておくんだよ。

そう言った義兄さんに
にっこり微笑みながら樫原さんが

「じゃあ明日は、お嬢様のお気分が優れないってことで学校の方へは連絡をいれておきましょう」

なんて言ってくれた。
あたしはその言葉ににんまり。
義兄さんと樫原さんの抱きこみは完了♪

「嬉しい!ありがとうー義兄さん!!」

今度こそ、奥の手じゃなくて
嬉しさのあまりに義兄さんに抱きついた。
ぎゅーっとする。
嬉しくてしょうがない。


「義兄さんありがとう。我侭きいてくれて」


そんな子どもみたいに甘えるあたしを
義兄さんが照れながら抱きとめてくれる。

義兄さんが許してくれたら
なんだってして良いはず。
樫原さんだって許してくれたし。


うん、やっぱり義兄さんはあたしに甘い。


それに・・・傍についている
樫原さんも、あたしが我侭なのも
大目に見てくれるし。

義兄さんが少し照れながら
明日の皆既日食の時間や
その準備のあれこれを
樫原さんに言いつけてる。

義兄さん、さっきあたしの
我侭に困っていたけど
でも・・・・なんだか嬉しそう。
あたしに我侭言われたのが嬉しいのかな。


だって、義兄さんの趣味は
『ゆいこを甘やかすこと』と
書いてもいいぐらいだから。



なにがともあれ。

専属執事の真壁さんが
どんなことを言っても。


あたし、明日は学校休んじゃうもん。


(これで明日は真壁さんと一緒に皆既日食が見られる・・・)




思わずワクワクしてきた。


「あたし、明日の準備してくる!!」

ありがとうね
義兄さん、樫原さん!!



思わず嬉しさのあまり
スキップをするように
応接間を後にして
自室に帰った。







・・・・・・・・・・・・・・






「ゆいこお嬢様。10:57ごろピークだそうです」


「そうなんだ~」

じゃあ、まだ時間があるね。


そう言って、真壁さんが
入れてくれた紅茶を飲みながら、
部屋でのんびりしようとしたら、
既に10時前にもう庭に移動するように言われた。

場所はいつものあずまやじゃなくて
もっと広いところ。
観測するときに邪魔にならないように
高い木や建物がないところ。


幸い九条院家の庭は広いから
高い木をあまり植えてない
庭の奥の噴水のところに
ガーデンテーブルを置き
そこでティータイムをしながら
観測することにした。







今日の真壁さんはちょっと不機嫌。



カップにお茶を注ぐ真壁さんの様子を
ちらりと盗み見る。


昨日、ああやって眉間に
しわ寄せて無言で難しい顔をしたあと。

あたしが義兄さんから許可をもらって(ぶんどって)
「明日は学校休んでもいいんだ」
だから観測の準備してね、と頼んだら。

少しびっくりした顔をして
その後、執事の仮面をすっと被ってしまった。


今日はズル休みをしちゃってるから。

多分(真壁さん理想の)お嬢様に
あるまじき行為なんだと想ってるんだわ。

(・・・確かに学校休んじゃったのは悪いけど)


でも、今日は真壁さんと一緒に
この皆既日食を見たかったの。
無理に頼み込んででも
堂々と見たかったの。


だってそうじゃなければ
専属執事の真壁さんが抜け出して
あたしも学校抜け出して一緒に観測、
なんて出来るわけなかったから。


最初から真壁さんと一緒に皆既日食を
みたいのなら、こういう手を使うしかなかった。


今日のこの貴重な時間は
あたしと貴方のものなんだよ。



そう告げたかった。





でも、ちょっと不機嫌になった
真壁さんは昨晩からむっつりしてて。


いつもだったら、執事として
一日の終わりの挨拶をした後に
恋人として挨拶で額にキスしてくれて
おやすみなさいをしてくれる。

たまにはそれから先も部屋にいてくれて
キスしたり・・・それ以上したり
そのまま一緒にいてくれたりするのに。





昨日はむっつりしたまま、
出て行ってしまった。





(なんで、こんなに怒るかわかんない)

わかんないけど・・・・。

でも滅多に見れない皆既日食を
真壁さんと一緒に見れるっていう
楽しみや喜びで、あたしは笑顔だった。











「ねえ、真壁さん」

「はい?」

「黒いフィルム貸して?」

そう言って真壁さんが
急遽準備してくれた太陽を見る
黒いフィルムを貼った眼鏡みたいのを取ってもらう。


不機嫌でもいいの。
一緒にダイアモンドリングを見たいから。
特別な日を一緒に過ごしたいから。


きっと一生の想い出に残る体験だと想う・・・。





真壁さんがあいかわらずな
執事の顔で表情も変えずに
フィルムを取ってくれる。


眼鏡みたいにかけれるように
真壁さんが昨日のうちで工夫して
作ってくれていた。


それをかけてみる。


視界は黒い。


空を見上げる。

星も何も見えない。






太陽は確かこの位置だった・・・。







そう想って顔を上げて
黒い視界に太陽を探す。




どこだろ・・・、確かここらへんかな?






そう想ってよく目を凝らしたら。

いつも見ているサイズの太陽じゃなくて
もっと小さくなって、はっきりと
その形がわかる、太陽があった。


燃えるような赤いオレンジ色。

少しだけ欠け始めているのがわかる。

三日月のような朱色の太陽。





(素敵・・・・神秘的だわ)







「!!すごい!!」


真壁さん、見てみて!!
もう欠け始めているよ!!


そう言って横にいるであろう
真壁さんを捕まえようとしたら、
ずっと上を向いて太陽をみていたせいか、
ふらっとした。



あ・・・・!!



思わずふらついた体をつかさず
真壁さんがぎゅっと捕まえてくれる。
その手は力強い。


「ほら、危ないだろう?」


思わず恋人の口調で話しかけられて
あたしはどきっとする。


近い・・・・。
距離が近い・・・!


転びそうになったから支えるために
すぐ傍にいるにしても、
急にこうやって大好きな人から
抱きしめられると流石にドキドキしてくる。


「あ・・・・ありがとう」


思わず口ごもってしまう。
多分見えてないけど、あたしの頬は赤くなっているはず。



興奮のあまり、
真壁さんを呼ぼうとして
ふらつくなんて・・・。


(子どもっぽかったかな)



それもまだ黒いフィルムの
眼鏡をかけたままだから、
真壁さんがいるであろう方向を見ても、勿論視界は黒いまま。



急いでその眼鏡を外して
真壁さんにその眼鏡を渡そうとしたら
その手をさえぎられた。

ぎゅっと握られる。



(え・・・・?!)






「本当にやんちゃなんだから」


そう呟く声が聞こえた次の瞬間、
すばやく唇が奪われた。


「っ!!!」

黒い眼鏡の下で
あたしは目を見開く。

「っ・・・・!!!ま、真壁さん!!!」



思わず動揺した声を出した
あたしに、またまたくすっと笑う声が聞こえる。


心臓がどきどきする。


「やんちゃなお嬢様には、これくらいしなくては、騒ぎが収まりませんからね」


わざと困った風に笑いながら
あたしの専属執事兼恋人は言ってくる。


その言葉に響いている少しからかうような
甘い響きに心が跳ねながらも
子ども扱いは嫌だと、あたしは訴えようとした矢先。


またキスをされた。
それも覆いかぶさるように。


「!!!!!!」


一瞬何が起こったかわからなかった。

気がついたら唇がきつく吸われている。
舌で割られる唇。




(ま、真壁さん!!こ、こ、庭だから!!!)

誰かに見られたら・・・・と考える前に
そのキスの甘さに一気に心がさらわれた。







「・・・・んん・・・あ・・・」








ぎゅっと口腔に入ってきた真壁さんの舌で
舐められるように吸われて、ふらつきそうになる。
その強烈さに目を見開きながらも。


次第にそのキスに酔い
気がつくとあたしは目を瞑っていた。


黒フィルムの眼鏡で
顔が見えない分だけ感じてしまう。


真壁さんの息遣いや。
その唇の感触や
舌の動き・・・。


他から見えないように
わざと覆いかぶさるように
抱きしめられている温かさや
執事服がする真壁さんの匂い。


息が詰まりそう。


急に訪れたこんなキスに。
全て奪われたように思考停止した。


やがて、ゆっくりと唇が離れる。




強引なキス。




あたしの言葉さえ全て飲み込んでしまう。




大胆不敵な真壁さんそのもの。


でも・・・・それはすごく甘くて。

ここでそんなのダメだよって
責めたいけど
でも、もっとして欲しくなる。







「・・・・・真壁さん、もっとして」



あたしは思わず訪れた
恋人同士の時間をもっと
長引かせたくて・・・・。

太陽観測用の眼鏡を外して
愛しい人の今の表情をみようとした。

それをすっと遮られる。



「だめだ」

「・・・・え???」


その手が眼鏡を取るのを防ぐ。


両耳を押さえるように眼鏡を外すのを
両手で塞がれて、あたしはびっくりした。

「な、なんで?」


「ゆいこお嬢様、今は学校をズル休みしてまでも見たがっていた皆既日食の時間ですよ」


想いっきり嫌味をこめながら、そしてからかいながら
真壁さんが意地悪そうにあたしに言う。


「この眼鏡がないと、太陽の光で目をやられてしまいますし、欠けている太陽を見ることは出来ません」

「せっかく旦那様にも“おねだり”をしてズル休みしたのに、日食をみなくては勿体無いではないですか」


おもいっきり、「おねだり」の部分に
意味ありげな力が込められる。

「っ・・・!!」


真壁さん、あたしが義兄さんに
抱きついておねだりしたのを知ってるんだ!

思わずぱっと気づいて、言い訳しようとしたら


「ま、真壁さん、あれは・・・・」

その唇を真壁さんの指でしーっとふさがれた。
唇に立てられた指がゆっくりと唇をなぞる。

それ以上喋るなと暗に示している。

思わずその仕草で黙り込んでしまった
あたしに、そっと真壁さんの顔が近付くのがわかる。



顔の近くで囁かれる。
その息遣いが、あたしの顔に触れるのがわかる。


「わかっておりますよ。どうしても皆既日食が観たくてたまらなかったんですよね?」


執事調の落ち着いた声で
言われたすぐ後に耳元で


「とはいっても、他の男に抱きついたなんて、いくら義理の兄の旦那様だとはいえ、恋人としては許せないがな」


むっつりした恋人の声が聴こえた。






あ・・・・・。

もしかして。





昨日から真壁さんがむっとした感じで
怒ったまま、夜の挨拶も抜きだったのは
こういう理由だったのかな?


「真壁さん、違うの」


日食をどうしても見たかったのは
訳があって・・・・っ!





言い訳しようとするあたしを
真壁さんが見つめているのが感じられる。


う・・・・

眼鏡をしているから顔まで見えない。
真壁さんがどんな気持ちか
ちゃんとはわからないよ。

「と、とりあえず、言い訳させて!!」


慌てふためくあたしの言葉を
真壁さんがさえぎるように言う。


「言い訳なら今から聞くだけ聞いてやるよ」


・・・ああ、本気で怒ってるかも。
ああ、やっちゃった・・・。
真壁さんを怒らせちゃった。


あたしは黒眼鏡でよく見えない中、
手探りで近くにいる真壁さんの腕にすがりついた。


「・・・・怒らないで、真壁さん」



ちょっと泣きそうになった
あたしの様子を見たのか、
真壁さんが眼鏡をはずさせまいと
両手で遮っていた力を緩めてくれた。



そっと黒フィルムの眼鏡を外す。


辺りはさっきよりも明るさが落ちてきてる。
月光が明るい夜のような
青がかった灰色の空の下、
あたしは真壁さんをじっと見つめた。


(ああ、やっぱり怒らせてしまってたんだ・・・・)


真壁さんは、いつものように
眉間に皺をよせてむっつりして
下をむいちゃってる。

機嫌が悪かったり何か考えているときの
執事モードの時のフェイス。
さっきあんなに・・・・
甘くキスしてくれた人だとは思えないぐらい・・・・。







「・・・・真壁さん、来て」



あたしはそっと
真壁さんの腕をひっぱって、木陰に行った。


そして屋敷に背を向けるように
木の幹に隠れて真壁さんの首に
腕を伸ばして絡みつくように抱きついた。





「機嫌直して、真壁さん?」


相変わらず、黙り込んで
眉間に皺を寄せている
真壁さんの唇にあたしは軽くキスをする。

ちゅっと軽くキスをしながら、
真壁さんの名前を呼ぶ。


「ね?機嫌直して」
「ねえ、真壁さん?」
「なんでもなかったんだから」
「ごめんね」
「もうあんなことしない」
「だから機嫌直して?」



ご機嫌とるように何度もキスをしていたら、
不意に背中に回された真壁さんの腕が
あたしをぎゅっと抱きしめた。


あ・・・・・。



そうおもった瞬間、
真壁さんの胸の中に包まれる。
あたしの全てを包むように。


ぎゅっと強く抱きしめられる。


その強さが真壁さんの気持ち、
そのものだと感じた。

耳元で真壁さんが囁く。
吐息混じりに。

言われる言葉はわかってる。

もう怒ってない。
呆れているような・・・。
ううん、それよりも
少し苦しそうで切なそう。





「・・・・いくら俺と皆既日食が見たいからといって、あんな風にしてはダメだ」

「他の男になんかに抱きつくなんて、許せないだろ?」

(・・・やっぱりばれてたんだ・・・・)


でも・・・。
どうしても、今日みたいな日は一緒に過ごしたかったんだ。

「・・・・だって何十年かに1度の皆既日食だから」

「きっと今日のものが見れたら、その次の皆既日食も、真壁さんと一緒に見れる気がしたの」


ううん。
その次も一緒に観たいと想ってるから。

その次に見るときに
「前に見たときは」って
想い出話を真壁さんとしたいの。
だから絶対に今日は一緒に観たかった。



大好きだから。
1つ1つの想い出を沢山作っていきたいの。
だから今日みたいな
貴重な日は絶対に一緒にいたかった。
一緒の空を眺めたかった。

何十年かに一度ぐらいの割合でしか
観れないという珍しい皆既日食。

いつもあたしたちがいる
この庭、ここで観ることが出来るのが
すごく素敵な想い出になると想ったの。


(ちょっと切ないけど、でもこれがあたしの本当の気持ち)



大好きな人と貴重な一日を過ごしたい。

ううん。
真壁さんと過ごすならどんな一日だって
大切な一日だってわかってる。

わかってるけど・・・
今日はもっともっと特別な日になると想ったの。



「・・・その気持ちは俺も同じだよ、ゆいこ」

お前と一緒に皆既日食見れて嬉しい。

でもそのためにお前が
俺以外の男に抱きついたのは許せない。
わかるだろう、この複雑な気持ちが?



そう苦しそうに呟かれて
その声の切なさと反対に
あたしの胸は少しづつ温かくなっていった。



ごめんね、真壁さん。



でも、真壁さんもあたしと一緒に
過ごすことを望んでくれてたんだね。

真壁さんの複雑な様子より
あたしはその気持ちが嬉しくて。


(真壁さん、大好きだよ)


そんな気持ちを込めてぎゅっと抱き返した。
それに真壁さんが少し雰囲気を緩める。



きっと・・・・

あたしが嬉しがってるのが伝わったから。


気持ちが一緒だったんだと伝わったから。






「・・・お前が旦那様に断りに行く前に、俺が何を考えていたかわかるか?」


「え・・・・わかんない?」

「どうやってお前を休ませようか考えていたんだ」

「えええっ・・・・!!??」


あの時の沈黙は真壁さんが真壁さんなりに
あたしの”ズル休み“の理由を考えててくれたから?
想わぬ事実でびっくりして目を見開いた。


「あたし・・・てっきり、ズル休みするなんて、お嬢様として言語道断な!と怒ってると想ったの」


その言葉に真壁さんがふっと笑った。
あ・・・苦笑してる。


「お前・・・・言語道断って・・・」


真壁さんがおかしそうに笑うのをみて
あたしも笑ってしまった。


「・・・・だって真壁さん、難しい四字熟語得意だから」


恐悦至極とか。
滅私奉公とか。

きっと真壁さんの心の中では
こういう単語がよく使われているはずって
思っているのはあたしだけの秘密。

真壁さんはあたしがあんまりわからない
漢字熟語をよく使う。
キョウヨウ、っていうんだっけ?


「お嬢様。今度またお時間を作って、慣用句や熟語の使い方をお勉強いたしましょうね?」


ちょっと難しい顔で学校の先生みたいに
さらりと真壁さんが言い放つ。

・・・もう、執事の顔をして
こうやってからかうなんて意地悪なんだから!
あたしが、こういう漢字とか
苦手なことをわかってて、もう!


思わず、真壁さんのからかいに
あたしはわざとふて腐れた顔をした。

そしたら、真壁さんが膨れた頬にキスしてくれる。





「ほら。俺が教えてやるんだ」
楽しみにしておくんだな。


そう言って
またくすくす笑う。

「意地悪」

「意地悪じゃないよ」

もう、俺様真壁様モードが全開過ぎて
あたしはそれに、いちいちドキドキしちゃう。


「真壁さんの意地悪」

くすっと笑われる。
そうやって楽しそうにからかう
真壁さんがカッコよすぎて。

どうして、こうも意地悪なのに
キスは上手だし、
あたしを抱きしめてくれる腕も
見つめている瞳も
こんなに甘いんだろう?



いつも意地悪っていうか・・・
翻弄されちゃうのよね。
真壁さんの1つ1つに。


振り回されてドキドキしちゃうの。



真壁さんもそういうあたしをわかっているから、
こうやってからかったり意地悪したりする。

お前は俺に意地悪されるのが好きだろう?って
前に言われたことがある。


手の平で転がされてるみたい。


真壁さんの腕の中でいじけたり、ふて腐れても
すぐさま、甘いキスを落とされて
あたしはメロメロになってしまう。


ちょっと悔しい。



でも。


真壁さんはいつも
あたしのことを見つめててくれる。
あたしのことを好きでいてくれる。


きっとあたしが
真壁さんにメロメロなように。
真壁さんも内心、
あたしにはメロメロなんだって想ってるから。


真壁さんがあたし以外の人に
こんなに甘いことは絶対にない。
真壁さんがあたし以外の人と一緒にいて
こんなに楽しそうなのも見たことがない。


真壁さんはあたしのことがとても好き。


幸せだと想う。


そんなことを考えたら
少し胸が切なくなった。







その切なさを隠すように
あたしは思いっきり背伸びをして
真壁さんの首に絡み付いて
目と目の高さを一緒にする。



驚いた真壁さんに
あたしはつかさず言う。
想いっきり高飛車に。


「真壁さん」

「ん?なんだ?」

「この次の皆既日食も、あたしと一緒に観て」


ずーっとずーっと何十年後のことでも。

約束して。


真壁さんはあたしの傍で
皆既日食みるんだから。


これは命令です。



ぎゅっと目に力を込めて「命令」した後
真壁さんににっこりと微笑んだ。


お嬢様な立場でたまには真壁さんを
からかいたい。
いつも、あたしばかりからかわれて
先手をとられてばかりだから。


真壁さんがちょっと驚いた顔をした後で
すぐさま表情を整えて執事の微笑で応えてくれる。


「この真壁直樹、一生ゆいこお嬢様の傍にお仕えすることを誓っております」



そしてゆっくりと
顔が近付いてきて・・・・。

唇すれすれのところではっきりと言われた。


「ゆいこお嬢様こそ、お覚悟ください」


その響きはからかいもなく
真剣そのもの。

言葉と共に激しく深く・・・
口づけされる。


「っ・・・!!」



執事の言葉なのに
恋人そのもので。


ぎゅっとされた腕にもっと力が入る。
抱きしめられている腕のきつさも。
キスで攻められる熱さも。

全て全てあたしを満たしてくれる。


思わず息が漏れてしまう。
夢中でキスをした。


「お前が嫌がろうと、俺は一生お前の傍を離れないからな」


キスの合間に囁かれる言葉。
吐息と共に頷いた。



「この次の日食の時も俺はお前の隣にいる。約束だ」


その独占欲と
その強い気持ちに
心が縛られるほど切なくなって。


「うん・・・・ずっと傍にいてね」


そう呟くのが精一杯だった。

崩れ落ちそうなあたしを
真壁さんがしっかりと抱きしめる。
離してくれない。
どこにも行かせてくれない。


むさぼるように
真壁さんのキスを味わった。



「ゆいこ」


あたしの名前を呼ぶ声が聴こえる。



「真壁さん・・・」




「好きだ」



「・・・あたしも真壁さんのことが好きだよ」




何度も繰り返される言葉で
胸が締め付けられる。


好きだと囁く声が
熱を帯びて耳元で聴こえる。
その声がもっと聴きたくて
頭を傾けた。



あたし達の頭上には
もう消えようとしている太陽の光。


この九条院家の庭も青白い光で包まれて
いつもとは違う場所みたい。

青白くなってきた世界にぽっかりと浮かぶ空。

太陽の周りに虹のリングが見える。


太陽を見るフィルムがないから
きちんと太陽のリングは見えないけど。


でも。


あたしたちを祝福するかのように
頭上に丸く・・・・太陽を囲むように
丸くキラキラしている虹が見える。



そんな不思議な空間の中。

太陽のリングよりも。


真壁さんのキスのほうがすごく大切。



目を瞑ると真壁さんの心の中で
燃えているだろう光が見える。

目を瞑ってキスをすると
その炎の熱さや強さを感じるの。

燃えさかる炎は
さっき見た太陽の光のようだ。






こうやって
抱きしめあっているのを
屋敷から見えないように。


木の幹にもたれかかって、そっと隠れたまま。
青白い光が広がる庭は昼間なのに夜のよう。
花壇の花たちでさえひっそりと息を潜めて
愛し合うあたし達を見守っている気がする。



夜でもなく
昼でもなくて。


あたしと真壁さんしかいないような世界。


いつもとは違う光に包まれながら。





そっと愛を交わす。


静かに激しく。







真壁さんに抱きしめられ
キスをされる。


もちろん、それだけじゃない。






愛の言葉をもっと囁いて欲しい。
あたしのことをもっと好きだといって欲しい。

ずっと傍にいるって
今日この世界でここで何度も誓って欲しい。



そんな想いで
胸が一杯になりながら。




あたしと真壁さんは
太陽がまた姿を現すまで
しばらく・・・・・・
そこから出てこれなかった。


























********** Fin ********
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密やかな夜  11/06/2008  

******** 密やかな夜 *********









夜中に目が覚めたら
執事服を着替えぬまま
あたしの手を握った恋人がいた。






「ゆいこ、大丈夫かい?」

「樫原さん・・・」

サイドボードの
明かりだけがついてる。
薄暗がりのなか、
樫原さんがあたしの顔を覗き込んだ。


「少し水飲める?」


うん。


じゃあ、ちょっと起きようか。







眠っていたあたしの背中に
手を入れて、少し起してくれた。
背中にクッションが入れられる。

まだだるくてぼんやりしているけど
そこにいるのは、あたしの恋人で
いつも優しくしてくれる人。


(逢いにきてくれたんだ・・・)

じんわりと喜びが
胸を押し寄せてくるのがわかる。


樫原さんが、そばに置かれた
水差しからコップに水を入れて
差し出してくれる。


ありがと。

水は美味しかった。

冷えすぎてもいなくて。
飲み始めると、思っていた以上に
喉が渇いていたことに気がつく。


こくこく。

飲み終わったコップにもう少しいれる?と
樫原さんが水差しからまたお水を入れてくれた。


・・・だいぶ眠っていた気がする。



ぼやける視界に目をぱちぱちさせながら、
樫原さんのほうを見つめると
樫原さんもあたしのことを見つめていた。


その瞳は、すごく心配そう・・・。







「倒れて夕方からずっと寝てると中岡から聞いたんだ」


「うん・・・・」


飲み終わったコップを
樫原さんがゆっくりと取る。
そして、あたしの手に手を重ねて
ゆっくり撫でてくれる。


「起してしまったかな?」



「ううん、丁度目を覚ましたところだったから大丈夫だよ」


ふと時計を見ると
深夜を回っている。

・・・もしかして、樫原さん。
お仕事終わった後、
そのままこの部屋に来て、
ずっと付いててくれたのかな?

執事服のままだから。
いつも夜、逢いにきてくれるときは
きちんと着替えてる。






「お薬は?」


「夕食食べたあとに中岡さんが持ってきてくれた」


身体のだるさと共に
胸が苦しかったり、頭痛がしていたので
中岡さんから頭痛薬をもらったんだ。
眠る前は頭痛が激しくて
気持ち悪くなっていたけど
薬を飲んで眠って、起きた今。


だいぶ頭痛は治まっている。
ほんのちょっぴり、痛みがあるぐらい。


「そうか。本当だったら私が持ってきたかったんだけど・・・・」


「大丈夫だよ、樫原さん」



そう言って、あたしは微笑んだ。
樫原さんが忙しいこと、あたし、わかってるもん。


「身体のだるさはどうだい?」


「・・・・まだ胸が苦しいかな」



握った手のひらから温かさが伝わる。


それと共に、眠ってて
乱れた髪の毛を
樫原さんが優しく整えてくれる。



その仕草が気持ちよくて目を閉じて応えた。








いつも、こう。






少し無理をして頑張りすぎると
身体がだるくなって
微熱を出して
胸が苦しくなる。


頭痛もしてくるし
目の前もぼーっとしてきて
眠らないで頑張っていると
そのうち、倒れてしまう。


そういうあたしの身体のことを
よく知っている樫原さんだから
いつも優しくしてくれる。
無理しないでいいよ、って。


髪の毛を撫でる手から。
手の上に重ねられた手から。


樫原さんの優しさが伝わってくる。


「昨日の夜、あれから寝なかったのかい?」


「え・・・?」


「中岡から聞いたよ。テスト勉強で夜遅くまで起きていたとか」


「あ・・・・それは・・・」



今日、テストがあるからって昨日の夜、夜更かしをした。
ううん、その前の日も。
だって、白凛学園に来てから
何度目かの試験だけど、
毎回成績が振るわなくて・・・。


あまり成績のこととか
義兄さんや姉さんはいわないんだけど・・・。


あまりにも悪い点数を取って
樫原さんに知られるのは恥ずかしいから。


いい点数取ったら、
樫原さんが褒めてくれるだろうなって
そう想像していたら、頑張りたいなって
テスト勉強に励んだの。


樫原さんはお仕事終わったあとに
必ず部屋に逢いに来てくれる。
昨日の夜も、逢いにきてくれた。
日付が替わったころの時間で
もう寝なさい、と樫原さんに言われた。


いつも通り樫原さんに甘えて
ちょっとお話して、
テスト勉強を見てもらった後
おやすみなさいのキスをして
樫原さんは帰っていった。


でも、あたしはそのまま寝ずに
あれから勉強したんだよね。


だからかな。


今日のテスト中に気分が悪くなって
頭痛がしてきた。


(これはやばいな・・・・)


テスト終了後にはぐったりしてた。







だから、専属執事の中岡さんに
電話をして迎えに来てもらった。

中岡さんは優しい人だから、
電話をしたら、真っ青な顔をして
すぐに着てくれた。

(中岡さんのほうが何かあったような顔色だよ)


そう茶化したら、
中岡さんがすごく心配そうな顔をした。


(ごめんね、中岡さん)


あたしの恋人は樫原さんだっていうのに
いつも傍にいてくれる中岡さんは
本当に恋人のように
あたしのことを心配して
大事にしてくれる。





その気持ちはありがたいんだけど・・・。





ふらつくあたしを遠慮無しに
抱きかかえようとするから
学校の廊下で(!)
人目もあるし、と
どうにかその手を掴んで
車まで乗せてもらって。


一緒に後部座席に座ってくれた
中岡さんの膝に頭を乗せて
あたしは目を閉じた。


気分が悪くて
くらくらするのを押さえながら。








樫原さんには電話しないで。






そう頼むので精一杯だった。


電話したら絶対に樫原さんが
心配してしまうから。
今日も義兄さんと一緒に仕事にでてる。
そんな心配をさせても
すぐに戻ってくるわけじゃない。







余計な心配はかけたくない。








こうやって体調が悪くなるのは
あたしにとってはいつものこと。







心配をかけて負担には想われたくない。










樫原さんには電話しないでね。





再度、念を押すあたしを
中岡さんが少し悲しそうな顔で見つめていた。


心配かけてごめんね。


いつも傍にいるから、
中岡さんはこんなあたしに
しょっちゅう遭遇してて
とても心配をかけてる。


中岡さんには遠慮なく
心配かけられるのに
樫原さんにはそれが出来ないと想う。








(ごめんね、中岡さん・・・・)











ご無理はなさらずに。







そう中岡さんが
優しく言いながら、
車の中で横になった
あたしの頭を優しく撫でてくれた気がした。














―---それから、あまり覚えてない。


とりあえず部屋まで戻ってきた。


部屋について
中岡さんに手伝ってもらって
着替えをした後、ぐったりと寝ていた。







食欲が無いと言ったら
中岡さんがおじやを持ってきてくれた。
でも、そのおじやでさえ食べるのが億劫なぐらい
だるくてしょうがなかったから
食が進まないあたしに
中岡さんがご飯を食べさせてくれた。


いつも、こうやって甘えてしまう。
でも、甘えてしまうけど
中岡さんはあたしの恋人じゃない。


不思議だな。

そう想いながらも、
中岡さんが差し出すスプーンから
おじやを少し食べて
お薬を飲んでまた寝た。








「・・・・今日、テストだったから勉強しなきゃって想ってそれで・・・」



頑張ったけど
肝心のテストの時に
気分が悪くなっちゃって
結局問題を上手く解けたかわかんないや。


思わず笑ってごまかしてみた。


だって、樫原さんが
すごく悲しそうな顔で
こっちを心配しているのがわかるから。








(そんなに心配しないで)


そう言っても、
あたしの身体は
あたしが思うようにいかないことが多くて。


「・・・中岡に、私に電話しないようにと言ったとか」

「あ・・・・・・」

中岡さん、それを樫原さんに
言っちゃったの・・・?!
思わずどうフォローして
いいかわからなくて。黙ってしまった。


樫原さんが目を伏せる。


「心配かけないようにお嬢様が気を使っていらっしゃいました、と中岡が報告してくれたよ」


聞けば、すごく体調が悪くて
早退してきたというじゃないか。

それも食欲が無くて
中岡から食べさせてもらったというのも聞いたよ。

どうしていつもすぐに私に頼ってくれないんだ?







そう哀しそうに問われて、
あたしは何も言えなかった。












「・・・・樫原さんに心配をかけたくなかったの」










だって一番好きな人だから。


あたしの良いところだけ見てて欲しい。








心配してもらうと・・・・







その心配している顔を見ると、
あたしの方がもっと辛くなるの。


樫原さんはいつも
お仕事大変な人だから。
心配かけたくないの。

これ以上心配して欲しくないの。









「・・・・それは、私が君の事を負担に想っていると思っているということかい?」


「ち、違う、そうじゃなくて・・・」

「君の心配をするのは、いつだって私の最優先事項だから」


「樫原さん・・・・」







「心配ぐらいさせて欲しい」



心配するのも恋人の特権だと思わないかい?








そう言って、樫原さんがぐいっと
あたしの方に身を乗り出してきた。
思わずその仕草にドキッとする。



「樫原さん・・・・」

すごい至近距離で見つめられ
ドギマギするあたしに
樫原さんが声を潜めて囁く。











いつも中岡が
君の世話を焼いてることに
嫉妬している私に、
これ以上嫉妬させないでくれ。







「え・・・・?」

思わず目を丸くして
樫原さんを見つめた。
その言葉の意味で
あたしはドキっとした。


「現に今、中岡が君の恋人みたいに世話を焼いているだろう?」



樫原さんがそう耳元で
問いかけるように言う。


怒っている声でもないし
不機嫌でもない感じ。
でも、ちょっと寂しそうな
心配しているような感じ。








「あ・・・でも、それは中岡さんがあたしの専属だから。」


ちょっと言い訳がましく言った
あたしの頬を樫原さんが撫でる。



「樫原さん・・・・嫉妬してるって・・・?」

思わずドキドキして
訊いてしまった。








樫原さん、中岡さんに嫉妬してるの?
え・・・?








思わず言ってくれた
言葉の意味があまりにも予想外だったから
あたしはドギマギしてしまった。

そんなあたしに樫原さんが
少し溜息をついた気がした。


え・・・?
あたし何か悪いこと言ったっけ?







「わからないのかい、ゆいこ?」


目を覗き込まれるように
樫原さんから問われると。
ドキドキしてしまう。








自分の恋人が他の男に頼ってるのを見て
嫉妬しない男がいると思いますか?







丁寧な口調なのに
そう甘い言葉を言われると
どうしていいのか・・・
わからなくなっちゃう。


「わ・・・わからなく、は、ないよ・・・?」


多分顔が真っ赤だ。

すごく恥ずかしいから。
ドキドキしちゃうから。








そんな・・・それくらい
樫原さんがあたしのことを
好きでいてくれるっていうのが
嬉しい。







(あたしも樫原さんのこと好きだよ)







小さく呟いた声を
樫原さんがちゃんと聴いててくれる。








好きだって言葉さえも
口から出した途端に
恥ずかしすぎて、もうそれだけで
倒れてしまいそうになる
あたしを、樫原さんは
ちゃんと知ってるから。


いつも甘えるように
小さな声で好きだと伝える。


そんなあたしを樫原さんは許してくれる。


案の定、あたしの小さな呟きを
聞き取った樫原さんが
くすっと笑ってくれた。


そして、左手の小指を出してきた。


え?


何も聞かずに
あたしの小指と結ぶ。







「今度から体調不良のときは中岡じゃなくて私の携帯に電話するように」

約束ですよ。


思わずその行為より
その言葉で
びっくりしてしまった。


「え・・・・でも、樫原さん、義兄さんと仕事に出てるから、電話しても迎えに来れないよ?」


目を丸くしたあたしを
ふふっと樫原さんが笑う。

「義妹を大事に思っている慎一郎様がその知らせを聞いて、私を帰さないわけはないだろう?」


「あ・・・」

思わず顔を見合わせて笑う。


確かにそうだね。
義兄さんだったら、
そんな連絡をもらった樫原さんを
すぐさま帰すに決まってる。


だって、あたしと樫原さんが
恋人同士になったのを
一番喜んでくれたのは
義兄さんだったから。


勿論・・・少し嫉妬してたみたいだけど
さすがに自分の片腕の樫原さんだったら
あたしを任せることが出来ると、
数日後には機嫌直してたから。









「きっとそういう連絡をもらったことを、樫原さんが言ったら、義兄さんまで一緒に帰ってきちゃうね」


「ええ、慎一郎様も心配で帰ってきますよ」


2人でくすくす笑った。


「だから、ゆいこは余計な気を使わずに、そういう時はすぐ私に連絡するように」



念を押されて、あたしは
その強引さに幸せを感じる。


命令されるみたいな強引さは、
樫原さんがあたしを愛するが故だと知ってるから。


包み込まれるような優しさを
樫原さんから感じる。













付き合うときに言ってくれた言葉。



『全てから君を守りたいんだ』


その言葉を樫原さんは
忘れてない。

きちんと守ってくれて・・・


あたしをいつも包み込んでくれる。








それがすごく暖かくて嬉しい。







「もう遠慮せずに今度からは樫原さんに連絡するね」


そう告げたら、樫原さんが
いつものように笑ってくれた。








―――その笑顔を見ていたら、
あたし、わかったの。



この笑顔に、今日一番
逢いたかったって。

優しくしてくれる介抱してくれる
中岡さんじゃなくて
こうやってあたしを見つめて
優しく微笑んでくれる樫原さんの
笑顔が欲しかったんだって。


その笑顔で元気になれる。








それがすごく不思議。
大好きな人の笑顔だからかな。







「樫原さん」

「どうした?」

「・・・・今日、すごく樫原さんに逢いたかった」


甘えも全て受け止めてくれる。







「毎日会いに来てるじゃないか」

「うん」


(2人っきりになりたかったの)


そう思ってあたしは
じっと樫原さんの顔を見つめていた。

樫原さんもあたしのことを
見つめてくれる。

とっても優しい瞳で。

(私だってそうだよ)



夜の時間で何も物音はしない。

でも樫原さんの声が
聴こえてくる気がした。



部屋には樫原さんと
あたしの2人きり。



薄暗い中でも
樫原さんの姿がちゃんと見える。


こうやって夜の時間に
この場面ってすごく時間が止まったみたい。


そんなことを感じてたら、
樫原さんが急に座っていた椅子から
立ちあがった。








「じゃあ話は終わり。もうそろそろ眠るといい」







そういって、
あたしの頭の上に
手をぽんぽんって載せる。


「え?やだ!」

思わず条件反射で言ってしまった。
帰ろうと立ち上がった樫原さんの手を
ぐいっと掴んだ。


「え?」


思わず大きな声で言ってしまったのを
樫原さんがびっくりしている。


あたしも・・・そんな大きく
自分が嫌だっていうなんて
思わなかったから、
かーっと頬が赤くなるのがわかる。



「だって・・・せっかく樫原さんが来てくれたのにもう、こうやってすぐに眠るなんてもったいない・・・もん」


少し言い訳交じりになってしまった。


「ゆいこ・・・・」



沢山眠らないと
身体の辛さは治らないってわかってる。
でも、気持ちはそうなの。
まだ樫原さんと一緒にいたいの。



「もう少しお喋りしようよ」



だめ?






そう上目遣いで聞いてみる。
立ち上がっている樫原さんの表情が
よく見えないけど、少し困ったように
そして嬉しそうにも見える。


「・・・ゆいこ」


「・・・・はい」


「お喋りなら明日にでもできるから、さあ、眠って」


・・・・いつもだったら
我侭を聞いてくれるのに。


「ヤダ」


即答で返してしまった。


さっきまで、嫉妬するとか
すぐに電話するようにって
言ってくれてたのに、
話が終わったからって
すぐに帰るのは寂しいよ樫原さん・・・。







そんなことを、全て伝えることが出来ず
あたしはただ口をへの字に曲げるだけだった。

ふくれっつらをしたあたしに
樫原さんがくすくす笑う。


「ゆいこ?」


「・・・・樫原さんの意地悪」


「ふふ、意地悪なんかじゃないよ」

「意地悪だよ」

「そうかな?」

「うん、そう」








さっきまで、樫原さんのほうが
あたしの傍にいたいって
感じだったのに、今はあたしが
樫原さんに帰らないで、って頼んでる。

そして、頼むように仕掛けた
樫原さんの小さな悪戯が
あたしからすると、意地悪に思えた。

うん、甘い意地悪。


だから、拗ねてみるの。
樫原さんがきっと許してくれるってわかるから。

甘えたくて。
わざと「意地悪」っていうの。



案の定、樫原さんが
仕方ないなって感じで苦笑する。


「ほら、ゆいこ、機嫌直して」

そう言って今度は
あたしのベッドに腰掛けた。



横向きで抱きしめられる。



拗ねているあたしと
機嫌直そうとしている
優しい恋人。

優しくふわっと抱きしめられて、
あたしは樫原さんの背中に手を回した。








ちょっとだけ強く
樫原さんの執事服を握る。

今日、まだもう少し一緒に
居たいんだって気持ちを込めて。
抱きしめられながら、
目を瞑ると樫原さんの香水の香りがする。


一番安心する香り。
大好きな匂い。


すごく甘えたくなって。
胸の中が切なくなって。


樫原さんの名前を
小さく呟いてみた。


その呟きが聴こえたのか
樫原さんが優しくあたしの
耳元で囁く。








「しょうがない子だな」








その言葉が少し嬉しそうで
そして甘くて
あたしはすごく嬉しくなる。


いつもあたしを甘やかしてくれる恋人。



この言葉が聞けたら、
きっとその次に言う言葉は
あたしを甘やかしてくれる言葉。

樫原さんの腕の中に包まれて
あたしは甘えるように
樫原さんの胸に顔を寄せた。
















そんなあたしを
樫原さんが抱きしめながら
髪の毛を撫でる。


「ゆいこ、おとなしく眠ってくれたら、君のわがままを1つだけ聞くよ」


「樫原さん・・・・」



ふっと顔を上げると
やっぱり優しく見つめてて
その瞳に吸い込まれるように
あたしは何も言えなくなってしまう。


いつだって、樫原さんは
あたしのわがままを聞いてくれる。
わかっているのに。
こうやって言われると
また我侭をいうの。



「さあ、君が喜ぶことを何か1つやってあげる。何がいい?」



「え、えーっと・・・・」

くすっと樫原さんが笑った。












「あたしは・・・・樫原さんが今晩ずっと傍に・・・」



いつも樫原さんは
おやすみなさいの挨拶をしたら
自分の部屋に帰ってしまう。


泊まったりすることもない。
だって・・・・まだ一緒に
朝を迎えたことが無いし
それに樫原さんからは
あたしが大人になるまで待つといわれてるから。







ずっと一緒に朝まで。







この願いは無理ってわかってる。
それは、わがままを聞いてあげると
言われても、無理なことだと知ってる。







だから、言葉を濁してしまった。








思わず我に返ったように
樫原さんに我侭をいうより、
やっぱり今日は・・・と思って。

我慢しようと思った。


もうこんな時間だし、
樫原さんだって疲れてるだろうから
部屋で眠りたいよね。

ここで一晩っていったら、
きっとあたしのベッドでは
寝てくれないでしょう?


だからいいよ。
我侭聞いてくれるって
言ってくれただけで充分って言いかけてすぐ。



樫原さんが、そのあたしの言葉が
唇から出てくるのを
指で押さえた。










「それがゆいこの望みですか?」



「え・・・?」




思わず訊かれて頷いた。

すると樫原さんはいつもの笑顔で
ふわって笑ってくれた。


「じゃあ、今日はゆいこの傍で眠りましょうか」


一緒のベッドには
まだ眠れないので
ベッドサイドで手を握っててあげますよ。








歌うように優しく告げる。



思わずびっくりしてしまった。


「え!!??」



「え・・・?って、ゆいこ」


樫原さんが苦笑している。



「驚くことはないよ。ゆいこの願いだったらなんでも叶えてあげたい」


それが恋人である
私の甘やかし方です。


・・・・でも
一緒のベッドに眠るのは
まだまだ先の約束だから。
とりあえず、今日は手を繋いで眠ろう。

いつかは、きっと。



思わずその言葉に
心が絡め取られた。

その言葉の意味も。
樫原さんの想いも。


「樫原さん・・・・」


嬉しくてじっと見つめたら、
樫原さんがにっこり微笑んで、
あたしの頭を優しく撫でてくれた。


「さあ、ゆいこ。眠る時間だよ」

ゆっくりとあたしの背もたれにしていた
クッションを引き抜きながら、
ベッドに寝かせてくれる。



「・・・ドキドキして眠れないかも」


これは本当。

だって、ただ手を
繋いでくれてるのもそうだけど
こうやってすぐ傍に樫原さんが
いてくれるなんて・・・・。


あたし、本当に眠れないかも。


赤くなっているあたしを見て
樫原さんが、意外そうな顔をする。








「そうですか。それなら、やっぱり私は部屋に帰りましょう」


私が傍にいたら
ゆいこが眠れないってことですからね。
寂しいですけれど、
眠れないのなら、私は部屋へ―――







「あー!!だ、ダメダメダメダメ!!!」




慌てて否定する


「そ、そうじゃない、そうじゃないから!!ね、眠るから、大丈夫だよ!!」


「眠れないって言ったじゃないか、さっき」


からかうように樫原さんが言う。


「だ、大丈夫、一生懸命眠るよう頑張るから!!」


それに、頭痛薬が効いてきて
ちょっとしたら眠れると想・・・・・

そこまで言ったときに
樫原さんがくすくす笑い始めた。


え・・・?


「ゆいこ、本当に君はかわいいよ」


ええ・・・・?!!!


「思わず慌てる顔を見たくて意地悪してしまった」
帰って欲しくないと言って欲しくて。



そう言われてみれば、
帰ろうかな、と言ったときも
樫原さんはあたしの手を
ぎゅっと握っててくれた。


・・・・あ・・・・。


あたし、からかわれたんだ。
樫原さん、ひどいよ、
本気にしちゃったよ!と
拗ねて口を曲げてみた。


そんなあたしの唇に
樫原さんがキスをする。
そっと触れるようなキス。



ゆいこ、ごめん。

帰るつもりはないから安心していいよ。
ほら、手を握ってるだろ?



そういって樫原さんが
あたしの頭を抱きかかえるようにして
今度は髪の毛にキスをした。









「さあ、どこが痛いのか教えてごらん?」

痛いところにキスしてあげるよ。



痛みがなくなったら
すぐに眠れるだろう?




そう言いながら、樫原さんが
あたしの髪の毛にキスをする。


抱きかかえられた頭が
抱きすくめられた体が熱くて
思わず目を瞑った。


「ここが痛い・・・?」

うん・・・ちょっと頭も痛い。
そうっと、こめかみにキスをされる。

「ここも痛いかな・・・?」

額にも。

何度も繰り返されるキスに
あたしは目を閉じた。


そのキスが優しくて。
味わいたくて。


「可哀想に。頑張りすぎて倒れてしまうなんて」

代われるものなら
代わってあげたいよ。


そんな優しい言葉が
あたしに降り注いで。
それだけで幸せを感じる。








今も胸、苦しい?

・・・・・うん。


そう応えると、きっと・・・・。



樫原さんの指が丁寧に
あたしの上着のボタンを
1つ、2つ、外していく。

その1つ1つの動作に
ドキドキしながら。



ぎゅっと目を瞑って
次に来るだろうことを待っていたら。







樫原さんがくすっと笑うのがわかる。


「そんなに緊張しなくても」


「だって・・・・」


胸元にキスされながら。
ドキドキしすぎて。

(心臓に悪いよ・・・)



「痛いところに口付けるだけだよ」



そういって、優しく樫原さんが
ボタンを開けて少し見えている
あたしの胸元にキスをする。

それがすごくドキドキする。

それ以上・・・・はないのに。
わかってるけど、ドキドキする。


(樫原さんってやっぱりひそかに意地悪だ)



そう拗ねながらも。
樫原さんのキスが気持ちよくて
あたしは目を開けることが出来なかった。



気がつくと、胸が苦しいって
言っていたのさえ
吹っ飛ぶかのようだった。


(ドキドキしすぎて、別の心臓病になっちゃうよ)

そんなことを考えてしまう。



沢山キスされているうちに
ぼーっとしてきて、
頭の中をズキズキと走る痛みが
遠のいてきた。
身体の力が抜ける。

沢山のキスをしてくれた唇が
顔に戻ってきた。


ちょっとだけ顎を持ち上げられて
樫原さんの密やかな息が
あたしの顔の近くでする。


目を開けると
樫原さんがあたしをじっと見てる。



もう、執事のときの顔じゃない。
恋人のときの表情。


甘くて。
大人で。
優しくて。
あたしをいつもふんわりと包む。



胸の奥まで見透かされるような
その視線のまっすぐさに
目を細めた。


樫原さんのことがすごく好き。


「・・・・目を細めているのは、唇にキスして欲しいからかい?」



そう小声で訊かれて
答えるよりも先に
唇に優しくキスされた。







「樫原さん・・・・」







呟く言葉さえキスされる。


たまにしてくれる大人のキス。


絡まる舌に言葉を取られて。
声にならない声が零れた。








何度も繰り返されるキスで
頭がボーっとしてきた時。


不意に唇が離れて、
樫原さんがあたしをベッドに
優しく押し戻した。


「さあ、お眠り、ゆいこ」


「樫原さん・・・・」


なんだか物足りないよって
言おうと想ったけど、
でも、さっきのキスで
満たされてしまった。


布団から出ている手を
優しく握ってくれる。


「手を握ってるから」


もう片手であたしの額に
かかった髪の毛を優しく撫でた。

優しく微笑んでくれる。


この優しさを独占しているのは
あたしだけだ。
そのことがとても嬉しい。


「今度目が覚めたら、身体の辛さは消えてなくなってる」


額に置かれた手の温かさが
気持ちよくて、そっと目を閉じた。



よく眠るんだよ。
疲労回復には眠るのが一番。

あまり食欲が無いって聞いたから
明日の朝ごはんは
ゆいこが好きな果物を準備するよ。








「中岡さんは?」


さあ?


思わず笑うように樫原さんが言う。


うん、きっと。
明日は、中岡さんじゃなくて
樫原さんが傍にいてくれるんだと思う。


さあ?って答えた
樫原さんが、やっぱり
「樫原さん」だなと思った。


そんなところさえ
愛しくと思うの。

胸が潰れる切なさとかじゃなくて
満たされていく、何かで。
温かい気持ちで。







「明日もまだ具合が悪かったら、樫原さん、側に居てくれる?」


「勿論ですよ」

執事のときみたいな返事で
あたしは思わず笑った。



「侑人さん」


この人に思いっきり甘えたくて。
握られた手をぎゅっとして
そのまま、自分の布団の中に引き込んだ。

帰らないで、って印。


「うん?なんだい、ゆいこ」


下の名前で呼んだからか、
樫原さんが嬉しそうにしているのがわかる。


照れるから何度も呼べないけど・・・・。







「ありがと」


その言葉で樫原さんがくすっと笑うのがわかる。


「お礼を言われるようなことは何もしてませんよ」


「ううん・・・。樫原さんがいてくれたら、なんでも大丈夫なんだ」


だから・・・・。
ずっと傍にいてね。


そう告げようと想ったけど
もうなんだか、いきなり
薬のせいなのか
眠くて瞼が重い。


まだ身体のだるさとか辛さがある。


でも倒れたときや、
樫原さんが来てくれたときより
ましになってる・・・気がする。


樫原さんの魔法?

きっとこんなに
樫原さんのことが好きな
あたしにしか効かない魔法だと思う。


そう思うと、すごく幸せな気持ちになった。



キスするだけで、
あたしの傷みや疲れを
取ってくれる人。

大好きな人。

本当に大好きなの。


もちろん。
それで全て無くなるわけじゃないけど
でも、そう感じるの。







「樫原さんがあたしの恋人でよかった・・・」


心からそう思う。



いつも傍に居てくれて
優しい中岡さんでもダメなの。
優しくしてもらうだけじゃ
こんな気持ちにならない、きっと・・・。







大好きな人じゃないと
癒されないの。


身体の辛さとか痛みとか
全て忘れさせてくれるのは
あたしが樫原さんのことを
とても好きだから。



勿論、樫原さんもあたしと同じくらい
ううん、それ以上にあたしのことを
愛してくれてるから。



だから・・・・。











瞼が閉じる直前。
優しい言葉が耳元で囁かれる。



「ゆいこ。私は君だけの恋人だから、これくらい当然だよ」












「それに・・・・・」



―--‐それ以上の言葉は聞こえなかった。












でも、それに続く言葉はわかってる。










(――-それに傍にいたい気持ちは私も一緒だよ)








きっと樫原さんだったら
こう言ってくれるはず。



半分夢の中で
あたしは樫原さんの言葉を聞いた。


安眠できるようにって
あたしの部屋に
焚いてくれたアロマの香りより。

あたしのベッドの傍で
手を握っててくれる
大好きな人の香りのほうが
心と身体を癒してくれる。







夜の帳がこの部屋にも訪れて。


静かな時間を刻む時計の音。
柔らかいベッドの中に包まって
感じるのは、握られた手の温かさ。
傍に居てくれる大事な人の存在。



あたしだけの恋人。
あたしだけにしか
こんなに優しくなくて。
あたしにしか
こんな意地悪はしない。

何でもお見通しで。
頼りになって。
つい、甘えてしまうの。



そして、甘やかされるの。
誰よりも。甘く甘く。


あたしが寂しがってることも。
頑張りすぎちゃうことも。


そういうのさえ、全て包んでくれる。


そのままのあたしを愛してくれる人。



あたしの前でだけ
とてもとても・・・
素敵でいてくれて。







手が届かないと思うくらい
特別なの、樫原さんは。
他の誰よりも。


そんな樫原さんが
あたしのことを好きでいてくれて
とても嬉しい。



お薬よりも効くのは
大好きな人のキス。



大好きな人からもらう愛情。
愛されてる実感。
独占させてくれるその優しさ。
慈しんでくれるその視線。
包んでくれる手のぬくもり。



(大好きだよ、樫原さん)








樫原さんがしっかり
手を握っててくれるから。


きっと目覚めたときも
傍にいてくれる。


その安心感があるから、
もったいないなって想っても
眠れるの。


きっと目が覚めたら
樫原さんがキスしてくれたところから
全ての痛みがなくなっているはず。








(特効薬だもん・・・・樫原さんのキスは)



思わずこの幸せに頬が緩むのがわかる。


遠のいていく頭痛と身体のだるさに任せて。

ふんわりとしてきた
手のぬくもりを感じながら
あたしは夢の世界へ落ちた。




















***** 密やかな夜 Fin **********
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素直になれなくて  11/05/2008  


****** 素直になれなくて ********












「中岡さん。今すぐ紅茶入れてきて」
「はい、お嬢様、少々お待ち下さい」
「ミルクティがいいな」

あずまやで、あたしは中岡さんに紅茶を頼む。
いつもの、昼下がりの時間。
春の天気の中、沢山の花々が色彩豊かに
この庭の中で輝いているのが見える。


「やっぱりいらないわ。美味しくない。」

前に置かれたカップを、少し遠ざける。
今、入れてもらったミルクティ。


「あたし、ストレートで飲みたいから、これ下げて。」
「・・・・わかりました」
「今すぐ作ってきて」
「少々お待ち下さい」


わざと中岡さんの顔を見ないでいう。
多分、中岡さんはあたしの我がままに
少し困った顔をしているはず。
そして、当惑しているはず。


追い討ちをかけるように、
また、あたしは言ってしまう。


「・・・・あたし、中岡さんが入れる紅茶、飽きちゃった」
「・・・・・・・・・」
「真壁さんが専属だったら、もっとおいしい紅茶を毎日飲めるのにね」
「・・・・申し訳ございません」


なんでもない振りして、
あずまやの前に広がる噴水に目をやる。
噴水の後ろは、満開の桜。
その色の優しさと反対に、
あたしの中のぐるぐると渦巻く灰色な気持ち。


中岡さんが黙ってしまった。
多分、その顔は少し傷ついているはず。
中岡さんが、ミルクティのポットを持って
あずまやから屋敷へ急ぎ足で行く。







あたしは、その背中をそっと見詰めた。








ため息が出てくる。


こんな形でしか、中岡さんに関われない自分。
主人のわがままを断れないことを知ってて、
中岡さんに無理をいう。


それを中岡さんが困った顔をしながら、
叶えてくれる。







(アナタノコトガスキ)

この9文字が言えたのなら、
どんなに楽だろう。


好きでしょうがなくて、
この気持ちに戸惑ってしまって、
そして、どうしようもないってこと。





あたしは、「お嬢様」で、中岡さんは、「執事」。

執事だから、あたしの傍にいる。
そして、ワガママを叶えてくれる。
好きで傍にいるわけじゃない。
ただ、仕事だから傍にいてくれる、それだけ。



その事実が、あたしはとても嫌い。






だから、こうやって意地悪をしたくなる。
憎まれ口を叩いてしまう。




大好きなのに、つい・・・・。


嫌われてもしょうがないことを言ってしまう。
そして、困った顔をした中岡さんを見て、
あたしは、とても自己嫌悪に陥る。





どうして、こうなってしまったんだろう。








中岡さんの背中が遠い。
その背中だけしか、
見詰めることは許されず。

自分の気持ちは言えないまま。







これまでだって、そう。


あたしはいつも彼の背中を見ていて。







嘘泣きしたり、
わざと無視したり
わがままを言ったり、
たまに離れてみたり。


まっすぐな中岡さんの視線が痛いから。
こっちを見ないで。

優しい中岡さんの仕草に心が痛むから。


素直になれなくて
彼が傍にいるだけで
息が苦しい。


素直になれるのは、
彼があたしを見ていないときだけ。


こうやって、背中を見詰めているときだけ、
あたしは、大好きな中岡さんの姿を
じっと見詰めることができる。

息を潜めて、全てを忘れないように、
あたしはじっと見つめる。


その時だけ、あたしは心の中で告げるの。
あなたのことが好き、って。


こんなに好きで。
好きだけど言えない、この気持ち。


だから、いつも中岡さんを試す。


嘘泣きして貴方の反応を見たり。
わざとわかるような嘘をついたり。


どうして一番大事な気持ちには、
素直になることができないんだろう。


どうでもいいことは、なんだって言えるのに。


いつも、堂々巡りで、
あたしは、中岡さんのことを考えてる。


ミルクティも、ストレートティもいらない。
ただ、一緒にあずまやですごしてくれる時間が、
それが好きなのに。

一緒にいると息が苦しくて、
つい、ああ言ってしまう。
あたしは、目を閉じて、
少し痛む胸を押さえながら、ため息をついた。







(アナタノコトガスキ)






いっそ、素直にそう告げられたら
どんなに楽だろう。


中岡さんは、なんて答えるだろうか。

お嬢様に対しての返事じゃなくて
1人の女の子として、
返事をしてくれるだろうか。








ちゃんと向き合って欲しいと願いながら、
ちゃんと向き合わずに逃げているのは――-。










あたしだ。




俺は全て知ってる。





いつも君が俺のことを、
後ろから見つめてるのがわかるよ。
俺の背中を一生懸命見つめている。
そう、少し泣きそうな顔で。





どうしてそんな顔を、
俺が見ていないと思ってるんだろう。


君のわがままは全てわかってるよ。


わかりやすい嘘や、
わざと無視するような態度、嘘なきや、
八つ当たりのようなわがままや。



わかってて許すのは、
君が俺の背中を見つめて、
そんな切なくて淋しい顔をしているのを
知っているからだ。



いつも、君はそうだ。



俺をわざと困らせたあとに。
俺に八つ当たりをしたときに。
そして、1人で何かを諦めてしまうときに。


君は、俺が見ていないと思って
俺の背中をじっと見つめる。






その視線が痛くて。
そして、心地いいことを知ってる。






妙に俺を安心させることも。

だから振り返らない。








こうやってわがままを言っているうちは
君は俺から離れていかない。
嘘泣きをしているのは、
俺の気を惹きたいからだ。



我がままをいうのは、
それを俺が許すからだ。
俺の優しさに触れたくて、
そうやって、無理なことを
いうことぐらいわかってる。



俺は君の我がままを許すたびに、
俺の中の君への気持ちを確認するよ。








全てわかってる。







だから、こっちをみて。






俺が「執事」だから、
君の傍にいると思っているのかい。




それは違う。


最初の出会いはそうでも・・・今は違う。








今日は素直に、
君に俺の気持ちを伝えよう。


もう、試すことなんか、全然ないってことを。
傷つくことを怖がることはないってことを。


いつも俺の背中を見つめて
君からの無言の呟き、
ずっと聴こえてた。


俺の背中じゃなくて、
俺の顔をみて、
その口から、言葉で
君の気持ちをおしえて欲しい。



君が俺のことを好きだってことぐらい
もう、わかってる。







君のことが、俺も大好きだ。







君が俺のことを好きな以上に
俺は君のことが好きだ。



いつも、向き合おうとするたびに
するりと逃げてしまう彼女。
その彼女を逃がしたまま、
ずっと見つめていたのは、俺だ。


この関係が心地よくて、
そして、苦しいから。







「お嬢様、ストレートティです」

「ありがと」


少し不機嫌そうで、そして沈んでる彼女。
なにか面白くないことがあった
子どものような返事に、
俺は心の中でくすっと笑う。


カップを握る小さな指。
少し拗ねた表情。
わざとあっちの方向を見詰めている視線。


俺のことを気にしていないフリをしながらも、
しっかりと俺を観察している気配。



どれもこれも、可愛くて。
好きでしょうがない。






(キミノコトガスキダ)


飲み終わったカップに
またティを注ぐ。

この紅茶に、俺への恋心に
素直になる薬を入れてしまった。


もう、こんな、
わかりきった茶番はもう終わりにしよう。







そう。
今日こそ、逃がさない。



「・・・・・・お嬢様、少し私からお話があります」


思い切って、いきなり
そう切り出した俺の声に
振り向いた彼女の髪の毛が
ふわっと風になびいた。


後ろは桜吹雪。
吹雪のように花びらが散っている。
その花が全て、俺が君に捧げる愛だ。
花びら1枚1枚に、俺が君に沢山告げたい
愛の言葉が込められてる。



彼女の表情が、少し不安で揺れている。
目を伏せて、その顔を見せないようにする。

その仕草が妙に俺をほっとさせる。



そんな顔をしなくても、
俺は君から離れない。
君が心配しているような言葉を
俺が言うわけはない。


だって、ずっと君の傍にいたいのは
俺のほう。


どんなにワガママな彼女でも―――。














きっと、この恋は叶うはず。













俺が君のことをずっと好きなように
君も俺のことが好きだ。








その気持ちが、
今日1つになるのだから。


素直になりたくて、
素直になれなかった。


君がそうだったように、
俺もそうだよ。
傷つくのが怖くて。
この関係を壊してしまった後を
何度も考えて。



でも、そんな心配をするより、
君を抱きしめたいんだ。



だから、顔を上げて。

世界で一番優しいキスをしよう。









素直になることが怖くないって、
そう思えるようになるまで。
ずっとずっと傍にいて、
抱きしめてあげる。

俺の隣が一番安心すると、
君がわかるまで。



俺は、ふわっと彼女を抱きしめて、
驚く彼女のその耳元で愛を囁いた。










君のことが好きだ。
君の気持ちをおしえて欲しい。













・・・そして、彼女の返事が
春風に乗って、俺の耳元に届いた。








(中岡さんのことが好きだよ)










素直になりたかった。
でもなれなかった。

もう、そういう日々は終わり。

俺は君のことが好きだよ。
何度言っても足りないくらい好きだ。

これまでずっと素直に言えなかった分、
これからは、毎日
君に好きだって言い続ける。








ずっと傍にいるよ。









俺は、彼女を抱きしめた腕を
少し緩めて、少し震えている彼女に
優しくキスをした。
















***** 素直になれなくて Fin.*******
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恋愛写真  11/04/2008  

******* 恋愛写真 **********

 ~ Beautiful Butterfly ~















俺の心の中には、1冊のアルバムがある。


そのアルバムの名前は「ゆいこ」。
この九条院家のお嬢様のお名前だ。





そして、俺の想い人。





アルバムの中には、俺がこれまで見てきた
彼女の写真が収められている。
専属執事として傍についている分だけ、
毎日、そのアルバムに写真は増えていく。









朝起こしにいったときの無造作な寝顔。

眠気眼をこする子どものような仕草。

おはよう、と微笑むときの優しい顔。

パジャマの姿を恥ずかしがる背中。

制服のリボンを結ぶときの凛とした表情。

髪の毛を梳かす鏡越しの顔。

並んで歩くときの彼女の華奢で細い肩。

教室で友達といる時の楽しそうな横顔。

俺を見つけて、すぐさま飛んでくる可愛い姿。

靴を履こうとして、うずくまったときに流れる髪の毛。

お茶のときにカップを持つ小さくて細い指。

飲むときに、こくんと動く、白くて小さな喉。

盗み見る綺麗なエッジを描く横顔のライン。

庭の咲き乱れる花を見つめて瞬きする睫毛の作る影。

考え事をするときにひじを突いて顎を乗せる仕草。

何かを語ろうとするときにゆっくりと開けられる唇。

そして、時々俺を見つめて微笑むときの優しい瞳。

眠る前にキスをねだって閉じられた瞼。











どれもこれも。


あまりにも、俺の心を奪うものだから、
心の中でシャッターを切らずにおれない。


俺だけが知っている彼女の1つ1つ。
ちょっとした仕草でさえ愛しい。










今、少女から女性に変わろうとしている彼女。


さなぎから蝶に変わる、
1人の女の子の傍にいて、
成長という名のラインで、日々変化する、
その綺麗さ、儚さ、そして女らしさに
俺は感動し、切望する。


蜘蛛のように、その蝶を捕らえてしまいたい。

そして、その美しい羽を折って、
食べてしまいたい。




君は気づいているんだろか?
俺がこんな欲望を持っていることを。






ただ、優しい男だと、
俺のことを思っているのなら
それは大きな間違いだ。

本当の俺は、独占欲もあって、
そして、黒々としたものも胸に秘めている。
でも、これまで生きてきた年数で、
俺はその姿を君の前から隠すことができる。

隠して、君の傍で居続ける。
いつか、君を捕らえようと心の奥底で望みながら。


君を捕らえてしまいたい衝動に駆られたとき、
俺は心の中でシャッターを切る。

捕らえることができないのなら、
せめて、その姿を永遠に心に焼き付けようと思って。


君が美しい羽を持っている蝶だ。
その美しい金粉を撒き散らし、
“女”であることを匂わせる。

その匂いに酔いしれながら、
俺は、君が傍にいてくれることに
心の底から、幸せを感じるんだ。

君が微笑むだけで、
俺がどれだけ心を震わすか、
わかっているんだろうか?

その1つ1つの仕草が
たまらなく、俺の心を幸せにするんだよ。
揺さぶられて、見境がつかなくなる。


だけど、たまに幸せすぎて、
それをもっと完璧に自分のものにしたくて、
「終わり」にしたくなる。

自分の手で「終わり」にしてしまえば、
それは、もう誰からも奪われることのない
時間だから。
幸せな時間、と名づけて、
それを永遠に保存できるから。






「終わり」がいつ来るのか、
怯えなくてすむ。








その美しい蝶の飛ぶ姿を
ずっと見守っていきたいという想いと、
どこかへ飛んでいってしまうのなら
今すぐ捕らえて、ここで俺の手で
その美しい羽をもぎ取ってしまいたい衝動。







2つの気持ちのどちらも、
俺の心だ。


こんな俺の心を君に伝えたなら、
君はどう答えるだろう?


こんな気持ちを―――
こんな矛盾した俺を、
いつか君に見せることができるだろうか。







「執事でなくなろうとも、おそばにおります」


その言葉は君をずっと見つめておきたいが為。


俺がいないところで、
こんなに愛らしくて美しい存在が
息をしていることが許しがたい。

見ていないところへいってしまうくらいなら、
今すぐ俺のものにしてしまいたい。
傍にいられないのなら、今すぐ――-。













「-----中岡さん・・・?」






気づくと、彼女が俺の腕に手をかけてきて、
こちらを見ていた。
覗き込むように、俺の瞳を見つめている。

もう片手には、屋敷に滞在している客人からの贈り物、
色とりどりのチューリップの花。
これを飾ろうと、彼女が花瓶を選んでいたところだった。


「どうしたの?」


贈り物に嫉妬して、
俺は自分の世界にいたのか。
もしかしたら、表情にも
怪訝な様子が出ていたのかもしれない。

こんな黒い気持ちを彼女に気づかれたくなくて、
すっと表情を整えて、彼女に微笑み、
冗談交じりで、彼女に甘い言葉を囁く。


「あんまりにも可愛いから、その姿を写真に撮りたいなって思ったんだ」


じっと見つめて、彼女に告げると、
すぐ頬が赤くなる。

彼女は俺のことが好きだ。
こうやって確認しながらも、俺の心は震える。

でも、今日の彼女は赤い顔をしながら、
少しきっぱりと、
予想もしていなかった言葉を言った。



「いやよ」

「え?」

「だって、写真になってしまったら、なんだか遠いよ、久志さんから」

「・・・・・・」


その言葉の意味があまりよくわからなくて、
黙ってしまった俺に、
彼女が微笑みながら言葉を続ける。


「あたしは、ずっと久志さんの傍にいるの。だから、写真なんて必要ないでしょ?」


そう、首をちょっとだけ傾げて言う。


「写真に写ったあたしを見るより、いつも傍にいるあたしを見つめていればいい」


自信満々で、目をキラキラ輝かせて言う君。
言った後で、自分の言葉の大胆さに赤くなる頬。


君は今、自分の口から、
未来を語ったのをわかっているか?


この姿に、俺はまた心の中で
夢中にシャッターを切る。


これでまた、アルバムの写真が増えた。











君は何もわかってないよ。

どれだけ、俺が君を、
君の全てを愛してるか。


参ったな。
こんなに君を好きになってるなんて。
あんまり、俺を喜ばせないでくれ。


君を好きになりすぎるから。







「ゆいこ・・・」



胸の奥からあふれてくる愛しさと、切なさで、
俺は、彼女をゆっくりと抱きしめた。


いきなり抱きしめた俺の手を振り解かずに君は、
手に握ったチューリップを傍に置いて、
そっと俺の背中に手を回してくる。


胸に頬擦りしてくる彼女。
華奢で、細くて、小さくて。
その身体中、舐めまわしたいほど愛しい。






どこかへいってしまわないでくれ。

ずっと傍にいてくれ。

そう、心の中で呪文のように唱えながら。












願わくは、彼女が死ぬときまで、
俺が彼女の傍にいられますように―――。


























時よ、止まれ。



今、この瞬間が永遠になれ。























そう、強く祈りながら。


俺は自分と彼女の姿に、
心のシャッターを切った。




















********** 恋愛写真  Fin . ********

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夜の遊園地  11/04/2008  


******* 夜の遊園地 *******



5月12日火曜日。
この日はあたしの恋人であり
専属執事である隆也君のお誕生日。    

もちろんあたしは、その日に向けて着々と準備中。
今度のお誕生日は・・・・あたしと隆也君が付き合って、
初めての誕生日だから。

(隆也君がとても喜んでくれることをしたいな)

隆也君はあたしの専属執事だから、常にあたしが快適なように
お仕事してくれてる。言ってみればいつもあたしは、
隆也君にしてもらっているばかり。

(あたしだって、隆也君に何かしてあげたい!)

今度の誕生日がちょうどいいチャンスだと思う。
日ごろのお礼も込めて。大好きだよって思いも込めて。
恋人として毎日傍にいる隆也君の最高の笑顔をみたい。

(誕生日はスペシャルにするんだ!)

はりきったあたしの「隆也君の最高な誕生日」
秘密大作戦はまず、プレゼント選びからはじまった。



・・・・・・・・・


―――-しかし、作戦実行はなかなか困難だ。
だって、隆也君は始終あたしのそばにいるから。

朝は部屋に起こしに来るし食事時間は配膳や待機、
学校の送り迎え、帰宅後のティータイム。
そして、夕食後は執事としての仕事を終えて
あたしの部屋か2人で散歩しながら恋人の時間。
寝る前のキスでお別れしたら、おはようのキスでまた会う。

(隆也君とびっしり一緒だから・・・秘密裏に動けない・・・・)

あたしは、唯一隆也君と一緒にいない学校での時間、
授業中に一人頭を抱えていた。

(12日、もうすぐなのに・・・・)

まず、あたしが立てた計画は、隆也君のプレゼントを
どうするかが最初の鍵。
この間のバレンタインみたいな欲しがっていた靴、
とかじゃなくて。
もっともっと、隆也君が意外に思うもの。

あたしは、できれば今年のプレゼントは
植物にしようと思ってた。

隆也君はあたしの専属になる前は庭師だった。
今でも庭の手入れを手伝ったりもするし、植物にすごく詳しい。
植物のことをあたしに教えてくれる時の隆也君は、
執事の隆也君より、ほんのちょっぴり・・・生き生きしてる。
あたしは、それを見ると、
(やっぱり庭師の仕事の方がいいのかな?)って思ったりもするけど、
でも、隆也君は執事としてあたしの傍にいることを望んでいるし、
あたしだって、隆也君に傍にいて欲しい。

隆也君が庭の仕事を手伝いに行ったりするのも、
少しだけ複雑な思いをしたりすることもある・・・・。

でも、あたしは思うんだ。

好きな人の好きなものを好きになりたい。

だから、あたしは隆也君が大好きな植物とかも好きになりたい。
隆也君がどんなお花が好きで、どんな樹木が好きか知りたい。

そして・・・・。
あと1つ思いついていたのは。
隆也君はあたしの執事になるために、言ってみれば、
これまでの自分の仕事だった庭師を離れて、執事になってくれた。

あたしはそれに感謝してる。

あたしの傍に寄り添ってくれたことが。
あたしの側に来てくれたことが。
だから今回の誕生日では・・・あたしが隆也君の傍に寄り添いたいと思う。

つまり隆也君の趣味とかその世界に、あたしが近付きたいってこと。

隆也君が大好きな花をあたしが植えて、それを育てて隆也君にあげよう。
きっと隆也君はそんな素朴なプレゼントでも喜んでくれる。
あたしの気持ちが入ってるって言ってくれる。

お金で買えるものは何でも買えるけど、でも隆也君は
そんなのを望むような人には思えないんだ。
もちろん欲しかったものをもらったら嬉しいっていうはずだけど。

当たり前のプレゼントじゃなくて、あたししかできないような、
そんな特別なプレゼントをあげたい。

きっと、植物とか成長していくイノチみたいな自然が好きだと思うから。
そういう見えないものを形にして隆也君にあげたいと思うの。


(まずはリサーチ!)



あげたいものの目星はついたとはいえ、隆也君に見つからないように
秘密作戦を実行するには、なかなか困難だ。

ばれたら面白くない。
スペシャルにしたいんだもん。
隆也君にばれないように準備して、当日びっくりさせて余計に喜ばせるの。

隆也君が驚いたあとに満面の笑みで喜んでくれることを
あたしは予想してにんまり笑った。

隆也君が好きなお花を知っている人、と考えたときに、
真っ先に浮かんだ人は瞬君だ。
バレンタインの時に、瞬くんから隆也君が欲しいものを
おしえてもらったから。
今回も、まずは訊いてみよう。





・・・・・・・・




「ねえ、瞬君?」
「はい、お嬢様!」

にこにこ笑顔でこっちを振り向く瞬君を玄関先で捕まえた。

隆也君は今、あたしのお茶を入れに厨房へ行っているはず。

「あのね、隆也君のことなんだけど・・・・」
「ええ?」

ごにょごにょごにょ。

(隆也君が大好きな花、とか何か知らない?
他の植物、木でもいいんだけど・・・)

あたしの意外な質問に少し目を丸くした瞬君だったけど、
すぐさま笑顔で答えてくれた。

「隆也さんはどんな植物でも好きです」

・・・答えになってないよ、瞬君。

「そうじゃなくて、なんか・・・気に入ってる、とか、
好きそうな花とか、・・・・」
「お嬢さん?」

そこまで聞いたときに不意に階段上から声が降ってきた。
振り向くとティーセットを載せた台車を押す隆也君だった。

(意外と早くお茶入れれたんだ・・・・)

「しゅ、瞬君!今のはナイショで」

小さな声で急いで言ったあと、あたしは隆也君のところへ走った。

「あ、隆也君、どうしたの?」
「いや、お嬢さんこそ。今、すごい勢いで階段昇ってきたっすけど?」
「あ・・・ううん、なんでもないの」
「瞬となにか話されてたんじゃないんですか?」

あまり疑うことをしらない隆也君だから、とりあえず
瞬君から話題を逸らせば大丈夫!

「う、うううん、なんでもないよ。」
「え?でも瞬のヤツ、こっちを見てますけど?」

あ・・・・。
下を見ると、瞬君がこっちを見て会釈してくれてる。
その笑顔が・・・。
ばれたらこまる。さっきのあたしの質問なんて!

「だ、大丈夫だよ。早く行かないとお茶が冷めるから、部屋に行こ?」

あたしは、いぶかしげな隆也君の背中を押して部屋まで行った。



・・・・・・・

瞬くんは隆也君好きなお花や植物がわからなかった。
第一候補、消え。
第二候補は・・・・やっぱり。
一緒に庭仕事をしていた誠吾君だ。
誠吾君は・・・瞬君より、捕まえにくい。

瞬くんはフットマンで、だいたいは玄関先とかにいるから
隆也君の目を盗んで(!)聞きにいけたけど・・・・。
誠吾君は、さて、今日はどこで庭仕事をしてるんだろう?
あたしは、自室で隆也君が入れてくれたお茶を飲みながら、
窓の外の九条院家の庭園をじっと見つめていた。

(どっかでお花とか植えてるのかな?)

見える範囲に誠吾君の姿はない。

・・・むやみやたらに誠吾君を探して庭を歩き回るのは
さすがに隆也君に見つかる恐れがある。

(庭にいる誠吾君を探すには・・・・)
「隆也君。今日のアフターヌーンティーはあずまやでやりましょう」

この方法が一番だ。



・・・・・・・・・・・・



「今日は、キャラメルチャイですよ、お嬢さん」

いきなり、あずまやでお茶をしようと言い出して
さっきのティーセットを持って、隆也君と2人で庭に出た。
チャイが冷めるから、もう一度入れてくると厨房へ行った
隆也君の背中を送った後、あたしは、目を凝らして
庭仕事をしているであろう、誠吾君を探した。

よーくよーくみてみれば庭の片隅の作業小屋の近くに
誠吾君がいる。


「誠吾君~!」

少し遠くから声をかけたら、その声に気づいたのか、
誠吾君が振り返った。
なにか、花の植え替えをしているのかスコップを持ってる。
おおい、と手を振りながら近付くのを、
誠吾君が怪訝そうな顔で見ている。


「誠吾君!」
「・・・・・なんすか?」

誠吾君はシャイだから、口数が少なくて、そっけない。
それも、もうわかっていることだから、そのまま続ける。

「いきなりなんだけどね、隆也君のことで・・・・・」

隆也君の名前を出すと、少しだけ誠吾君の表情が変わる。
誠吾君は隆也君にすごく懐いてる。隆也君のことを話すときの
誠吾君の顔が、少しだけ嬉しそうなのは内緒。
だってそんなことを言ったら、誠吾君、絶対照れて、
どっかに行っちゃうもん。

「隆也君の好きな・・・お花とか、わかるかな、誠吾君?」

少し周りをはばかりながら、小声で訊く。
そんなあたしに誠吾君は目を丸くした。けれど無表情のまま言った。

「隆也さんは何でも好きっすよ、花も木も」

・・・・・こっちでも同じ回答か。
ああ、ふたりともだめじゃん。
どうしよう。
二人から聞けないとなると・・・・。
少し頭を悩ませて、うーん、って唸ったあたしを
誠吾君が、不意に笑った。

「隆也さんは庭仕事長いっすから」

長いといってもさ。やっぱ、好きな花ぐらいはあるんじゃないかな?

「・・・隆也さんに訊いてみたら?」

・・・それができたら、こうやってコソコソ訊いてまわりません。
どうしようって、への字になったあたしを誠吾君がくすっと笑う。
隆也君とあたしが恋人同士になってから
少しづつ誠吾君と関わる時間も増えた。

シャイで照れ屋、警戒心の強い誠吾君は最初の頃、
あたしとあまり関わらないようにしてた。
でもだんだんと、あたしと隆也君が恋人同士で
よく話題にでるようになったからか
あたしとも喋ってくれるようになった。
誠吾君は隆也君のこと、だいたい知ってると思ったんだけどな。

誠吾君は照れ屋でシャイだけど、その分だけ人の気持ちには
意外と気づく方だと思う。鋭いところがあるっていうのかな。
隆也君はどちらかというと性格がマイペースで兄貴肌。
のほほんとしているわけじゃないけど、すごく心が大きくて、
それでどしっと構えてる。

・・・・・隆也君が特に好きな花や植物とかに
こだわりがないっていうのは、実は少し予想していた。

だって、隆也君って、こだわって大事にするタイプっていうよりは、
どちらかというと全体を愛してる、博愛主義っていうか、
平等主義っていうか・・・・。

そこまで考えて、うーんって唸っていたあたしを誠吾君が目で促す。

「・・・・隆也さん、あっちいますけど」

あ・・・・。

誠吾君の答えで少し落胆して、考え込んでいるうちに、
あずまやでお茶をすると、隆也君を厨房に行かせたことを忘れてた!
はっと振り向くと、隆也君が厨房からあずまやへ歩いていくのが見える。

「せ、誠吾君ありがとう!」
(さっきのこと、隆也君に言わないでね!)

小声で付け加えたあたしを誠吾君がくすっと笑って、軽く手を上げた。

隆也君があずまやに近付くのをみて、あたしは、少しわざと
ゆっくり歩きながら、いかにもそこら辺を散歩してました風で
歩いてみた。
その姿に隆也君が気づいて声をかける。

「お嬢さん、どうかしました?」
「ううん、ちょっと花壇の花が綺麗だから見てたの」

いつもだったら、あずまやの椅子に座って
隆也君がお茶を持って来るのを待ってるのに
こうやって辺りを「散歩」してるってあんまりあたしらしくない。
そうわかりながらも、とりあえず誤魔化した。

少し隆也君がまた怪訝そうな顔をしていたけど、
でも、チャイおいしいね、って盛大にその味を褒めながら
なんとか、ごまかした。



第一候補と第二候補が潰れた。

・・・隆也君の好きな花に別にこだわらなくてもいいかな。
とりあえず、季節の花でも植えてプレゼントしようか。

ああ、でもなあ。

悩みながら、あたしは、隆也君とお茶の時間を過ごす。
ちらっと隣を見ると、隆也君があたしのことを見つめてる。

「なんか考え事っすか?」

(あ・・・あたし今、考え事して心ここにあらずだったな)

いつもだったら、隆也君と2人で弾んでお喋りしてるはずなのに。
隆也君の誕生日を1ヶ月前に控え、あたしは、どうやって隆也君に
喜んでもらえる誕生日にするかってことで頭がいっぱいだった。


「お嬢さん、最近悩み事でもあるんですか?」
様子、なんだかおかしいっすよ?

隆也君に訊かれても答えられない。

なんでもないよ。ただ、ちょっと春だしね。
先日のお花見疲れたし、新学期でクラスメートも変わったから、
ただ、すこし疲れてるだけだよ。

なんて誤魔化すと隆也君はその言い訳でさえ真剣に受け止めてくれて、
疲れが取れる手のツボを押すって、手のマッサージをしてくれる。
これで少しお嬢さんが楽になれば、って
にっこり笑顔で、あたしの手をにぎにぎする隆也君。

あたしは、少し罪悪感を覚えながら・・・・。

(ごめんね、今は隠し事だけど、誕生日の日は・・・
とっても喜ばせるからね!)



それにしても。

なんで、あたしは恋人なのに隆也君の好きな花もわからないんだろう。

そう考え始めると、すごく不思議。
隆也君はあたしの好みとかを全部覚えるために、
ひそかにメモ帳に毎日あれこれと書いている。
隆也君はあたしのことをよく知ってるのに
あたしは、隆也君のこと、本当に知ってるっていえるのかな・・・?

そう思うと、なぜか不安になる。

ただそこにいる隆也君の笑顔や隆也君自身が彼であるって
わかっているのに。
彼のことをあんまり知らないって・・・・なんか悔しいっていうか、
悪いなぁって思う。

(あたし、お嬢様って立場に甘えて、隆也君に頑張ってもらってるだけなのかもしれない)


そんなことを考えちゃう。

あたしも、もっと隆也君のことを知りたい。
恋人として、隆也君のことを。
もちろん、今の隆也君自身が、彼だってことはわかってる。
でも、もっと隆也君を今の隆也君を作ってきた、
色んなものを知りたいと思う。

どんなことが好きなのか。
どんなことが得意なのか。
どんなことに興味があるのか。
どんな家族環境か。
どんな思い出とかがあるのか。
どんな子ども時代を過ごして今にいたるの、とか。

そんな、基本的なこと。
どんな道を歩いてきたかってことね。
少しでもいいから、隆也君のことを、もっともっと知りたいと思う。

そんなことを考えていたら、不意にあたしの頭に
あるアイディアが浮かんだ。



・・・・・・・・・・・・



「大木さん、ごめんなさいね」


あたしはにっこりと笑った。
あたしが今いるのは、隆也君のお父さんとお母さんの住んでいる家。
九条院家の敷地の外れに使用人の人たちが住む建物がある。
住み込み・・・っていうのかな。
隆也君は祖父の代から庭師として九条院家に仕えてきたと聞いてた。
それで樫原さんに尋ねたら、隆也君の家族が住んでいるお家を
教えてくれた。

「お嬢様、それで、隆也の何を・・・・?」

少しいぶかしげに心配そうに訊いてくる隆也君のお母さん。

「あ、心配するようなことじゃないないです」

あたしは、素直に話すことにした。


来月、5月の12日って、隆也君の誕生日じゃないですか?
あたし、隆也君にサプライズでなにかプレゼントをしたいと思って。
彼だったら・・・・植物が好きだから、彼が好きな花とか木でも、
なにか、あげたいな、って思って。
その・・・・隆也君の好きな植物とか親しい友達にも聞いたんですが
特にないって言ってて。
あ、それはそれでいいと思うんです。隆也君らしいし。
ただなにか、ちょっとでも気に入ってるのとかを知っていたら、
教えていただきたいなって思って。それか、これまでの隆也君の中で、
なにか思い出に残るような花とかあれば・・・。


「おしえていただきたいです」


・・・多分、屋敷の「お嬢様」が自分の「執事」について
こうやって誕生日だからといって、あれこれと訊いてくるのは、
びっくりだったみたい。
目を丸くしている隆也君のお母さんに、あたしは慌てて付け加えた。

「た、隆也君はあたしの専属で毎日良くしてくれます。一番傍にいる、執事・・・だからこそ、隆也君のことを知りたいっていうか・・・・」


なんだか、すごく言い訳がましく感じてあたしは、
最後まで言い切れなかった。
でも、気持ちは伝わったみたいで、隆也君のお母さんは、
にっこりと笑ってくれた。
その笑顔が、隆也君の笑顔に似てると思う。
親子なんだ・・・。そんなところにもあたしは目がいっちゃう。

「お嬢様がそのように、うちの隆也を思ってくださっているのは、母親としてとても嬉しいことです」

思わぬ感謝に、あたしは少し気が引けた。
恋人・・・だから、こうやって隆也君のことが知りたいんだけど・・・・。
でも、ここでそれを言う訳にはいかない。

「大木さん・・・。あたしは・・・」

「お嬢様。隆也は確かに植物に関しては、どれも好きです」

でも特に好きだ、という花もなかった気が・・・。
庭仕事にしても、隆也はどの花も贔屓目に他より多く植えたり、
というのは、なかったですね



・・・・ここでもやはり。やっぱり隆也君の好きな花は訊き出せなかった。
ううん、特に好きな花っていうのは本当にないのかもしれない。

(んー、作戦変更かな)

そう思って、いつも考えるときの隆也君みたいに、
あたしは斜め上を見て少し口を曲げながら、考えた。

その表情を見て、隆也君のお母さんがくすっと笑う。

え・・・?

「どうかされました?」
「いえ。今の表情が少し・・・・隆也に似ていたもので。失礼しました、お嬢様」

あ・・・・。
あたし、隆也君と一緒にいるうちに彼のクセが移ってしまってるんだ。
少し恥ずかしくなって頬が赤くなっていくのがわかる。

それで。うつむいたら。

「隆也の思い出の花・・・・・そうですねえ」
もしかしたら、あの花かしら・・・・?

隆也君のお母さんの口から出た
花の名前は意外だった。


隆也君の思い出の花、ってことでお母さんが思いついたもの。

ちょっと待っててくださいね、って出て行った後、
しばらくして持ってきたのが整理されていない写真束だった。

忙しくてなかなか写真の整理ができないものだから、溜めてるんですよ。

そう苦笑しながら隆也君のお母さんがあたしに箱から出した
写真束を見せる。
あと、どこにいったかしら、とアルバムも持ってくる。

(隆也君・・・・結構写真が多いんだ)

やっぱり一人息子だからかな?

見せてくれるアルバムをめくっていく。


どれも子どもの頃の隆也君が、今みたいに明るくて陽気で
しっかりした笑顔を向けている。

(やんちゃ坊主って感じ)

沢山泥まみれな隆也君や自転車で遊ぶ隆也君とか。
とても可愛い写真が多い。

(こんなの、見てていいのかな?)

ふと、隆也君に内緒で彼の小さい頃の写真を
見せてもらってることでドキドキしてしまう。
可愛い子ども時代のことを知ることが出来た嬉しさのドキドキ。
でも、内緒で見てしまってるドキドキ。
隆也君の過去をなんだか覗き見したようなドキドキ。
可愛い隆也君の姿にドキドキ。

でも、ぱらぱらめくっていくうちに気づく。

隆也君の写真のほとんど、その背景は九条院家の庭だ。

木登りしている写真。
おうちの前の玄関先に座ってる写真。
花壇の横をお母さんに手を引かれてる隆也君。

(本当に九条院家で育ったって言ってもいいね)

さすがに住み込みで3代だなと感心していたら、
1枚だけ、ちょっと違った写真があった。


「この写真・・・・?」

他の写真は、日中の庭での写真やそれか部屋の中での写真なのに、
その1枚は、なぜか夜の写真、それも野外での写真だった。

「これは、隆也が9歳の誕生日の時の写真です」

え?

「ここは・・・・遊園地?」

隆也君の後ろに写ってるのは観覧車。
立っているところは、遊園地の入り口かな?
なんか電気消えてて営業終了って感じだよ?
切符売り場の前で隆也君が一人立っていて
そして、手になにか握ってて、カメラを見て笑ってる。

「これって、遊園地、閉まってませんか?」

あたしが指したのを見て、隆也君のお母さんが苦笑した。

「この写真、本当はその日遊園地に行こうって言ってたのに、なかなか仕事が終わらなくて」

住み込みで働いている隆也君のお父さんとお母さん。
たまたまその年は隆也君の誕生日の5月12日が日曜日だった。
いつも住み込みで働いてて家族みんなで休みになるってことも
なかったけど、その日は・・・・誕生日だったから、
すごく隆也君は楽しみにしていた。
それで隆也君が行きたがっていた遊園地に、誕生日の日、
家族で行く予定だったとのこと。


それが、当日。


屋敷に急な客人が泊まりに来て、お父さんとお母さんが
屋敷での仕事に借り出され。結局、隆也君のその年の誕生日は
家族で遊園地に行くことは出来なかった。
でも、ずっと楽しみにしていた隆也君が、別に不満をいうこともなかった。
それが余計に可哀想に想えて、その日の夜、もう深夜になっていたけど、
隆也君を連れて、夜の遊園地に来た。
閉園後だったから、中には入れなかったけど記念にって入り口の前で
写した。



とのことだった。



「あの子は、そういう子なんです。昔から」


そうにっこり笑った隆也君のお母さんの笑顔は隆也君にやっぱり似てる。

「心が大きい子なんで、めったに怒ったりすることがないんですよ。マイペースで、駄々をこねたりせず、一生懸命で、一途ですごく気も長いし。」

確かに。それは、あたしがよくわかる。
だって、あたしのすごいワガママも隆也君は怒ることもなく
呆れることもなく、諌めたり、無視することなく、全て受け入れてくれて、
それを叶えてくれる。
隆也君は本当に心が広くて。そして、自分のペースがあって
イライラで乱れたあたしにひきずられることはあんまりない。

たまにそのマイペースさが嫌になることもあるけど
でも、本当に包んでくれる心の広さがある。


「この写真のときも、隆也は別に遊園地は来年でも、次にでも行けばいいって笑ってたんです」

写真の中の小さな隆也君は、にっこりとこっちに向かって笑ってる。

隆也君のお母さんは、そのときのことを思い出しているのか、
懐かしそうな顔をしてる。
多分・・・・隆也君のお母さんは、隆也君がそう言った気持ちを
わかっていたんだろうな。


あたしは、もう一度写真を見る。


こっちを見て笑ってる隆也君。でも、その笑顔は・・・・。
たまに隆也君が頑張りすぎてちょっと一生懸命すぎるときに
見せる笑顔に似てる気がした。

(きっと・・・遊園地に遊びたかったんだよね、家族で)

隆也君のことだから、お父さんとお母さんの仕事を理解してて、
ちゃんとお留守番できるコだったと想う。
誕生日の約束を破られて多分悲しかったはずなのに。
こうやって笑顔で笑って写真に写ってる

隆也君が、小さいながらも、今の隆也君と同じような
強さを持ってる気がしてあたしは、ちょっと微笑んだ。


そうだよね。
隆也君はこんな人だ。


隆也君は、自分の中の弱さとか寂しさを見せないだけの
強さを持っている人。
だからこそ、あたしは好きになった・・・・。


思わず胸が熱くなった。

あたしが微笑んだのを見て隆也君のお母さんが、付け加えた。

「隆也は、実はこの日、私にプレゼントを準備してて・・・」

え?

「5月12日。そして日曜日、となれば、お分かりになられますか?」

え・・・・?
えっと・・・。
5月の日曜日・・・・って。
お母さんにプレゼント準備・・・・?



あ!

「もしかして、母の日ですか?」

その言葉に隆也君のお母さんがにっこりと微笑んだ。

「その年の誕生日は、母の日と重なってて」

それでその時に、隆也が私にこの花をくれたんです。
カーネーションの花。赤い花だ。
写真の中の隆也君は、2輪ぐらい手に握っている。
なんかリボンみたいなのが茎で結ばれてるけど、
セロファンなどはなくて、剥き出しだ。



これは隆也が初めて自分が育てた花でした。
私たちの目を隠れて、隆也はこの花を育ててて、
誕生日の日に、私にプレゼントして
驚かせようと想っていたみたいです。


庭師の家に生まれて、隆也には、小さい頃から
屋敷の仕事を見せてきました。
でも隆也は木を植えたりするのは好きだったけど、
なかなか花は自分から興味を示すことはありませんでした。
まあ、それよりもわんぱくで木登りばかりして、
木を折っているような子でしたから。


そういって隆也君のお母さんはくすっと笑った。


そのわんぱく坊主の隆也が、初めて花を自分で植えて、
そして、その花を切って、私へ母の日のプレゼントにしてくれたんです。このことは、大事な思い出です。


そういって、隆也君のお母さんは
とても愛しそうな瞳で、アルバムの写真を指でなぞった。

写真の中の隆也君が握っているカーネーションの花。
あんまり大きいわけじゃないし、剥き出しで握っているので、
ちょっと茎が折れたようにも見えるけど・・・・。

(きっと、隆也君、お母さんに喜んでもらいたかったんだな)

隠れてプレゼントを準備していたってあたしと同じコトを
考えちゃうんだ、隆也君。
思わず、そのことであたしは、ひとり笑った。
こういう思考回路が似てるって、悪くない。
むしろ、・・・・とても嬉しい。

(ちょっと、最近あたしの行動を疑ってるけど・・・)

あたしがサプライズで誕生日祝いをする気持ちも
きっとわかってくれるはず。

「もしよかったら、この写真を貸してくれませんか?」



ちょっといいアイディアが浮かんだ。






・・・・・・・・・・・・・・・



あたしは、隆也君のお家を出て九条院家の母屋へ歩いていた。
ポケットの中には、さっき、隆也君のお母さんから
貸してもらった写真が1枚。
部屋を出る前に、あたしは、ちょっと昼寝をするから、って
隆也君を休憩にさせた。
多分、遊戯室でくつろいでるか自室で隆也君も昼寝してるはず。

あたしは、ちょっと考えたいことがあって
それで、庭の木が沢山植えられてる一角に来て、そこにちょこんと座った。

ここは、月桂樹の木下でかなり香りがいい。
昼間より夜のほうがよく香るんだけどね。
誠吾君のお気に入りの場所と教えてもらったことがある。
彼がいつも座っているように、少し座りこなれた場所があるから、
あたしは、屋敷に背を向けてそこに座った。


そして、ポケットから写真を取り出す。


その写真は、まだ小さい隆也君の写真。
夜の遊園地の前で手にお花を握ってこっちを見て笑ってる写真。


隆也君のお母さんに話を聞いて。
写真を見ていて。


自然と心の中でプレゼントは決まった。

隆也君がお母さんにあげたカーネーションにしよう。
それも真っ赤なの。
で、プレゼントする場所はもちろん、遊園地で。

この写真の年のリベンジじゃないけど。

多分、誕生日の日に遊園地に行きたかったって想いは、
隆也君の中で残っていると思う。
それを叶えてあげたいっていうか。

・・・・・すごく想像の中の世界なんだけど。

隆也君の誕生日を2人、遊園地で過ごす。
プレゼントは、あたしが育てたカーネーション。


うん、悪くない。



想い出の上書き、っていうか。なんていうんだろう。


あたしが思うに、隆也君はあの日、すごく悲しかったってより、
多分「こんなものかな」って諦めたんだと想う。
あの隆也君のことだから、ものすごく泣いたりとか
そんなことはしなかったはず。
「まあ、こういうこともあるさ」と。
でも、手に握り締めたカーネーションはその日、
家族で遊園地にいけなかった悔しさや寂しさを表していると想うの。

だから・・・・。
5月12日をどう過ごすか。


あたしが隆也君に何かとても喜んでもらえそうなこと。
隆也君にしてあげたいってことが決まった。


誕生日の日に遊園地で笑って想い出を作る。

それだけ。




「よし。」

人知れず、呟いた。





・・・・・・・・・・・



5月12日までタイムリミットは2週間ほど。
(2週間でカーネーションを種から育てられるかな?)
それはちょっと不安。

とりあえず、専属でついている隆也君の目を盗んで
あたしが、こうやってプレゼントを準備するなら、
これは、協力してもらう人がいないと出来ない!


そう想ったあたしは、あの人に相談することにした。










「―---2週間で育てられるかな、ね、樫原さん?」
「そうですね。育てられるといえば育てられますが、種子からですと、少しお時間が心配ですね」

あたしは執事長の樫原さんに相談した。
なんで樫原さんにしたかっていうと、隆也君のお家のことを聞くときに、
樫原さんに頼んだし。

それに、隆也君が専属執事だとはいえども、さすがに樫原さんだったら、
その執事の仕事をどっかに振り分けて、敢えて、あたしが
動きやすいようにしてもらえるじゃないかなって想ったから。
案の定相談したら樫原さんはいつもの柔和な笑顔で笑った。

「ゆいこお嬢様、種子からではなく、苗から育てられたらどうでしょうか?」

それなら2週間ありますし、苗の大きささえ選べば大丈夫です。


樫原さんは、確かに有能だ。

あたしが、隆也君の誕生日に自分の育てたカーネーションをあげたいって
相談をしたら、あと2週間の間でどうやったらいいのか、など
すぐさま、カーネーションの苗を手配してくれた。
そして、届いた苗の世話を九条院家の庭の一角にある花壇近くで
出来るようにしてくれた。

ついでに、毎日隆也君に仕事を言いつけて、
あたしが自由に動ける時間を作ってくれた。


その間の時間、あたしは、こっそり苗の世話をする。
そして、隆也君は樫原さんに言いつけられて、仕事をする。
真壁さんと一緒に銀食器を磨いたり。
真壁さんから紅茶のおいしい入れ方を教わったり。
真壁さんから革製品の正しい手入れの仕方を習ったり・・・・。

ようするに、隆也君は、樫原さんから言いつけられて、
あたしから離れる時間は、執事としての職務の基本を
真壁さんから仕込まれていた。

執事としての仕事に関しては完璧主義者の真壁さんを先生に、
隆也君は毎日苦戦しているよう・・・。

毎日一定時間、専属の仕事から解かれて真壁さんに執事の仕事を教わる。
そうすることが、一人前の執事に早く近付く方法だから。
教育という名目で、樫原さんが隆也君に話をしたらしい。

もちろん、一人前の執事に早くなりたくて自分でも努力している
隆也君のこと。

その話を断るわけはない。



「もう真壁さんったら、こんな顔でみるんですよ、俺のこと」

失敗したときの隆也君を見る真壁さんの冷静かつ沈着で
眉に皺がよった顔を真似しながら、隆也君が話してくれる。
その顔がおかしくて、あたしは思わず笑ってしまう。

(真壁さんにしごかれてるんだ)

ちょっと悪いかなって想ったけど、でも隆也君はこのことには、
結構前向きで「頑張ります!」と言う。
本人が前向きだからこそちょっとだけ原因を作ったあたしは
少し罪悪感。
でも多分いいよね。これも執事の勉強の機会として。

まさか・・・・あたしが隠れてカーネーションを育ててるって
想わないだろうな・・・・。

隆也君が真壁さんにたっぷりとしごかれている間、
あたしは、部屋でのんびりしてることになってる。
毎日、決まった時間に隆也君が真壁さんのところへ行く。
たまには樫原さんのところにも行くみたいだけど。

「それじゃあお嬢さん、時間ですから」

そう断って出て行く隆也君を見送ったあと、
あたしは、こっそりと庭の隅にある苗を置いてるところへ。
水遣りしたり、たまに肥料を入れたり。日当たりを調整したりする。

とりあえず、毎日様子を見に行く。





・・・・・・・・・・・・



5月に入って。
あんまり沢山苗を置いているとばれるから、10苗だけ。
1苗から1本ずつでもカーネーションが咲いたら10本に出来るし。
10個の苗のうち、5苗ほどに蕾がついた。

(咲いてくれたらいいな。12日ごろ・・・・)

毎日世話をしに来るうち、愛着がわいてきた。
綺麗に咲いたらいいな。

これをプレゼントするときの隆也君の嬉しそうな笑顔が
今から目に浮かぶ。

プレゼントは大丈夫そう。


と。


あとは、会場の遊園地だ。

遊園地の手配も、樫原さんにお願いした。
写真に写っていた遊園地は、九条院家からまぁ近いところにある。
一日貸切でもいいと思ったんだけど、でもよくよく考えてみたら・・・・。

隆也君はあたしの「専属執事」って立場で、それも両親ともに
九条院家で働いている。
その・・・・他の人からみたら、“使用人”である隆也君の誕生日を
ご主人様であるあたしが九条院家の力を使って、遊園地全体を貸切にして、
派手に誕生日パーティを開いたとしたら・・・。
多分・・・・隆也君はどう思うかなって思ったんだ。

他の人の手前、仕事や屋敷での立場がやりにくくなったら、
こうやって誕生日パーティを開く意味がない。

そりゃぁ恋人としては、隆也君に最高の誕生日を過ごさせたいから
本当は、2人っきりの遊園地にしてしまいたい。
夜の遊園地を2人で気兼ねなくデートするって、とても素敵だと思う。
樫原さんに頼めば、すぐさま1日ぐらい遊園地を
貸しきりにしてもらえるってわかってる。


でもそうじゃなくて・・・・。


今回は。

この誕生日は、できるだけあたしの力で隆也君を楽しませてあげたい。
そう、あまり派手じゃなくて。


だから、樫原さんにお願いしたのは、夜中0時の誕生日の時間。
遊園地の観覧車だけを貸切させてもらうことだった。

ちょっとだけだったらいいよね。

そして遊園地を、隆也君のお誕生日の日の0時あたりに
数時間開園してもらうこと。

(あまりハデにしてばれないように)

ちょっとだけ、貸切の時間は。


樫原さんにお願いしたら、すぐさま了解してくれた。





・・・・・・・・・・


準備は完了。




あたしの作戦はこうだ。


まず、隆也君の誕生日前日の11日の過ごし方。

普通どおり学校に行く。
もちろん、「明日は誕生日ね」なんて言わず、忘れているふりで。
(だって、サプライズだから)
そして、学校が終わったあと、普通どおりにディナーの時に。
「藤の花がライトアップされて綺麗なところがあるんだって。行きたいな」
と夜のドライブに行きたいと仄めかす。
つかさず樫原さんのバックアップ。

(もちろん樫原さんはOKでGOサインをだす)

あたしと隆也君がほかの車で夜の藤のライトアップを見ている間、
樫原さんは、遊園地に行って準備をしてくれる。
樫原さんの車には、あらかじめ準備した隆也君へのプレゼント
カーネーションの花束を積んである。

準備ができたあと、あたしは連絡を受けて、
藤のライトアップを見た帰りに、遊園地前に車で寄ってもらう。

遊園地の入り口あたりにあらかじめ、樫原さんと相談して
ある場所に隠してあったプレゼントを持って、
0時になったら隆也君を出迎えて

「サプラーイズ!」

って叫びながら、プレゼントのお花を渡す。

ちょっと、夜に藤のライトアップを観にいくから、
夜のドライブなんて、苦しい言い訳だけど、
でもとりあえず、自然な流れで、0時には遊園地前にいること。

・・・・隆也君のお誕生日に他の誰よりも最初に
おめでとうをいうのは、あたしでいたいもん。


色々考えて、カーネーションの花束に、
お誕生日のメッセージカードを書いた。

メッセージカードを買いに行くのも大変で、
ファンシーな文具を買いたいと学校帰り街に出たときに、
隆也君の目を盗んでこっそり買った。
お買い物のお代は全て執事の隆也君が払ってくれるんだけど、
そのときは女子高生しか入らないようなお店で、恥ずかしがる隆也君を
入り口に待たせて、任務を完了した。


隆也君におやすみなさいをした後、そのメッセージカードに
日ごろからのお礼と、あたしの気持ちを書く。

(いつも傍にいるけど、カードを書くって照れるね)

カードでちょっとだけの文章にしようって思ったのに
書き始めたら、あれこれと書きたくて。
考えに考えて、ちょっとした手紙になってしまった。


「ゆいこより」

(よし。カードの準備は完了!)


あとは無事に当日を迎えるだけだった・・・・。

そう、迎えるだけなはずだったのに。



前々日の夜。



ディナーも食べ終わって、隆也君と2人、
お茶をいれてもらって部屋でのんびりしていた。
もちろん、あたしの関心はいつも隆也君だけど、
この日の一番の関心は明後日のサプライズな誕生日祝い。

(明日の夜は、どうにか理由つけて藤のライトアップにいかなくちゃ・・)

樫原さんがいてくれるから、どうにか大丈夫かなぁ・・・・。

自室だから、隆也君があたしの傍に座ってくれて、
お茶を飲むあたしの話し相手をしてくれてる。
誰も見ていないあたしの部屋だから恋人同士・・・なことをしてもいい。
あたしは、隆也君の肩にもたれかかって甘えながら、隆也君とお喋りする。


・・・・いつもだったら、この時間が一番楽しいのに
あたしの心は上の空だった。

だって、明日の準備で樫原さんに隆也君へのメッセージカードを
預けなくてはいけない。

それに・・・・。

話が弾んで、隆也君が明後日は俺の誕生日~、なんて言い出したら・・・・。

もちろん話の流れ的に「おめでとう」っていうはずなんだけど、
サプライズなお祝いを準備している身としてはそのようなことは!!



断じて避けるべき。



そのサプライズを明かす時間までは
「お誕生日?ん?誰の?」ぐらいの勢いでとぼけておかなくては、
驚かせる楽しみがない!



ちらっと隆也君を見る。


いつもだったら、お喋りなあたしが沢山喋っているのに、
今日は口数が少ない。

だから、隆也君がにこにこしながら、自分の話をしてくれてる。
でも、自分の誕生日の話は一切なし。


それが不思議。


(隆也君、あたしが気づかなかったら誕生日のこと、自分から言わないつもりかな?)

もうそろそろ誕生日だから、って自分から言ってくれてもいいのに。
遠慮、とか、恋人同士にはいらないよね。


やっぱり、あたしが“ご主人様”だから、それで言えないのかな?


そんなことをぼんやり考えていたら、不意に、片方の頬をつままれた。


「いたー!」
「何考えてんだよ?」
「ん?あ、な、なんでもないよ?」

笑ってごまかす。
そのあたしの様子をじーっと見ている隆也君。

(う・・・疑われてるかな?)

最近、ちょっと隠れてお花を育てたり樫原さんと打ち合わせしたりで、
実は、なかなか隆也君と2人っきりの時間っていうのが少なかったりする。

(それはそれで・・・寂しいだけどね)

でも、全てはサプライズな誕生日のため!
顔では笑って、心は鬼に!!

作り笑いで、にっこりしたあたしの頬を
隆也君がまた、いーって横にひっぱる。

「い、いたいよ、隆也君」
「・・・・だって、なんか、その笑顔怪しい」
「え・・・・?」
「お嬢さん、なんかオレに・・・・」
「っ・・・・・!!」

そ、それ以上言わせたらだめだ!
思わず、それを遮るために
あたしは嘘の咳払いをした。

「ご、ごほごほごほっ!!!」

真似だけのはずだったけど、思わず一気に咳払いをしたものだから、
むせてしまった。大丈夫?って隆也君が背中を撫でてくれる。
とりあえず、誤魔化されてくれたかしら、今ので。

ごほごほと、涙目になるように(嘘だけど)
ちらりと、隆也君を見ると、すごく真剣そうな顔をして、
あたしの心配をしてくれてる。

(・・・・・・)

風邪?
お茶が不味かった?
気持ち悪い?

思わず隆也君の疑問を遮るための演技だったんだけど、
なんかすごく心配されてしまって。


・・・隆也君ったら。

だ、大丈夫だよ。ちょっと慌ててお茶を飲んだからむせたみたい。
そう言ってみせたら、隆也君が本当に慌てん坊なんだから、って
にこっと笑って背中を撫でてくれる。

・・・・そう簡単にあたしの言葉を信じちゃうんだね、隆也君。

その、絶大な「信頼」が、今のあたしにはちょっと
後ろめたいっていうか・・・。
ううん。
なんていうか、隆也君に隠し事してるのがちょっぴり苦しい。
申し訳なくて凹んだあたしを、不意に隆也君がぎゅっと抱きしめた。



え?



抱きしめられながら、隆也君があたしに呟く。


最近様子がおかしいけど、どうかしたって。
・・・・どうかしたことあるけど、それが
隆也君の誕生日のためだっていうのは、言えないよ、まだ。


ごめんね。言える時になったら隆也君にちゃんと言うから。


なんか、微妙な濁し方で答えた。

(明日になったら・・・・明日の誕生日祝いさえ終われば!)

問い詰められてへの字口になって黙ったあたしをみて、
隆也君が少し溜息をつく。


最近、本当に様子がおかしいぜ?

(ごめんね、まだ言えないの・・・・)

それならいいけど。そう言って、あたしのお茶のお代わりを
入れようと後ろを向いた隆也君の背中にあたしは
テレパシーを送る。



明日になれば!
最近あたしが変だった理由はわかるはず!
(ついでに真壁さんにしごかれてる理由も!)
あたしの不審な動きも!



あたしのへの字口が伝染した隆也君に
あたしは、ぎゅーって後ろから抱きついた。


20090511172510.jpg



心配することなんて、なんにもないよ。
今はまだ内緒だけど、明日はきっときっと特別になって、
そして、全て疑いが解けるから!


そう心の中で呟いた。

隆也君は、なんか勘づいてるっていうか、
ちょっとあたしの様子が最近おかしいのを気づいてるみたいで・・・・。
誤魔化されないっていうか、納得していない顔をしていたけど。

でも、あたしがぎゅっと抱きついて

「なんでもないよ」

って言ったら、ちゃんといつもの笑顔を返してくれた。


隆也君におやすみなさいをした後。





あたしは、こっそりと部屋を抜け出した。

(樫原さんにカーネーションの花束に入れてもらうカードを届けなくちゃ)

こっそりと自室のドアを開けて確認する。



カチャ。

鍵の音さえ響かないで!って思う。隣の部屋には隆也君がいるから。

(・・・いつもだったら仕事終わったらすぐにシャワー浴びるはずだから)

そう計算して、あたしは、物音を立てないようにそっと自室を出た。
こっそりと廊下を歩きながら、あたしは隆也君の部屋の前で
ちょっとだけ忍び足になる。
絨毯が厚いから別に忍び足にならなくても、
足音が聞こえるとは思わないけど。

気持ちだけ。

ドアの下からは、部屋の光が見える。
(隆也君・・・ごめんね)
でも、明日までの辛抱だから!

目指すのは、執事長の樫原さんのところ。
多分、まだ執事室にいると思う。
いつも、樫原さんがお仕事をする部屋。




部屋の前まで来たときに。



ドアがいきなり開いた。


真壁さんが、するっとドアから出てくる。
ぶつかりそうになったけど、直前で真壁さんが避けてくれた。

「お嬢様、いかがなさいましたか?」

顔色ひとつ変えずに尋ねられる。
しっかりと目を見据えて訊いてくるから。
(こ、これが隆也君の言っていた無表情ね・・・・)
思わずどぎまぎしてしまう。

「あ・・・いえ、たいした用はないんだけど」
「そうですか」

(・・・み、見つめられてる・・・!)

「お嬢様のお部屋まで、お送りいたします」
「っ・・・!」

連行されちゃう!

思わず、慌てたあたしは、
「あ、え、えっと、大丈夫です!樫原さんに用があって」

そこまで言ったときに、執事室のドアが開いた。
樫原さんが顔を出す。

「ゆいこお嬢様」
「あ、樫原さん」

その間で真壁さんが、あたしたち2人をじっと見つめている。

「お嬢様、お待ちしておりました。どうぞ」

そう言って執事室へ手招きしてくれる樫原さん。

「真壁は下がってよろしいですよ」

にっこりと笑う樫原さん。それをじっと見ていた真壁さんは

「それでは、私はこれにて失礼いたします」

丁寧に腰を折って挨拶した後、行ってしまった。

(・・・なんか、今の誤解されたっぽくないかしら?)

背筋がしゃんと伸びた真壁さんの後姿を見ながら、
あたしは、ちょっとだけ不安になった。
なんだか、ちょっとだけ驚いた顔をして、
樫原さんとあたしを見比べていたよね。


「さあ、お嬢様」

そう促されて、あたしは部屋に入った。







・・・・・・・・・・・





「お嬢様、どうされました?」
「樫原さん、これ、お願いしたくて」

カードを差し出す。
ちょっと可愛い模様の入ったカード。

プレゼントの花束は、前もって入り口付近の花壇に
隠してもらうことにしているから。
ちょっと隆也君が目を話した隙に
あたしがそれをとって、0時になったら、お祝いを言う。

その間、カードを花束に入れたりって時間はないはずだから、
先にカードを預けておくのが一番だろうと思った。
あたしの手元のカードを見て樫原さんがやさしく笑う。

「大木は幸せ者ですね」

その言葉で、かーっと恥ずかしくなってしまう。

「あ・・・いえ、その・・・・」

樫原さんにあたしと隆也君が付き合ってることはばれているのに、
こうやって言われると、すごく恥ずかしい。

「お預かりして、花束の中にお入れしますね」
にっこりと笑う樫原さん。
「きっと、大木はとても喜ぶと思いますよ」

さあ、もう遅い時間ですので、お部屋までお送りしましょう。


カードを受け取った樫原さんが、
あたしを部屋まで連れて行ってくれる。


(これで、明日の準備はよし!)


明日の夜中、遊園地でサプライズに驚かせた時の
隆也君の笑顔が今から眼に浮かぶよう。
廊下を歩きながらも、にんまり顔のあたしに、樫原さんが微笑む。

「お嬢様、明日は楽しみですね」
「うん!」

なんか、カーネーションの苗やら遊園地の手配やらで色々と
樫原さんには手間をかけさせてしまった。

「樫原さんがいてくれるから・・・・」

できるだけ一人で準備したかったけど、なかなか、お嬢様、って立場では
自由が利かなくて。樫原さんがいてくれて本当に助かった。

「ありがとう、樫原さん」

部屋の前でお礼を告げると、樫原さんがゆっくりとドアを開けながら、

「ゆいこお嬢様のためでしたら、私は何でもいたしますよ」

にっこり笑ってそう言ってくれる。

(樫原さんって・・・・本当に人の心を掴むのが上手だよね)

その優しい言葉に、あたしもにっこりと笑った。

「じゃあ、明日」
「ええ、明日ですね。」

あたしと樫原さんは暗黙の了解で、にっこり笑った。


そう、明日は秘密作戦決行の日なのだから。

「樫原さん、ありがとうございます。おやすみなさい」
「おやすみなさいませ、ゆいこお嬢様」

ぱたっと、ドアが閉められた。

ふう、と息をつく。


明日の準備はこれで終わり。あとは、うまく・・・・その時間まで
隆也君にサプライズパーティなのを知られないようにするだけ、かな。
ちょっと後ろめたい気持ちを抱えながらも明日の悪戯と
サプライズパーティのことを思って、あたしは、わくわく気分で寝た。









11日、誕生日の前日。
あたしは、白凛の制服を着て、鏡の前でしかめっ面をしていた。

(・・・・・隆也君に明日のこと、気づかれないようにしなくちゃ)

だから、わざとそっけなくすることにした。
朝ごはんの時間だと部屋に呼びにきた隆也君に
いつもはおはようのキスをするけど、今日はちょっとだけ軽めに。
挨拶程度。

本当は、いつも通り首に抱きついて
キスしたいくらいだけど、我慢我慢。
いつも、抱きついて頭を撫でてもらったり
優しくキスしてもらう時間がなくて寂しいけど・・・・。

でも、今日は少し距離を置いて隆也君の口から
自分の誕生日の話題が出ないようにするの!

だからいつもは、朝のキスで甘えてご飯の時間ぎりぎりまで、
隆也君といちゃついてるけど今日はわざとそれもスルー。


あれ?って顔を隆也君がしている。

それはわかってるけど、わざと見ないふり。

ご飯を食べたあと、学校までの道。
鞄を持って一緒に歩いてくれる隆也君と
いつもだったら歩調を揃えて
一緒に歩きながら、それもゆっくり歩きながら、
別れるまでの時間を惜しむ。
でも今日はすたこら歩いて、隆也君とあまり話しもせず。

(あんまり話をすると、ボロが出ちゃうかもしれないからね!)

あれれ?って顔で、また隆也君があたしの背中を
見つめているのがわかる。

(ちょっとその視線が痛い・・・・)

でもわかって。


今日はあとで喜ばせるためにここで、すこし
距離を置いてるだけだよ。


あたしの、多分そういう目論見は全く通じてないと思うけど。

教室前で鞄を奪い取るようにして、
隆也君にさよならをいう。

隆也君は一瞬なにか言いたげな顔をしてたけど、
もう授業始まるから、と、自分から先に切ってしまった。



隆也君を見送って。

あたしは、自分の席に鞄をおいた後
そっと窓際に行き、校庭を歩く隆也君を探す。


いつも隆也君とやっている合図。


今日は、それさえもスルーしようかと
思っていたんだけど・・・・。


でもこれはあたしの大好きな毎日の日課だから。







大好きな人はすぐにわかる。

目印が上がってるかのように。


カメラのピントが合うように。




隆也君の後姿。




あたし、隆也君の執事姿すごく好き。
なんていうか、たくましいし、背も高いし。
そしてなによりも雰囲気がいいと思う。

隆也君は、あたしのクラスメートからも意外と人気がある。

専属執事として教室まで鞄を持ってくれて
帰りも迎えてくれるんだけど
その時にちょっとだけ他の女の子から視線を感じる。
隆也君はすごくマイペースな人だから
そんなことに気づいてないだろうケド。


(あたしの恋人なんだよ、このかっこいい人)

堂々と言えたらいいのに。
いつもそう思う。

隆也君が校庭を横切りながら、振り向いて、
あたしの教室の方向を見た。


いつも2人だけの内緒の合図。



教室まで送られた後、あたしは隆也君が車に戻るのを
窓から見送って手を振るの。
もちろん隆也君も手を振ってくれる。


2人だけの合図。


普通の「お嬢様・執事」の関係だけじゃなくて、
あたしたちは恋人同士だから。


いつものことながらあたしは隆也君が
振り返るのをドキドキしながら背中を見詰める。
そして、振り返ったらその姿にドキッとする。
まっすぐに隆也君の視線があたしの姿を探しているのがわかる。

こんなに遠くにいるのに。
あたしを見つけてすぐさま笑顔になる隆也君。

あたしは、いつも通り、隆也君にだけわかるように
ちょっとだけ手を振った。
それを見て、隆也君が笑顔で手を振るのが見えた。

その姿に、あたしは胸がドキドキしてくる。

本当だったら、今すぐ隆也君のところに走っていきたい。
そして、抱きつきたい。


今日は・・・・ちょっと隆也君にあまり触れてなくて寂しいな。



でも、夜中の0時を過ぎたら。2人でデート。
それも、遊園地で!



それを考えたら。
サプライズで驚かしたときの隆也君を想像したら。

とりあえず、今なんか、あたしたち
雰囲気悪いけど、でも大丈夫なはず。
隆也君のために。これまでで一番だ、っていうくらい
思い出に残る誕生日をあたしが作ってあげたいの。

(だって、大好きなんだもん)

大好きで大好きで。いつも傍にいて欲しいと思ってて。
これからもずっと一緒にいたくて。

いつもの2人の合図を終えて隆也君が校門を出て行くまで
あたしは、その後姿を見つめていた。





学校が終わって廊下に出たら、隆也君が迎えに来ていた。



いつも通り。



だけど、違うのは、なんだか、あたしが
朝と変わらず「よそよそしい」ことだけ。

隆也君がなにか、ちょこちょこ話題を見つけて
話しかけてくるけど、あたしは、とりあえず、
そっけない態度で流していた。

(やっぱり驚かすためには、それとない演技よね、演技)

しばらく話しかけてきていた隆也君だけど、
でも、あたしがあんまりにも無反応だから、だんだんと喋らなくなって。
校門を出るまでの間、あたしたちは気まずい雰囲気だった。



車に乗り込んで、すこしため息をつく。



(なんか・・・・隆也君が言いたそうだけど、でも・・・・)


考えたら、今日はまともに隆也君と話をしてないや。
いくらサプライズの誕生日パーティをばれないように
用心しているからといって、これはちょっとやりすぎかな。
こうやって学校の時間以外は、ほぼ一緒にいるって言うのに、
まともに話をしてないって、隆也君と喧嘩をしたときくらい。

今日はそんな日じゃないけど、でも、喧嘩のときと同じような
態度を取ってるっていうのに、ちょっとだけ気づいた。

(いくらなんだって、やりすぎかな・・・?)

ちょっとだけ心配になる。

せっかく明日は誕生日なのに、隆也君ったら、自分の誕生日、
なんて一言も言わない。(あたしが言わせてないだけ?)

考え事をしていたあたしに不意に隆也君が訊く。


「お嬢さん」
「え?なあに?」

振り返ったら、真剣な目をした隆也君がすぐ傍にいた。

「オレ、なんかお嬢さんの気の障ることでもしたっすか?」
「え・・・・」
「なんか変ですよ、今日」
「う、ううん。なんでもないよ」
「なんでもないって態度じゃないって思うんですが」

うっと詰まってしまう。
確かに今日のあたしの態度はさすがに変だよね。
いつもだったら甘えん坊で隆也君に抱きついて離れないぐらい
べたべたなあたしが、自分からそっけなくしてるもん。

そんなあたしに隆也君は戸惑ってる。

「・・・・ううん、本当になんでもないんだってば」
「・・・・それならいいんですけどね」

それ以後、会話無し。


とても気まずい。



あたしの回答が腑に落ちないのか、隆也君のほうも、
思案顔になって、少し口をへの字にして考え込んでる。


チラって隆也君の横顔を見る。




(絶対・・・・訳わかんねえって思ってる顔だわ)


いくらなんでも、不味かったかな。
ここまで、そっけなくするのは。

でも、こうやって距離を置いておかないと、
あたしは、夜中0時の楽しい計画で頬が緩んできそうだったから。
隆也君がきっと喜んでくれるって思うから、
それを想像して嬉しくてにやけてしまうの。



とはいえ。


少ししょんぼりとした顔の隆也君を見ていると、胸が痛んだ。

隆也君は何も悪くないんだよ。
悪いどころか・・・・。こうやって隆也君のことを
サプライズで驚かすためとはいえ、
そっけない演技をしているあたしは、ある意味、かなりの嘘つきだ。


(ん・・・・なんか、自分でやっておきながら後味悪いや)


早くサプライズ誕生日祝い、終われ!

隆也君のお誕生日になる、その日の0時0分には。
一番傍で。隆也君にごめんね、と、大好きだって告げよう。


ため息をつきながら、あたしは、今日の夜の楽しい
サプライズに想いを馳せた。



・・・でも、隆也君は。




あたしが思っていたよりも、ずっとずっと
あたしの態度を気にしていたみたい。




学校から帰って自室で制服を脱いだあと、
宿題をしようとしたら、不意に隆也君から抱きしめられた。





ゆいこ。
オレ、本当になんかした?


すこし苦しそうな声で訊かれてあたしは何も言えなかった。



なにかオレに隠してることはある?



恋人同士の口調で訊かれる。



さっきの車の中での質問とは違う。
あれは、執事としての口調だった。

でも、訊かれても何も答えられない。



だって、隆也君の誕生日パーティを計画して
サプライズするために隠してるんだよ、て
ここで言ってしまったらこれまで準備した意味がない!

特別な誕生日パーティにしたくて
プレゼントだって、吟味した。
カーネーションだって綺麗に咲いてきてる。
まだまだ蕾もあるけどでも、小さな花束にできるくらい
本数はできた。

樫原さんにだって、遊園地の手配を頼んだり。




「ゆいこ。ねえ、答えて」
「・・・・本当になんでもないよ」
「嘘。態度にすぐ出てるぜ」
「・・・・・」

・・・何もいえないあたしを隆也君がじれたのか、
そのまま沢山キスされて、白状するようにといわれたけど、
何も言わなかった。


ただ、言えるときが来たら言うから。


そうしか言えなかった。


(あと、数時間の我慢だから、ね、隆也君)


そう心の中で繰り返すあたしに、隆也君がびっくりすることを言う。


樫原さんの部屋に
昨日の夜、何しにいったの?

え?


硬い声と硬い表情。


思わずびっくりしてしまった。
でも、そう訊いた後の隆也君はすごく気まずそうな顔をして、
その言葉を取り消した。


・・・気づいてたんだ。
というより、見てたのかな?
あたしが樫原さんの部屋にカードを持っていくところを。

(あれは、隆也君への誕生日カードを預けただけだよ)

そう言ってしまえたら楽なのに。
それが言えなくて。
言ってしまったら、サプライズじゃなくなるから。
計画を全部話さないといけないから。



黙り込んだあたしを、隆也君がぎゅっと抱きしめた。



ゆいこ、好きだ。


耳元で囁かれる。
ちょっとだけ、その声がいつもより硬い。
いつもの隆也君らしくない。

「あたしも隆也君のこと、大好きだよ」

じっと目を見つめて言った。
それを見て、隆也君がじっと見返す。そして、ふっと笑った。

・・・でも、あたしにはわかってる。

その笑顔は、隆也君がちょっとだけ無理したときにする笑顔だってこと。
そして、口をへの字にして、納得はいってないけど、
でも、いいや、って顔をするのもわかる。

(さすがにマイペースな隆也君でも、あたしがちょっと変なそぶりを見せたら、すぐにわかるんだね)


変なところで、あたしは感心していた。





あともう少ししたら、あたしの計画がわかるから。
そして、最高の誕生日になるから。

あたしは、微笑みながら隆也君の胸に抱きついた。
ぎゅーっと抱き返される。

そしていつも通り膝に座らされて
あたしはだっこされて甘やかされた。

隆也君からしたら問題は解決してないだろうけど、
でもいつも通り、あたしのことを甘やかす。

それは、多分、あたしにとても甘いから、だと思う。



隆也君。

もうちょっとだけ騙されててね。
最高のお誕生日を
プレゼントしてあげるから。





あたしはそんな隆也君の優しさに頬ずりするようにして甘えた。




ディナー後、計画通り藤の花を観にいった。

もともと、藤の花のライトアップを
夜に観にいこうって計画を樫原さんが出してくれた。


誕生日の前日だってばれないように、
1週間ほど前から、予定に組み込んでくれて
それとなくわからないようにしてくれた。

だから、あたしがディナーの席で藤の花が見ごろなんだって、
って話題にだしたら、つかさず樫原さんが、
そろそろ見ごろが終わるから早めに、なんなら今日の夜でも、と
話題を繋いでくれた。




夜のドライブ。

平日の夜だから、そんなに遅くならないうちに
帰るんですよ、と玄関先で樫原さんが笑顔で見送ってくれる。

(樫原さん・・・めっちゃ演技派だね)

なんて感心する。車に乗り込みながら、樫原さんに軽く会釈をしつつ
(おねがいね)って口だけ動かして伝えた。

そしたら、樫原さんがにっこり笑いながら
(お任せ下さい)と声無しで伝えてくれた。








棚は見事だった。
もう花の盛りは終わったかな?と思っていたんだけど、
例年より遅咲きで、まだ花は大丈夫だった。

ライトアップされた藤の花たち。
ほんのりと香ってくる藤の花の甘い匂い。

「すごく綺麗・・・・」


藤の花って、普通の花よりもすごく色気がある気がする。
桜の花のライトアップは華やかですっきりした美しさがあるけど
藤の花のライトアップは、まさに艶やかって言葉が
ぴったりだと思う。

ライトアップされた藤の花を見ながら、
すぐ横を歩く隆也君をちらりと見る。


「ね、隆也君!いい匂いするね」

その言葉で、隆也君が鼻をくんくんさせながら、
にっこり笑う。

ほんとだ、いい匂い。

「お嬢さん、匂いのある花が好きなんですね」

さっき部屋で充分に隆也君に甘えていつも通りをしたせいか、
隆也君の態度が少しだけ柔らかい。
にっこり笑って、こっちを見つめてくれる。

「え?」
「いつも、お嬢さんは花を見ると、その匂いのことをいうから」
「あ・・・・そうだっけ?」

あたしは自分のことだからか
そんなこと気がついたこと無かった。

言われてみれば、確かに。
お花を差し出されたら、
その匂いを一番に嗅いでみるかな。

「そういえばそうだね」
「でしょ?」
「ふふ。隆也君、あたしが気がついていないところもよくわかってるんだね」
「当然です。だって専属執事だし、それに恋人ですから」

にっこりと笑って胸を叩きながら言う隆也君。

たくましいな~。
思わずその笑顔に釣られて笑ってしまう。
隆也君があたし自身も気づかなかったクセを
知っていたことがほんのちょっぴり嬉しかった。


「隆也君ってさ。あたしのこと、本当によく知ってるよね」


執事さんとして傍にいることもあるけど。
あたしが感心するくらい、隆也君は、“ゆいこメモ”を持っていて、
あたしの好き嫌いを、細かくメモしてる。
執事の仕事のうちだからといわれても
そんなの、恋人に言われると、あたしはくすぐったくて仕方ない。


「だって、俺はお嬢さんに関しては、もう世界一っていうほど知っていたいんですよ」

「え?」

「つまり、お嬢さんの隅から隅まで知りたいってことです」


にこっと笑った顔がほんの少し赤い隆也君。

あたしの隅から隅までって・・・。
その意味がなんだか、とても甘くて。あたしも、釣られて赤くなった。


「あたしは・・・・隆也君にそう言ってもらえると嬉しい」

「俺だって、お嬢さんのことを沢山知るたびに」
もっともっと好きになるから。だから
もっと知りたいっていつも思うんです。


なんか、すごく恥ずかしくて。
あたしは、その隆也君の言葉に顔を上げきれなくて。

だから、そのまま、すとんと、隆也君の胸に
あたしの頭を預けた。


今は・・・誰も周りにいない。お屋敷の人は誰も。
だから、こうやってもたれて甘えても。見咎められない。

(今日は・・・ずっと隆也君と距離を置いてたから)

こうやってしているだけですごく落ち着く。
隆也君はその大きな手であたしの背中を支えてくれて、
髪の毛を撫でててくれる。甘えっ子だな、と微笑みながら。

あたし、やっぱり隆也君と離れるとか
(そんなこと一度も考えたこと無いけど)
だめだな、って思う。

今日だって、目的があって隆也君と少し距離を置いただけで、
こんなに・・・欠乏気味だもん。



「ほら、あっちの方にも行ってみよう」

あたしがいつも通りに甘えてきたせいか
隆也君がさっきよりもっと柔らかく笑ってる気がする。

足元がぬかるんでいたりするので、気をつけてくださいね、って
手を出してくれる隆也君。


「手を繋いでくれる?」

あたしの言葉に、隆也君がにこっと笑う。
そしていつも通りにエスコートしてくれる。
あたしは、この優しい恋人に本当に大好きだ、って
伝えたくてしょうがなかった。

だから、人目につかないところへ
隆也君と歩いていった。


藤の香りが漂う。
夜の方が匂いがこもる気がする。

空を見上げると、満月に近いお月様。
夜遅くて、ライトアップを観に来てる人も少ない。


「お嬢さん、ちょっと上向いて」
「ん?」


人目を盗んで、隆也君があたしにキスをしてくれた。
啄ばむようなキス。

藤棚の下で。
垂れ下がる藤の花に隠れて。

ちょっとびっくりしたけど、でも、そのキスは優しい。
両頬を隆也君の大きな手で包まれる。
見つめられて微笑む。


誕生日前日のキス。


ねえ、隆也君。
今日の夜は特別だけどでも、特別なのは、
この藤棚だけじゃなくてもっともっと、あれこれあるからだよ。


意味深にふふっと笑ったあたしに
隆也君が目を丸くする。
そしてにこっと笑った。


それってオレの誕生日のことっすか?



単刀直入に訊いてくるものだから、

(誕生日の話題だしちゃったけど・・・・でも、ごまかせばいいか)

「ん?それっていつのこと?」

と訊き返した。

もちろんわかってるけど、でも、あと少しで
サプライズの時間なのにここでばらすわけにはいかない!


(それにしても、ここ数日、ばらさないように大変だな・・・・自分)

そう思いつつも、質問をするりと抜ける。
隆也君がすこし残念そうで、なにか言いたげなのがわかるけど。
それ以上何も言わせなかった。


(わかってるよ、隆也君!)


あたしは、心の中で呟いた。

それ以上の質問はだめ、とばかりに、あたしは自分から背伸びして
隆也君にキスをして、口を封じ込めた。





・・・・・・




藤のライトアップを2人で手を繋ぎながら歩いて。
途中何度も隆也君をキスで防ぐ。


こうやって2人でいちゃついていたいから
もう少しここにいようよって誘うと、
隆也君はもちろん嬉しそうな顔であたしにキスをしてくれる。

そうやってキスしている間に時間がどんどん過ぎて。





あたしは、こっそりと時計を見る。
時間は11:30.


そろそろかな。






「もうこんな時間だから、帰ろう?」

そう言うと、少し隆也君が目を丸くした。

「もう少し、ここにいない?」
「え・・・・?」
「ほら、もう少しで日付変わるし・・・・」


(あ!そっか。隆也君、もしかして、ここで誕生日の0時を迎えようと・・・)


思わずあたしも目を丸くする。
隆也君が少し赤い顔をして、少しだけ口をへの字にして、
どっかの方向を見て言う。

「俺、もう少しここにお嬢さんと一緒にいたいっす」

(それはあたしもだよ!)


で、でも!!

お誕生日の0時は、ここじゃなくて
別の場所で過ごすんだから。

隆也君、サプライズを気づいていないにしても、
とりあえず、ここを離れて・・・
移動して遊園地に行かなくちゃ!!


ここにいたいっていうのを断る理由もない・・・ないけど、
とりあえずここを出ないといけない。

焦ったあたしは思わず


「あ、あたしはもう疲れて眠いから早くお屋敷に帰りたいんだ」

なんて言ってしまった。
その言葉を聞いた途端に隆也君が、がっかりした顔をした。

(あ・・・・傷つけちゃった・・・?)

そりゃあそうだよね。
あと30分ぐらいで自分の誕生日だし。
その誕生日の0時に大好きな人といたいって、
それも2人だけのロマンチックな場所で、って思うのは
隆也君だけじゃない。


(もちろん、あたしも・・・でも)


少しがっかりした顔をした後に、隆也君は
すぐさままたにっこり笑ってくれた。


「お嬢さんがそう言うなら。帰りましょうか?」
「そ、そうしてくれると助かる」


思わず焦り気味に言うあたしを
隆也君が不思議そうな顔で見つめる。

「ごめんね、隆也君」

がっかりした顔を見たからか、思わず謝ってしまってた。

「そ、そんなお嬢さんが謝ることないっすよ」

そう言ってくれる隆也君はすごく優しい。

思わずどうしようもなくなってしまって
あたしは隆也君の顔をじっと見つめた。


「ほら。そんな顔をしていたら可愛すぎて、俺」
まだここに2人でいたいって思うから。


そういって、隆也君があたしの頬を包んで、
おでことおでこをくっつける。
至近距離で見つめる。
思わずその言い方にドキってしてしまう。

隆也君って、本当に・・・・
てらいもなく、ストレートに好きとか可愛いって言うから。
その度にドキドキしちゃう。
頬が赤くなるのがわかる。
隆也君の言葉が嬉しくて、そしてこそばゆいから。


(ちょっとずるいよね。あたし負けてばっかりだ)


思わず口をすぼめて、軽く睨んだ。
そんなあたしの顔を見て、隆也君がくすっと笑う。

そしておでことおでこをくっつけて
見つめた視線を外さないまま甘く囁く。


「疲れたんだったら、抱っこして車まで行く?」

だ!だ!だっこ!!

「疲れたんだったら、甘えていいよ」


その言葉で、あたしは余計に赤くなる。
そんな子どもじゃないんだから!


あたしが慌てるように、そう言うと、隆也君がまた笑う。


冗談だよ、って。

その少し頬を赤くして、
あたしのことをからかうなんて、隆也君のイジワル。

「だって、抱っこしてる時に俺に甘える姿がとても可愛いからさ」

な、な!!!なんて恥ずかしいことを
隆也君ってさらりというんだろう。

もう、ほんと。
隆也君のストレートさにはあたし、勝てないや。

・・・そりゃあたまに隆也君に甘えて
抱っこしてもらって喋ってるときにそのままもたれて
気がつくと寝てしまうこともあるけど。

隆也君ってあたしのこと、ヌイグルミみたいっていうか、
そういう小さい可愛いものみたいに扱うんだよね。
それはそれで嫌じゃない。
隆也君はすごく逞しくて。頼りになるし。すごく体つきもいいし。

だからあたしは余計に隆也君に触りたくなったり
もたれたり甘えたくなったりする。
でもそれは、あたしの部屋とか隆也君の部屋だけのこと!

こういう外でそれも車に来ててお屋敷の運転手さんもいるんだし。


「ねえ、抱っこして車まで行く?」

「隆也君!もう!」
行きません、絶対!!


恥ずかしすぎるよ、隆也君。



隆也君の手を振り切ってあたしは歩き出す。
その後ろを隆也君がついてくる。ちゃんと手を繋いでくれる。


もう。本当に。
ちょっと赤くなりながら、頬を膨らますあたしを
隆也君がくすくす笑う。




たまにこうやって、ちょっとイジワルだったり
からかったりするんだよなあ、隆也君って。

そういうところも嫌いじゃないけど。


あまりにもストレートな愛情表現であたしは負けちゃう。
いつも、いつも。

それに負けちゃうのが悔しい気持ちもあるけど、
でもこういう隆也君が好きだから。


そしてわかるの。

隆也君も、こうやってストレートに表現して
その愛情を恥ずかしがりながら受け止めているあたしのことを
好きだってこと。
あたしがストレートすぎる表現に
恥ずかしがりながらも嬉しがっていることをわかってるから、
隆也君は、こうやって愛情を告げることをやめない。



(どっちもどっち?)


そう思うと少し笑いたくなる。

あたしの愛情表現は、隆也君よりストレートじゃないけど。



でも。


あたしは、あたしなりに隆也君のことを大事に思ってる。
隆也君のストレートさには負けるかもしれないけど。
今日のあたしの隆也君への愛情表現は
結構すごいものじゃないかな、って思うよ。






時計の針は11:40.





あたしと隆也君は、それぞれほんわかした気持ちで
藤棚の下を歩いた。

車まですぐそこ。繋いだ手が温かい。







・・・・・・・・・・



車に乗り込む前に運転手さんと目が合う。

(あの目的地までよろしくお願いします)

そう会釈した。


いつもは助手席に座る隆也君に、
もう今日は仕事終わりの時間だから、一緒に後ろに座ろうよ、っていう。
そしたら一瞬戸惑った顔をしたけど、嬉しそうな顔で頷いてくれた。


2人で、後部座席のふかふかなソファに座る。
あたしは、隆也君の肩に頭をもたれさせる。

隆也君はさすがに車の中だから運転手さんが見てるわけないけど、
でもいつもみたいに髪の毛を撫でてくれはせず、
そっと、あたしの手を自分の手で包み込む。


その幸せにあたしは目を閉じた。





(もう少しで、0時だ)




藤棚から遊園地までは車で10分もかからない。
それに、今は夜中だから交通量も少ない。
ちゃんと0時少し前に遊園地前に着くようにって
お願いしていた。



早く着きすぎてもだめ。
0時を越してもだめ。




そうお願いしていたから、
あたしたちを乗せた車が、遊園地近くで、わざとぐるぐる
時間を潰しているのがわかる。


(0時前に、車がついたら、すぐさまプレゼントだね)



むふふ、ってあたしは自分の計画ににっこりする。


そんなあたしに隆也君は気がつかないで
握った手を愛しそうに撫でてくれてる。





乗ってからしばらくして。












車が停車した。





「え?」

隆也君が少し驚いた声を出す。




あたしは反射的に車の時計を見る。





23:58.



すごくちょうどいい時間。


「え?ここ、まだ屋敷じゃないのに」




驚いた隆也君が、運転手さんに話しかける。
それを制して、あたしは隆也君を後ろから掴んで、

「いいから!」

にっこり笑った。



え?


隆也君があたしの顔を唖然とした顔で見る。


「とにかく、降りよう」


ね、隆也君。




そういって、あたしはいつも開けてもらっている
車のドアを開ける。
開けたドアから、さっと初夏の夜の風が吹き込む。


少し肌寒い、けど、
ちょうどいいぐらいかな。

勝手に一人で先に車から降りたあたしを
隆也君がびっくりして、追いかけるように車から降りてきた。



車が停車したのは、遊園地の入り口。






遊園地の電気は消えてる。
ひっそりしてる。




計画通り。





よし、入り口までダッシュだわ。
0:00までに切符売り場の入場門に行かなくちゃ。

車を降りたあたしは、

「隆也君、行くよ!」

そう呼びかけた後、入り口に向かって一人走り始めた。
あたしが走ったら、絶対隆也君は追いかけてくるから。


それで切符売り場まで
隆也君を誘導しなくちゃ!








お嬢さん、ちょっと待って!





そう呼ぶ声が後ろから聞こえる。






夜の暗さで足元がよく見えないけど、
でも、目指す場所はわかってる。

あたしは、少し急いで走って、樫原さんと約束した入り口の
切符売り場の後ろに回ってあのプレゼントの花束を持つ。

そして、後ろ手に隠した。





息を整えて隆也君を待つ。






遊園地を後ろにして。入り口で。

あたしが預かった写真の小さい頃の隆也君の様に。
後ろ手にはカーネーションの花束。






あたしよりも、普段は足が速いのに
いきなりのことでびっくりした隆也君が急いで走ってきた。








ゆいこ!





走って近寄ってきた隆也君の顔が
すごく焦っているのがわかる。

そして、少し額に汗をかいて
ちょっと怖い顔をしている。

走ってきた隆也君は
あたしを逃がさないようにするためか、
両手で後ろに花束を持ったあたしの
その両手をがっと横から捕まえた。










ちょ、ちょっとなんで走るの?
そして、なんで、ここ・・・・?!






そう隆也君が言った瞬間。














オルゴールのような音が流れて、
暗かった遊園地の明かりがぱっとついた。

(間に合った!!)


オルゴールの音が
0時をおしえてくれる鐘の音。






ぐぉーんって響く音がして、0時とともに点灯された
観覧車がゆっくりと回り始める音がわかる。





「え?」



目を丸くして、あたしの後ろの遊園地を見つめる。


目をこれ以上ないくらいまん丸になっている隆也君に
あたしは。



「お誕生日おめでとう!!!」



少し大きな声で言って、後ろに隠していた
カーネーションの花束を隆也君に、はいって差し出した。



「隆也君、19歳だね」
おめでとう!!!

20090511172512.jpg


にっこり笑って花束を渡す。

隆也君が呆然とした顔で
あたしの顔をまじまじと見つめている。

押し付けられるように目の前に出された
花束を受け取るもののまだ、実感がわかないのか、
目をぱちぱちしている。

「サプラーイズ♪♪」

その様子がとても可愛くて。

「隆也君。今日5月12日はお誕生日でしょ?」

だから、サプライズに
誕生日祝いを、準備しましたー!!


「うふふ、やったね!」

思わず笑いがこみ上げてくる。
サプライズな誕生日祝いがどうにか成功して、
あたしは、すごく上機嫌だ。


にこにこ笑っているあたしの顔を
じっと見つめていた隆也君の頬が急に赤くなった。

「お嬢さん・・・オレっ・・・・!」

ようやく実感してきたのか、感極まってるような隆也君。

「ありがとうございます!!!!」

すごい角度で隆也君が頭を下げた。
やだ、こんな時まで執事の口調はやめてよ。

そうにっこり笑ったあたしの顔を
また隆也君はまじまじと見つめている。

今、この状況を把握できてないのは、ありあり。

でも、自分の誕生日祝いで、
こういう状況っていうのは、少しわかってきたみたい。
だって、だんだん・・・・
嬉しそうな顔になってきたから。





「今日は、隆也君の誕生日だから」



驚かせてごめんね。
サプライズにして驚かせたかったから。
隆也君の誕生日の0時に一番最初にお祝いを言いたかったんだ。
だから、これまで色々秘密裏に動いてきて、
隆也君を心配させたけど・・・・。
でも、隆也君の誕生日をすごくステキにしたかったの。


今日・・・・、
遊園地まるごと貸切、じゃないけど
観覧車だけ動かしてもらってるんだ。



あとで一緒に乗ろうね。



あたしの言葉に、隆也君は驚き顔で
口をぱくぱくさせながらも、うんうん、って頷いた。


その様子が可愛い。


このサプライズは・・・・隆也君にとってまったく
予想もしてなかったことですごくびっくりして、
そして多分・・・すごく感動してくれると思う。


そう、あたしには伝わってきた。



えへへ、って笑うあたし。



隆也君がようやく驚きが納まったのか、
遊園地をみたり、あたしをみたり、
ドキドキしている様子で落ち着かない様子。


隆也君は、目をキラキラさせながら、
少しその目を伏せるようにして
受け取ったカーネーションの花束に目をやる。


思わず得意げに告げる。

「そのカーネーションは、あたしが育てたんだよ?」
「え!!!???ど、どこで?」

あたしの言葉にびっくりした隆也君。

隆也君の目を盗んで、実はこれ、
九条院家の庭で育ててたんだ。
もう、これを育てるために隆也君の目を盗むのが
大変だったんだよ。

苦労話をするように、眉をひそめて、大変だった~って
告げるあたしに少し隆也君が慌ててる。


冗談だってば。
少しだけのことなのに、隆也君の反応が可愛い。


「こ、これ、お嬢さんが育てた花なんすかっ・・・!」

隆也君が顔を真っ赤にしてにこにこ笑っている。
すごく嬉しそう。


種明かしは、とても楽しい。
あたしは、こんなにも驚いてくれてるのが
ドキドキしながらも嬉しかった。



隆也君が真壁さんと執事修行している間にね。
こっそり育ててたの、今日のために。




にっこりと笑って告げたら。
その言葉で、また隆也君が目を丸くする。



樫原さんに協力してもらったんだよ?
お花を育てることも。今日のこの遊園地も。



その言葉で、隆也君が一瞬口を呆然と開けて
驚いていたのが。

いきなり大笑いし始めた。


「えー!!オレ、全然こんなこと知らなくて!!!」

なんだよー!それ!!って大笑いしている隆也君。


サプライズなんて知らなかったぜ!
それも、こんなに見事に騙された~!

もうずっと様子が変で!!



あたしも、その笑いに釣られて笑う。



オレ、ものすごく心配したじゃん!



そう言いながら、隆也君が大笑いしながら、
花束と一緒に、あたしのことをぎゅっとして一気に抱き上げた。


「きゃ!!」

いきなり抱き上げられてびっくりした。

「もう!ほんと、なんでこんな嬉しいことしてくれるの?」

ものすごく嬉しそうな口調で、隆也君が抱き上げたあたしを、
ぐるぐると回す。

「た、隆也君!あ、危ないよ~!!」

そういいながらも、隆也君はめちゃくちゃ
大笑いしてて、下ろしてくれない。
しばらく、ぐるぐるとされた後、隆也君が下ろしてくれた。


でも、抱きしめるのはやめない。


「ああ、もう本当にゆいこ、大好きだ!」


そう言いながら、隆也君があたしをぎゅっと抱きしめる。
ぎゅっと抱きしめて、しばらくそのまま。

さっきまでの大笑いした嬉しさとは違って、
しみじみと嬉しさがこみ上げてくる。




あたしは、隆也君の少し強い抱擁で
つぶれそうな花束をちょっと体を離して、
すぐ傍の遊園地の切符売り場のところへ置いた。



そして、隆也君の背中に手を回す。


あたしからもぎゅっとする。



「隆也君。お誕生日おめでとう」


さっきも言ったけど、何回だって言わせて。
だって今日この日に一緒にいれること、
それがすごく嬉しいから。

誕生日おめでとう、って言葉を何度も言いたい。


「大好きだよ、隆也君」

隆也君が少し腕の力を緩めて
あたしの顔を覗き込む。

「ゆいこ、ありがとう、こんな誕生日祝い・・・」
オレ、本当に嬉しすぎて、なんていったらいいか。

こうやって祝ってもらえるなんて思ってもなかったから。


そう言う隆也君の目がすごく嬉しいって色をしてて、
あたしは、その目を見れただけで、気持ちがいっぱいになった。

「あたし、隆也君に最高の誕生日を演出したかったんだ」

だから、ここ最近、態度がおかしかったり
そっけなくしていたりしたのも、許してね。


そう可愛く告げたら、隆也君は赤い顔をしながらも、めって睨んできた。


「だめ、許さない」
「ええええ?」


意外な言葉であたしは目を丸くする。

でも、次の瞬間、

「本当に心配したから、ごめんなさいって思うんだったら、そっちからキスして」


その言葉で理解する。

隆也君は頬を赤らめながらも、すごく目をキラキラさせて、
あたしの顔を覗き込んでくる。
とても嬉しがっている隆也君にあたしは胸がいっぱいになって、
すぐさま、隆也君の首に自分の腕を巻きつけてキスをした。


ちゅーって長く。
そして強く。


そのキスに答えるかのように隆也君があたしの唇を吸う。
目を閉じて、あたしは、その感触を味わう。


今、あたしたち、すごく大好きだよ、って
キスをしてると思う。


離れた唇に、瞼を開ける。
そこには、少し目を細めて、
愛しそうに、あたしをみる隆也君がいる。


「まだ怒ってる?」


その優しい目に見つめられたら。
じゃれあいたくて、“怒ってる”というだろうと
わかりながらも、あたしはあえて訊く。


「もう少し。足りない」


やっぱり。
あたしの隆也君に対する勘は外れない。
そう言った隆也君が、今度は自分からキスしてきた。


両頬を包まれて、少し上を向かされて
隆也君の唇にあたしの唇が包まれる。

舌があたしの中に入ってくる。
そして口の中を優しく撫でる。
軽く唇も甘噛みされる。下唇も、上唇も。
何度も唇を吸われる。角度を変えて、どこからも
あたしの唇を味わおうとする。



このキスが大好き。



唇だけじゃなくて。閉じた瞼にも。
鼻先にも。おでこにもキスされる。


目を開けると、やっぱり優しそうな隆也君がいて。




「これは、許してあげる、のキス」


沢山の言い訳で、
沢山のキスをくれる。


「これは、こんなステキな誕生日祝いありがとうのキス」


とろけそうなほど、沢山キスをされて、
あたしはぼーっとしてくる。

それでも、このキスの感触や気持ちよさだけは、
ダイレクトにあたしの脳に伝わってくる。

(隆也君、もっとキスして)


そう呟いた声を隆也君に届いたのか、
くすっと笑う気配がする。


だめだよ。これ以上したら。
だって、ゆいこ、もう限界だろ?


そう言って離された唇が寂しくて。
あたしは、隆也君の胸の中に自分を埋めた。


この広い胸にあたし自身を埋め込みたい。
そのままの意味で。

抱きしめられてるだけでは
物足りないから。もっと密着してくっつきたい。


密かにそう願う。


ぎゅって抱きつくあたしを
隆也君が抱きしめてくれる。



ありがとう。
こんなステキな誕生日祝い、オレ、初めてだよ。
こうやって誕生日の日の0時を恋人と一緒に迎えられるなんて。


あたしだって。
今、こうやって隆也君と過ごせるのが嬉しいよ。




ひとしきり、ぎゅって抱きしめられてて。
その温かさに酔いしれる。

隆也君の胸、すごく暖かいや。


「ねえ、隆也君」

「ん?」

こっちを見つめる瞳は限りなく優しい。
すごく、大きな海を眺めてるときみたいな
そんなゆったりした気持ちになる。


「観覧車、乗ろう?」


あたしたちは、まだ遊園地の入り口。

抱きしめあうあたし達の後ろには
きらきらと夜の空に輝く観覧車の光。
星のように、赤や青や黄色、緑色の
カラフルな光で、ゆっくりと回っている。


「ああ、乗りに行こう」

少し興奮が収まった隆也君が
あたしの手を繋いで、遊園地の入り口をくぐる。
もう片手には、あたしがプレゼントした
カーネーションの花束をしっかりと握っている。


今日は切符無しで入れるんだ~。

そんなたわいもないことを喋りながら。


隆也君がしっかりとあたしの手を握ってくれて、
観覧車のところまで歩く。他の遊具は電気ついてないけど
道のりは優しく外灯がついてて、それに照らされた道を歩く。


急いで歩いて観覧車まで歩いていくのが惜しくて。
一緒にこうやって歩いている今が愛しくて。



あたし達はこころなしか、
ゆっくりと歩く。







どんなにゆっくり歩いても、
観覧車が近付いてきた。






観覧車の入り口で、係りの人らしき人が一人待っていた。

ごめんなさいねこんな夜遅くに。

そう言って会釈をしたら、
その人もにこやかに会釈を返してくれた。

観覧車の扉を開けてくれる。




あたしと隆也君は乗り込んだ。





「いってらっしゃいませ」
降りられるときはお声をかけてください。





そう一言告げられて、
あたしと隆也君は夜の空のお散歩へ出かける。








観覧車の動きが伝わってくる。
観覧車がゆっくりと上がり始めた。







「すげえな・・・・」



二人揃って、観覧車の窓から夜景を眺める。


0時を過ぎているからか、明かりは少なかったけど、
上っていくにしたがって、遠くにある港や橋の
ライトアップとかが見える。道路の黄色い光とか。


それをじーっと2人で魅入っていて。
ふと気がついて、お互いが無言なことに、顔を見合わせて笑う。


「こんな綺麗な夜景のプレゼントもありがとう」


そう言って隆也君が、窓に手を当てて、
外を眺めるあたしを後ろから抱きしめた。


そのまま、首筋や肩に隆也君の温かい息が吹きかかって、
その生暖かさがこそばゆいあたしが身を捩って笑う。


すると隆也君が悪戯っこのように、
ぎゅっと後ろから抱きしめた腕を弱めず、
くすぐったくて笑うあたしに
もっともっとくすぐったいことをする。




「やだよ、隆也君」


動物みたいに、あたしの匂いを嗅ぐ真似をしたり、
息を吹きかけてくすぐったいことをする
隆也君がとても好きで好きで。
こんな風にスキンシップしてくる隆也君がとても可愛いと思う。


こんなただ、一緒にいるだけですごく好きだって思う。
こんな幸せな時間がもっと長く続けばいい。



じゃれあっているうちに、
どんどん観覧車は上がっていった。









不意に隆也君が尋ねた。

「でもなんで今日、ここだったんだ?」

その言葉がものすごく純粋な質問だったから
あたしは少し笑った。


「隆也君、覚えてないの?」

「え?何を?」



あれ?
なんか・・・・ん?


隆也君があまりにも普通に、今日この遊園地を選んだ理由が
わかってないから、あたしは思わずポケットに入れていた
あの写真を出した。



「これだよ」

差し出された写真を見た隆也君が
次の瞬間、すごく目を丸くして驚いた。

「え?この写真!?なんで?」

「これ、隆也君のお母さんから借りてきたの」

「えー?!」

ものすごくびっくりしている隆也君に
あたしはプレゼント選びで隆也君のおうちに行ったことを話した。



かくがくしかじかで。





「あたし、隆也君のこの写真を見て、絶対この遊園地で0時にサプライズの誕生日祝いをしたかったの」




だってこの写真の隆也君、少し悔しそうな顔をしてると感じたんだ。
そして淋しそうだったから。



そういって写真を一緒に見ていると、
隆也君があたしの顔をじっと・・・・
穴が開くほど見た後、ふんわりと頬を赤らめて笑った。





「参った」
「え?」



「なんでオレがそんな気持ちだったって思ったの?」
「え?だって、たまにするじゃない、隆也君、こんな顔」
「え?」

え?って言われても。
たまにしてるよ、隆也君。


どんなとき?


そう訊かれて、すぐには思い浮かばなかったけど。

「んー。初めてのお茶会で失敗して反省してるとき、とかに見たかな」



あの時も、笑ってまた頑張るって言っていたけど、
でも、この写真みたいにちょっとだけ悔しそうな顔をしてたんだ。


それに。

この日、誕生日の約束をしていたのがだめになって
やっぱり普通に考えても子どもだから、
がっかりしたんだろうなって思ったの。


そう告げたあたしを
隆也君がぎゅっと抱きしめた。


「・・・・さっきオレがゆいこのことをよく見てるって言っていたけど、それ、オレがゆいこに言いたいよ」

「ん?」

「確かにオレ・・・・この時、少し悔しかったし、がっかりしてた」


でも、誕生日に家族で揃って遊園地に行くなんて、
うちの家庭環境じゃあ、かなり色々都合しないといけないわけで。
無理なことだっていうのも、子どもなりにわかっていたから、
実はそこまで諦めるのは辛くなかった。

でも、ま。
それでも遊園地に来たかった気持ちはあったから、こうやって
記念撮影って言われて入り口に立たされて写されると・・・
やっぱり諦めていたけど少しだけ悔しいって思ってた。
そんな気持ちがこれに写ってるや。

また来たらいいってわかってたから
駄々をこねたり、っていうのはなかったけど。


ああでもこの、母の日のプレゼントを
この遊園地で渡そうと思っていたのに時間が遅くなって
結局母の日に渡せなかったのは、結構ショックだったかなあ。




そう言って隆也君は
自分の写真を見て微笑んだ。

そして、あたしを見つめる。


その瞳はいつものにこやかさとか優しさとは違って
もっともっと・・・・大事なものをみる瞳だった。



「オレ、実はこの時思ってたんだ」

「ん?」

いや、俺が大人になったら、
大好きな子を連れてここに来ようって。
後ろに写ってる観覧車、あれに乗りたいって思ってた。

この写真を写されたとき、電気ついて光ってるのが
観覧車だけで、それがとっても綺麗で。
子どもながらに、いつかこの観覧車に乗りたいって思った。
夜、きらきら光ってる観覧車に乗って
遠くの街まで見るんだって。
好きな子と一緒に見るんだって。




その夢が叶えられて―――




とても嬉しい。





そう真っ直ぐに
あたしの瞳を見て告げる。

「ありがとう、俺の夢叶えてくれて。ありがとう」

にっこりと笑う隆也君の笑顔が眩しい。

思わぬ言葉で、あたしは胸が熱くなった。
その言葉だけで胸がいっぱいだよ。

こうやってサプライズな誕生日祝いをして
本当に良かった・・・・と心から思った。
思わず、隆也君の素直さでじーんとくる

お礼の言葉で涙が出てきそうになったから
あたしは、慌てて話をそらせた。



「お花・・・」
「ん?カーネーション?」
「うん」

座席に置かれたカーネーションの花束。
赤くて、綺麗にラッピングされている。

「あたし、初めて自分で育てたお花をプレゼントするんだ」

隆也君が好きなお花を探すの大変だったよ。
瞬くんや誠吾君に訊いたり。
そういって笑った。

そのあたしの笑顔を隆也君が眩しそうに見ている。



あたしね。
いつも隆也君からお花をもらうばかりで。
毎日部屋に生けてくれるでしょ?
あれ、すごく好きなんだ。
あたしは隆也君みたいに植物とかお花とか詳しくないから、
そういう話をすることが出来なくて。
隆也君が大好きな植物とかお花を
もっとあたしも好きになりたいと思ったの。

だってそうやってあたしも好きになったら
あたしと隆也君で“好き”の共通点が増えるわけじゃない?

だから今回の誕生日プレゼントは・・・・
物じゃなくて想い出っていうか、
“想い”を大事にしたものにしたんだ。

お金で買えるものはいつでも買ってあげれるから。




そう告げたあたしを、隆也君が、またぎゅーって抱きしめる。
そして、なにも言わずに、観覧車の座席に座った
自分の膝にあたしを座らせて横抱きにして抱きしめる。



「ゆいこ、そこまで考えててくれたんだ」
「うん、そうだよ」

だって、大好きな隆也君のことなんだもん。

「ゆいこはオレにとって最高の恋人だよ」

何も言わなくても。抱きしめてくれている身体から
隆也君の気持ちが伝わってくる。


好きだ。
大好きだ。
そんな気持ち。


「カーネーションの花、気にいってくれた?」

そう尋ねると隆也君は優しい目で笑う。

「ああ、本当に嬉しかった」



隆也君の世界に近付きたくて。
もっと隆也君の“好き”を知りたくて。
隆也君に日ごろの感謝とあたしの愛を伝えたくて。
隆也君の喜ぶ顔が見たくて。


(あたしの願いも叶ったかな)



あたしはとても幸せな気持ちになって、
隆也君の抱っこに身を任せたまま、甘えてた。


2人で何も言わずに、しばらく夜景を楽しむ。





「ねえ、隆也君」

「ん?どうした?」

「あのね。瞬君が教えてくれたの」

―――あたしは、数日前に瞬君に聞いたことを話した。


「カーネーションの花言葉、何か知ってる?」

「え?知らないっすよ?」

その少し敬語というか、ちょっとびっくりした声に
あたしは笑う。

「知りたい?」
わざとイジワルに言ってみる。

もちろんそれは、隆也君をからかいたいんじゃなくて、
もっともっと、甘い時間を二人で過ごしたいから。

「え?」

「知りたいなら、教えてあげる」

にこっと笑う。
隆也君はちょっとびっくりしていたけど、
不意に笑顔になって、くすくす笑う。

あたしの仕掛けたゲームに気がついたんだ。

「知りたい。教えて」

あたしもくすくす笑う。

「じゃあ、教えてあげるから」
耳貸して。


隆也君が笑いながら、あたしの口元に自分の耳を寄せる。
その耳元であたしは囁いた。


「カーネーションの花言葉は―――---」










言い終わった後、隆也君の顔を覗き込むと、
案の定、真っ赤になっていた。

えへへ、小ネタ成功♪

「っ・・・!!」


真っ赤になって、少し慌てる様子の
隆也君が可愛い。思わず、笑ってしまう。


隆也君、慌ててる、可愛い~!


そういって笑うあたしを真っ赤な顔をした隆也君が軽く睨む。
膝に抱っこされたまま、至近距離で睨まれても。
その真っ赤な顔で睨まれても。

ただ、あたしはその甘い時間で
こうやってじゃれあってることが幸せ。

隆也君がこの花言葉で赤くなったのが
あたしとしてはとても嬉しかった。
いつも、隆也君の言葉で隆也君の率直でストレートな愛情表現で
赤くなっているのはあたしの方だから。


思わず得意げな顔になったあたしを
隆也君がぎゅっと抱きしめる。




え?


「ね。今の言葉、もっぺん言って」


思ってもない反撃。
目をキラキラさせながら、おねだりしてくる。

「もっぺん。今度は耳元じゃなくて、オレの目を見て言ってよ」

「っ・・・!」

一瞬にして言葉に詰まる。
顔が赤くなったのを見て隆也君が、今度は反対に笑う。


「ね。もっぺん言って」


え!
あ・・・・あの花言葉はさすがにちょっと恥ずかしくて、
耳元ぐらいでしか言えないよ?!
そんなあたしの言葉にも耳を貸さず。


ねえ、ったら。
何度もねだってくる隆也君。


「お願い」

そう目を見つめられて。
返事をするのを待っているのを見たら。
もう言うしかなくて。

赤くなっている自分の頬をとめることが出来ない。
聞こえてたはずなのに、もう一回言わせようなんて、
隆也君ったら!!!


そう思いながらも、こんな隆也君を好きだと思うし
そしてこうやって目をキラキラさせてる
隆也君をもっと喜ばせたいと思う自分がいる。




「カーネーションの花言葉は」





花言葉は?





隆也君の目があたしの目をじっと見つめてる。
その瞳の色はかぎりなく甘くてそして優しい。




『あなたを熱愛する』、だよ。





そう真っ赤になりながら小声で目を見て告げたあたしに
隆也君が、キスをした。


(それは、オレのセリフ)
そんな呟きも一緒に聴こえる。




観覧車がゆっくり回っていく中。
夜景がちょっとづつ変わっていく。

その変化が綺麗で、ずっと見ていたいけど。


でも今あたしが
一番感じていたいのは、
隆也君のキスだけ。

隆也君にぎゅっと抱きしめられている強さだけ。
隆也君の温かさや気持ち、その全て。




沢山のプレゼント
ありがとうな。




隆也君の声が聞こえる。


あたしこそ。


隆也君がいてくれるから、毎日幸せで。
毎日沢山のプレゼントをもらってるよ。




だから今日は。



最高の誕生日を隆也君にあげたい。



傍にいるよ。
もちろん今日だけじゃなくて
明日も、その次の日も。

来年の誕生日だって。




ハッピーバースディ、隆也君。


今年一年が隆也君にとって
とても幸せな年になりますように。




そう呟いたあたしの声は、
キスにのせて
隆也君の中に溶けていった。











******** 夜の遊園地 Fin . *******

Happy Birthday !
Dear TAKAYA !

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夏の夜の約束  11/03/2008  
********* 夏の夜の約束 *********













風が・・・・気持ちいい。


少しだけひんやりとした風が
あたしの髪の毛をなびかせる。


「ゆいこちゃん」

あたしの手を引いて
前を歩いていた中岡さんが
ゆっくりと足を止めた。


「風が気持ちいいね」

「うん」

こんなに空が近いのは久しぶりだ。

空が晴れ渡っているけれど
でも夏のピーカン照りや
むくむくと大きい入道雲じゃなくて
もっと柔らかいパステルカラーの
ブルーを広げたような空。

森の木々の間を風が通り過ぎていく。
あたしたちが歩く畦道の傍に生えている
雑草でさえ、風に身を任せて
さわさわと揺れている。









あたしと中岡さんは
九条院家の別荘に来ている。


ゴールデンウィークに来た別荘じゃなくて。


今回遊びに来たのは
もっともっと森の中。
コテージみたいな
そんな山小屋に近い別荘。

中岡さんが夏休みを取ったから。









連れてきてもらったの。









・・・・・・・・・・







つい先日
義兄さんが姉さんと
スイスに行くからと
お屋敷全体が
数日間休暇を
取っていたんだけど
その間もあたしの専属執事で
そして恋人の中岡さんだけは
きちんとお仕事していた。


といっても
中岡さんを誘って
2人で釣りに行ったり
クルーザーに乗ったりした。








そうやって2人だけで過ごした
お屋敷全体の夏休みが終わったあと
中岡さんは数日お休みをもらえた。


そのお休みに。

中岡さんが

「2人だけで泊りがけでどこかに行かない?」
オレの誕生日もあるし・・・。

そう誘ってくれた。
勿論、あたしの返事は。









嬉しすぎて
中岡さんに抱きついたら
びっくりしながらも
中岡さんは優しく抱き返してくれた。








一緒にいたいと想ってたの。
中岡さんの誕生日は
ずっと一緒にいたいから。

仕事中ではない日に
恋人として誘うんだ。
だからずっと恋人同士の時間。


クルーザーで海に出たときも。

このまま2人でどこかへ
行ってしまおうかといってくれた。
このまま海にいれば
ずっと2人っきりだから、と。


(中岡さんにだったら、どこにだって連れ去られてもいいよ)








あたしと中岡さんが
2人きりで入れる時間は
本当はとても少ない。


夜、中岡さんが仕事終りの挨拶をして
それからの一時だけ。
その短い間の逢瀬があたしと中岡さんを繋いでる。
ずっと一緒にいるんだけどね・・・。

ずっと一緒にいれて幸せなんだけど・・・
でも一緒にいれても「恋人」じゃない「恋人」と
一緒にいてお嬢様のフリをするのは
なんだかたまに辛いんだよ。








だから。


誘ってくれた夏休みの計画。

2人っきりで。
恋人同士の時間が過ごせるなら。
中岡さんが「執事」から
解放されるなら。


あたし、どこへでも
一緒に行こうと思ったんだ。










・・・・・・・・・・・








中岡さんと一緒に
泊りがけで遊びに行くね。


その一言でまず義兄さんがびっくりした。

「え?中岡と2人っきりで?」

「うん」


「うん、って・・・・ゆいこちゃん!」

義兄さんが少し難しい顔をしてる。
あたしと中岡さんが
恋人同士なことは知っている。


「まだ高校生だから泊りがけで遊びにいくなんて・・・・」


渋い顔をして多分・・・
ダメって言いそうな雰囲気。


(あたし、義兄さんが反対しても今回は中岡さんと一緒に行くよ?)


ここであたしが折れたら
きっと執事の中岡さんが
あたしと一緒に出かけたいなんて
言えるわけないもの。


「それに中岡も・・・」


義兄さんがあたしの傍で
控えている中岡さんを少し睨んで
なにか言いそうになるのを先に牽制する。

中岡さんが目を伏せているのがわかる。


「大丈夫。中岡さんだもの」


中岡さんはあたしの専属執事よ?
2人っきり泊りがけで出かけても
別に何もないじゃない。


「でもゆいこちゃん、2人きりで泊りがけなんて感心しないよ」


「中岡さんはあたしの専属執事だから、2人きりで出かけることだって普通にこれからあるよ」


粘ってみる。


中岡さんは何も言わない。
多分・・・中岡さんは「執事」だから
そんなことは言わない。
だからあたしが頑張らなくちゃ。


「あたしを信頼してよ、義兄さん」


「・・・ゆいこちゃん」


「せっかくの夏休みなんだもん。あたし、どこか中岡さんと遊びに行きたいの」


そう言ってもなぁ
専属だとは言えども
中岡は男だし大事なゆいこちゃんと
泊りがけで2人でなんて僕としては・・・・。


義兄さんが渋い顔をして考え事をしている。
そんな義兄さんに・・・






「中岡さんとなら大丈夫よ」


「え、夏実?」


思わず義兄さんの隣にいた
姉さんからの応援がきた。

「姉さん!」


思わず嬉しくなってしまう。
姉さんが義兄さんを説得してくれたら・・・。

そんなあたしの嬉しそうな顔を見て
姉さんがくすっと笑う。



「中岡さんとゆいこは付き合っているとはいえ、8歳も年の差があるのよ?」


ゆいこが高校生なことは
中岡さんだって重々承知なんだから
そんな慎一郎さんが思っているようなことはしないわ
ね、中岡さん?








「え?は、はい!」

いきなり姉さんから話が振られて
中岡さんがちょっと
びっくりした顔をしながらも
しっかりと頷いてくれた。


あたしはそれを聞いて。

嬉しいんだけど
ちょっとだけ心にチクっとなにかが刺さる。



気づかないフリをした。


「そうはいっても、夏実」

義兄さんが姉さんにそれでも
だめだといいそうな雰囲気だったけれども
姉さんが中岡さんは信頼が置けるから
妹と一緒に行かせても大丈夫よ、と
説得してくれる。


あたしは話の展開を見守ることにした。


「侑人はどう思う?」


姉さんがあたしと中岡さんを
応援してくれてるのをみて
義兄さんが困り果てて
樫原さんに話を振った。


「そうですね。中岡なら、大丈夫でしょう」


樫原さんの答えは即答だった。


「え・・・?!」


思わずその答えの速さに
あたしも義兄さんもびっくりして
樫原さんを見ると、
樫原さんはちょっと苦笑しながら
あたしを見つめた。



「いくらお嬢様と中岡が執事と令嬢の関係以上の関係だとはいいましても、中岡はお嬢様より年上の大人です」


分別がある付き合いをしていると
私は思っておりますので問題はないでしょう。
中岡のことは保証いたします。


そうにっこり笑いながら
樫原さんが義兄さんに請け負う。



あたしは思わぬ力強い応援に
とても嬉しくなったけど
でも少しだけ樫原さんの言葉が
気になってしまった。






(8歳年上の大人・・・・)






うん・・・・・
あたしと中岡さんの間には
8年の日々が、年の差がある。


それはわかっていたけど・・・・
こういうところで
保証されるときに
このことが使われるなんて。

少し胸がちくりと痛む。

でも、今はそれを
気にしている場合じゃなくて。

気づかないフリをした。









・・・・樫原さんの言葉に
義兄さんは渋々ながら
折れてくれた。









でも。







義兄さんから出された条件は2つ。









九条院家の別荘を使うこと。


知らない土地に2人だけで行かせるなんてダメだと
義兄さんが樫原さんにあちらこちらにある
九条院家の別荘をリストアップして
あたしと中岡さんに渡すことを言いつけていた。






そしてもう1つの条件は。







「ゆいこちゃん」


「なあに、義兄さん?」


「・・・・何かあったらすぐに帰って来るんだよ?」


「え?」


帰ってきたいと思ったら
すぐさま連絡して。
すぐ迎えに行くから。


「何かあったらすぐ僕の携帯か侑人の携帯に連絡するように」


「え・・・・、あ、うん、わかった」


・・・いつでも帰って来たい時は
すぐに帰れるようにしておくという
義兄さんの優しさと気遣いだった。







(中岡さんと2人きりでいて、何かあって帰りたくなることって早々ないと思うよ?)







そう思いながらも義兄さんがすごく心配そうな顔で
約束させるものだから、あたしはにっこり笑って
義兄さんに大丈夫だよ、ってサインを送った。


義兄さんは少し目が潤んでいる。






渋々ながら許したけど・・・


きっと心の中では
あたしが中岡さんと2人で
泊りがけに遊びに行くことを
嫌がっていたり寂しがってるんだろうな。


本当に義兄さんったら・・・・。


思わず苦笑してしまう。
目に入れても痛くないほど
可愛がってるってこのことかしら。


どうにか了解が取れて
ほっとしたあたしは
すぐ傍に付き従っている
中岡さんをちらりとみた。


(あれ・・・・?)


なんだか中岡さんは
目を伏せて横向いちゃって
何か考え事してる。


どうしたのかな?
嬉しい・・・はずだよね?







「中岡さん・・・・?」






小声で呼んだら
すぐに気がついてくれて
いつもの笑顔に戻ってくれた。
















中岡さんと2人で
樫原さんから渡された
別荘のリストを見ながら
どこへ行こうかと相談した。







この間は海へ行ったから
今度は山に行ってみようか。


意外とアウトドア派な中岡さんが
山の中にあるコテージを
選んでくれた。








・・・・・・・・・・








中岡さんに手を引かれて
コテージ近くをお散歩する。


昼過ぎに着いて荷物を整理して
ちょっと一休みしてからのお散歩。







まだ夕方じゃないけど
少しづつひんやりしてきてる。
山の空気は澄み渡ってて
どこまでも緑が広がっていて。








海もいいけど山もいいね。


そう呟いたら
中岡さんが振り返って
にっこり笑った。






君とだったらオレはどこだっていいよ。



そう言ってくれた。


中岡さんの髪の毛も
ふわふわと風で揺れている。
あたしの髪の毛は風で遊ばれて
毛先がふんわりと浮くのがわかる。




髪の毛が乱れちゃうな。
でも気持ちいいからいっか。









広がる髪の毛を
あたしは耳にかけた。


こっちを振り返った中岡さんが
やさしく笑いながら風になびいた髪の毛を
耳元で抑えていたあたしの手に触れた。



「風が悪戯してる」

「うん」



中岡さんがポケットから
蝶の形をした小さなピンを出した。

散歩に出かける前に
そんなものを準備していたなんて。
それもこの蝶のピンはみたことがない。


きっと彼があたしが知らない間に
買ってくれたものだと思う。


相変わらず用意周到で
いつもあたしのことを考えてくれてる
優しい恋人に思わずにっこりした。

その笑顔を見て中岡さんもにっこり笑う。

そして、ゆっくりと
あたしの耳の上に蝶のピンを留めてくれた。



「中岡さん、本当に準備が良いね」

「多分必要だと思ったんだ」



中岡さんがゆっくりと顔を近づけて
さっき蝶のピンで留めた髪の毛に
優しくキスをした。

「この蝶がすごく可愛いから」

きっと君に似合うと思って。
うん、すごく似合ってる。


「可愛いよ、ゆいこちゃん」


少し頬を赤らめてじっと見つめられて。
あたしも少し恥ずかしくなってしまう。









中岡さんって・・・・。








なんだかとてもロマンチックだったり
すごくあたしに甘かったり・・・・。


こんな風に甘やかされて可愛いって言われると
あたし、なんだか幸せな気持ちで
心が満たされちゃうよ。






「可愛いのはあたし?それとも蝶?」



答えなんてわかってるのに
もっと中岡さんから
甘い言葉が聴きたくて。


甘い言葉を囁いて欲しいから。


中岡さんはそんなあたしの
思惑に気がついたのか
しょうがないなって笑いながら
繋いでないほうの手で
あたしを引き寄せた。







「勿論、俺のゆいこちゃんだよ」








もう一度髪の毛に
キスしてくれる。


その片手であたしの頭を
自分の胸にくっつけるようにして。


中岡さんに軽く抱きしめられて
胸に耳を当てると
中岡さんの心臓の音が聞こえるよ。


ちょっとだけ早い。



ドキドキしてるの、中岡さん?


そう訊いたら


「こら。大人をからかうもんじゃありません」


そう言って
もっとぎゅっと抱きしめてくれた。



甘い言い回しが大好き。


あたしは繋いでいた手を解いて
中岡さんの腕に自分の腕を絡めた。


「ねえ中岡さん」

「なんだい?」


「・・・・今日一緒にここに来れてよかった」


「俺も君と一緒にこれてよかった」



・・・・誘って断られたらどうしようかって
本当は思っていたんだ。



え?


「断るわけないよ」



だって大好きな中岡さんと
2人っきりの休暇だよ?
中岡さんの誕生日もあるし。
あたしが断る訳ない。


「それに・・・・旦那様も反対していらっしゃったから」


少しだけ中岡さんの顔が曇る。


「うん・・・・そうだね」


「でも、姉さんも樫原さんも中岡さんとだったら大丈夫って言ってくれたから」


あたし達、応援されてるよ。

だから大丈夫!と
笑顔で中岡さんを見たら
中岡さんもようやく
ほっとした顔で笑ってくれた。



絡めた腕をそのままに
周りに広がる森の木々に目をやる。



少しだけ心に浮かんだ。
あの時、心をチクッと刺した棘の痛み。



8歳の年の差。


その年の差が一緒にいるときに
感じてしまうこと。

中岡さんに比べてとても子どもな自分。

こんな中岡さんだったらあたしみたいな
子どもじゃなくてもいつかもっと年相応な
素敵な女の人と恋に落ちても不思議じゃないと
思っている不安。



子ども過ぎる自分に対する不満。


2人きりで出かけるといって応援されると
あたしが子どもだから何もないと
思われてるんだという不思議な失望感。


恋人同士なのにキス以上進まない
あたしと中岡さんの関係。


(もしかしたら2人で出かけるなんて危ないって皆が言ってくれたほうが、少し嬉しかったかも)


そういう「危険性」さえ感じさせないほど
あたしは中岡さんにとって「子ども」なのかな?


そんな雰囲気にはまだならない
恋人同士として周りの目には映ってるのかしら?



墨の一滴のように一度心の中に
ぽつりと落とされたら水面にじわじわと
黒い円が広がるように。

あたしの心の中に
不安が広がっていく。



顔が曇っていく自分に気がつく。








でもあたしは
なんでもない振りして笑った。


「大丈夫よ、中岡さん」



抱きついている中岡さんの胸に
自分の顔を埋める。
多分、今のあたしは大丈夫って言葉の裏腹に
少し不安そうな顔をしているはずだから。







そんな顔、みられたくない。






「連れてきてくれて、ありがとう」


ぎゅっと抱きついたあたしを
あやすように中岡さんが
ぎゅっと抱きしめながら
背中を抱きしめてくれる。



そしてあたしの名前を呟いて
髪の毛に何度もキスしてくれた。



柔らかい風と
柔らかい光。

誰もいなくて・・・・
静かなんだけど
風の音と共に大好きな人が
あたしの名前を呼んでくれる。







こんな幸せな一瞬なのに。







きっと・・・・


名前を呟いたのは
あたしに顔を上げるように
促していたんだろうけど
泣きそうな顔をしているのを
見られたくなかったから。


ぎゅっと抱きついたままでいた。


「中岡さん、大好きだよ」


思わず呟いてしまう。

自分の中の気持ちに負けたくなくて。

その言葉は泣きそうなくらい
あたしの中の本気の気持ちだった。








・・・・・・・・・








夕ご飯はコテージでバーベキューをした。
中岡さんが美味しそうなお肉を焼いてくれた。


中岡さんがほとんど身の回りの世話できるし
ご飯も作れるから、って別荘には誰も来ていない。







せっかくだから
2人で過ごしたいね。



その言葉どおり
2人っきりの夜。



森の中にあるコテージはとても静か。
テレビも置いているけど
2人の時間に必要なのは
お互いの存在と楽しいお喋りと優しい音楽だけ。









散歩の時に感じた気持ちの重さは
まだ少し心の中にしこりのように
残っていたけど・・・・。

でも中岡さんがあたしに注ぐ優しい視線や言葉や
一緒にいられるこの時間があたしの心を満たしてくれる。


いつもは一緒のテーブルで食事をすることはないけど
こうやって2人きりのコテージで
同じテーブルに席ついて向かい合って
ご飯を食べるというのが、とても嬉しかった。


ほんのちょっとだけ
中岡さんと一緒に暮らしている
あたしと中岡さんの家って気がする。


(まるで新婚さんみたいだな)


そう感じて、思わず恥ずかしくて
ドキドキして、食べている肉を
喉に詰まらせそうになる。



「ごほっ!!!」


「だ、大丈夫?ゆいこちゃん?」


すぐさま中岡さんが
あたしの背中を叩いてくれる。


「だ、大丈夫。ちょっとむせただけ」



差し出されたコップを受け取って
ちょっとだけ水を飲む。
咳が落ち着くまで中岡さんが背中を撫でててくれる。

心配そうな顔。
もう中岡さんったら心配性なんだから。


(心配させてるのはあたしだけど)


「大丈夫だよ、ありがとう中岡さん」

息を吐きながら
中岡さんに微笑むと
ほっとした顔をしてくれる。

あたしが食べやすいようにお肉も切ってくれる。

「ほら、あーんして」


「え?」



思わず中岡さんからそんな風にされて
あたしは顔が赤くなってしまった。

中岡さんも顔が赤くなってる。


「あーん、って・・・・中岡さん」



思わず笑ってしまう。
こんな風にしてくれる中岡さんが嬉しくて。
そして恥ずかしくて。

「いつもゆいこちゃんがオレにするじゃないか」

だから今日はオレがゆいこちゃんに
こうやって食べさせてあげるよ。


・・・・あたしがいつもあずまやで
ケーキを食べるときに中岡さんに
「あーんして」って困らせることを言ってるんだわ。

ちょっと恥ずかしがる中岡さんが可愛くて。
恋人同士の甘い時間が欲しくて。
あんな風にしてしまうあたし。


そんな困ったお嬢様のあたしに
執事の職務中の中岡さんは
これまた困った顔をしながら
でも赤い顔をしてても
ちゃんと「あーん」って食べてくれるの。



「ほら、あーんして」


もう一度促されて
あたしは仕方なさそうに口を開ける。


くすくす笑った中岡さんが
あたしの口の中にお肉を一切れ入れてくれた。


美味しい。


「ありがと」

もぐもぐしながら中岡さんを見たら
こっちを見て優しそうに微笑んでいた。


「ほら、口元にソースが」

そう言って
あたしの口元についた
ソースを親指で拭った後
それをぺろって舐めてしまった。


「あ・・・」

「ん?」


思わず顔が赤くなる。
でもそんなあたしに
お構い無しに中岡さんがくすっと笑った。


「まだついてる」


「!!」


え?と思った瞬間には
中岡さんが口元へ。
ぺろり、って中岡さんが
あたしの頬を舐めた。

ぼっと自分の顔が
赤くなるのがわかる。


「な、中岡さん!!」


思わずびっくりしたけど
中岡さんは全然気にしないように


「このタレ、美味しいね」


とちょっと赤い顔して笑った。









・・・・中岡さんって
今すごく大胆なことを
したけど、でもきっと中岡さん
平気なんだわ・・・。


あたしはこうやって
不意打ちにキス・・・みたいにされると
すごくドキドキするのに。

一人ドギマギしてフォークとナイフを
持つ手がぎこちない。


「だめだった?」


そんな風に訊いてくるものだから。

「だ、だ、だめじゃないけど」


うろたえてしまう。
思わず中岡さんを
赤い顔をして睨んでしまった。


「中岡さん、不意打ちなんてズルい」

「え?」

「びっくりするよ」



大好きな人がいきなり
あたしの口元を舐めたら。



あたしが赤い顔をして
少し睨んだから中岡さんも
同じように赤い顔をして
優しく言ってくれた。


「だって、ゆいこちゃんが可愛いから」

「っ・・・・!」

「それもここはオレとゆいこちゃんしかいないし」


可愛いからって
誰も見ていないからって・・・!!


ドキドキしすぎて胸が詰まるから
そっと息を吐いたら
中岡さんがにっこり笑ってた。


中岡さんってたまにすごく大胆。


「ほら、もっとお肉食べる?」


あたしのお皿にお肉を取り分けてくれる。



なんか・・・・
中岡さんってやっぱり大人なんだと思う。


さっき、あんなことしてても
次の瞬間には普通になってるから。


あたしなんか・・・・
まだドキドキしすぎてお肉が喉に通らないとか
そんなことより中岡さんのことを意識しちゃって
上手く食べれないよ。

中岡さんが余裕あるのがちょっと悔しい。


あたしは・・・・ちょっとだけ
中岡さんにされちゃうだけで舞い上がって
ドキドキしちゃってぼーっとしちゃうのに。








(やっぱり中岡さんって、あたしより年上なんだ)








一緒にいる恋人同士の時間。



中岡さんもそりゃあ心臓ドキドキ
させているだろうけど
でも、とても上手に振舞う。








あたしに甘い言葉をかけたり
キスしたり、ハグしたり。



でも一線は越えない。


あたしにとっては、そうやって男の人とするのは
初めてだから、慣れないまま
いつも中岡さんの1つ1つの動作やすることに
翻弄されてる気がするよ。









・・・やっぱりあたしと中岡さんの間にある
年の差って大きいのかな?

でもこれって年の差?


あたしが中岡さんのことを
中岡さんがあたしのことを好きより
もっと好きだったりするからかな?








中岡さんがあたしに
注いでくれる愛は
すごく優しくて包んでくれるような愛。


あたしは優しい中岡さんも大好きだけど
2人きりの時はたまに見せる大胆な中岡さんに
なって欲しいと思ってるよ。





たまには、あたしのことで
動揺して欲しいんだ。


あたしのことでうろたえて欲しい。
あたしのことでドキドキして、
何もできなくなってしまえばいい。
大人の余裕なんてなくなってしまえばいい。


それくらい、あたしに
ドキドキしている中岡さんを見てみたいと思うの。


こんな願いを持つのは贅沢だってわかってる。


中岡さんはあたしにとってすごく最高な恋人。
これ以上の人はいないって
思っているのに・・・。







でも・・・・たまに・・・。








寂しくなるの。






大人な中岡さんに。
そんな大人な中岡さんに
翻弄されているような
「子ども」でしかないあたしに。


(こんなこと、上手く伝えられないな)


思わず気持ちがぐしゅぐしゅに
なってしまったあたしは
ちょっと無言でご飯を食べた。








・・・・・・・・・











食後のデザートは無しで。








だって日付が変われば。
零時になれば中岡さんの誕生日。

ケーキも準備してきた。

せっかくだから手作りのケーキを
作りたかったけど、なかなか上手く焼けなくって。


見かねて、パティシエさんに相談したら
ケーキの土台を焼くから、お嬢様はデコレーションをと
提案してくれた。
それであたしが一番最後のデコレーションをした。







勿論。





『HAPPY BIRTHDAY!! HISASHI』





チョコレートペンで書いた。
少しゆがんだけど、でもきっと味は美味しいはず。

I love you なんて言葉は
さすがにパティシエさんの前では
書けなかったから・・・・控えめにした。
可愛い砂糖菓子も載せた。ハートも沢山書いた。
別荘で2人で食べるから、とちょっと小さめのサイズ。


沢山ドライアイスを箱に入れて
クーラーボックスで運んできた。







あとプレゼントは・・・・


中岡さんが欲しがっていた懐中時計にした。
シンプルだけど丸い形が洒落てて
執事服に似合うと思って選んだ。







サプライズのパーティにはならないけど。






でもきちんと零時になったら
中岡さんの誕生日を祝うために準備して。





あたしと中岡さんは
星を見るためにベランダに出た。








・・・・・











頭上に星が沢山輝く。
キラキラしている星が空一面に広がる。
薄雲が空を左右に走るけど
でもそれで隠すことができないほどの星。

少し大きめのお月様。
秋に近いから余計に大きくなっている気がする。
柔らかい黄色がとても素敵。


星の数も月の大きさも
いつもお屋敷で見ているより、すごい気がするよ。

思わずベランダの手すりにもたれて
星空に魅入ってしまった。








「星の数すごいね、中岡さん」


「ああ、そうだね」


「すごく綺麗・・・・」



うっとりと空を見つめ続けるあたしに
中岡さんがくすっと笑うのがわかる。

すごくロマンチック。
こんな星空の下を中岡さんと過ごせるなんて。
今日の夜は・・・・中岡さんと2人きりで過ごせる。
零時を過ぎたら中岡さんのお誕生日だ。


「寒くない?」



答えるより先に中岡さんがあたしを後ろから
優しく抱かかえるようにして包んでくれる。

自然にそんなことをしてくれる。

中岡さんの温かさが背中から伝わってきて。
ドキドキするけどでも気持ちいい。


中岡さんの両腕が後ろからあたしを抱きしめる。


ちょっと背の高い彼の首元あたりに
あたしの頭がおさまって全身包まれてしまう。


静まり返った森からする木々の匂いと共に
中岡さんの香水の匂い。
こうやって包まれているのが
すごく安心するんだ。


暖かいブランケットのように。


あたしは中岡さんの腕の中で
少しもたれるようにして
一緒に星空を見上げていた。








「いちお望遠鏡も準備してきたけど、これだと望遠鏡も要らないね」



確かにこんなに綺麗にはっきりと星が見えるのなら
望遠鏡で星を探す必要はない。
沢山の輝く星空を見ていると、たまに流れ星がある。








流星群の時期?







流れ星を見つけるたびに
あたしは心の中で願う。


今この時間がもっと長く続きますように。


この人とずっと一緒にいられますように。


この恋がもっと幸せになりますように。


この人があたしのことを
もっと好きになってくれますように。


この人にふさわしい自分になれますように。


こんなに優しくて
あたしのことを包んでくれるような
素敵な大人の中岡さんに
似合うような女の人になりたい。



今のあたしは、まだまだ、だから。
大人の彼の恋人らしくは振舞えてないから。


8年の年の差さえ大きく感じてしまう
あたしだから。

そんな年の差なんて恋人同士になったら関係ないでしょ、と
わかりながらも、でもこだわってしまうあたし。


こだわってしまうところが
「子ども」だってわかってる。


そんなあたしでも
中岡さんは好きでいてくれるかな?

あたしが大人になるまで
待っててくれるのかな?











「どうしたの、ゆいこちゃん?」

「え?」

星を見上げているはずが
気がついたら何も見ていなくて
考え事をしてた。


後ろから抱きしめてくれてる
中岡さんが少し心配そうに
あたしの顔を覗き込むのがわかる。



「なんだか気になることでもあった?」


「ううん」


なんでもないよ。
うん。なんでもない。


「そう?」


「うん」









ねえ中岡さん。

あたしたちの間にある8年の年の差を
とても大きく感じてるのはあたしだけかな?


あたしが生まれてくるまでの間
その8年を中岡さんはどう過ごしていたの?


あたしより8歳年上の中岡さんからみた
17歳のあたしは、いったいどんな風に映ってるの?


星の光たちがこの地球に届いて
あたし達に降り注ぐまでの時間より
あたしと中岡さんの間に
横たわる時間は、ほんの瞬きほどの一瞬。







なのに・・・・。







8年の歳月があたしには
とてもとても深い溝のように思えるんだ。


こんなことを感じてるのは
きっとあたしだけ。


この望遠鏡で遠くの空にある星を
近くで見ることができるように
あたしと中岡さんの心の距離も
もっと縮めてしまえればいい。







ちょっと切なくなった。








すぐ傍にいるのに
どうして距離を
感じることがあるんだろう?






明日が中岡さんの誕生日だから?



零時を過ぎたら、また1歳
あたしと中岡さんの間に
年の差が増えてしまう。
なんだかもっと置いてかれる気がしちゃうの。

中岡さんが誕生日を迎える。
あたしの誕生日が来る。
追いついたと思っても、すぐまた季節が巡って
中岡さんの誕生日が来る。








その8年の差は変わらない。
そう、ずっと。








後ろから抱きしめられていたのを
身を捩って正面から抱きついた。


「ゆいこちゃん・・・・?」







少し怪訝そうな声がする。


なんでもないんだよ、中岡さん。
あたしが一人で考えてるだけ。


大好きな中岡さんの誕生日が来るのを
心のどこかで嬉しく思わないなんて、
あたしは、ものすごく子どもなんだと思う。








・・・・・・・・・・・・・・・・・・








8月10日零時ちょっと前。







部屋の電気を消した。


窓側に置いたテーブルには誕生日ケーキ。

夜が思ったより明るい。
森の中での夜はとても深いけど
今夜の月と星の明かりで
青白いような素敵な光が入ってくるから。


吹き抜けになった天井はガラス張りで
星空からの光が差し込んでくる。


零時になったら
ケーキに立てた蝋燭に火をつけて
中岡さんに吹き消してもらうの。


蝋燭は26本準備した。
小さめで可愛い蝋燭。




今日で1本増えるんだね。






誕生日ケーキに2人で飲む飲み物。
中岡さんにはシャンパン。
樫原さんが中岡さんの誕生日に、と
一本持たせてくれた。


あたしはまだお酒を飲めないから
スモモのサワーをコックさんが持たせてくれた。
季節のスモモを漬け込んだのを炭酸で割ってくれる。


紅い色が綺麗で
ちょっと酸っぱくて甘い。
見た目はとてもお洒落。







2人で準備して零時を迎える。


しーっと口に指を当てて
2人で時計の音を聴く。
勿論、あたしは中岡さんの傍に
ぴったりと寄り添って座ってる。


中岡さんの傍に座って、彼の膝に手を置く。
中岡さんがあたしを包むように
片手で抱きしめてる。


部屋の時計の針が
重なって0時になる。

別荘の時計はとても静かで
ゴーンって鳴ることもないけど
チクタクチクタクいっている時計が
きちんと零時を教えてくれた。








「誕生日おめでとう、中岡さん」

零時を確認して
あたしは中岡さんに微笑む。

すぐ傍にある中岡さんの顔。

薄暗がりだけど
でも少し目が慣れて
中岡さんがあたしをじっと
見つめてるのがわかる。


「ありがとう、ゆいこちゃん」

じっと見つめられるのが
嬉しいはずなのに切なくて。


思わず涙が出そうになった。







中岡さんの誕生日の
今大事な瞬間なのに。







おかしいよ、あたし。
2人きりの時間でとても幸せなはずだけど
こんなってずっと年の差のことばかり考えてる。


「ゆいこちゃん?」








誕生日迎えないで。







あたしとの年の差が
増えちゃうから。








そんなわがままで
どうしようもないことが言えないあたしは
ケーキに立てた蝋燭に火をつけようと
マッチを取り出した。

マッチをしゅっとすると
ぼわんっと明るくなる。


その柔らかい光の向こう側に
心配そうな顔をした中岡さんがいる。


ごめんね中岡さん。
誕生日祝いだっていうのに
なんだかちょっと悲しそうな顔をしちゃって。


気づいてるであろう中岡さんに
何も言わせないために
あたしはちょっとだけ
顔を見られないように
目を伏せながら
蝋燭に火をつけようとしたら。







その手を掴まれた。

そして指先で持っていた
マッチの火を吹き消される。


「え・・・・?」

火を消されたマッチ棒を
つまんだ指先から
中岡さんがマッチ棒を摘んだ。







そっとテーブルの上にあった
テー気の受け皿の横に置く。







「ゆいこちゃん」

真剣な中岡さんの声が聞こえる。







「帰りたい?」

「え?」

「さっきから浮かない顔をしてる」


「・・・・」


「それにオレの顔を見ない」

「オレが無理させてしまってる?」







困らせるつもりはないんだ。
呟くように苦しそうな声が聞こえた、気がした。


「ぜ・・・・全然そんなことないよ?」

「そう?」

「うん」

あたし中岡さんと一緒にいられるの嬉しいから
帰りたいなんて全然思ってないよ。


「でも帰りたいなら、樫原さんに電話して迎えに来てもらうから無理しないで」





辛そうな声。






「え、どうして?」


あたし、ここにいるよ?
中岡さんと一緒にいるもん。
だって2人っきりで過ごせるなんて
すごく楽しみにしてたんだから。







「・・・・・でもさっきからゆいこちゃんは考え事ばかりだ」


「それは・・・・・」


中岡さんがいつものように
にっこりと笑っていう。
多分あたしに気を使わせないように。


「無理しなくていいから。こうやって2人っきりで泊りがけって誘ったオレが悪かった」


・・・笑顔でこんな風に
無理して言わないで。








「そんな・・・・誤解だよ」








中岡さんの顔から
笑顔が消える。








もっと真面目で・・・・
真剣な顔でじっと見つめられる。


「でもゆいこちゃん、ちっとも楽しそうじゃないよ」



あたしの目を見つめながらも
中岡さんが目を伏せた。


「そ、それは・・・・・」


辛そうな中岡さんの顔を見ていたら
あたしは、自分がどんなに今
この人を傷つけてるのかがわかる。







「ごめんね、中岡さん」


でも帰りたいのを無理して
一緒にいるとかじゃないの。








そうじゃなくて・・・。


そうじゃなくて?










・・・中岡さんの誕生日を祝うのが
ちょっとだけ辛いの。








「え?」


「中岡さんがまた1歳年を取ってしまうのが」


「・・・・・・ゆいこちゃん?」


中岡さんがちょっとびっくりしてる。

・・・・当たり前だよね。
誕生日を祝うのが辛いって
恋人から言われちゃったら。


でも・・・・。
ここまで言ったのなら
ちゃんと話さないといけない。
なんであたしがこんな切ないのか。












あのね。あたし。

いつも中岡さんとの
年の差を考えちゃうの。

大人で素敵な中岡さんだから。
早くつりあうような大人になりたくて。
でも現実のあたしはとても子どもで。


8年って年の差が
とても切なくなるの。


こうやって誕生日が来て
大好きな中岡さんが生まれてきた日なのに・・・・。

あたしと中岡さんの年の差が縮まることが
無いっていうのをすごく実感するの。


こんなのわがままだってわかってる。
言っても仕方ないことだってわかってる。


中岡さんは今日で26歳になっちゃうのに
あたしはまだ17歳で。
全然子どもで。


・・・17歳の子どもだから
中岡さんもあたしに手を出さない。


大事にしてくれてるのはわかってる。
大人になったらきっと今以上に
中岡さんがしてくれるってわかってる。


わかってるけど・・・・。

でも、あたしそうやって
大人な中岡さんを感じるたびに
年の差を感じて寂しくなるの。








「ゆいこちゃん・・・・」


話しているうちになぜか
涙がぽろぽろと零れていくのがわかる。
あたし、切ないほどに
中岡さんのことが好きなの。

傍にいるからこそ
感じてしまう年の差。

その距離を縮めたくて。
大好きなこの人にもっと近付きたくて。













「ごめんね、気がついてあげられなくて」


そんなに年の差を気にしてるって
思ってなかったよ、ゆいこちゃん。

そう言って中岡さんが
あたしの頬に両手をあてて
自分のほうを向かせる。


仕方ないなぁって
そんな笑顔に見えるけど
でも、その笑顔はとても優しい。

あたしのことを
とても大事に思っているのが伝わってくる。






summerdream



「それなら・・・・」

ねえ、ゆいこちゃん。
オレに考えがあるんだけれど。









・・・・・なあに?



涙目で鼻声になってしまってる
あたしを、中岡さんの手が
あったかく包んでくれる。

視線を絡ませて。
中岡さんが優しく
あたしが大好きな笑顔で笑ってくれた。














年の差が気になるなら・・・・



「君がオレとの年の差を感じてるのなら、君が追いつくまで、歳をとらないでおくよ」

「え?」

「そんな風に感じているのなら」


にっこりと中岡さんが笑う。
あたしの顔に当てた手が離れて
そしてケーキに立てられた
蝋燭を1本抜いた。


ケーキには25本のろうそく。

抜いた小さな蝋燭を中岡さんが
大事そうにケーキ皿の上に置いた。


「オレの誕生日をしなければいい」


君がこの25歳になるまで。


「え・・・・?」


8年なんてあっという間だよ。


中岡さんの顔が近付いてきて
あたしの額に自分の額を
くっつける。

すぐ至近距離で見つめてくる優しい瞳。







君が8年後、25歳になった時。
オレが君が出逢った歳になった時。


その時から誕生日をしよう。


それまでオレはずっと「25歳」で
君のこと待ち続けるから。



きっとその頃には8年の月日が
2人の間にあるから
先に生まれた「8年」なんて
感じなくなっているよ、ゆいこちゃん。






「8年後まで・・・・?」

「そうだよ」

「中岡さん・・・・」


毎年君の誕生日を数えて
8回目になったら・・・・
そのときお祝いしよう。







それまでの間ゆっくり
2人で過ごそう。


追いつくまで待ってるから
急いで大人になることないよ。
今の君が好きなんだ。







きっと8年後には
君がこんなに8年の差を
切なく思うことはない。


約束しようっか。












そういって中岡さんが
優しくあたしの額に
キスしてくれた。









たまらなくなって
ぎゅっと抱きついた。








「中岡さん・・・・・」



とても嬉しい気持ちで一杯になる。
優しい、優しい中岡さん。
すごく愛されてる、って感じる。









年の差を気にするあたしに
誕生日を祝わないで
待っててくれると言ってくれた。








8年後・・・・。


あたしが中岡さんの歳になる。
中岡さんがあたしに出会った歳に。



そんな8年後も一緒にいてくれるの?








「中岡さん・・・・ずっと一緒にいて」
ずっとあたしの傍にいて欲しい。








大好きだから。
8年後、を過ぎても。
ずっと傍にいて欲しい。

いつでも好きだって何年経っても
あなたのことが好きだって確信してるから。

「いつだってオレは君の傍にいるよ」

それがオレの望みなんだから。
君だけの執事だし、なによりも君の恋人だから。

おれが大事なのは君なんだ。
だから・・・・。






「・・・・・大好きだ」


・・・胸が締め付けられるほど切なくなって。
中岡さんを見上げた。

切ないほど幸せで目を閉じると
中岡さんが優しくキスしてくれた。









「すき」が流れ込む。










中岡さんの沢山の「すき」があたしの中に。








暖かくて少し潤った唇が
あたしの唇を開かせて
優しく教えてくれる。
彼の気持ちを。
大好き、の伝え方を。
愛してるって言葉を。


言葉にならない気持ちが
溢れてくるような優しいキスで
あたしは自分の中にあった
悲しさ、苦しさ焦りや不安が
ゆっくりと溶け出していくのがわかる。






中岡さんの優しさが
中岡さんの気持ちが
あたしを溶かしてくれるの。







目を閉じても
中岡さんの暖かさがここにある。

暗闇の中でも中岡さんがいてくれて
全然怖くないの。
中岡さんに抱きしめられているから。
身体も心も。

あたしと中岡さんは長らくキスしていた。
気持ちが満たされて
うっとりとしてしまうほどの時間。


















不意に唇が離れる。


「中岡さん・・・・?」

離れ方がいきなりだったから
思わず名前を呼んでしまった。








ゆっくりと開けた目に映るのは
ちょっと赤い顔をして
恥ずかしがっている中岡さん。







え・・・?







「・・・・どうかした?」


「あ・・・・」



あたしの疑問に中岡さんが
少し戸惑った顔をしたり
目を伏せたり、どぎまぎしたり。

「・・・・・??」



思わず不思議なほど
ころころ変わる中岡さんの百面相を
ずっと見つめていたら。


中岡さんがあたしの腕を
ぎゅっと掴んで顔を覗き込んだ。


「中岡さん・・・?」
どうしたの?


「ごめん。ゆいこちゃん」

「え?」




・・・・何を謝られてるのかわからない。
さっきの続き?


「ごめん。オレ・・・・君のことが好きすぎて、間違い犯したくなる」

「っ・・・・!!」

「樫原さんには・・・・・分別ある付き合いをするように、と遠まわしに言われてるのに」







ごめん。君を目の前にして
こんなキスをしてたら
理性が保てないよ、オレでも。







そう言って、あたしをじっと見つめる
中岡さんの瞳にはさっきの優しい様子より
もっと熱情的な色が浮かんでるのがわかる。


そんな中岡さんに
どきっとしながら。






「・・・い、いいんだよ、あたしは」







中岡さんと今以上の関係になっても。


そんなあたしの言葉を
遮るように中岡さんが言う。


「いや、オレがだめなんだ」


ゆいこちゃんはまだ高校生で
オレは25歳の大人で
ゆいこちゃんが大人になるまで
待つつもりなんだ。


君のことを大事に思ってるから。
大事にしたいから。



手を出したくないわけじゃない。
そうじゃないんだ。







こうやって
キスしたりハグしたり
ただ傍にいるだけで
・・・・・満足できるから。


満足できるうちは・・・・。







目を伏せて途切れ途切れで聞こえる
中岡さんの言葉。







・・・・中岡さん。
なんだかすごく迷ってる?



思わずそう思ったけど
でも中岡さんが目を伏せて
あれこれと考えてるのがわかる。



「・・・・ねえ、中岡さん」


「・・・・ゆいこちゃん」


「中岡さんは樫原さんが言っていたように・・・・間違いは冒さないの?」


「え・・・・・っ!!」


あたしの質問で
中岡さんがすごくドギマギして
顔が赤くなっていくのが
こんな暗い中でもわかるよ。



中岡さんがゆっくりと
深呼吸するのがわかる。


息を吐き出すのが
聞こえたと同時に。



「ごめん。優しくしたいのに」
乱暴にしてしまったらごめん。

中岡さんがあたしを
ぎゅっと抱きしめた。

力の入り方がさっきとは全然違う。
もうどこにも行かさないという位の力。









「君のことが好きなんだ」
オレだって男だから。

「だからあまり可愛いこと言わないで」

「えっ・・・・」


顔を上げて中岡さんを見ようとしたけど
抱きしめてる腕の力がとても強くて。

あたしはそのまま中岡さんの腕の中にいた。
中岡さん・・・・今、どんな顔してるんだろう?









「好きだ」







大好きだよ、ゆいこ。










中岡さんがあたしの名前を
呼び捨てにする。


たまにしかしないけど
でも、そういう時は中岡さんがあたしを
好きでしょうがなくてたまらなくなってる時。

好きすぎて余裕がなくなってる時。


それがわかるから。

中岡さんの中で激しい葛藤があるのが
伝わってくる。









「・・・・・久志さん・・・・」


あたしも中岡さんの名前を呼んだ。
めったに呼ばない下の名前。



「ゆいこ・・・・」


中岡さんが何度もあたしの名前を呟く。
切なそうに。でも、とても愛しそうに。









・・・・それだけで十分。
ちゃんと「すき」は伝わってくるよ。













だから・・・・








「ねえ、久志さん・・・・」

お願いがあるの。









あたしの声に
中岡さんの腕の力が緩む。



「今日お誕生日の久志さんにあたしがお願いするのもおかしいけど・・・」


迷っているなら
今、あたしとの関係をここで
無理に進めなくていいんだよ。


大事にしたいって気持ち
伝わってるから。


ありがとう中岡さん。







でも・・・・。
せっかく今日は
2人で過ごす夜だから。



「今日の夜は・・・・・朝が来るまであたしのこと抱きしめてキスしてて」


さっきみたいなキスをして欲しいの。







中岡さんの「すき」が
わかるような。

あんなキスで
今日は朝まで満たされてたい。









「ゆいこちゃん・・・・・」

揺れていた中岡さんの瞳が
だんだんいつもの優しい瞳に戻るのがわかる。

それと同じように。
少し眩しいものを見るように。
あたしのことをじっと見つめてくれる。


「その代わり、いつか中岡さんがあたしと今以上の関係になりたいと迷いがなくなった時には・・・」

言葉の続きは要らない。






中岡さんはわかってくれる。
あたしの言いたいこと全て。
あたしが今願ったこと全て。






だって中岡さんだもの。







あたしの顔をじっと見つめて
少し赤い顔をして

「わかった」

優しく微笑んでくれた。


男の顔をした中岡さんも好きだけど
でもあんなに葛藤した顔をするほど
迷うのなら・・・・。


「約束するよ」

ふんわりと笑顔になる。
あたしは、この笑顔が大好き。








中岡さんが躊躇せずに手を出してもいいと
自分に許せるほどにあたしが大人になったら。

その時にきっと
今日の想いも叶えられるはず。

それまでは無理しないでいい。
これからずっと・・・
一緒に過ごす時間があるのだから。
焦らなくても、きっと。


きっとさっき約束した
8年の間には・・・・






















その夜。

あたしと中岡さんは
初めて同じベッドで絡み合った。


薄いネグレジェに
着替えたあたしを
中岡さんがキスしてくれる。


唇だけじゃなくて。

額。
頬。
瞼。
鼻先。
髪の毛。
耳元。
首筋。

鎖骨にも。
胸も。
腕も。
指一本一本。
うなじも。
背中も。
腰も。
太ももを撫でられて。
足の指先が大事に包まれる。







吸われるように。
舌を這わせて。
あちこちに中岡さんがキスをする。


中岡さんの手が優しくあたしの服を
ゆっくりと脱がせながら
キスで身体全体を包んでくれた。






それ以上はしないけれど。
でもそれ以上より
もっともっと・・・・・。







中岡さんが
中岡さんの唇が
あたしに触れる。

触れたところが熱い。
触れ合っている肌が熱い。








中岡さんの体温が上がってる。
あたしの体温なのかわからない。

ただ熱いに近い暖かさ。



中岡さんのキスで包まれながら
あたしは中岡さんから
彼の「すき」が沢山
あたしの身体に流れ込むのがわかる。


触れるところから。


その気持ちが血流にのって
心臓に戻ってくる。
心臓をドキドキとさせて
あたしの心に伝える。








「ゆいこ」


中岡さんの口から漏れる
あたしの名前。


どれだけあたしのことを
この人が好きか。
どれだけこの人が
あたしを大事にしているか。

好きだよ、って言葉より
もっとあたしに伝えてくれる。



「久志さん・・・・大好き」
「ゆいこ・・・大好きだ」


何度も繰り返される
キスと愛の言葉。


熱に浮かされるように
中岡さんの気持ちで
あたしの身体と心が
満たされていく。


これからもずっと
この幸せは続いていく?
・・・うん。
きっとずっと続いていく。


続いていく中でもっとあたしは
彼のことが好きになるし
彼もあたしのことをもっと好きになる。


あたしと彼の間にある年の差や・・・・
それ以外の色んなものさえ
きっと全て・・・・なくなってしまうわ。











こんなにも「すき」だから。


こんなにも「すき」をくれる人だから。










その幸せに包まれて。

中岡さんが生まれた日。

あたしは中岡さんと
8年後の約束をした日。



彼と初めて一緒に朝を迎えた。

日が高く昇るまで。
中岡さんはずっと
あたしにキスしてくれてた。






溶けるような甘いキス。

一晩中のキスが
沢山あたしの身体に残った。
勿論、中岡さんの想いは
あたしの心の中に。











「おはよう、ゆいこちゃん」

「おはよう、中岡さん」








目が覚めたら
中岡さんは先に起きていた。

目をこすりながら
キッチンに行くと愛しい人がいる。

片手でティカップをもって
ティオレを作ってくれてた
中岡さんがあたしの前に
にっこりとカップを差し出す。

コテージに光が差し込んでくる。





気持のいい朝。



「ねえ中岡さん。今日はなにしよっか?」


「ゆいこちゃんは何したい?」


向かい側に座った中岡さんが
カップに注いだティを飲みながら
こっちを見て微笑む。


こうやって過ごす朝が嬉しくて。

あたしは中岡さんに
にっこりと笑いかえした。












昨日の余韻が残ってる。


ずっと1つのようにくっついていた身体は
離れたけど・・・・
でもなんだか離れた気がしないの。



すごく不思議。

昨日のことは夢みたいな出来事だけど
でも夢じゃなくて。


中岡さんがくれた暖かさや
「すき」ですごく心が満たされてて・・・







とても幸せなの。







「ねえ、中岡さん」


「ん?」


「まず、おはようのキス、しようよ」

あたしの言葉に中岡さんがくすっと笑って
テーブル越しじゃなくて隣の席に来てくれた。


「ゆいこちゃん、おはよう」

「中岡さん、おはよう」



昨日の夜みたいなキスじゃなくて
もっと軽く。
でも気持ちは伝わる。
啄ばむようなキス。


その幸せに顔が緩む。


昨日の続きの今日だけど。
でも何か変わった。


あたしが気持ちを伝えたから?
それとも中岡さんが
約束してくれたから?


どっちかわからないけど
多分両方なんだと思う。


一緒にいる間に、毎日毎日変わんない気がするけど
でもちょっとづつあたしと中岡さんの関係は
変わっていくと思う。


変わる、より深くなるのかも。



お互いを思っている気持ちが。

昨日より中岡さんが好き。
そして明日は今日より中岡さんのことが好きだわ。

中岡さんもきっとそうなはず。
だって昨日よりもっと優しくて甘いもの。


中岡さんがじっとあたしを見つめる。
すごく大事そうに。愛しそうに。



あたしは中岡さんの気持ちが
いっぱい詰まったティオレを
カップごと両手で包んで
その愛をゆっくりと飲み込む。


そして傍に座る中岡さんの肩に
自分の頭をもたれさせた。


中岡さんが何も言わずに
あたしの肩を抱いてくれる。
そして・・・・・
髪の毛にキスしてくれた。


(ゆいこちゃん、すきだ)


聴こえないはずなのに
聴こえてくるよ。












昨日の・・・・・










夏の夜の約束が
叶えられるのは
きっと遠からぬ未来。












******* FIN.*********
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ゆびきり  11/03/2008  





********** ゆびきり ********








隆也くんはあたしに沢山約束をしてくれる。

「今度はどこそこに遊びに行こう」、
からはじまって、
「そのうち立派な執事になるから」、とか。
未来のことをよく語る。


「ずっとお嬢さんの傍にいます」
「一生お嬢さんは、オレが守りますから」

これはもう口癖。

その言葉を聴くたびにあたしは、
嬉しいのと同時に不安になる。
ずっと一緒にいようって言葉がいつか
嘘になったりする日が来るんじゃないかとか。
そんな不安に襲われてるあたしの気持ちを
隆也君にはわからないと思う。


人を疑うことを知らなくて、いつもまっすぐ正直で
そして強い人だから。

隆也君はそうやって約束をするときはためらいもなく、
すぐに指を出してくる。




ゆびきり。

小指と小指を絡めて。



必ずあたしの目をじっと見て。
優しく見つめながら約束してくれる。
その瞳に不安だとか疑いだとか、ためらいの色はない。
約束した後にもし近くに誰もいなかったら
きちんとキスしてくれる。
両頬に手を当ててくれる、その仕草がとても好き。
大好きな人が、すごく幸せそうなのが、手にとってわかるから。


だからあたしはいつも隆也君がしてくれる約束に心をまかせる。


彼が語る「きっとそうなる」約束は
あたしにとっては「そうなってほしい」約束。


この約束の差の切なさをわかってるのは
きっとあたしだけだ。





彼の瞳はいつもまっすぐ未来をむいている。
約束語った瞬間。
それは彼にとって真実で疑いのない未来。

「いつも、隆也君がしてくれる約束は口だけだよ」

たまにそう言って拗ねてみせる。
だって隆也君の約束とは、破られたりするから。


例えば。



今日は俺が迎えに行くからって約束が、
隆也君が急に庭仕事に借り出されて
手が開かなかったからとかで、中岡さんが来たり。


(なんであたしの専属なのに)


今日はお休みだから2人きりで一緒にお茶をしようって言って
あずまやに行ったのに、誠吾君や瞬君にも会っちゃって
2人とも誘っちゃって2人きりの時間じゃなくなるとか。


(あたしは2人きりでお茶したかったのに)


わかってる。
あたしがただ拗ねてるだけのことだって。


でも。

事情はわかっていても。
小さい、小さい約束でも。
破られるのがあたしがとても嫌いって知っておきながら。
「ごめん」っていう言葉を聞くのがキライ。



「だったら、約束なんかしないでよ」

約束したら期待しちゃうから。
隆也君の約束は当てにならない。
そう憎まれ口をたたいてちょっと拗ねるあたしを
隆也君は小さい子をあやすように甘やかす。



―――初めの頃は隆也君がこうやって
沢山約束をしてくれるのが嫌だった。
約束されるたびに、それを破られることを考えるから。
あたしはすぐに不安になったりするし
すぐに拗ねるしすぐに揺らいだりする。

だから、隆也君のまっすぐさがたまに眩しい。
まっすぐに未来を見つめているところが。
眩しいからこそ傍に居て、あたしのことをずっと
照らして欲しいと思う。
あたしにとって隆也君は、すごくぴっかぴかで
そばにいるだけで、心がすごく明るくなるの。


20090428033935.jpg


太陽みたいな人。
すごく、大好き。
とっても好きだから。






今日もちょっとだけ隆也君と喧嘩した。
喧嘩というよりはあたしが一方的に拗ねているだけ。

だって、隆也君――-


「ねえ、一緒にお茶しようよ」

昼下がりにあたしはあずまやで隆也君と2人でいた。

「だめです。だって今オレ、勤務中ですから」

こっちに座って、と隣の席をぽんぽんって叩いても。
隆也君はちょっと厳しい表情で断る。


「・・・誰も見てないよ?」
「でも、だめです」

思わずじろって睨んでみたけど隆也君もそれと
同じぐらいの目線で少し目をそらしている。
あたしは、ただ、隆也君とお茶を飲みたいだけ。
それに前に一緒にお茶しようっていった約束、
まだ果たしてないのに。
誰もみてないのに、こんな風に
妙に硬いところがある隆也君にちょっとむっとする。


「この間の約束は?」

「え?」

「2人きりでお茶しようって言った約束」

思い出したように隆也君が少し焦る。

「あ・・・あれは、また今度ってことで」

今度ってなに?なんで、今じゃだめなの?
自分の中でむくむくと隆也君に対しての不満が募る。


「・・・・隆也君の意地悪」


そっぽ向いて言ったら、少し慌てたように隆也君が
あたしの視線に入るところに動いて
あたしの顔を覗き込んできた。


「意地悪じゃないっすよ」

だからあたしは、またその反対方向をみて拗ねる。

「あの時2人きりでお茶しようって言った約束破っておいて、
今断るなんてありえないよ。」

「あ・・・・」



言っているうちに、言葉がきつくなって責めているのがわかる。


「なんで2人で過ごす休日に、他の人が来るわけ?」

わかってる。
今、この場面での話をしていないことは。

「それは・・・・お嬢さん」

いきなり怒り出した様子のあたしをみて
隆也君が少し呆気にとられてるのがわかる。


「お嬢さんって呼び方もキライ」
「・・・・・」


もうめちゃくちゃだ。
わかってる。
言ってることにスジが通ってないことぐらい。
でも、めちゃくちゃでも言いたいことが沢山ある。


「あたしは、ただ隆也君と一緒にいたいだけなのに」
「隆也君は、あたしとの時間より、他の人との時間を選んでる」

あたしだけに隆也君の時間が使われればいいのに。
専属っていいながらも恋人だっていいながらも
隆也君を独り占めできないのが本当はとても悔しい。
約束破ったとか、そういうことだけじゃなくて、
それ以前のあたしの不満・不安が押し寄せてくる。


「そんなことないですよ」

「うそ」

「本当ですって」

少しだけ隆也君がムキになって答える。


「約束破ったくせに」

「・・・破ってないです、まだ」

「うそつき」

「嘘じゃないっす。今度休みのときにでも2人で・・・」

「今、がいいの」


最後まで言わせない。
もう、今日は責める言葉を自分の口から止められない。


「今一緒にここに座って、お茶してよ」

そしたら約束守ったってことにしてあげる。

「・・・・それはだめです」


すごく困った顔してる。
勤務中だからお嬢様と同じ席に執事が着くなんて。
立派な執事を目指している隆也君からしたら
だめだめなことだよね、これって。
それをわかっててあたしは無理強いする。

だめなことさえあたしの為にしてくれたら、
約束を破られたと感じて不安になった心が
少し満たされるかと思って。


「ほらね。やっぱり隆也君は、あたしのことより、
他のことを優先させてる」

「そんなことありません」


「ううん、そんなこと、あるよ」

「・・・・お嬢さん」


少しだけ哀しそうな顔をしているのが、横目でわかる。
でも、あたしだって傷ついてるんだから。
・・・本当はこんな喧嘩とか、愚痴を言っちゃうとか、
大好きな人の前で可愛くないって全部わかってる。
でも、小さい約束でも守ってくれないと
あたしは不安になる人間なの。


少し泣きそうになる。こんなつもりじゃなかったのに。


隆也君が持ってきてくれたポットのお茶は、
もうきっと冷めているはず―――。






「お嬢さん、すいません、ちょっと来てくれます?」



そう言っていきなり隆也君があたしの手をとってひっぱった。


「え?なに?」

「きちんと話をしましょう」


そういって真剣な眼差しでこっちを見つめてくる隆也君。
あたしはその視線をふりきれなかった。















そのまま手をひっぱられて自室に帰ってきた。
あずまやにティーセットは置きっぱなし。



自室に入った途端、ドアを閉めた隆也君が
あたしをひっぱって壁に押し付ける。
逃げれないように、壁に手をついてあたしの横をふさぐ。

隆也君はあたしよりずっと身長が高いから、
身をかがめるようにしてあたしに視線を合わせる。
逆光で隆也君の表情が薄暗くしか見えない。
その動作にあたしはすごくドキッとした。






「お嬢さん、なんであんなってオレを困らせるの?」


少し怒ってる。ううん、困ってる。
当惑した色が目に浮かんでるのがわかる。

「だって」

あたしが答える前に隆也君が話し始める。


「オレだってお嬢さんの傍に座って、一緒にお茶飲んで
楽しい時間を過ごしたいよ」
「でも、それは執事としたら失格だろ?」

少し溜息をつくようにして隆也君があたしに告げる。

「だって隆也君が、あたしの恋人じゃないみたいなんだもん」

駄々っ子だってわかってる。
でも本当にそう思うんだ。


「なんすか、それ?」

あたしの答えに、隆也君が目を丸くする。

「隆也君、時々あたしとの約束より、他の人のことを
優先させたりする」
「それがたまらなくいやなの」


あたしの言葉に、少しづつ隆也君の顔が曇る。
あたしの大好きなピーカン照りのような
あの笑顔が遠のいていくのが自分のせいだと分かりながらも
すごく寂しく感じる。



「オレの気持ち、疑ってるんっすか?」


少し低い声で問いただされる。
その目はとても真剣だ。


「・・・・・そうじゃないけど・・・・」
「じゃあ、なに?」


間髪をいれずに、隆也君が訊いてくる。
あたしの一字一句を聴き逃さないように
あたしに顔を近づけてくる。





「・・・・あたしは、隆也君がいつも沢山約束してくれるから
不安なの」


「え?」


少し驚いた顔の隆也君に、あたしの心の中にいつもある
寂しさをみられたくなくて、顔を背けながら言った。


「・・・・約束は破られるためにあると思うから」

「・・・・・」

「隆也君が最初から破るつもりで約束してるとは思わない」

でも小さな約束でも。
隆也君にとって小さな約束でも。
それをとても嬉しく思ってるあたしには
破られることがとても傷つくの。

だって大好きな人がしてくれた約束だから。


言い終わった後、そっと隆也君をみた。




あたしが言う言葉1つ1つを聴いていた隆也君は
少し不思議な顔をしている。




その次の瞬間


「ああ、わかった」

不意に隆也君が理解した。


そして、にこっと笑って、あたしのほうを見て笑う。
いつもの明るい笑顔で。少し頬が赤くなってる。


え?


「今わかった。お嬢さん、オレにそんなこと思ってたの?」

少し嬉しそうな声であたしのほうを見て、
キラキラした目をする隆也君。

「・・・・う、うん」


とっさのことで、なんで隆也君が
こんなに嬉しがってるのかがわからない。

「いままでずっと?」
「・・・・・うん」

あたしの返事を聴いた隆也君が
壁についていた手を離して、少し口を押さえた。
その顔が赤くなってる。でもすごく嬉しそうで。



・・・・なんで照れてるの?



「まいったなあ」


隆也君があたしに笑いかける。ものすごく嬉しそうで

そして―――



「なんで、そんな可愛いの?」


そう言ったと思ったら、隆也君がいきなり
あたしをぎゅっと抱っこして持ち上げた。


「きゃ!!た、隆也君!!??」
「ああ、もう、めっちゃ可愛い」


ええー?
!!!!

あまりの展開にあたしはついていけなかった。
なんか隆也君、1人で喜んでるんだけど。


抱きしめて持ち上げていたあたしを下ろしたら
今度は大きく腕を広げて、あたしをぎゅっと抱きしめた。

そして髪の毛に頬ずりするのがわかる。
すごく外国人みたいな仕草。
大きなお父さんが小さな子どもに
可愛い可愛いってするような感じ。


「オレからの約束がとても大事なんだ?」


少し問いかけるような隆也君の声。
ぎゅーっとされた腕の力が少し強くて窮屈。


「・・・・うん」
「それを破られないかっていつも心配って」

すこし声を潜めて、隆也君が嬉しそうにあたしの耳元で囁く。

「それは裏を返せば、オレのことが好きでしょうがないって
ことっしょ」

オレ、すっごく今、幸せ!
そう言って、もっともっと強く抱きしめてくる。




え?どうしてそう思うの?


それに、手加減なしで抱きしめられたらきついよ、隆也君。

いきなりの展開で目を丸くしちゃったけど
でも上機嫌な隆也君を見ていたら。
なんだか悔しくなった。


あたし、本当に隆也君のこと好きで好きでしょうがなくて。
それで不安に思ったりするのに。
隆也君はそうじゃなくて、その不安すら
自分のことを好きなゆえ、気持ちの強さだと思ってる。

(それはそうなんだけど・・・・さ)

(ここは喜ぶところじゃなくて、もっとなんか、
あたしに大丈夫だよ、とか言うところじゃないかな、隆也君?)



隆也君、マイペース過ぎ。




こうやって不安になったりするあたしって
すごく損しているような気分になるよ。
拗ねているのも損してる気持ち。
でも拗ねないでいるのも損してる気持ち。

思わずさっきの不機嫌よりも、もっともっと不機嫌な顔をして
ぷいっとした。
抱きしめている隆也君の胸をぐいっと押して離れる。


「あれ?どうしたの?」

あたしのテンションの低さに気づいたのか
隆也君が不思議そうな顔をして顔を覗き込む。

「どうしたも、こうしたもないよ」
隆也君、本当にマイペース過ぎ!


もう、なんていうか、隆也君にはついていけない。
そう思って離れようとしたら

「どうして怒ってるの?」

腕を掴まれる。

「そんなの、自分で考えたら?」

思わず憎まれ口が出てしまう。
掴まれた腕のまま、振り向かないで言う。

「なんで?オレがそんな喜ぶのってダメ?」


覆いかぶさるように後ろから聞こえてくる声は、
まったくもって。
あたしの、この複雑な気持ちをわかってないことがありあり。


「だめじゃないけど・・・・」

「じゃあ、なんで、そんな顔してるの?」

掴まれた腕で引っ張られて、正面に持ってこられる。
隆也君がすこしかがんで、あたしの両頬に手を当てる。


「・・・・・・」

答えてよ、ってその目線で暗に促される。
しばらく沈黙していたけど、
隆也君はずっとあたしの両頬を包んだまま。
言わないと離してくれそうにないから、
あたしは、しぶしぶ観念した。



「だって悔しいから」

「へ?」

へ、じゃないよ。
とぼけた声が返ってくる。
ああ、やっぱりあたしの中のこの複雑な気持ちとか、
隆也君はあんまりわからないんだね。
もう、それさえも悔しい。

「こんなにあたしばかり隆也君のことが好きで、悔しいから!」

思わず唇尖らせて言ってしまった。

でも言ってしまった後に自分がどれだけ恥ずかしいことを
叫んじゃったかと気づいて、うわあ、って目を閉じた。
頬が赤くなるのをとめられない。
こんなのって自分のほうが好きだっていうのを
叫んでしまったのと一緒だから。

唇尖らせたまま、目を閉じてしまった
あたしに隆也君がきょとんとした様子で
当たり前のように告げる。



「オレもゆいこお嬢様のこと好きですよ?」

・・・その言葉があまりにも、普通な響きすぎて
ため息が出てきてしまった。

「・・・・・もういい」

両頬に添えられた手を避けて
今度こそ隆也君から離れようと振り払った。

「えっ!ちょっ、ちょっと待って」

少し慌てた声。

「ねえ、なんでそんな怒ってる?」
「おしえてよ」

でもまた後ろ腕に掴まれる。
ああ、もう。

「・・・・・・」

「オレ、本当にお嬢さんのこと好きです」

好きなら、もっとあたしの気持ちを分かって欲しい。
だから、なにも言わない。


「・・・その・・・・、もしかしてオレの気持ち疑ってるんすか?」

何も言わないあたしを誤解したかのように、
少し傷ついたような隆也君の声。


「・・・・・・・・」

「答えて」

「答えたくない」

「・・・・・・・・」

溜息がきこえた。

隆也君があたしの正面に回るのが分かる。
でも目を合わせたくなくて、視線を横に逸らした。

「じゃあ答えなくていいから、こっち向いて」

両手を掴まれて、かがんで、
あたしの目を見ようとする。


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「やだ」
「ちゃんと話をしよ」
「やだ」

もう、やだ、って言葉しか出てこない。
なんでこんな展開になったか、
あたしにもわかんない。


素直になれなくて。
ずっと目線をあわさないで横を向いたままのあたしを見て、
隆也君がまたため息をついた。

「オレ、ほんと訳わかんないよ。いきなり不機嫌になったりして」
「オレがゆいこのことすっごい好きってこと、わからないわけ?」

少しふてくされたような口ぶり。

「・・・・・・・・」

「ん?」


どうなの?って隆也君が訊いてくる。
ん?って言われても・・・。

「わからない・・・わけじゃない」

しどろもどろで答える。

「わけじゃない、けど?」

「・・・・・・・」

そう言われても。
拗ねてしまった気持ちは簡単には戻らない。

「じゃあ、オレがどれだけお嬢さんのこと好きか
証明してもいい?」


「え?」


掴まれた手をひっぱられ、くるっと身体をひっくり返され、
とんっと、押されたら背中は壁だった。


「そしたら、オレがどれだけゆいこのこと好きかってわかるはず」

あたしが答える間もなく
隆也君が激しくキスをしてきた。







壁に押し付けられる。
躊躇なくぶつかってくる感情。

キス。
キス。
キス。


ものすごい勢いで隆也君から、
あたしの中に注がれるのがわかる。
普段の隆也君の愛情って、温かくて包み込んでくれる
優しさだけど、これは・・・・違う。
もっと激しくて。あたしを奪うような。
あたしをさらっていくようなキス。


「ん・・・・たか・・やくん・・・・、苦しい・・・・」

キスの合間に息を吸う。だんだん酸欠になりそう。
隆也君の唇が許してくれないから。

「だめ・・・もう・・・・少しだけ」

キスの合間にしか話せない。
ぎゅっと心臓を鷲づかみされたかのようにキスの嵐で
あたしは、もうドキドキしながらもぼうっとしてきた。

「ん・・・・んん・・・」

壁に押し付けられてる。壁際まで追い詰められる。
隆也君の手が壁についてあたしを逃がしてくれない。
いつもは、だめって言ったらすぐにやめてくれるのに。
今日はその言葉さえ効かない。
まだ執事服を着て、勤務中なのに。

恋人同士のときにも沢山キスしてくれるけど、
それとは。違う。




「・・・・も・・・、わかったから・・・」
「本当に?」


あたしの降参の声に不意に激しいキスが止んだ。

隆也君があたしの顔を覗き込む。
にんまり笑ってるのがわかる。

キスであたしの不安を取り除いたつもりなんだ。
それはなんだかずるいと思いながらも
覗き込んでくる優しい瞳を見たら
あたしは何も言えなくなる。

だからまた憎まれ口を叩いちゃう。
この人に憎まれ口を叩いても、笑って流してくれるって
わかってるけど、でもそれでも。

「どうして隆也君は、そんなに自信たっぷりなの?」

少し悔しくてそう言った。

「え?」
「だって、いつも自信たっぷりじゃない」
あたしとずっと一緒にいられるって。

「あたしは時々不安だよ」
「隆也君みたいに、強くないから」

きょとんとしていた隆也君が不意に頷いた。

「なにそれ・・・」

そういって、隆也君は少しびっくりしたように呟いた。

「なにそれ、じゃないよ」

隆也君と違って、あたしは不安に弱いってこと。
思いっきり不機嫌にそう言ったら隆也君は、
まじまじとあたしの顔を見た後、ふっと笑った。

「強いとか、そんなんじゃないよ」

そして少しだけ顔を赤らめて、真剣な顔であたしを見つめる。
しっかり目を見つめて隆也君があたしに語る。
一言、一言、大事に。


「オレはお嬢さんのことに関しては、もう決めてるんすよ」
何があっても、お嬢さんのそばを離れないって。
ずっとお嬢さんの笑顔を守るのは自分だって。
こんなに大好きだから手放したくないって。
ずっとそばにいたいって、いつも思ってます。
専属として選んでもらって、こうやって毎日傍にいれて、
オレ、ほんと幸せっす。
でもそれ以上の気持ちで、オレはお嬢さまが好きなんだ。
1人の女の子として。ほんとオレ、
あきれるくらい、めっちゃお嬢さんのことが好きなんすよ。
お嬢さんがオレのことを好きなこと以上に。



思わずぽかーんとしてしまうほど
隆也君のいきなりの大胆な告白に
あたしは目を、耳を、心を奪われる。

「だから、俺はお嬢さんに沢山約束したくなるんです」
お嬢さんにいつも笑っててもらいたいから。
1つ1つ約束を叶えていけば、きっとオレ
ずっとお嬢さんの傍にいれると思うから。


そこまで言った隆也君は少し言葉を切って
あたしの目を覗き込み

「お嬢さんは、一生オレが守ります」

最後は力強く宣言してくれた。



(思いっきり・・・大胆な・・・!)


すごく、赤面してるけど、とても嬉しそうに、
そして、あたしのことを愛しそうにみつめてる隆也君。

スゴイことを言ってるよ隆也君・・・・。


思わず呆然と見つめてしまった。


―――なんでこんな言葉だけで
あたしの中にある不安とか全部消し去ってしまうの?
ものすごい力だよ、隆也君。

太陽のようないつもの笑顔でにこにこしてくれるもんだから、
思わず照れ隠しに言ってしまう。

「・・・お嬢さんって呼ばないでよ。こんなときまで」

赤くなったあたしに気がついたのか、
隆也君が笑うのがわかる。

「だってなんか呼び捨てで呼ぶって恥ずかしいじゃないっす」

さっきの大胆な告白の方が絶対恥ずかしいと思うのに
隆也君って、本当に・・・・。
思わず笑いがこみ上げる。

「恋人同士なのに」

んー、って少し斜め上をみて唇をまげていた隆也君だけど、
ちょっと納得したみたいに、あたしのほうを見てにこっと笑った。


「じゃあ、ゆいこ」

これでいい?って訊く隆也君の口から出た
あたしの名前にどきっとする。

「遅いよ」

でも、そ知らぬふりをする。

「ごめん」

ごめんって言いながらも、隆也君は笑ってる。
その笑顔があたしを見つめている。


さっきの言葉・・・・。
あたしの心を満たしてくれた。
あんなにも率直でストレートに言われるって・・・・
本当に嬉しい・・・・




「ねえ、隆也君」
「ん?」
「・・・・さっきの言葉、とっても嬉しかった」

嬉しさと恥ずかしさのあまり、ちょっと俯きかげんで告げた
あたしに、隆也君が目を輝かせて覗き込んでくる。

「どこらへんが?」
「んもう!意地悪しないで」
「ごめんごめん。だってゆいこが可愛いからつい」
「隆也君ったら!」

思わず、隆也君の胸を叩く。ぽかぽかぽか。
笑いながら隆也君がそんなあたしを受け止めてくれる。
もう!って言いながら、叩いていた胸に飛び込んだら
隆也君が後ろに手を回してぎゅっと抱きしめてくれる。

隆也君・・・・。

あたしを抱っこで持ち上げて
近くの椅子に座った自分の上にあたしを置く。
横に抱っこされながら、あたしは隆也君の首に
腕を回して抱きつく。

「隆也くん・・・・」
「ん?」
「なんかすごく子どもみたいになってるよ、あたし?」

隆也君はすごく体格がいいから、少し小さいあたしは
隆也君によく抱っこされる。
お父さんみたい、って思っているのはナイショ。


「膝の上にあたし置いてたら、重いよ?」

隆也君が笑う気配がする。

「いいよ。可愛いから許す」

その言葉がおかしくてくすっと笑うと、隆也君も笑った。

近くで見る隆也君。

あたしのことをすごく優しく見つめてる。
少しだけ顔が赤くなってるのがわかる。
あたしも・・・きっと赤くなってるはず。

恥ずかしくて、隆也君の首元に
自分の頭をくっつけた。
ことん、って置くと、隆也君の肩の温かさが伝わってくる。

ここはあたしの場所。

頭を抱くように回されたたくましい腕。
すごく綺麗に筋肉がついてるのがわかる。
隆也君がくんくんとしながら、あたしの髪の毛に鼻をつける。
髪の毛にキスされる。

「ゆいこ、ほんとすげえかわいい」

そして髪の毛に頬ずりされた。
腕にも。首元にも。


それがくすぐったくて、あたしは
くすくす笑いながら身を捩って逃げる。
なんか・・・その仕草がとても恥ずかしい。


あんまり年は変らないのに。
すごく溺愛されてるって気がする。
隆也君の手放しの愛撫が恥ずかしくて、
隆也君の胸にしがみついてくーってハグしていたら、
隆也君があたしを抱きしめて、少し揺らす。


隆也君の胸はすごく広い。
そしてたくましくて。
あたしのことをすっぽり包んじゃう。
大きな海に抱かれてるみたいに。
あたしは、少しだけ身体を揺らされるのが
気持ちよくて目を閉じた。
力を抜いて、隆也君にもたれかかる。


「隆也・・・・くん・・・・」
「ん?」
「・・・・ううん、なんでもない」

そのあたしの身体を隆也君の腕が抱っこしてる。
優しく手が背中を撫でてくれる。
目を瞑って、隆也君の愛撫に
身を任せていたら不意に耳元で囁かれた。


「オレ、本気だから」
「え?」
「本気でいつも、ああいうことを思ってる」

腕の中から見上げると隆也君はどっかの方向をみて
頬を染めながら真剣なまなざしをしている。

「隆也君・・・・」

名前を呼ばれて、隆也君があたしを見つめる。
その瞳がとても・・・甘い。
赤くなってるのに、隆也君から目が離せない。
目を閉じた。

「いつか、ゆいこと・・・・」

言葉がキスで消される。

「・・・うん」

それすら、とても甘い。
キスの合間に隆也君が囁く言葉が
あたしの唇の上を優しくなぞる。


「オレにとって、ゆいこは太陽みたいなんだ」
「え?」
「ゆいこの笑っている顔を見てると、本当にオレも嬉しくなって」
だからいつも笑ってて欲しくて約束するんだ。

「・・・・」

「執事の仕事も、最初は戸惑っていたけど」
ゆいこの笑顔が見たくて頑張れるオレがいるんだ。
オレ、きっと一人前の執事に認めてもらうようになるから。

「そしたら、ゆいこのこと、恋人だって宣言する」
「え?」
「今だって、もうほとんど知れ渡ってるかもしんないけど」

そういって隆也君がふわっと笑う。
あたしは―――その笑顔をずっと守りたいと思う。

「でもちゃんと一人前の執事になったら
ゆいこの恋人だって胸をはれるから」

少し大げさに胸を叩く仕草をする
隆也君の子どもっぽい仕草にあたしはくすっと笑った。

「・・・そんなことしなくても、隆也君はあたしの自慢の恋人だよ」

そうだよ。
隆也君はそのままの隆也君なだけであたしの自慢なの。
とても優しくて。とても頼りになって。
そして、素敵な笑顔を持っている人。

あたしの恋人。


「それはわかってるけど、これは男のケジメです」

そういって、隆也君があたしの髪の毛を
くしゃくしゃっと撫でる。

「そんな不安そうな顔をするなよ」
「だって、隆也君・・・・」

思わず幸せで泣きそうになって
あたしは隆也君を見上げた。

「ああ、もうこんな可愛い顔、誰にも見せないで」

あたしの両頬を隆也君がぎゅーって手で押さえる。
隆也君の大きな手にはあたしの顔は小さいみたい。
両手で頬を外にひっぱったり、内側に寄せてみたり、
あたしの顔で遊ぶ。


もう!って思うけど、そうしながらも、
隆也君がすごく優しい目で見つめてくれてるのがわかる。
不器用そうに、あたしの横顔を包む手のひら。


その手のひらが暖かい。

思わず優しい気持ちになって目を閉じたら、
閉じた瞼にキスが降ってきた。


「いつか、ゆいこのことを迎えにいくほど一人前になるから」


顔中、あちらこちらキスされる。
瞼に。
睫に。
鼻先に。
額に。
頬に。
唇の端に。
唇に。

少し開かされた唇に隆也君の唇が重なる。

―――本当に隆也君はべろんべろんに
あたしに恋してる。
舐めちゃうくらい愛してくれる。
それがたまらなく嬉しい。


「・・・一人前じゃなくてもいいよ」

その言葉で隆也君がくすっと笑う。

「オレ、お嬢さんに釣り合う男になりたいんだ」
「あ、今またお嬢さんって言ったー!」

思わずツッコんじゃって、あたしと隆也君は
くすくす笑う。

「だってオレ達、新米お嬢様に新米執事じゃないか」
2人で一人前になろう。
そんな日がきたら、お嬢様と執事の恋も
許されるんじゃないか?


隆也君があたしをぎゅっと抱きしめる。
その広い胸にもたれかかって
あたしは腕を回して隆也君の首にぎゅーっと抱きつく。


許される、許されない。
そんなの、どうだっていい。
そんなの関係ない。
あたしは隆也君が大好きだから。
隆也君もあたしが大好きだから。


ぎゅーって抱きついたあたしを隆也君が名前で呼ぶ。

顔を上げると、隆也君がキスしてくれる。
隆也君らしいキス。
優しいんだけど、なんかもっと・・・・強い。
熱くて、そして、温かい。
いつもまっすぐにあたしを見つめてくれる笑顔は、明るくて。


そのぴかぴかの笑顔が好き。




「ねえ、隆也君」
「ん?」
「約束して」
「いいよ」

ぐっと隆也君が、あたしの目の前に自分の小指を差し出す。


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「・・・・もう!約束の内容も聞かないで、
すぐゆびきりしようとする?!」

思わず笑いながら、自分の小指を隆也君の小指に絡めた。

「え?だって、ゆいことだったら、どんな約束でもいいんだよ」

なにそれ。


笑いながらそういうあたしを隆也君が囁く。


だってどんな約束でもどんなゆびきりでも、
ゆいこの願い事だったら全部オレは叶えてあげたいんだ。



その言葉で思わず嬉しくなって




ぎゅって抱きついた。



―――隆也君がいつも沢山約束してくれるのは
あたしのことが好きだから。
あたしの願いだったらなんだって叶えたいと
思ってるからなんだ。

だから「守れる、守れない」じゃなくて約束してくれる。
躊躇なくゆびきりしてくれる。

少し泣きそう。



あやすように隆也君の手があたしの背中をぽんぽん叩く。
隆也君の優しい言葉があたしの中に沢山積もっていく。
隆也君にはいつも甘えたくなるの。
隆也君があたしをめちゃめちゃ好きだっていうのは
わかってるから。

ずっと隆也君に見つめられてたい。
一生懸命がんばってる隆也君の傍で、あたしも頑張りたい。
多分、遠からぬ未来、隆也君が一人前の執事になった時は
きっときっと。


隆也君の永遠の約束をしたい。


あたしはさっき絡めた自分の小指と
隆也君の小指を思い出した。

ずっと死ぬまで一緒って約束。
ずっと愛し合うって約束。

きっと。
きっとそういう日は来るはず。


ううん。
そういう日を迎えるためにあたしたちは、
毎日、沢山約束するの。


約束するのは縛りたいからじゃない。


相手の未来に自分がいるってことがわかっているから。
ゆびきりをして1つ1つ、それが叶えられていくたびに
あたしたち2人も未来に近付くの。
隆也君があたしにしてくれる沢山の約束。



―――それは隆也君が約束してくれた瞬間に
もう叶えられてる。




ゆびきりしよう。
ずっとずっと大切な約束だから。





大好きだよ、隆也君。
これからもずっと、あたしのそばにいてね。



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******** ゆびきり FIN. *******
FOR YUN

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桜舞い散る春の夜に  11/02/2008  
******* 桜舞い散る春の夜に ********


FOR YUN !








あの時、俺に囁いた彼女の声は、
本当に彼女の声だったんだろうか。




あの時、俺が出逢った彼女は
本当に彼女だったんだろうか。







屋敷の庭園での夜のお花見。



夢のような出来事。




一年前の春の夜。






俺は、何度も何度も想い出す。








・・・・・・・・・・・・・・・






その夜は、庭園のはずれにある枝垂桜をライトアップして、夜の花見をした。
旦那様や奥様、お嬢様や屋敷に滞在する客人が中心になり、華やかな宴をしている最中。


執事である俺は、その準備と食べ物や飲み物などの給仕で傍に仕えていた。
宴の様子を観察しながら、足りないものを補充していく。
旦那様や奥様、そしてお嬢様に客人。全てに気を配りながらも・・・・。


俺の意識は常に、ゆいこお嬢様のほうへ向いていた。



先日、旦那様と結婚なされた奥様の実の妹。



特に美しいわけではないはずだが、どうしても俺の目を惹いてしまう。
ひきつけられる魅力がある。
気がつくと彼女を見つめている自分がいる。


彼女の隣には彼女専属の執事、中岡がいる。
屋敷にきたばかりの彼女をサポートするため、樫原さんが中岡を指名した。

俺ではなく。


最初、その決定に関して俺は何も想っていなかった。


ただ、「執事」としての職務を全うする。
これが俺の生きがいだったから。


それが、日々過ごす中・・・・。


彼女が屋敷にいるだけで、花が咲いたような明るい雰囲気がかもし出されるようになった。
専属でついている中岡のお陰か、彼女もだいぶお嬢様らしくなった。
そんな彼女と俺が関わることは、まず、ない。
なぜなら、彼女の用は全て中岡がしてしまうから。


俺は彼女に近づけなかった。


いいや、近づけたとしても、屋敷のお嬢様である彼女に俺はどんな関係を望むだろうか。
主人と僕、そこからはみ出すことは俺の執事としてのあるまじき姿から遠かった。


今も、お嬢様の隣で中岡が世話を焼いている。
飲み物や食べ物、そして話し相手になりながら。


その仲が良い様子を横目で見ながら、俺は自分の心が少しだけ痛むのを感じる。
しかし、この痛みは見て見ぬフリができるものだ。



執事としての仮面を被っているのなら、俺はどんな気持ちでも隠せる。





そう想っていた。









「あ・・・・・・」



声がした先を見ると1本の線がひらひらと流れていく。


ふと、いきなりの春の風で吹かれて、ゆいこお嬢様の髪の毛を結んでいたリボンが風で流された。


先に立とうとする中岡を制してそれを追いかけた俺。






朱鷺色のリボンだった。











突風のような風に乗って飛んでいく。









だいぶ行ったところで追いついた。


桜吹雪の花びらに巻かれて朱鷺色のリボンが舞う姿を綺麗だとは思いつつ、手を伸ばした。


宴のところへ戻ろう。
そう想ってた矢先。





後ろから誰かが歩いてくる気配があって振り向けば、彼女だった。
夜の闇にまぎれて、月の光りで照らされるは髪の毛を風のままに流し、1人。


こちらへ歩いてくる、ゆいこお嬢様。
光の加減で、表情が見えない。
俺が・・・・心の奥底で切望している女性。
その姿に、胸が不自然に高鳴る。





髪の毛がはらはらと風で吹かれる中、桜吹雪も同じようにはらはらと散る。





その美しさに、俺は息を呑んだ。




こうやって・・・・誰もいないところで、2人きりなど。やめてくれ。
俺が俺でなくなってしまう。







「・・・リボンをお持ちいたしました。どうぞ」




動揺する声を悟られないように、顔を伏せて、会釈をする。
風の中、拾った赤いリボンを彼女に差し出す。





すると、その手を・・・



一瞬だけ彼女がなぞった。
リボンではなく、俺の手を。




え?






いきなりのことで一瞬びくっとした俺の手を今度は柔らかく触る。




そして、急に手を引っ込めた。



リボンを持ったまま、俺の手は差し出されたままだ。
手が震えそうになるのを、必死で押しとどめた。





彼女から漂う、いつもとは違う雰囲気。
誘惑の気配に、俺は息を殺した。



執事の仮面が壊れてしまいそうになる衝動を抑え、俺は動揺を隠すため、ひたすら地面を見つめる。


今、顔を上げ、彼女の顔を見る自信がない。







・・・なんだか、緊迫感のある沈黙の中、彼女が口を開いた。





その言葉は、普段彼女の口から聞けないような・・・そんな言葉だった。








あたし、桜の花は本当は嫌いなの。
綺麗だから哀しくなる。

だって、桜って散ってしまうじゃない?
散ってしまうのが、終わってしまうのが、綺麗だなんて
あたしは認めたくないから。

桜が散れば、別れの季節。
そして、出会いの季節。
別れがなければ、出会いがない。
そうわかっているのに、
別れを拒むあたしにも、
“出会い”はやってきて“別れ”を奪っていく。

だから、桜の花は嫌いなの。

この花をみると、これまであたしの前から去っていった人や、
これからあたしの前を去る人を想ってしまうから。

でも・・・・。
桜をみると、綺麗だと想ってしまう。
とても美しくて心が揺さぶられるの。

どうしてなんだろう。











誰に話しているわけではない言葉たち。



ぽつりぽつりと語るゆいこ。




どこか遠くを眺めるように、凛とした表情。


今、君の胸にいる人は誰なんだ?




俺は、その人間に猛烈に嫉妬している自分に気がついた。



馬鹿な。




彼女は語りながらも、この場にいる俺ではなくて独りでいるように思える。
手に入らない君の横顔を俺は顔を上げて、じっと見つめた。



この角度で見つめることは・・・今までだって何度もあったことだ。
でも、今夜は何かが違う。

とても・・・魅惑的で、俺はその横顔に、もう少しで手を伸ばして
自分の胸に押し付けてしまいたい衝動に駆られた。




ふと、風に乗って、薄紅の花びらがはらはらと落ちてくる。
風に遊ばれるかのように。



その一枚が彼女の髪の毛に触る。
撫でるようにそれをつまんだ俺の指。



散りゆく桜の花びらでさえ、彼女に触れていることに嫉妬する。
俺も桜の花びらになれるのならば。
こうやって彼女に降り注いで、彼女に触れることができるのに・・・・。


指でつまんだ桜の花びらをじっと見つめた。



不意に、俺のその指を掴んだ彼女が、その指にある花びらを唇で噛んだ。




「あ・・・・」



噛まれた花びらが縁から色が濃くなっていくのが見える。
気がつくと、花びらだけではなくて、俺の指先も彼女が甘噛していた---。




「っ・・・・・!」


なぜ、こんな?



疑問よりも俺は、その色気に、魅力に言葉が出ず、じっと見つめているだけだ。


甘噛みされた指先が震える。

彼女の口の中の温かさや、濡れた感触が
一気に俺の身体の血を逆流させる。
いきなりのことで、俺は自分が赤くなるのを感じた。

甘噛みしている彼女の唇と、その唇にくわえられた
自分の指を凝視してしまう。




こんな風に・・・・俺を誘惑しないでくれ。



俺は自分の中の衝動と戦っていた。

固まってしまった俺の指先からそっと唇を離した彼女。
俺がつまんでいた薄紅の花びらは、ぱら、っと下に落ちた。


紅色に染まった唇で、彼女は俺に呟く。

俺は彼女の赤く染まった唇に目が吸い寄せられる。
そっと唇が開かれて、紡がれる言葉。

その1つ1つを耳に焼き付けようと俺は
どんな音でも聞き逃さぬよう彼女を見つめた。
食い入るように見つめていた俺の視線に気がついたのか、
彼女がふっと笑う。







あたしとあなたが終わる瞬間もこんなに綺麗だったら・・・・




じっと俺を見ながら、そう呟く彼女。



その呟きが、やけに哀しくて、切なくて、幻想的で。



彼女の瞳には、俺と俺の横で舞い散る桜吹雪が写っている。
その視線の痛さに、俺は彼女の瞳から目が離せない。




―――始まらなければ、結局終わりは来ないわね。
だから、あたしは・・・・




続きが、風の音で流れていった。
夜の向こう側に吸い込まれるかのように。


ため息と一緒にそっともれた呟きがどうしようもなく切なくて
俺は我を忘れて、彼女を抱きしめた。






なぜ、こうなったのか、わからない。
夢をみているかのようだった。
現実にはありえない―――。


いつものお嬢様じゃない様子だけど抱きしめてわかる、その身体の温かさ。






(――――あなたとは、「はじめない」って決めてるの)





続きが、本当はちゃんと聞こえてた。


声にならない声も。
痛いほどの想いも。



本当は・・・・今までだって、ずっと。



俺は唐突に、彼女がなにを俺に伝えたいか、わかった。



屋敷の中ですれ違うたびに。
階段を上がっていく俺を、ずっと見つめていたことも知ってる。
廊下で後ろから、じっと見つめていたことも。



応えられなかった。





だって、何も始まってないのだから。
なにも俺と彼女の間に接点はないのだから。
ただ、屋敷のお嬢様とその屋敷に仕えるものという関係以外は。



自分が仕える屋敷のお嬢様に恋心を抱くなど、
そして彼女も俺のことを好いてくれているなど、
自分でも認めたくなかった。


彼女には彼女専属の執事がいて、それは俺ではない。
俺はただ、屋敷に勤める一使用人でしかない。
そんな俺が・・・・。
お嬢様とかかわりがない俺が、どうしてそれ以上の関係を望めよう。
そう想って、ただ胸の中に気持ちを収め、
時折眺めるだけで満足しようと言い聞かせてきた。
言い聞かせるうちに、それが本当になっているかのように・・・想っていた。




でも、今わかった。




俺は・・・・ずっとこの瞬間を待っていた。
気持ちを抑えるのではなく、気持ちを解放していいという赦しがくるのを。




「来年は・・・・、俺の隣で夜桜を観てくれ」



誰かが彼女の隣にいるなんて、本当は、嫌なんだ。
彼女の傍にいていいのが、「執事」であるなら、
どうして「俺じゃない執事」が傍にいるんだ?




ずっとそう想っていた。



決められてしまったことで、今更俺が彼女の執事になりたいなどと
申し出ることなど、無理なことだと想っていたから。
だから、ずっと見ないふりをしていた。
専属執事の中岡の隣で笑う彼女を見かけるたびに、
俺の心は、その微笑と笑い声で切り刻まれる。


感じないフリをしていた、今まで。
この想いを。
感じてしまったら、それが「始まって」しまうから。




それなのに。




ゆいこはどうしてここで、俺の気持ちを、
こうやって乱暴に引きずり出してしまうのか?
ゆいこの「はじめない」という決意の言葉さえ
俺にとっては「はじめて欲しい」にしか聞こえない。








諦めていた。
今夜までは。



「約束?」


「ああ、約束する」


その言葉だけが、桜吹雪の薄紅色の風に乗って俺の耳元に届いた。


夜の闇にまぎれて、
彼女がそっと、俺から離れていく。
何も言わない。
そっと、少しだけ微笑んでいるのがわかる。
その姿は・・・・嬉しそうだった。


いいや、嬉しそうに感じるのは、俺が自分の気持ちを解放することを
今、ここで決めたからかもしれない。

最後まで掴んでいた腕を、彼女が無言で優しく振り払う。



彼女が歩いていきながら、足元で泡立つ、散った花びら達の渦。
歩いていったときにできた桜の道を俺は見送った。







桜鬼のようだ・・・・。



ふと心にそんなことが思い浮かぶ。
今の出来事は、本当に・・・・あったことだろうか。
美しい桜が見せた夢ではないか。


俺は、少しだけ俺の体に残っている
彼女の温かさを思い出した。

いや、違う。
あれは、ちゃんと彼女だった
俺は、今起こった出来事を・・・・反芻する。





彼女が「始め」たくなくても、
俺の中では「始まって」しまった。



この瞬間から。













――――― あれから、一年。





また春が来た。






俺は、お嬢様の専属執事になった。
まず、いつも傍でお仕えすること。
彼女の傍にいないことには、何も始まらない。
彼女への恋心を自覚した日から、俺は決心していた。


彼女の専属執事だった中岡に専属を辞任させた。
お嬢様を気に入り、専属の役目を降りたくない中岡を、
もっぱら、1年かけて根気よく説得した。
執事長の樫原さんには、自分から願い出た。
どうしてここまで彼女の専属になりたいのか、
そう聞かれたときに答えた言葉は「約束だからです」の一言。


深くは訊かれなかった。


無理を通してでも、俺は彼女の傍にいなくてはいけないと思った。
あの日の約束を果たすためにも・・・・。




最後は強く望んだものに、結果は訪れる。




しかし・・・・。


専属執事になって初日、ゆいこに挨拶に出向いたとき。
彼女は、この“約束”を覚えていなかった。
何度か仄めかしても、彼女の反応はなかった。





俺はあっけに取られた。


しかし、それも諦めた。
春の夜の夢のような出来事だったのだから。



まあいいさ。
彼女が忘れていたとしても。


約束などなくても、俺はお嬢様の傍にいたいと強く願っていたのだから。
彼女への恋心が抑えられるわけはなかったのだから。
いずれにせよ、この形に収まったであろう。


俺は専属となり、彼女の傍にいる。
そして、俺たちはお互いの気持ちを確認しあう。
ずっとお互いに抑えていた気持ちが通じ合ったとき、
俺は心の底から歓喜した。



それでいい。


大事なことは、俺たちが愛し合っていることを
お互いに認めて、傍にいることだから。





あの日の約束を、俺は誰としたのか。
今となっては、それはわからない。

ただ、あの時おれの前に現れた彼女は、
まぎれもなく彼女であったということ。


春の夜の桜が俺にみせてくれた幻想だとしても、
彼女のことを想う俺の心に変わりはない。
そして、俺のことを想っているゆいこの心にも。
俺の中に灯された、この恋心はいつまでも燻るばかりだ。
傍にいて、彼女を見つめ、彼女を愛すること。
それが俺の望みだ。
















「---------真壁さん、夜桜が庭で見れるって本当に素敵ね」



ある月が綺麗な春の夜。

俺は執事の仕事を終えて、ショールを羽織らせた彼女を連れて、
そっと手をひき、庭に出た。
春の生暖かい匂いがするなか、まだ少し肌寒い風が感じられる。
夜空には星と、月が煌々と輝く。
月の光の青白い光に照らされた小道。


その中をひっそりと2人で歩く。
繋いでいる手から伝わるぬくもり。彼女の気配。


一足先に夜桜を2人で観たかったから。

屋敷での恒例の夜のお花見の前に、
彼女と2人であの「約束」を果たしたかった。
彼女が覚えてないにしろ、俺にとっては大事な「約束」だったから。



目の前に、美しい枝垂桜が立っている。
その幹の太さ、枝の上品な振り具合、花びらの先からこぼれるような光。

大きなライトをつけると誰かに見られるかもしれない。


いちお、屋敷では、「彼女と俺」は「お嬢様とその執事」なのだから。
こんな夜更けに2人で桜を見ているなんて誰にも言えないことだ、まだ・・・。



俺は遠慮がちに1つだけ、桜の根元のライトをつけた。


小さな灯りだけでいい。
俺と彼女が桜の元にいるときだけ。

根元のライトと月光の光だけで照らされた枝垂桜。
薄紅色の花びらが、薄青色で白い光を放つ。



「本当に・・・・綺麗だね」



ため息をつくように、じっと桜に見惚れる君。

その横顔を見ながら、俺は想った。


1年前のあの日の出来事は多分・・・・俺だけが見た白昼夢だ。

そして、目の前に広がる桜吹雪と、大きくしなる桜の枝で満開の花を眺める。
ほんのりと淡紅色の光が灯っているかのようだ。


ずっと桜に見惚れて言葉が出なくなっていた彼女が、不意に語り始めた。






「あたし、夢を観たんだ」

「え?」

「こうやって、真壁さんと夜桜の中にいる夢」

「・・・・・」


その続きがどういうことなのか、
俺は思わず息を凝らして、続きを待った。

ゆっくりと彼女が語りだす。
桜を眺めたまま、彼女の口から吐き出された言葉が
春風に乗って俺の耳の届く。



「真壁さんがいて、あたしに約束してくれたの」



「・・・・約束?」



もしかして・・・




これは・・・あの1年前の話なんだろうか?
俺の胸は急に高鳴ってきた。



「うん。来年は一緒に桜を見ようって」

「・・・・・それはいつ観た夢なんだ?」

「今日の朝。なんで来年なんだろう?って想ってた」

「・・・・・・・・・・・」

「そしたら、さっき、いきなり夜桜観にいこうって誘うでしょ?びっくりしちゃった」


そう言いながら、俺のほうを見て、ふふっと笑う。


「この桜を見て、今日の夢が正夢なのかな?って想った」


首に両手をかけて、下から抱きつくように
俺の顔をじっと見上げてくる。


「あたし、夢の中ですごく濃いピンク色のリボンをしていた」

「真壁さんがあたしの恋人になったときに、記念にって最初にプレゼントしたくれたリボン」


これだよ?と、身体を俺から離し、後ろの髪の毛を束ねた
朱鷺色のリボンを見せてにっこり笑う。
そして、リボンをしゅるりとはずして、
髪の毛を下ろした。
ふんわりと降りた髪の毛から彼女のシャンプーの匂いがする。


その動作が・・・とても色っぽくて、
俺は心臓がどきっと高鳴るのがわかった。






―――約束を覚えてなかった彼女に、
俺は恋人になった暁にプレゼントした。




一番初めのプレゼントは朱鷺色のリボンにしようと
専属につく前から決めていた。
あの時見た朱鷺色のリボンに似たリボンを探して
プレゼントした。


覚えてなくてもいい。
ただ俺は、あの時の彼女を忘れたくなくて。
約束の「しるし」だったから。

そのリボンを・・・・俺といるときに
彼女が好んで身につける。
その姿を見るたびに、俺は1年前の春の夜を思い出す。



「真壁さんが、風に吹かれたリボンを取ってくれて」


2人っきりになれて嬉しかった。



呟きのように、声が風で流れていく。
リボンをくるくる丸めながら、
彼女が俺のポケットにそのリボンを収める。


俺には、すぐわかった。
彼女が語ったことが。




心が震えてきた。





やっぱり彼女が俺に会いに来ていたのか。
あのときの約束が俺だけの夢ではなかったことが。





運命の恋----。





そんなことをあまり考えない俺にも
この偶然のような必然性のある出会いと
そして、彼女の言葉を聴いて・・・そうとしか思えなかった。
とても切なくなって胸をつく想いがこみ上げてくる。





「来年もまた、一緒に桜をみようね」



そういって、彼女はまた目の前の枝垂桜に見惚れる。



にっこり笑う彼女の無邪気な横顔を見ていると、
俺は無性に愛しくなって、彼女を後ろから抱きしめた。



「お前のことを誰よりも愛してる」
「約束だ。来年もまた一緒に桜をみよう」



俺は彼女の髪の毛に、自分の顔をうずめる。
彼女の匂いを嗅ぐ。そして彼女の気配を存分に味わう。
その温もりも、身体の震えも。
ぎゅっと強く抱きしめる。




あの時―――



彼女が語った言葉を思い出す。




はじまらなければ、終わりはない。
だから、はじめないのだ、と彼女は言った。



俺たちの出会いは始まってしまった。
でも、その終わりはない。
いや、終わらせない。


終わらせないために、いいや、「出逢う」ために俺たちは出逢ったんだ。

俺は一生お前を離さない。
どこへ行こうとも。


何度、春の夜が巡ってこようとも。





俺たちの出会いに終わりはない。




「来年だけじゃなくて、これからずーっとだよ」


可愛く呟く彼女の一言一言が、俺の胸を打つ。



「ああ、そうだ。これからもずっと一緒にいよう」




捕まえた。ようやく。
彼女に出会えた。1年かかった、ここまで。


夜桜が舞う中、後ろから彼女を抱きしめ愛の言葉を囁く夜。


月の光は2人を照らし
桜の花びらがはらはらと散るさまを、ぼんやりと眺めながら
背中から抱きしめた彼女の鼓動に耳を澄ます。
湿った土の匂いと、ほのかに香る水仙の香り。
夜桜の、薄い紅色の風が俺と彼女を包む。



こんなに美しい光景があるのならば、これは夢でしかないはず。
夢でしかみれないのなら、もう目が覚めてしまわなければいい。

夢の彼女が、俺に逢いに来てくれて俺の背中を押してくれた。


胸にこみ上げてくる想いがある。


1年前の桜吹雪のあの夜。




彼女に出逢ったこと、巡り会ったことが
全て2人の「始まり」だった。
そして、これは「終わりがない」物語。




「俺に逢いに来てくれて、ありがとう」




そう、彼女にまた呟いた。
なにもかも説明する必要はない。
ただ、俺だけわかっていればいい。
何度、言葉を重ねても伝わらない。
この心からあふれる嬉しさは。
そして、幸せは。


俺は、少しだけ腕を緩めて、彼女の顔を見る。


うっとりした表情の彼女。


どんなに愛しい気持ちで、今おれが君を抱いているのか伝わってるだろうか。



月光に照らされ、後ろには大きな枝垂桜。
桜吹雪で、花びらがいくつか髪の毛につく彼女。
春風が舞い散る中、少し肌寒いけど、
抱き合っている肌で温かい。





「愛してる」



その言葉だけしか出てこない。
どれだけ言っても足りない。
たとえ、一生かかっても
俺がどれだけ愛しているかは彼女に伝えられないだろう。

でも、大丈夫。
俺たちには、これから先の時間が、ずっとずっと終わることなく続いてる。
たゆみなく流れる時の中で、俺はお前だけを見つめているよ。




「愛してる」



これからもずっと傍にいるという気持ちと
一生愛しぬくという誓いをこめて。
そうっと目を閉じた彼女の唇に俺は深く口づけた。




―――夜の闇にまぎれて俺は彼女を自分の影で包み込む。
2つのシルエットが1つになるように。
どこにも、もう行かせないように。


1つになったシルエットを桜吹雪が夜の風に乗って包む。
人目を忍ぶ恋をしている2人を桜の花びらが隠してくれる。



そんな夜を月の光だけが照らしていた。











桜舞い散る、ある春の夜。














******* 桜舞い散る春の夜に FIN.*******
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White day message from M  11/01/2008  
***** White Day Massage From M ******





・・・・ Side A





あたしは真壁さんの声が好きだ。
低くて、甘くて耳元で囁かれると、溶けてしまいそうになる。


いつか、ふと思ったの。

目が見えなくなるのと、
耳が聞こえなくなるのの、
どっちがいいんだろうって。

大好きな人の姿を瞼に焼き付けたいって誰だって思うと思う。
あたしだって真壁さんの姿は・・・・

一緒のいる間、執事のときも恋人のときも、
ずっとずっと、探しているよ。
でも、耳が聞こえなくなったら・・・って考えたら
とても切なくなったの。

真壁さんがあたしに話しかける優しい声。
時折聞かせてくれる、笑い声。
耳元で囁くときの少し掠れた切ない声。
抱きしめられたときの真壁さんの心臓の音。


それをすべて失うなんて・・・・。想像できない。



声で聴き分けもできるんだよ?

執事の時と恋人の時の声は勿論違うわ。
それに、出会った頃の真壁さんと
今の真壁さんでは全然・・・・声が違うの。

なんていうのかな。
とても・・・・優しくなって・・・温かい音になった。
真壁さんが気づいてなくても、あたしにはちゃんと聴こえているの。

真壁さんが、いつもあたしを見ているように、
あたしは、いつも真壁さんの声を聴いてるから。


声を聴かせて欲しいの。

あたしだけしか・・・あたしの名前しか、呼ばないで。
他の誰にも、あなたの声を聞かせないで。

真壁さんの優しい声を聴けなくなって忘れてしまうぐらいなら。
目なんて見えなくていい。


聴くことができなくなるなんて、耐えられない。


優しいあなたの声を耳に焼き付ける。
どんな音でさえ。
ずっと、耳を傾けておきたいの。

だから、あたしの耳にしっかりと、鎖をかけて欲しい。
もう、あなたの声という鍵でしか開かないような。

















・・・・・ Side B




いつからだろうか。
ゆいこのことを、こんなにも独り占めしたいと思うようになったのは。

その姿、その声、その匂い、その雰囲気。
すべてを自分のものにしてしまいたい。

宝物のように、大事に、大事にしまっておきたい。
鍵をかけて、誰にも見られないように。
誰にも知られないように。


しかし、その願いはいつも叶わない。
お前を閉じ込めるなど。

お前は九条院家のお嬢様で、そして俺はその専属執事だ。

朝、俺はお前を起こすために、アーリーモーニングティをもって部屋に入る。
眠っているお前の傍に立ち、声をかける。
それまでの間・・・・その部屋には物音は何一つしない。

眠りの世界から、目覚めるときの合図が俺の声だということが、
毎日・・・ささやかな幸せをくれる。

眠りから覚めたお前に紅茶を飲ませ、俺はその支度を手伝う。
その時間までは・・・・俺はゆいこを独り占めできる。

部屋で聞こえるのは、俺とお前の声だけ。
ほかは何も聞こえない。
朝の短いひと時だけ、独り占めできる。


そのすべてを。



お前のすべてを見ていて、感じているのは俺だけ。


しかし部屋を出たら、俺とお前がまた2人だけになれるのは夜の寝る前の時間しかない。
1日は長くても、俺たち2人が一緒に入れる時間は短い。


それまでの間。

お前と2人でいられない俺は、本当はいつも苦しく感じているんだ。


お前の瞳に映る、他の人間の影、
お前が聞く、他の誰かの声。
お前が見て、感じている世界、すべて。
そのすべてが、俺であって欲しい。


そう思うのは、俺のわがままだろうか。



一生、俺はお前だけを見て、これからも生きていく。

そう、俺の生まれたその日に誓った。


俺の目はお前だけしか映していない。
俺の耳も、お前の声だけしか届かない。
そう決めて俺はお前に一生を捧げる覚悟をした。


それは・・・・。

お前に俺を、ずっと独り占めして欲しいから。
そして、俺もお前を独り占めしたいから。


目はふさぐことができる。
その瞼を閉じることで、
外の世界を遮断することができる。
お前を取り巻く、きらめく世界の美しい光を映すその瞳でさえ。
閉じてしまえば、その間は見ることはできない。


その瞳を閉じさせることは、俺にできること。
深く、熱く、口づける。
そうするとお前はその瞳を閉じ、他の誰をも映さない。


でも、耳は違うんだ。

聞こえてくる音は、防ぐことができない。
すべてを、受けいれてしまう。
愛らしい小さい手で耳を塞いでも
その指の小さな隙間から、すり抜けて届いてしまう。



口づけている間も。
俺が愛の言葉を囁くときも。


それ以外のものもお前の耳は感じてしまう。
俺だけを感じて欲しいのに。
どうしても避けられないとわかっておきながら、
それが時折、たまらなく嫌なんだ。


俺だけの声を聴いてて欲しい。





この独占欲は、消すことができない。

だから、俺は今からお前に鍵をかける。


お前の耳に届く音が、俺の声だけであって欲しい。
そう祈りを込めて。



ふせぐことができないのなら、その前に
せめて俺からのプレゼント、
ハートのピアスを門番としておこう。





そのハートは、俺の心だ。




お前の耳には、もう俺からの声しか届かない。




いいだろ、ゆいこ?





お前は俺のものだ。













********** White day message from M. Fin. *********

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