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After the Party  10/12/2008  




**** After the Party.********



ハローウィンパーティは
侑人さんと一緒に過ごせなかった。


あたしの恋人であり
専属執事で、九条院家の執事長で
家例でもある樫原侑人さん。
九条院家でのパーティだから
当然、侑人さんはとても忙しい。


侑人さんが指示を出して
飾り付けや食事の準備や
パーティの進行を全て決める。
侑人さんだからこそできる
こんな仕事。

そう、あたしの恋人は
とても有能で
仕事ができて・・・
すごく素敵な人。










・・・・・・・・



パーティの準備で
傍についていられないからと
あたしの世話を侑人さんが
真壁さんに頼んでくれた。


「申し訳ございません。きょうお嬢様」

当日は真壁がきょうお嬢様の
お世話を担当しますので。


そう侑人さんがあたしに頭を下げた。
ちょっと寂しかったけど
でもこれはしょうがないことだと
わかっているから、と少し笑ったら。
侑人さんがあたしの右手を取って
その手の甲にキスをした。


「終わったら君の元に戻るから、大人しくそれまで我慢できるかい?」



恋人になった侑人さんが
そうあたしに問いかけるものだから
握られた右手を頬に当てて
侑人さんの手にあたしは頬擦りした。


「うん。待ってる」


「いい子だ」


愛しそうにあたしを見つめる年上の恋人。

「パーティ終わったら、いつものように2人で過ごそう」


侑人さんが柔らかく抱きしめてくれたから
それに身を任せた。
侑人さんの細い指があたしの顎を摘んで
いつものように優しくそっと自然にキスしてくれた。

















パーティの仮装は
中世の貴婦人をイメージした。
オフホワイトのドレス。
侑人さんが選んでくれた。
義兄さんが貿易関係で取引している
イタリアのアトリエで作られたクラシカルなドレス。

丸く開いた胸元にはレースが施され背中も開いている。
シルクオーガンジーのトレーンから覗くレースがとても素敵。
すっきりだけどふんわりと降りる裾。
レースで作られた透ける袖。
中世のジュリエットが着ていたような
そんなオフホワイトのドレス。


少し大人っぽい感じ。

準備をしているときに真壁さんが迎えに来てくれて
髪の毛を結い上げてくれた。緩くカールがかかった毛先。
小さなティアラを真壁さんがそっと被せてくれる。


髪飾りは赤い薔薇の花。

耳朶の後ろにつけられる薔薇の香りの練り香水。

優しく丁寧にゆっくりと筆で紅を塗られる。


そして顔には真壁さんが準備してくれた
鈍い金色に光る仮面をつける。


足元にはドレスと共布に思えるホワイトベージュに
クラシカルレッドの糸でバラの模様が刺繍されている。
そっと真壁さんが靴を履かせてくれる。
優しく足首にもつけられる薔薇の香り。




「まさに貴婦人です」



真面目な顔をした真壁さんがそう褒めてくれた。
少し頬が赤くなってる?


「ありがとう、真壁さん」


吸血鬼の仮装をした真壁さんは
はまりすぎるほどはまってる。


「非常に古風な美しさで、本当にお美しい」


いつもの真面目な真壁さんからは
聞けないような大絶賛にあたしも嬉しくなった。


「真壁さんが髪の毛のセットやお化粧もしてくれたからだよ」


真壁さんってこんなこともできるんだ、と
びっくりするほど,
お化粧道具を扱う真壁さんはとても器用で。
綺麗にお化粧してくれた。
いつもはつけない紅い色の口紅さえも
あたしに似合っている。


クラシカルなドレスを着たあたしと一緒にいると
真壁さんとあたしだけ違う時代の人みたいだね。


そう言って笑ったらまた真面目な顔をして
真壁さんが「恐れ入ります」と言った。






・・・・・・・・・







真壁さんにエスコートされて会場に行くと。


既にパーティ会場は玄関から続く絨毯も
オレンジ色に変わってて
カーテンもテーブルクロスも
すっかりハロウィン仕様になっている。



(これじゃ、侑人さんが準備で忙しいのもわかるわ)


屋敷全体がハロウィン仕様に変わっている。
そっと窓から覗く庭もハロウィンに合わせて
飾り付けされてる。










つつがなくパーティが進む中
真壁さんが傍にいてアップルサイダーや
パンプキンパイも食べさせてくれたけど・・・


あたしはずっと侑人さんを探していた。

















パーティ後半。



会場にしっとりしたワルツの曲が流れる。
メロディアスでロマンチックな雰囲気。

義兄さんが姉さんに
「これからは大人の時間だよ」と
2人が最初に踊りだした。


侑人さんがいないことに気落ちしながらも
あたしはダンスの誘いを受け
最初に晶さんと、その次はウォルフさんや中岡さんと踊った。


ファーストダンスを申し込んでくれた晶さんは
いつもの口の悪さもなく
とても綺麗なレディになったね、と褒めてくれた。


ウォルフさんはいつもどおり
ダンスに誘ってくれるだろうとは
想っていたけれども
ナポレオンの格好をした中岡さんが


「一曲、お相手願えますか?」

と尋ねてきた時にはびっくりした。
隣にいた真壁さんもちょっと驚いていた。


「ええ、喜んで」


差し出された手を握ったら
中岡さんが少し赤い顔をして
にっこりと笑ってくれた。

中岡さんと踊った後、義兄さんとも踊った。


今日のオフホワイトのドレスが
とても綺麗だと褒めてくれた。


まるでこんなオフホワイト一色のクラシカルなドレスだと
ウェディングドレスのようだとちょっと寂しそうな顔をする。


「本当に侑人ときょうちゃんが恋人同士になってくれてよかった」


「義兄さん・・・」


「おかげでこんなに優雅で気品あふれるきょうちゃんをみれた」


「うふふ」


「まったく侑人が妬けるよ」


「え?」


「こんなに綺麗なきょうちゃんをお嫁さんにするなんて」


「義兄さんったら」


義兄さんには姉さんがいるじゃない?
それにまだ結婚の話なんてされたことないよ?


恥ずかしがるあたしを
義兄さんが優しく見つめる。


「それはそんなに遠くないんじゃないかな?」


「え?」


「侑人が君を手放すとは思えないからね」


嬉しすぎる言葉であたしが頬を染めていると
少し義兄さんが困ったような顔で溜息をついた。


「きっとぼくは君の結婚式で泣いてしまうんだろうな」


「そう?」


「うん、きっとね。こんなに可愛い義妹が他の男のもとへ行くのだから」


「・・・あたしが結婚するとしたら侑人さんしかいないよ?」


「侑人でも、誰でも、だよ」


それぐらい君は今日綺麗だ。
この手を離したくない、と想うほどにね。
どこにもお嫁に行かせたくないよ。


穏やかで優しい義兄さん。


侑人さんとは違う愛情で
義兄さんから包まれているのを実感する。
侑人さんがいなくて寂しかった心が
少しだけ癒される。



年上の義兄さんから見てもこの格好がとても上品で
大人びて見えるのなら、侑人さんもそう想ってくれるかな?



会場をステップ踏んで回りながら
目ではずっと侑人さんを探してる。



踊っているあたしを見つめている
隆也君や誠吾君、中岡さんやウォルフさん、
真壁さんと目が合う。
晶さんもあたしを見ている。



皆、あたしの今日の仮装を
とても綺麗だと言ってくれた。


ドレスもさることながら仮面をつけているからか
いつものお嬢様よりももっと大人びて見えて
とても美しいって。



・・・・そんな言葉、侑人さんの口から
一番最初に聞きたかった。


いろんな人からの褒め言葉より
なによりも欲しかったのは
大好きな人の言葉。


少しだけでも侑人さんの時間を
あたしにくれたらな。
今日、すごくお洒落したのに。
この仮装だって・・・
気品あふれる貴婦人を目指して
一回り年上の侑人さんの隣に並んでも
見劣りしないように大人っぽくしたのに。









結局、侑人さんは見つけられないまま。



パーティは終わり
真壁さんにエスコートされて部屋に戻ってきた。
着替えを手伝いましょうか?と聞かれ
断った後、真壁さんに仮面を返した。















部屋で一人残されて。
あたしはドレスを着替えられずに
ソファに座っていた。


(たしか前にもこんなことあったな)


侑人さんと初めてキスした日を思い出す。
自分の想いを伝えた日。
着替えずに待っていたら
また侑人さんと踊れるかな?



侑人さんにはあたしの傍にいる
専属執事以外の仕事も沢山あって。
忙しいってこと分かってる。
だからいつも我がままは言わないって決めてる。


でも・・・。


今日のこの格好はきっと侑人さんが
とても褒めてくれるはずだから。
侑人さんに見て欲しかった。


それに―――。
侑人さんとダンスを踊りたい。


今日いろんな人と踊ったけど
でも一番最後のダンスは侑人さんと踊りたい。


今日のパーティ会場、本当に素敵だった。
ハロウィンパーティ。
仮装した侑人さんを見てみたかったな。
仮装していた中岡さんや真壁さん、ウォルフさんも
他の皆も素敵だったし。
きっと侑人さんだったらもっともっと素敵なはず。



侑人さんの言葉を想い出す。


終わったら戻ってくるって言ってた。



それなら・・・・。



あたしは自分の部屋を
そっと抜け出した。















オレンジ色の絨毯。


ホールの電気は消えていた。


飾り付けのされた窓はカーテンがひかれずに
そのままの状態。
黒の総レースに紫色の刺繍が入った
ハロウィン特別仕様のカーテン。



(こんなところまで凝ってるって素敵)




窓から月の光が入ってくる。

窓から覗くと庭園の外灯も
かぼちゃの形に変わっていた。
思わず可愛らしくて笑ってしまう。
ホール中に飾られた
かぼちゃやお化けなんかのオーナメント。


本当に今日のハロウィンパーティは
とても素敵だった。
オーケストラの演奏でダンスも踊れた。
いつものお屋敷の人たちもとても素敵だった。

だからこそ・・・
侑人さんに逢えなかったのはとっても残念だった。




でも・・・・確信はあった。


ここで待っていたら
きっと侑人さんが探してきてくれるって。





誰もいないホールはしーんとしてて。
さっきまでの華やかなパーティが
終わった後の静けさ。



(こんな静けさ、好きだな)



いつからか、パーティよりも
パーティが終わった後のほうが好きになっていた。



きっとそれは
侑人さんに想いを告げた日から。



華やかなパーティで楽しむより、パーティが終わって
その余韻が残った時間を侑人さんと味わいたい。


その時間のほうが
もっと大切。


終わった後の静けさが好きだなんて
きっとあたし変わってるんだと想う。





窓際に置かれたソファに座る。



きっと会場の片付けは明日かな。
明日には無くなってしまう今日だけの、この空間。


月の光でも十分に明るいくらい。
そっと窓から庭を覗いてみる。
10月の終わりの庭園はコスモスや秋の花が咲き乱れている。


月も満月に近くて。


(早く侑人さん来ないかな・・・・)



待ち合わせをしたわけじゃないのに。




きっと来てくれると
信じてるから。


あたしはパーティの疲れもあって
近くのソファでうたた寝してしまった。













・・・・・・・・・・・




ふと目が覚めた
何か音が聞こえる。


え・・・?


あ・・・眠っちゃってた?



思わずびっくりして起きたら
ホールの隅から音が聞こえる。



なんかいつもとは違う音。


電気はついていない。
ホールは月の光だけ。





でも・・・。



あれ?と想ってそこに近づくと
古いレコード機があった。
レコード盤が回ってる。
じーっという音と共に
静かにジムノペディが流れた。











「きょう」


優しい声が
あたしの名前を呼ぶ。
その声で誰かわかるよ。




「・・・侑人さん」



振り向けば
あたしがずっと逢いたくて待ち焦がれていた人。


両手には2つの
ろうそくが入れられたジャックランタン。
かぼちゃの目や口から
柔らかい灯りがこぼれている。


思わず駆け寄ると
侑人さんが仮装しているのが分かる。
そして、その仮装に目を丸くする。



「侑人さんそれって・・・」


両手に持っている
ジャックランタンの光で
その姿が浮かび上がる。


「きょうがここで僕を待っていると想ったから、着替えてきたよ」


「え?」



「約束しただろう?パーティが終わったら戻るって」



「うん」



「どうしたの、そんなきょとんとした顔をして」



「だって・・・」



あたしが驚いている様子に
侑人さんがくすっと笑う。



そしてホールの隅に置かれた
テーブルにそれぞれ1個づつ
ジャックランタンを置いた。


「ね、侑人さん。その格好って・・・」


「ヴァンパイアだよ」



灯りをテーブルに置いて
近づいてきた侑人さんは
吸血鬼のマントを羽織っていた。



真壁から借りたんだ。



そう言いながら
近づいてくる侑人さんの影が
蝋燭の光でゆらゆらと揺れる。



黒の燕尾服に
黒の蝶ネクタイ。
そして黒いマント。


(さっきの真壁さんのヴァンパイア姿もよく似合っていたけど・・・・)


侑人さんはとても・・・
淫靡でもっと艶ぽい。




「さっきまで準備や片づけで追われてたからね」


すごくカッコよくて
ドキドキしてしまって・・・
あたしは侑人さんから
目が離せなくなっていた。



「待ちくたびれた?」


「・・・ううん、大丈夫」



侑人さんがあたしの髪の毛を撫でる。
思わず自分が真っ赤になるのが分かる。


「どうかした?」


「う、ううん」



あたしが見惚れてることに気がついて
侑人さんがくすっと笑う。



「こんなところで寝てたら風邪を引いてしまうよ」



「・・・侑人さんが見つけてくれるって分かってたもの」



侑人さんがあたしの前に立つ。
蝋燭の光が逆光でその表情は見えないけど。
すごく愛しそうにあたしを
見つめているのが感じられる。


伸ばされたその手が優しくあたしの頬を撫でた。
あたしはその手を掴んで自分の頬に当てた。



「侑人さんを待ってたの。侑人さんと踊りたくて・・・」


侑人さんと踊るまで
着替えたくなかったの。
この姿を見せたかったんだ。



「しょうがない子だ」


侑人さんが優しく笑いながら
あたしだけに聴こえるように
囁いてくれた。










おいで。









手を引かれて
ホールの中央に立つ。





部屋に静かに流れる
ジムノペティの柔らかいピアノの音階。

ジャックランタンから漏れる灯り。


窓から差し込んでくる月光。


そしてヴァンパイアの格好をした恋人。



「いつもだったら、こうやってホールなんかでは踊らないけど・・・」


「うん、わかってるよ」


建前は執事長の侑人さん。
2人でいるときは執事だったり恋人だったりするけど
部屋で2人きりじゃないときは大抵は執事の樫原さんだ。



「この蝋燭の光だけで、誰にも見られないなら大丈夫」


「そうだね」


侑人さんがあたしをぐっと引き寄せる。


「一曲、踊ってくれますか、マドモアゼル?」


「ええ、喜んで」


優しく組まれる手。背中に添えられる手。
優しく笑った侑人さんがゆっくりと踊りだす。
そのリードに合わせて
あたしも靴で床を滑るように踊り始めた。

部屋の隅でともる蝋燭の光で
二人の影が揺れるのが分かった。













「やっぱり、侑人さんとの方がすごく踊りやすい」


「それはそうだよ」


なんていっても僕は君の恋人だから。
君のタイミングや身体の使い方、
呼吸の速さまで知ってる。


緩やかでありながらも
しっかりとリードしてくれる。
ナチュラル・スピン・ターン、リバース・ターン。
侑人さんに導かれるままあたしはステップを踏む。


侑人さんは踊りながらあたしの瞳を見つめる。
あたしも侑人さんを見つめる。
踊っている間はあたしと侑人さんは
本当に二人だけの世界になる。



「ねえ侑人さん、覚えてる?」


何も言わないのに
侑人さんが優しく頷く。


「あの時と一緒だね」


あたしが想いを告げた日のこと。
初めてキスした日のこと。
あの日もこうやって侑人さんと踊った。



「あたし・・・ずっと侑人さんに恋していたのに、その気持ちを言えなくて」


「わかってたよ」

君の気持ちは全て。
嬉しかった。



そう伝わってくる言葉が
あたしも嬉しくて。
そっと肩に頭をもたれさせた。



「今日のこのドレス姿、とても綺麗だ」


「ありがとう」


侑人さんの手があたしの肩や
ドレスから出ている背中をなぞる。



「パーティで誰と踊った?」


「ん?」


侑人さんの目がじっとあたしを見つめる。
・・・あたしがこうやって問われることに弱いって分かってて。



「・・・晶さんと踊ってウォルフさんと中岡さん・・・義兄さん」



真壁とは?と訊かれて首を振った。
侑人さんがそっと笑うのがわかる。
安心したのかな?



「慎一郎様と踊られてるのは見たよ」


「え?」



「丁度その時会場にいたからね」

いつもの笑顔でにっこり笑う。


「気がつかなかった・・・」



「踊りながら楽しそうに、どんな話してたの?」



どこにいたの?と聞く前に質問で返された。
その言葉は・・・疑問系だけどあたしは知ってる。
これって、全部話しなさいって軽い命令形。



「・・・とても綺麗だからどこにもお嫁にやりたくないって言われたの」

「あたしの結婚式にはきっと泣くだろうな、って」



思わず義兄さんの困り顔を思い出して
くすっと笑ってしまう。
そんなあたしを侑人さんが真面目な顔で見返した。




「慎一郎様が僕にとって一番の恋敵ですね」



「え?」



さらりと言われた言葉にドキッとする。


そのままターンでくるりと回される。
戻ってきたところは侑人さんの胸の中。
侑人さんは何も言わずにいつもの笑顔だった。


侑人さんの冗談、
ほんとにわかりにくいよ。



「それにしてもこんなにも綺麗な姿でハロウィンパーティ出席なんて、さすがは僕の恋人だ」



「侑人さんが選んでくれたからだよ」



侑人さんが少し赤くなりながらも
あたしのことを褒めてくれる。
それがとても嬉しい。



「もっとこっちおいで」


侑人さんを見つめたらステップを踏むのをやめて
背中に添えていた手でぐっとあたしを抱き寄せた。
そして組んでいたその手をあたしの頭に添えて
じっと見つめる。



「本当に綺麗で、見惚れてしまうよ」


「・・・あたしだって・・・侑人さんがとても素敵で見惚れちゃうよ」




「奇遇だね」


思わず笑ってしまう。
懐かしい言葉。


この言葉を最初聴いたとき・・・
すぐには意味がわからなかったけど
でも、とても嬉しかった。
あたしの中で忘れることのできない言葉の1つ。




「うん。それにこういうの両想いっていうんだよ、侑人さん」



「知ってるよ」



思い出しているのがわかったのか
侑人さんがにっこり笑った。


視線が交わる。



そっと瞼を閉じたら
自然と唇と唇が重なった。


ジムノペティの音階。



緩やかでも静かに激しいキス。
角度を変えて何度も繰り返される。


唇も吸われて、舐められる。


Kiss off.
キスで口紅を剥いじゃうことって
侑人さんが前に英語の宿題をしているとき教えてくれた。










時が止まる。










いつの間にか
曲が終わっていた。









侑人さんがずっとキスしててくれた。
永遠かもと思うほど長く。
何度も何度もキスされる。


繰り返されるキスに心奪われる。


キスしながら髪の毛を撫でられる。
ドレスの背中、開いたところから
肌に触れる。


ドレスの背中から差し込まれる指先。
それはひんやりとしながらも
優しく撫でてくれる。


うっとりして力が入らなくなって
そのまま侑人さんにもたれたら
唇が優しく離された。



「曲が終わったね」


「うん」


「もう少し踊る?」


「ううん・・・さっきのでラストダンスは充分」



侑人さんが耳元に顔を近づける。


「薔薇の香りがする」


「うん」



耳朶の後ろにつけた練り香水。
きっとキスで体温が上がったから
それで香りがするんだと想う。




「これだけ近づかないと、匂いがわからないようにちょっとだけ」




侑人さんが傍にいなくて
ちょっと寂しそうな顔をしていた
あたしに真壁さんが
夜を楽しく過ごせる魔法だって
そっと付けてくれた。




その意味が今、よくわかる。






「キスされることわかっていたからかい?」




優しく笑う声が聞こえる。


パーティの時間に一生懸命侑人さんを探していた
心細さや不安や寂しさが全部消え去っていく。
楽しかったけど、でも侑人さんがいなくて
ちょっぴり寂しかった。
パーティが終わった余韻を今、2人で味わえて・・・
こんな甘い時間がずっと続けばいい、と想った。



「侑人さん・・・大好き」




そう言って侑人さんの
燕尾服の胸元に頬を寄せる。



「きょう・・・」



ふわっと何かが背中に被さった。

一瞬の後。
マントの中に包み込まれた。

侑人さんがマントを持ちながら
その中にあたしを閉じ込めた。











真っ暗の中。




さっきも蝋燭の明かりしかなかった
暗い部屋だったけれど。
今はもっと真っ暗。頭の先からつま先まで。



ヴァンパイアのマントの中。



何も見えなくなって
ただそばにある侑人さんの
身体しか感じられない空間。


「侑人さん・・・? 」


ちょっとだけ不安になって
侑人さんにしがみつく。
そしたら侑人さんが
くすっと笑うのがわかった。




「僕の心臓の音、聴こえる?」


「うん・・・」




少しだけ速い。



抱きついている
その身体を通して言葉が
自分に響いてくる。




真っ暗なのはちょっと怖いけど
でもそれが侑人さんのマントの中だから・・・
怖いけれどでもこのままずっと包まれていたいと想うの・・・。


抱きしめられるだけで満たされる気持ち。



侑人さん・・・って抱きついたら
抱き返してくれた。













本当に君は僕の腕の中だけに
納まってしまって。
時々可愛すぎてたまらなくなる。





侑人さん・・・。





こんな可愛い君だから
慎一郎様が手放したくないと
冗談でもおっしゃる理由がわかるよ。




ふふ・・・あれは義兄さんの冗談だよ。





そうかな?





侑人さんの少し真剣な声が響く。





慎一郎様が君を可愛がりすぎて
結婚を許してくれないのなら―――





いっそこのまま君を浚ってしまおうか。



え?




ヴァンパイアの花嫁になるかい、きょう?



・・・!!



言葉に驚いて顔を上げたら
侑人さんがじっとあたしを見つめていた。





「返事は?」



その瞳の色が妖艶で情熱的にあたしを見つめてる。
いつもの優しくて柔らかい侑人さんじゃなくて
もっとその奥にある一人の男の人だった。


思わずドキッとしてしまう。



「答えて、きょう」



軽い命令形にあたしはくらくらしてしまう。
こうやって・・・たまに支配的な侑人さんも
好きだと感じてしまうの。





「・・・・侑人さんみたいなヴァンパイアだったら、あたし、浚われてもいい―――」



答え終わらないうちに
激しく唇を奪われた。


さっきとは全然違う。


侑人さんの舌があたしの口の中を全て味わう。
熱で浮かされる。
全て奪い去られるかのように
激しく求められて。
息もつけなくなった。



「愛してるよ」



両腕で抱きしめられて
その腕の束縛から
逃げられない。


どこにも逃がさない、とマントにも包まれて
その腕にも拘束されて―――





苦しいって侑人さんの燕尾服の裾を指先で
一生懸命引っ張ったら不意に唇が離された。




「っ・・・・!!」


少し咳き込みながら
侑人さんに抱きしめられる。




「・・・きょうがとても可愛いからだ」




荒くなってしまった呼吸を整えようとしたら
侑人さんがあたしの顎をしゃくって
自分の方に向かせる。
その親指で息の荒いあたしの唇を優しく撫でた。





「なんだかいつもの侑人さんとは違うみたい・・・」



いつもより・・・激しい。


強引でずるいところも
たまに意地悪で怖いところも
わかっている。
そしてそれを見せてくれるのも
あたしにだけってことも。
思い余って実力行使に出ちゃうのも
あたしに対してだけだってことも。


今は知ってるよ。




「嫌?」



あたしは静かに頭を横に振った。


「嫌じゃないよ、むしろ・・・ドキドキする」



こんな、侑人さんの一面を
あたししか見れないことが。

少し戸惑いながらも頬が赤くなる。

侑人さんの手が優しく
あたしのからだのラインを撫でた。






なぜだろう。
きっと君があまりにも綺麗だから
パーティの時に一緒にいれなかったことを
悔いてるのかもしれない、僕は。
手放したくないという慎一郎様の気持ちがわかるからか。




その言葉が切なそうに聞こえる。




でもね、きょう。

「君が襲いたくなるほど綺麗だから気持ちが抑えられないんだ」




言い訳がましいその言葉に
くすっと笑ってしまった。



だってさっき襲っちゃったのに。
マントの中に閉じ込めて腕も拘束して
あんなキスなんて襲ってるのと同然だよ。
それをあたしの責任にするなんて
ずるいよ侑人さん。





拗ねながらそう言ったら
侑人さんがちょっと瞳を和らげて
そうだね、って言ってくれた。












「あ・・・薔薇の花が」


気がつくと髪の毛に飾られていた
薔薇の花が落ちていた。
花弁が何枚か取れて
あたしと侑人さんの周りに散っている。


「花を散らすなんて・・・・」



赤い花弁が侑人さんの黒いマントにも付いている。
花弁を摘んだ指先を侑人さんが包んだ。
その指先にそっと侑人さんがキスをする。



あまりにもその動作が色っぽくて・・・
目を離せなくなってしまったあたしを
侑人さんがまた抱きしめる。



力が抜けて指先から
赤い薔薇の花弁が
はらはらと落ちていく。





「・・・・本当に侑人さん、ヴァンパイアみたい」





・・・闇の魅力っていうのかな。
妖艶で・・・淫靡で・・・
見ちゃいけないほど綺麗で
思わず心を奪われてしまうの。





「きょうはヴァンパイアが好きかい?」



「違うよ・・・。侑人さんだからヴァンパイアが好きなの」




今日の侑人さんは・・・いつもと少し違う。
でも・・・こんな侑人さんもすごく好きだよ。
今、あたしがすごくドキドキしてるのわかる?





「きょう」


「なあに?」



侑人さんの瞳が魅惑的に光る。
その瞳がじっとあたしを見つめながら愛を囁く。





「もし僕がヴァンパイアだったとしたら、君を浚って、ヴァンパイアにして永遠に君だけを愛すだろう」


こんなに綺麗で愛しい女性を前にして
浚いたくなるのは当然だよ




「そして僕は君の血しか吸わない」



「え・・・」




そう言いながら
侑人さんの綺麗な指が
あたしの首筋をすーっと撫でた。
鎖骨と鎖骨の間のくぼみを
指が円を書くように撫でる。



ひんやりとした指先。





「だって愛してるんだから、飲みたいのは君の血だけだ」


指先があたしの髪の毛を
少し耳朶が見えるようにかきあげる。




「・・・・侑人さん、冗談わかりにくい」




「冗談じゃない」




「侑人さん・・・」





ゆっくりと耳元に近づいてくる唇。









そういうのもいいと思わないかい?


密やかに笑う声にさえ胸が高鳴る。





今日はハロウィンだから。
こんなことさえもきっと許される。
僕がヴァンパイアになっても。
そして君がその花嫁になっても。




「・・・なんだか怖いよ、侑人さん」



「怖くなんかないよ」




耳朶を軽く舐めながら、そこで喋られる。
その感覚で思わず力が抜けそうになる。





「こういう風に愛されるだけだ」



あ・・・・




侑人さんがゆっくりと
あたしの首筋に噛み付いた。



「っ・・・・!!」



思わずきつく目を瞑る。


痛みじゃない。
これは・・・気持ちよさ。


生温かい唇や
這う様に動く舌。
軽く噛んでくる歯。
肌に吹きかけられる温かい息。




(侑人さんに食べられちゃう・・・)



強烈な感覚で
思わず身体の力が抜ける。




くらっとしたあたしを侑人さんがつかさず
お姫様抱っこのように抱きかかえた。




「っ・・・!!」



侑人さんがくすっと笑う。



魅惑的に微笑みながら
あたしに言い聞かせた。





今日はもうここには誰も来ない。
鍵も閉めてしまったからね。

ヴァンパイアに浚われた花嫁だよ、今夜の君は。
僕の意のままだ。
可愛いきょう。本当に可愛くて仕方ないんだ。
浚ってしまいたい、このままずっと遠くまで。

誰にも邪魔されないところへ。
2人だけになれるところへ。










僕達2人のパーティはこれからだよ。










顔を近づけて侑人さんが
あたしにしか聴こえない声で囁く。



初めて侑人さんに
抱かれた夜のように。


あたしの中から余裕なんてものが
侑人さんよって全て剥ぎ取られる。
侑人さんに囁かれるだけで。
その言葉の魔力に身も心も束縛される。


これから起こることに胸が高鳴って
何も喋れなくなったあたしは
ただ静かに目を伏せた。



その瞼に侑人さんが
優しくキスをしてくれた。










黒のマントが翻されて
2人の姿を隠すように
包み込まれる。



闇に奪われるかのように
白いドレスが乱れる。



ホールの静寂を乱す気配。



蝋燭の明かりが揺れる。



ジャックランタンから
零れる灯りが
弱弱しくなる。


オレンジ色の絨毯に延びる影。
格子のように絨毯にうつる窓枠。



月は雲で覆い隠される。



時折、青白い月光が
天井のステンドグラスに刺し込む。



鳴り終わった後の
レコードの針が止まる音。




絨毯に散らばった赤い薔薇の花弁。



テーブルに置かれた
小さなティアラ。







衣擦れの音。
侑人さんの息遣い。
漏らしてはいけないと
抑えるあたしの声。


そっと吐き出される溜息。







闇にゆっくりと飲み込まれる。



ひっそりと耳元だけで
囁かれる愛の言葉。
繰り返される情事。




薔薇の香り。



侑人さんとあたしの匂いが溶け合う。














パーティが終わった後。









2人だけの時間。







パーティの余韻を残し
ハロウィンの夜が
静かに過ぎていった。







ただそれを見守るのは
雲に隠れた月だけ。












Fin.....




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密やかな夜  10/07/2008  





******** 密やかな夜 *********








夜中に目が覚めたら
執事服を着替えぬまま
あたしの手を握った恋人がいた。



「きょう、大丈夫かい?」

「樫原さん・・・」


サイドボードの明かりだけがついてる。
薄暗がりのなか、樫原さんがあたしの顔を覗き込んだ。


「少し水飲める?」


うん。


じゃあ、ちょっと起きようか。



眠っていたあたしの背中に
手を入れて、少し起してくれた。
背中にクッションが入れられる。

まだだるくてぼんやりしているけど
そこにいるのは、あたしの恋人で
いつも優しくしてくれる人。


(逢いにきてくれたんだ・・・)

じんわりと喜びが胸を押し寄せてくるのがわかる。


樫原さんが、そばに置かれた水差しから
コップに水を入れて差し出してくれる。


ありがと。

水は美味しかった。

冷えすぎてもいなくて。
飲み始めると思っていた以上に
喉が渇いていたことに気がつく。


こくこく。

飲み終わったコップに
もう少しいれる?と
樫原さんが水差しから
またお水を入れてくれた。


・・・だいぶ眠っていた気がする。



ぼやける視界に目をぱちぱちさせながら、
樫原さんのほうを見つめると
樫原さんもあたしのことを見つめていた。


その瞳は、すごく心配そう・・・。



「倒れて夕方からずっと寝てると中岡から聞いたんだ」


「うん・・・・」


飲み終わったコップを樫原さんがゆっくりと取る。
そしてあたしの手に手を重ねて、ゆっくり撫でてくれる。


「起してしまったかな?」



「ううん、丁度目を覚ましたところだったから大丈夫だよ」


ふと時計を見ると深夜を回っている。

・・・もしかして、樫原さん。
お仕事終わった後、そのままこの部屋に来て、
ずっと付いててくれたのかな?
執事服のままだから。
いつも夜、逢いにきてくれるときはきちんと着替えてる。



「お薬は?」


「夕食食べたあとに中岡さんが持ってきてくれた」


身体のだるさと共に胸が苦しかったり、
頭痛がしていたので
中岡さんから頭痛薬をもらったんだ。
眠る前は頭痛が激しくて
気持ち悪くなっていたけど
薬を飲んで眠って、起きた今。


だいぶ頭痛は治まっている。
ほんのちょっぴり、痛みがあるぐらい。


「そうか。本当だったら私が持ってきたかったんだけど・・・・」


「大丈夫だよ、樫原さん」



そう言って、あたしは微笑んだ。
樫原さんが忙しいこと、あたし、わかってるもん。


「身体のだるさはどうだい?」


「・・・・まだ胸が苦しいかな」



握った手のひらから温かさが伝わる。
それと共に、眠ってて乱れた髪の毛を
樫原さんが優しく整えてくれる。



その仕草が気持ちよくて目を閉じて応えた。




いつも、こう。



少し無理をして頑張りすぎると
身体がだるくなって微熱を出して胸が苦しくなる。
頭痛もしてくるし目の前もぼーっとしてきて
眠らないで頑張っているとそのうち、倒れてしまう。


そういうあたしの身体のことを
よく知っている樫原さんだから
いつも優しくしてくれる。無理しないでいいよ、って。


髪の毛を撫でる手から。
手の上に重ねられた手から。
樫原さんの優しさが伝わってくる。


「昨日の夜、あれから寝なかったのかい?」


「え・・・?」


「中岡から聞いたよ。テスト勉強で夜遅くまで起きていたとか」


「あ・・・・それは・・・」



今日、テストがあるからって昨日の夜、夜更かしをした。
ううん、その前の日も。
だって、白凛学園に来てから何度目かの試験だけど、
毎回成績が振るわなくて・・・。


あまり成績のこととか
義兄さんや姉さんはいわないんだけど・・・。
あまりにも悪い点数を取って
樫原さんに知られるのは恥ずかしいから。
いい点数取ったら樫原さんが褒めてくれるだろうなって
そう想像していたら、頑張りたいなってテスト勉強に励んだの。


樫原さんはお仕事終わったあとに
必ず部屋に逢いに来てくれる。

昨日の夜も、逢いにきてくれた。
日付が替わったころの時間で
もう寝なさい、と樫原さんに言われた。


いつも通り樫原さんに甘えてちょっとお話して、
テスト勉強を見てもらった後
おやすみなさいのキスをして
樫原さんは帰っていった。


でも、あたしはそのまま寝ずに
あれから勉強したんだよね。


だからかな。


今日のテスト中に気分が悪くなって
頭痛がしてきた。


(これはやばいな・・・・)


テスト終了後にはぐったりしてた。



だから、専属執事の中岡さんに
電話をして迎えに来てもらった。
中岡さんは優しい人だから、
電話をしたら、真っ青な顔をして
すぐに着てくれた。

(中岡さんのほうが何かあったような顔色だよ)


そう茶化したら、
中岡さんがすごく心配そうな顔をした。


(ごめんね、中岡さん)


あたしの恋人は樫原さんだっていうのに
いつも傍にいてくれる中岡さんは
本当に恋人のようにあたしのことを心配して
大事にしてくれる。


その気持ちはありがたいんだけど・・・。


ふらつくあたしを遠慮無しに抱きかかえようとするから
学校の廊下で(!)人目もあるし、と
どうにかその手を掴んで車まで乗せてもらって。


一緒に後部座席に座ってくれた
中岡さんの膝に頭を乗せてあたしは目を閉じた。


気分が悪くて
くらくらするのを押さえながら。




樫原さんには電話しないで。


そう頼むので精一杯だった。


電話したら
絶対に樫原さんが心配してしまうから。

今日も義兄さんと一緒に仕事にでてる。
そんな心配をさせてもすぐに戻ってくるわけじゃない。



余計な心配はかけたくない。




こうやって体調が悪くなるのは
あたしにとってはいつものこと。
心配をかけて負担には想われたくない。




樫原さんには電話しないでね。


再度、念を押すあたしを
中岡さんが少し悲しそうな顔で見つめていた。


心配かけてごめんね。


いつも傍にいるから、中岡さんはこんなあたしに
しょっちゅう遭遇しててとても心配をかけてる。
中岡さんには遠慮なく心配かけられるのに
樫原さんにはそれが出来ないと想う。




(ごめんね、中岡さん・・・・)





ご無理はなさらずに。



そう中岡さんが優しく言いながら、
車の中で横になったあたしの頭を
優しく撫でてくれた気がした。












―---それから、あまり覚えてない。


とりあえず部屋まで戻ってきた。
部屋について中岡さんに手伝ってもらって
着替えをした後、ぐったりと寝ていた。



食欲が無いと言ったら
中岡さんがおじやを持ってきてくれた。
でも、そのおじやでさえ食べるのが億劫なぐらい
だるくてしょうがなかったから
食が進まないあたしに中岡さんが
ご飯を食べさせてくれた。


いつも、こうやって甘えてしまう。


でも、甘えてしまうけど
中岡さんはあたしの恋人じゃない。


不思議だな。

そう想いながらも、中岡さんが差し出すスプーンから
おじやを少し食べてお薬を飲んでまた寝た。




「・・・・今日、テストだったから勉強しなきゃって想ってそれで・・・」



頑張ったけど肝心のテストの時に
気分が悪くなっちゃって
結局問題を上手く解けたかわかんないや。


思わず笑ってごまかしてみた。


だって、樫原さんがすごく悲しそうな顔で
こっちを心配しているのがわかるから。




(そんなに心配しないで)


そう言っても、あたしの身体は
あたしが思うようにいかないことが多くて。


「・・・中岡に、電話しないようにと言ったとか」


「あ・・・・・・」


中岡さん、それを樫原さんに言っちゃったの・・・?!
思わずどうフォローしていいかわからなくて。
黙ってしまった。


樫原さんが目を伏せる。


「心配かけないようにお嬢様が気を使っていらっしゃいました、と中岡が報告してくれたよ」


聞けば、すごく体調が悪くて
早退してきたというじゃないか。
それも食欲が無くて中岡から
食べさせてもらったというのも聞いたよ。



どうしていつもすぐに頼ってくれないんだ?



そう哀しそうに問われて、
あたしは何も言えなかった。






「・・・・樫原さんに心配をかけたくなかったの」






だって一番好きな人だから。
あたしの良いところだけ見てて欲しい。

心配してもらうと・・・・

その心配している顔を見ると、
あたしの方がもっと辛くなるの。


樫原さんはいつもお仕事大変な人だから。
心配かけたくないの。
これ以上心配して欲しくないの。





「・・・・それは、僕が君の事を負担に想っていると思っているということかい?」


「ち、違う、そうじゃなくて・・・」

「君の心配をするのは、いつだって僕の最優先事項だから」



「樫原さん・・・・」



「心配ぐらいさせて欲しい」



心配するのも恋人の特権だと思わないかい?




そう言って、樫原さんがぐいっと
あたしの方に身を乗り出してきた。
思わずその仕草にドキッとする。



「樫原さん・・・・」


すごい至近距離で見つめられ
ドギマギするあたしに樫原さんが声を潜めて囁く。





いつも中岡が君の世話を焼いてることに
嫉妬している僕にこれ以上嫉妬させないでくれ。



「え・・・・?」



思わず目を丸くして樫原さんを見つめた。
その言葉の意味であたしはドキっとした。


「現に今、中岡が君の恋人みたいに世話を焼いているだろう?」



樫原さんがそう耳元で問いかけるように言う。
怒っている声でもないし不機嫌でもない感じ。
でも、ちょっと寂しそうな心配しているような感じ。




「あ・・・でも、それは中岡さんがあたしの専属だから。」


ちょっと言い訳がましく言った
あたしの頬を樫原さんが撫でる。



「樫原さん・・・・嫉妬してるって・・・?」



思わずドキドキして訊いてしまった。
樫原さん、中岡さんに嫉妬してるの?
え・・・?




思わず言ってくれた言葉の意味が
あまりにも予想外だったから
あたしはドギマギしてしまった。
そんなあたしに樫原さんが
少し溜息をついた気がした。


え・・・?
あたし何か悪いこと言ったっけ?



「わからないのかい、きょう?」


目を覗き込まれるように
樫原さんから問われると。
ドキドキしてしまう。




自分の恋人が他の男に頼ってるのを見て
嫉妬しない男がいると思いますか?



丁寧な口調なのにそう甘い言葉を言われると
どうしていいのか・・・わからなくなっちゃう。


「わ・・・わからなく、は、ないよ・・・?」


多分顔が真っ赤だ。

すごく恥ずかしいから。
ドキドキしちゃうから。




そんな・・・それくらい
樫原さんがあたしのことを
好きでいてくれるっていうのが嬉しい。



(あたしも樫原さんのこと好きだよ)



小さく呟いた声を樫原さんが
ちゃんと聴いててくれる。


好きだって言葉さえも口から出した途端に
恥ずかしすぎて、もうそれだけで
倒れてしまいそうになるあたしを
樫原さんはちゃんと知ってるから。
いつも甘えるように小さな声で好きだと伝える。

そんなあたしを樫原さんは許してくれる。

案の定、あたしの小さな呟きを
聞き取った樫原さんがくすっと笑ってくれた。




そして、左手の小指を出してきた。


え?


何も聞かずにあたしの小指と結ぶ。



「今度から体調不良のときは中岡じゃなくて僕の携帯に電話するように」

約束ですよ。


思わずその行為より
その言葉でびっくりしてしまった。


「え・・・・でも、樫原さん、義兄さんと仕事に出てるから、電話しても迎えに来れないよ?」


目を丸くしたあたしを
ふふっと樫原さんが笑う。


「義妹を大事に思っている慎一郎様がその知らせを聞いて、僕を帰さないわけはないだろう?」


「あ・・・」

思わず顔を見合わせて笑う。


確かにそうだね。
義兄さんだったら、そんな連絡をもらった
樫原さんをすぐさま帰すに決まってる。
だって、あたしと樫原さんが恋人同士になったのを
一番喜んでくれたのは義兄さんだったから。


勿論・・・少し嫉妬してたみたいだけど
さすがに自分の片腕の樫原さんだったら
あたしを任せることが出来ると、
数日後には機嫌直してたから。





「きっとそういう連絡をもらったことを、樫原さんが言ったら、義兄さんまで一緒に帰ってきちゃうね」


「ええ、慎一郎様も心配で帰ってきますよ」


2人でくすくす笑った。


「だから、きょうは余計な気を使わずに、そういう時はすぐ僕に連絡するように」



念を押されて、あたしはその強引さに幸せを感じる。
命令されるみたいな強引さは、樫原さんが
あたしを愛するが故だと知ってるから。
包み込まれるような優しさを樫原さんから感じる。






付き合うときに言ってくれた言葉。



『全てから君を守りたいんだ』


その言葉を樫原さんは忘れてない。
きちんと守ってくれて・・・


あたしをいつも包み込んでくれる。
それがすごく暖かくて嬉しい。



「もう遠慮せずに今度からは樫原さんに連絡するね」


そう告げたら、樫原さんが
いつものように笑ってくれた。




―――その笑顔を見ていたら、
あたし、わかったの。



この笑顔に、今日一番逢いたかったって。

優しくしてくれる介抱してくれる中岡さんじゃなくて
こうやってあたしを見つめて優しく微笑んでくれる
樫原さんの笑顔が欲しかったんだって。


その笑顔で元気になれる。




それがすごく不思議。
大好きな人の笑顔だからかな。



「樫原さん」

「どうした?」

「・・・・今日、すごく樫原さんに逢いたかった」


甘えも全て受け止めてくれる。



「毎日会いに来てるじゃないか」

「うん」


(2人っきりになりたかったの)


そう思ってあたしは
じっと樫原さんの顔を見つめていた。
樫原さんもあたしのことを見つめてくれる。
とっても優しい瞳で。


(僕だってそうだよ)



夜の時間で何も物音はしない。
でも樫原さんの声が
聴こえてくる気がした。






部屋には樫原さんと
あたしの2人きり。

薄暗い中でも樫原さんの姿がちゃんと見える。
こうやって夜の時間にこの場面ってすごく
時間が止まったみたい。
そんなことを感じてたら、
樫原さんが急に座っていた椅子から立ちあがった。




「じゃあ話は終わり。もうそろそろ眠るといい」



そういって、あたしの頭の上に
手をぽんぽんって載せる。


「え?やだ!」



思わず条件反射で言ってしまった。
帰ろうと立ち上がった樫原さんの手を
ぐいっと掴んだ。


「え?」


思わず大きな声で言ってしまったのを
樫原さんがびっくりしている。


あたしも・・・そんな大きく
自分が「嫌だ」っていうなんて
思わなかったから、
かーっと頬が赤くなるのがわかる。



「だって・・・せっかく樫原さんが来てくれたのにもう、こうやってすぐに眠るなんてもったいない・・・もん」


少し言い訳交じりになってしまった。


「きょう・・・」



沢山眠らないと身体の辛さは治らないってわかってる。
でも、気持ちはそうなの。
まだ樫原さんと一緒にいたいの。



「もう少しお喋りしようよ」



だめ?


そう上目遣いで聞いてみる。
立ち上がっている樫原さんの表情が
よく見えないけど、少し困ったように
そして嬉しそうにも見える。


「・・・きょう」


「・・・・はい」


「お喋りなら明日にでもできるから、さあ、眠って」


・・・・いつもだったら
わがままを聞いてくれるのに。


「ヤダ」


即答で返してしまった。


さっきまで、嫉妬するとか
すぐに電話するようにって言ってくれてたのに
話が終わったからって
すぐに帰るのは寂しいよ樫原さん・・・。



そんなことを、全て伝えることが出来ず
あたしはただ口をへの字に曲げるだけだった。
ふくれっつらをしたあたしに
樫原さんがくすくす笑う。


「きょう?」


「・・・・樫原さんの意地悪」


「ふふ、意地悪なんかじゃないよ」

「意地悪だよ」

「そうかな?」

「うん、そう」




さっきまで、樫原さんのほうが
あたしの傍にいたいって感じだったのに
今はあたしが樫原さんに帰らないで、って頼んでる。
そして、頼むように仕掛けた樫原さんの
小さな悪戯があたしからすると、意地悪に思えた。

うん、甘い意地悪。


だから、拗ねてみるの。
樫原さんがきっと許してくれるってわかるから。
甘えたくて。わざと「意地悪」っていうの。


案の定、樫原さんが
仕方ないなって感じで苦笑する。




「ほら、きょう、機嫌直して」


そう言って今度は
あたしのベッドに腰掛けた。



横向きで抱きしめられる。



拗ねているあたしと
機嫌直そうとしている
優しい恋人。
優しくふわっと抱きしめられて、
あたしは樫原さんの背中に手を回した。




ちょっとだけ強く
樫原さんの執事服を握る。
今日、まだもう少し一緒に居たいんだって
気持ちを込めて。抱きしめられながら、
目を瞑ると樫原さんの香水の香りがする。


一番安心する香り。
大好きな匂い。


すごく甘えたくなって。
胸の中が切なくなって。
樫原さんの名前を
小さく呟いてみた。


その呟きが聴こえたのか
樫原さんが優しくあたしの
耳元で囁く。




「しょうがない子だな」




その言葉が少し嬉しそうで
そして甘くて
あたしはすごく嬉しくなる。


いつもあたしを甘やかしてくれる恋人。



この言葉が聞けたら、
きっとその次に言う言葉は
あたしを甘やかしてくれる言葉。

樫原さんの腕の中に包まれて
あたしは甘えるように
樫原さんの胸に顔を寄せた。












そんなあたしを
樫原さんが抱きしめながら
髪の毛を撫でる。


「きょう、おとなしく眠ってくれたら、君のわがままを1つだけ聞くよ」


「樫原さん・・・・」



ふっと顔を上げると
やっぱり優しく見つめてて
その瞳に吸い込まれるように
あたしは何も言えなくなってしまう。


いつだって、樫原さんは
あたしのわがままを聞いてくれる。
わかっているのに。
こうやって言われるとまた、わがままをいうの。



「さあ、君が喜ぶことを何か1つやってあげる。何がいい?」



「え、えーっと・・・・」

くすっと樫原さんが笑った。






「あたしは・・・・樫原さんが今晩ずっと傍に・・・」



いつも樫原さんは
おやすみなさいの挨拶をしたら
自分の部屋に帰ってしまう。


泊まったりすることもない。
だって・・・・
まだ一緒に朝を迎えたことが無いし
それに樫原さんからは
あたしが大人になるまで待つといわれてるから。



ずっと一緒に朝まで。



この願いは無理ってわかってる。
それは、わがままをきいてあげると
言われても、無理なことだと知ってる。



だから、言葉を濁してしまった。




思わず我に返ったように
樫原さんにわがままをいうより、
やっぱり今日は・・・と思って。

我慢しようと思った。


もうこんな時間だし、
樫原さんだって疲れてるだろうから
部屋で眠りたいよね。

ここで一晩っていったら、
きっとあたしのベッドでは
寝てくれないでしょう?


だからいいよ。
わがままきいてくれるって
言ってくれただけで充分って言いかけてすぐ。



樫原さんが、そのあたしの言葉が
唇から出てくるのを指で押さえた。




「それがきょうの望みですか?」



「え・・・?」




思わず訊かれて頷いた。
すると樫原さんはいつもの笑顔で
ふわって笑ってくれた。


「じゃあ、今日はきょうの傍で眠りましょうか」


一緒のベッドには
まだ眠れないので
ベッドサイドで手を握っててあげますよ。




歌うように優しく告げる。



思わずびっくりしてしまった。


「え!!??」



「え・・・?って、きょう」


樫原さんが苦笑している。



「驚くことはないよ。きょうの願いだったらなんでも叶えてあげたい」


それが恋人である
僕の甘やかし方です。


・・・・でも
一緒のベッドに眠るのは
まだまだ先の約束だから。
とりあえず、今日は手を繋いで眠ろう。

いつかは、きっと。



思わずその言葉に
心が絡め取られた。

その言葉の意味も。
樫原さんの想いも。


「樫原さん・・・・」


嬉しくてじっと見つめたら、
樫原さんがにっこり微笑んで、
あたしの頭を優しく撫でてくれた。


「さあ、きょう。眠る時間だよ」

ゆっくりとあたしの背もたれにしていた
クッションを引き抜きながら、
ベッドに寝かせてくれる。



「・・・ドキドキして眠れないかも」


これは本当。

だって、ただ手を
繋いでくれてるのもそうだけど
こうやってすぐ傍に樫原さんが
いてくれるなんて・・・・。


あたし、本当に眠れないかも。


赤くなっているあたしを見て
樫原さんが、意外そうな顔をする。




「そうですか。それなら、やっぱり僕は部屋に帰りましょう」


僕が傍にいたら
きょうが眠れないってことですからね。
寂しいですけれど、
眠れないのなら部屋へ―――



「あー!!だ、ダメダメダメダメ!!!」




慌てて否定する


「そ、そうじゃない、そうじゃないから!!ね、眠るから、大丈夫だよ!!」


「眠れないって言ったじゃないか、さっき」


からかうように樫原さんが言う。


「だ、大丈夫、一生懸命眠るよう頑張るから!!」


それに、頭痛薬が効いてきて
ちょっとしたら眠れると想・・・・・

そこまで言ったときに
樫原さんがくすくす笑い始めた。


え・・・?


「きょう、本当に君はかわいいよ」


ええ・・・・?!!!


「思わず慌てる顔を見たくて意地悪してしまった」
帰って欲しくないと言って欲しくて。



そう言われてみれば、
帰ろうかな、と言ったときも
樫原さんはあたしの手を
ぎゅっと握っててくれた。


・・・・あ・・・・。


あたし、からかわれたんだ。
樫原さん、ひどいよ、
本気にしちゃったよ!と
拗ねて口を曲げてみた。


そんなあたしの唇に
樫原さんがキスをする。
そっと触れるようなキス。



きょう、ごめん。

帰るつもりはないから安心していいよ。
ほら、手を握ってるだろ?



そういって樫原さんが
あたしの頭を抱きかかえるようにして
今度は髪の毛にキスをした。





「さあ、どこが痛いのか教えてごらん?」

痛いところにキスしてあげるよ。



痛みがなくなったら
すぐに眠れるだろう?




そう言いながら、樫原さんが
あたしの髪の毛にキスをする。


抱きかかえられた頭が
抱きすくめられた体が熱くて
思わず目を瞑った。


「ここが痛い・・・?」

うん・・・ちょっと頭も痛い。
そうっと、こめかみにキスをされる。

「ここも痛いかな・・・?」


額にも。
何度も繰り返されるキスに
あたしは目を閉じた。
そのキスが優しくて。
味わいたくて。


「可哀想に。頑張りすぎて倒れてしまうなんて」


代われるものなら
代わってあげたいよ。



優しい言葉があたしに降り注いで。
それだけで幸せを感じる。




今も胸、苦しい?

・・・・・うん。


そう応えると、きっと・・・・。



樫原さんの指が丁寧に
あたしの上着のボタンを
1つ、2つ、外していく。
その1つ1つの動作に
ドキドキしながら。



ぎゅっと目を瞑って
次に来るだろうことを待っていたら。



樫原さんがくすっと笑うのがわかる。


「そんなに緊張しなくても」


「だって・・・・」


胸元にキスされながら。
ドキドキしすぎて。

(心臓に悪いよ・・・)



「痛いところに口づけるだけだよ」



そういって、優しく樫原さんが
ボタンを開けて少し見えている
あたしの胸元にキスをする。


それがすごくドキドキする。
それ以上・・・・はないのに。
わかってるけど、ドキドキする。


(樫原さんってやっぱりひそかに意地悪だ)



そう拗ねながらも。
樫原さんのキスが気持ちよくて
あたしは目を開けることが出来なかった。



気がつくと、胸が苦しいって
言っていたのさえ
吹っ飛ぶかのようだった。


(ドキドキしすぎて、別の心臓病になっちゃうよ)

そんなことを考えてしまう。



沢山キスされているうちにぼーっとしてきて、
頭の中をズキズキと走る痛みが遠のいてきた。
身体の力が抜ける。
沢山のキスをしてくれた唇が
唇に戻ってきた。


ちょっとだけ顎を持ち上げられて
樫原さんの密やかな息が
あたしの顔の近くでする。
目を開けると
樫原さんがあたしをじっと見てる。



もう、執事のときの顔じゃない。
恋人のときの表情。


甘くて。
大人で。
優しくて。
あたしをいつもふんわりと包む。



胸の奥まで見透かされるような
その視線のまっすぐさに
目を細めた。


樫原さんのことがすごく好き。


「・・・・目を細めているのは、唇にキスして欲しいからかい?」



そう小声で訊かれて
答えるよりも先に
唇に優しくキスされた。



「樫原さん・・・・」



呟く言葉さえキスされる。


たまにしてくれる大人のキス。


絡まる舌に言葉を取られて。
声にならない声が零れた。








何度も繰り返されるキスで
頭がボーっとしてきた時。


不意に唇が離れて、
樫原さんがあたしをベッドに
優しく押し戻した。


「さあ、お眠り、きょう」


「樫原さん・・・・」


なんだか物足りないよって言おうと想ったけど、
でも、さっきのキスで満たされてしまった。
布団から出ている手を優しく握ってくれる。


「手を握ってるから」


もう片手であたしの額に
かかった髪の毛を優しく撫でた。

優しく微笑んでくれる。


この優しさを独占しているのは
あたしだけだ。
そのことがとても嬉しい。


「今度目が覚めたら、身体の辛さは消えてなくなってる」


額に置かれた手の温かさが
気持ちよくて、そっと目を閉じた。



よく眠るんだよ。
疲労回復には眠るのが一番。

あまり食欲が無いって聞いたから
明日の朝ごはんは
きょうが好きな果物を準備するよ。




「中岡さんは?」


さあ?


思わず笑うように樫原さんが言う。


うん、きっと。
明日は、中岡さんじゃなくて
樫原さんが傍にいてくれるんだと思う。
さあ?って答えた樫原さんが
やっぱり「樫原さん」だなと思った。


そんなところさえ愛しくと思うの。

胸が潰れる切なさとかじゃなくて
満たされていく、何かで。
温かい気持ちで。



「明日もまだ具合が悪かったら、樫原さん、側に居てくれる?」


「勿論だよ」

執事のときみたいな返事で
あたしは思わず笑った。



「侑人さん」


この人に思いっきり甘えたくて。
握られた手をぎゅっとして
そのまま、自分の布団の中に引き込んだ。

帰らないで、って印。


「うん?なんだい、きょう」


下の名前で呼んだからか、
樫原さんが嬉しそうにしているのがわかる。
照れるから何度も呼べないけど・・・・。



「ありがと」


その言葉で侑人さんがくすっと笑うのがわかる。


「お礼を言われるようなことは何もしてないよ」


「ううん・・・。侑人さんがいてくれたら、なんでも大丈夫なんだ」


だから・・・・。
ずっと傍にいてね。


そう告げようと想ったけど
もうなんだか、いきなり
薬のせいなのか眠くて瞼が重い。
まだ身体のだるさとか辛さがある。


でも倒れたときや、
侑人さんが来てくれたときより
ましになってる・・・気がする。


侑人さんの魔法?


きっとこんなに侑人さんのことが好きな
あたしにしか効かない魔法だと思う。


そう思うと、すごく幸せな気持ちになった。



キスするだけで、
あたしの傷みや疲れを
取ってくれる人。

大好きな人。

本当に大好きなの。


もちろん。
それで全て無くなるわけじゃないけど
でも、そう感じるの。



「侑人さんがあたしの恋人でよかった・・・」


心からそう思う。



いつも傍に居てくれて
優しい中岡さんでもダメなの。
優しくしてもらうだけじゃ
こんな気持ちにならない、きっと・・・。



大好きな人じゃないと
癒されないの。


身体の辛さとか痛みとか
全て忘れさせてくれるのは
あたしが侑人さんのことを
とても好きだから。



勿論、侑人さんもあたしと同じくらい
ううん、それ以上にあたしのことを
愛してくれてるから。



だから・・・・。





瞼が閉じる直前。
優しい言葉が耳元で囁かれる。



「きょう。僕は君だけの恋人だから、これくらい当然だよ」





「それに・・・・・」



―――それ以上の言葉は聞こえなかった。




でも、それに続く言葉はわかってる。






(――-それに傍にいたい気持ちは僕も一緒だよ)




きっと侑人さんだったら
こう言ってくれるはず。



半分夢の中であたしは樫原さんの言葉を聞いた。


安眠できるようにって
部屋に焚いてくれたアロマの香りより。
あたしのベッドの傍で手を握っててくれる
大好きな人の香りのほうが
心と身体を癒してくれる。



夜の帳がこの部屋にも訪れて。


静かな時間を刻む時計の音。
柔らかいベッドの中に包まって
感じるのは、握られた手の温かさ。
傍に居てくれる大事な人の存在。



あたしだけの恋人。
あたしだけにしかこんなに優しくなくて。
あたしにしかこんな意地悪はしない。
何でもお見通しで。頼りになって。
つい、甘えてしまうの。

そして、甘やかされるの。
誰よりも。甘く甘く。
あたしが寂しがってることも。
頑張りすぎちゃうことも。


そういうのさえ、全て包んでくれる。


そのままのあたしを愛してくれる人。



あたしの前でだけ
とてもとても・・・素敵でいてくれて。



手が届かないと思うくらい特別なの侑人さんは。
他の誰よりも。そんな侑人さんが
あたしのことを好きでいてくれてとても嬉しい。



お薬よりも効くのは
大好きな人のキス。



大好きな人からもらう愛情。
愛されてる実感。
独占させてくれるその優しさ。
慈しんでくれるその視線。
包んでくれる手のぬくもり。



(大好きだよ、侑人さん)




侑人さんがしっかり
手を握っててくれるから。


きっと目覚めたときも
傍にいてくれる。


その安心感があるから、
もったいないなって想っても眠れるの。
きっと目が覚めたら
侑人さんがキスしてくれたところから
全ての痛みがなくなっているはず。




(特効薬だもん・・・・侑人さんのキスは)



思わずこの幸せに
頬が緩むのがわかる。


遠のいていく頭痛と
身体のだるさに任せて。

ふんわりとしてきた
手のぬくもりを感じながら
あたしは夢の世界へ落ちた。






















***** 密やかな夜 Fin.**********
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