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ほどける とける  11/22/2007  
ほどけるとけるほどけるとける
(2006/07)
大島 真寿美

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『ほどける とける』 大島真寿美

「本の雑誌」の書評を見て、図書館で借りてきてみた。

主人公の美和子は、高校生活が面白くなくて中退してブラブラ。
そのうち、祖父の大和湯でアルバイトするようになる。
頑なだった美和子の心が、大和湯で働き、お客さんと接しているうちに
段々と溶かされていくような、ゆるりと柔らかくなるような、
そんな心の流れを追った作品。

ちょっと頑張りすぎて、精一杯やりすぎて、
生きることに疲れてしまった人にお勧め本。
ついでに、少し人生で立ち止まって休憩したい人にもお勧め。

読みながら、美和子と同じように、なんだか自分まで
心ほどけていくような気持ちになった。
意外と、人生疲れてしまった時は、一時的にでも、そのステージから降りて
別の場所でゆるゆるしていたら、復活するものかもしれないって
そう思えてきた。休んだら、心が回復するというか。

主人公の美和子は、別にうつ病とか、その環境によって
心を病んでしまった人じゃない。
ただ、生きる指針や目標とか、生きる気力を失ってしまって、
それで「とりあえず生きている」だったんだけど、
毎日きちんと働き、そして、生きていて、ちゃんと会話が出来て
心を通わせられる人たちに囲まれた環境にいることで、
なんだか、凝り固まっていた心がほどけていくようになっていく。
初めのころの美和子は尖がっていたり、頑なだったり、
ついでに反抗的だったり、無気力で愚痴を言うばかりだった。
それが、周りに影響されて、段々と心持が変わってきたのか、
最後のほうでは「自分の人生をきちんと歩いている」
というようになったのが、読みながら気持ちよかった。

話のついでに、美和子の別れた彼氏の話とか出てくるんだけど、
すごく心に残ったのは、3Dで見えてしまう人から目が離せなくて
いつでもどこでも、その姿を目で追ってしまうってこと。
それって、なぜか相手が気になる、別に話したことはないけど、
なぜか気になってしょうがないって時の心境だよね~と、
読みながら、思わず自分が照れ笑いをしてしまった。
確かにそうだ。なぜか気になってしまって、ついつい目で追ってしまう人って
3Dで見えてしまう。いい表現だな~。確実に周りの他の人間とは
その人は違うのよね。見え方が違う。

漫画家の佐紀さんの編集者、君津も良かった。
なんとなく情けないっぷりなところがあったけど、
でも仕事を頑張っている男っていいな~って思った。
原稿を落とさないために風呂屋までおっかけてくる根性がすごい(笑)

『赤朽葉家の伝説』とか、かなり濃い物語を読んだ後だったので、
なんというか、この本でだいぶ頭が柔らかくなった。
濃い物語って、確かに面白いし、その世界観に感銘受けるし、
かなり強烈に自分の中で残るんだけど、そういうのが続くと
食傷気味になるというか。時々、こういう感じで曖昧かつ柔らかく、
すんなり頭の中に通っていくような、素直な物語が読みたくなるのよね。


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美晴さんランナウェイ  11/21/2007  
美晴さんランナウェイ美晴さんランナウェイ
(2007/04)
山本 幸久

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『美晴さんランナウェイ』山本幸久

本の雑誌のランキングに載っていたので、借りてきてみた。
ぜんぜんストーリーはわからなかったけど、
図書館で立ち読みしてみた感じ、読みやすそうだと思った。
その初対面は裏切られず、すらすらと読むことが出来た。

話は、ある家族の物語。
語り手は、中学校に入りたての世宇子(ようこ)。
そして、タイトルにもなった美晴さん、ってのは、
世宇子の父親の妹、つまり叔母のこと。
この美晴さん、ってのが、ものすごくおてんばで、そして
いまどきの言葉でいうなら、パラサイトシングルみたいなもので、
結婚せずに、実家を継いだ兄家族とともに一緒に暮らしている。
よく言う、小姑、ってやつでしょうか。

美晴さんは、美人なんだけど、古本屋でバイトをしてて、
んでもって、姪っ子、甥っ子をからかったり、口が減らず、
大事な場面で弱くて、言い訳つけて逃げてしまったり(お葬式も出ない)
そして、しばらくしてお土産を持ってきて、ぺろりって舌を出して
ごめんね、で済ませてしまうような性格。要領がいいっていうんだな。
章ごとに、あれこれと家族の行事で、美晴さんに振り回される世宇子や
その家族の姿を描いている。

なんか、美晴さんってフラフラ生きているようではあるんだけど、
それなりに、自分のポリシーというか、あんまり自己中心的でもないし、
家族の一員として描かれる姿は、意外と好感もてた。
結婚させようと必死で見合い話を持ってくる世宇子のお母さんの方が
なんだかね~って、思っちゃった。

あと、世宇子が従兄弟の自由に恋して、昔のデンスケで自由からもらった
音楽を飽きるほど聴く姿とか、この初恋具合が眩しくてたまらなかった。
世宇子の家には、結婚せず実家にとどまっている美晴さんや、
不思議現象好きな弟、んでもって、会社倒産で一家離散した自由とか、
父母とその子、以外の家族が多くて、なんだか羨ましかった。
その関係性、っていうのかな。

一番最後、美晴さんの恋がメインになってくるんだけど、
美晴さんの恋が実ってよかった。
最後の章が3年後の話で、世宇子と自由の関係も
少し変わったみたいだし、なんだかむず痒くなりましたね。
読みながら思ったのは、この本の中に「他者に対する悪意」っていうのが
存在しないことが、非常に心地よかった。
読みながらも、愛情ある、そんな暖かい雰囲気が伝わってくるし。
ミステリーでもないし、家族ものの泣かせる話ではなく、
淡々と世宇子と美晴さんと、その家族の話なんだけど、じんわりしたな。

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赤朽葉家の伝説  11/20/2007  
赤朽葉家の伝説赤朽葉家の伝説
(2006/12/28)
桜庭 一樹

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『赤朽葉家の伝説』桜庭一樹

ものすごい大作だった…。
3部構成と知っていたから、まずは今日は1部だけ読もうか、と思ってたら、
なんと、読み始めたら止まらずに、そのまま最後まで読んじゃった。

“辺境の人”に置き忘れられた幼子。この子は村の若夫婦に引き取られ、
長じて製鉄業で財を成した旧家赤朽葉家に望まれて輿入れし、
赤朽葉家の“千里眼奥様”と呼ばれることになる。これが、わたしの祖母である
赤朽葉万葉だ。千里眼の祖母、漫画家の母、そして何者でもないわたし。
高度経済成長、バブル景気を経て平成の世に至る現代史を背景に、
鳥取の旧家に生きる三代の女たち。そして彼女たちを取り巻く不思議な一族の姿を
比類ない筆致で鮮やかに書き上げた渾身の雄編。

というストーリーだった。

・第一部 最後の神話の時代
一九五三年~一九七五年 赤朽葉万葉

・第二部 巨と虚の時代
一九七九年~一九九八年 赤朽葉毛毬

・第三部 殺人者
二〇〇〇年~未来 赤朽葉瞳子

以上の3部に分かれて、それぞれの時代背景とともに、
三代の女の生き様を描いている。
語り手は現在を生きる、孫の赤朽葉瞳子。
彼女が祖母の万葉から、万葉自身のこと、
そして自分の記憶をあわせながら、母であり、早くに亡くなった
毛毬のことを書き綴ったのが第一部と第二部だ。

上下段組で、なおかつページ数も多い作品なので、
実は本の雑誌などで書評を読むまでは、お気に入りの桜庭一樹作品だとしても
手に取る勇気がなくて、そのままだった。
しかし、読み始めたら、圧倒されるかのように読み通してしまった。
時代背景は50年代から始まるのだけど、
あたし自身が生まれた70年代を通り越して、あの時の文化背景、
懐かしのバブル時代や、その50年の間から現在に至る
サブカルチャー的なことから、生活のことまで、
その時代を生きている人たちの意識とか、あらゆることが積み込まれてた。

一番面白かったのは、祖母の万葉の話だった。
千里眼として、未来視する能力があった祖母の万葉が、
それによって、赤朽葉家に嫁ぐところから話は始まるのだけど、
その万葉が見る未来視。時には死んでしまった人とも会話をすることがある。
最後の神話の時代、と名づけられた祖母の生きていた時代が
近い過去なんだけど、もうすでに失われた、遠いものとして感じられた。
文盲ではあるが、未来を予知する能力のある万葉が赤朽葉家を支えていく。
時には、製油ショックやバブル崩壊、そして家長の死なども予知しながら、
どうにか家族を取り持っていく万葉の生き方が印象深かった。

その娘の毛毬の話も強烈だった。学生時代に中国地方を制圧した
元レディースの頭でありながらも、引退後は漫画家に転向し、
そして大ヒットの漫画を生み出して、その連載に命をかけつつも、
家を継いだものとして、次なる赤朽葉家の未来を作ろうとする。
万葉の一風変わった性格も良かったのだけど、強烈過ぎる毛毬の猛々しさや
そして仁義を通すところや、そして強くありながらも、
時々子供のように不安な顔を見せる側面を持つ毛毬。
この二人の姿が強烈だった。

いやぁ、毛毬の第2部はかなり濃いかったね!
毛毬と、その異母姉妹の百夜の寝取り合戦や、レディースのころの話とか。
その際立ったキャラがすごすぎて、千里眼の万葉も強烈だけど、
こんな母・祖母がいたのなら、孫が平凡でもしょうがないわけだ、なんて
思ったりしてしまった。

確かに一番最後の部である、現代を生きる瞳子の章は、
その祖母、母の章に比べて地味であるし、どちらかというと、
本当に「なんにもない」章ではあるんだけど、
その祖母と母の跡を受け継ぐものとして瞳子の役割は、
二人について書き記し、そして覚えておくことなのではないかと
勝手ながら推測してしまった。

激動の時代を過ぎ去った二人の肉親の姿を胸に、
瞳子が自分の人生を歩いていく物語だとも、言えると思う。
祖母、そして母が偉大であったからといって、
その子供が同じような意味で、偉大であるわけのは稀であるだろう。
身近にそんな強烈な人がいて、そしてなおかつ、
「自分とは、こういう人間だ」と自分を見定めるのは、意外と難しいと思う。
瞳子の章は、ほんと祖母の万葉のように千里眼の不思議ことがあるわけじゃないし、
毛毬のように、女一人で運命を切り開くような強さと鮮やかな生き様はない。
それでも、その二人の血を引いた自分をきちんと認め、
自分らしく生きていこうと思う瞳子の姿っていうのは、
第一部、第二部ともに、瞳子の語り手であるので伝わってくる。

非常に面白かった。内容が濃く詰まっている分だけ楽しめた。
読んでよかったな。確かに渾身の雄編だった。



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花宵道中  11/18/2007  
花宵道中花宵道中
(2007/02/21)
宮木 あや子

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『花宵道中』 宮木あや子

ようーやく読むことが出来た!
図書館を探しても、なかなか蔵書されてないものだから、
思い余って、リクエストしてみたら、3週間ほどで
図書館に入りました、早い!
こんなことなら、早くからリクエストしておけばよかった。
この本、本の雑誌やダヴィンチでも大絶賛だったんだけど、
R-18文学賞受賞作だからか、置いてないのよね。
かといって、買うのも迷うところだし。
(本代がない、とも言える)

話の舞台は、天保8年、江戸の吉原。
山田屋という小見世にいる遊女たちのお話。
連作短編になっている。

・「花宵道中」…遊女、朝霧の恋
・「薄羽蜉蝣」…禿の茜が初見世の話
・「青花牡丹」…「花宵道中」と対になっている話
・「十六夜時雨」…遊女、八重の恋
・「雪紐観音」…遊女、緑の語り

キーになるのは、表題にもなっている『花宵道中』の朝霧。
朝霧の妹女郎が八重、三重。その八重を面倒みているのが茜。
緑は朝霧と同じく山田屋の遊女であり、三重に可愛がられている子。

「花宵道中」と「青花牡丹」が対になっていて、
メインは「花宵道中」なのだけど、朝霧の恋の相手だった半次郎の
小さいころから、朝霧に出会い、愛し合うようになるまでの過程が
描かれている。「花宵道中」を読んだだけではわからなかった点が、
「青花牡丹」を読むと腑に落ちる点が多い。

読んでみた感想。

ものすごく、情愛深い、諦念を感じさせることが多かった。
吉原で遊女として生きていく、という、その生き方を呪うとか、
そこから脱出する、とか、そういう感情をメインに描いているんじゃなくて、
すでにその状態で、そこで生きているという運命を受け入れて、
過酷であっても、例えば酷いものであっても、
そうして生きている、諦めにも似た現実肯定がそこにあった。
だから、朝霧にせよ、八重にせよ、その恋を誤魔化さず、
そして直面してなお、強く貫く姿が印象的だった。

まぁ難しい話は抜きにして、あたしとしては、表題の作品も好きだけど、
朝霧の妹女郎、八重の話である『十六夜時雨』が一番好き。
あまり感情的ではなく、淡々としてて、
どちらかというとフラットだけれども、一番現実的で冷静な八重。
恋なんか、間男なんか欲しくない。愛なんか欲しくない。と
つっぱねる八重は、もしかしたらとても不器用なんじゃないかと思った。
激しい感情に身をゆだねるのが怖くて、だから最初から拒絶しているような。
最後に八重が下した決断には、心揺さぶられた。
自分の生き様をこうだ、と決められる強い心だと思った。

そういえば。
R-18文学賞、とのことで、エロティックな場面が多いのか?と言えば、
別にそこまで厭らしくなく、遊女であり、客をとる場面ぐらいで、
そんなに、アダルト本みたいではなかったよ。

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武士道シックスティーン武士道シックスティーン
(2007/07)
誉田 哲也

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『武士道シックスティーン』 誉田哲也

著者初の一人も人が死なない青春エンターテインメント。

面白かった!夢中になって読み進めて、終わってしまって
寂しいけど、またもう一度読み返したいって思う面白さ。

主人公は二人。

全国中学校剣道大会で準優勝した磯田。
彼女は宮本武蔵に心酔し、『五輪書』をバイブルにしている兵。
かなりの攻撃的性格+「いついかなるときも」兵法を極めること、
自分の前に立つものは全て斬る!と断言するほどの人物。

そして、もう一人の主人公が西荻早苗。
日本舞踊を家庭の事情で習えなくなったので中学校から剣道を
習い始めた早苗。打ちは弱いけど、絶妙な間合いで磯田を下す。
お人よしで、のん気で、そしてビビり屋。

そんな二人が、中学三年生の時に県大会で
お手合わせをしたところから話が始まる。
消化試合として出場した磯田が、ダークホース・早苗に
不覚にも負けてしまい、復讐の怨念を込め、西荻がいるであろう
私立高校へ入学する。そして計画通り同じ剣道部に所属し、
練習などで、相手と手合わせするようになったものの・・・。

読み終わったあと、充実感でいっぱいになった。
とにかく勝つことしか、自分以外の者を斬ることしか考えていない磯田と
のん気で平和主義で、かつマイペースな早苗が影響しあい、
お互いに剣の道を貫いていくのが、青春だなぁ~と感心した。
あと、簡単に馴れ合ったりしない磯田の性格、
(油断するな、自分以外の人間は全て敵だと思え)が徹底してて、
その不器用さで、周りに友達は出来ないし、とがってばっかりだけど、
その磯田にあきれず、そして諦めずにアタックしていく早苗も強かった。

特に磯田のキャラクターがものすごくいい(笑)
宮本武蔵の『五輪書』に書かれていることを実行し、
毎日素振りや練習を欠かさず、部活中は上級生にも激をいれ、
油断をせず、階段から落ちた時も騒がず、
そして、昼ご飯は片手は握り飯で、もう片手は鉄アレイ。
んでもって、握り飯を食べ終わった後は、その片手が五輪書をめくる。
徹底した「武蔵」と「兵法」が、強烈だった。
それを受けてかう早苗の、普通な、平凡さや、その平凡さと共にある
マイペースさが、妙に効くんだよね~。

結局、なんのために剣道をしているのか。
剣道をしてて、なにが見えてくるのか、っていうのが、
磯田も早苗も、それぞれ自分自身がわかってくる過程が
この本の一番おいしいところだと思う。
磯田は、自分が剣道を始めたころのことを思い出し、
自分の剣道をもう一度見直す。
早苗は、勝ち負けを意識的に遠ざけている自分自身をどうしてなのか、
そして剣道で試合に打ち勝つことについて考える。

自分探しの物語、っていっちゃー、それまでなんだけど、
そこに至るまで、二人とも誤魔化さずに、かつ曖昧で終わらせずに
悩みをそのまま継続して、持ち続けているのが良かった。
途中で、考えることを放棄することもできるけど、
それをせずに、悩みを持ち続けて考えていく力、これこそが、
いずれ、自分なりの回答として悩みを打破していくものだと思う。

精神論的なものはいいとして。

この本の醍醐味は、磯田と早苗、二人のライバル関係や
二人の成長だけじゃない。
剣道の試合場面も細かくて、そして、足裁きや相手の見方や、
その駆け引きをも詳しく書いている。
あたしは、剣道経験者だからか、かなりこの試合場面の文章が面白かった。
臨場感溢れる、試合場面が続くし、なおかつ、
それぞれの剣道の違いが出てて、詳しくて面白かった。
著者も剣道やってたのかなぁ。

ストーリーの感想はここまで。

この本、装丁が面白くて、この本らしかった。
使われてるメインカラーは赤と白。
これって、実は剣道の試合の時に、赤側と白側に分かれることに
由来しているんだと思う。本にはスピン(栞紐)も赤白の2本ついてた。
話も、磯田が話し手、早苗が話し手、と交互にくるから、
それにあわせて、栞をそれぞれ色別に使ってもいいな。
あと、章毎に剣道にちなんだイラストがついている。
防具1つ1つのイラストに、部分の名前つき。
表紙にも二人の女の子が構えているイラストが。
多分、とび蹴りを食らわしているような振り上げをしてるのが磯田で
構えて間合いをとっているのが早苗かな。

それにしても、面白かった。
剣道経験者じゃなくても、青春エンターテイメントとして楽しめる作品。
誉田作品はこれが初めてなんだけど、他も読んでみようかな。
あ、あと、気がついたのは、誉田、って苗字、これってホンダって読むのね。
読めなかったから、図書館で検索する時にてこずったな(苦笑)
ホメダって読んでたよ。
時々、苗字の漢字の読み方がわからなくて検索できないことがあって、
てこずるのよね。漢字は大体読めるほうだと思うけど、人名は結構難しい。


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DIVE!!  11/16/2007  
DIVE!!〈上〉 (角川文庫)DIVE!!〈上〉 (角川文庫)
(2006/06)
森 絵都

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DIVE!!〈上〉 (角川文庫)DIVE!!〈上〉 (角川文庫)
(2006/06)
森 絵都

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『DIVE!』森絵都

文庫版では読んでいないので、4冊組だった。

『DIVE!1 前宙返り3回半抱え型』
『DIVE!2 スワンダイブ』
『DIVE!3 SSスペシャル’99』
『DIVE!4 コンクリート・ドラゴン』

先日読んだ、『風に舞い上がるビニールシート』で森絵都を見直したので、
前から、他の読書ブログでも好評な記事を見かける、『DIVE!』に挑戦した。
多分、これは読んでいて損がないし、読む前から面白さ保障つきだったので、
図書館で借りてきては、大事に読もうと思ってた。

んで、毎日一冊づつ読もう~と、木曜日の夜、寝る前に手を出したのが最後。
読み始めたら止まらなくて、結局日付を超えて、2時過ぎまで読んでしまった。
その時点で1巻から3巻まで。3巻が終わった時点で、少し落ち着いて、
一気に読んでしまうのが勿体無いから、4巻を次の日に残して寝た。
んで、次の日に最終巻の4巻をきっちり読んで終了~。

1~3巻までは、ある1つの流れの話で、4巻は一番最後の大きな大会を
じっくり描いた内容だった。だから、1~3巻まで読んで、一旦休んで
4巻を読んだのは正解だったな。

話は、飛び込み競技にかける3人の天才の物語。
主人公は、ミズノダイビングクラブ(略してMDC)に通ってて、
それぞれ、キャラや持ち味が違う。

両親共にオリンピックでの元飛び込み競技選手である、
純血サラブレッドで、負けたことがなく、リーダーシップを取る要一。
普通の家庭で育ち、要一のダイブを見て、飛び込み競技に魅了され、
コーチから、“ダイアモンドの目”をもっていると称される智季。
祖父が、時代のせいでオリンピックに出場できなかった
天才飛び込み競技選手であり、その悲運と悲願を胸に、
プールを嫌い、津軽の海でダイブをする飛沫。
この三人が、巴合戦のように回りまわって、それぞれのダイブを極めていく。

要一と智季だけでも面白いのに、そこに3番目の天才の飛沫が加わって、
どっちを応援しても面白い、って言うのがいい。

サラブレッドであり、実力派である要一も、嫌味がないかといえばそうじゃなく、
ちゃんと血が通っていて、スマートに物事をこなすだけじゃなく、
時には、無謀だとおもえるようなことをしたり、失敗したりするところが良い。
血統の遺伝の良さ、才能だけじゃなく、ただの努力を積み重ねてきた実力派だけど、
すごく人間らしくて、あたしは、3巻を読んだ時に要一がすごく好きになった。

智季も、最初の方はちゃんと勝負をして、本気に挑むのを避けていたのに、
途中から燃え出してきて、豹変してしまったのが凄かった。
自分を取り巻いている世界の枠組みを超えるところにいきたい、っていう
彼の、その意思が凄い。それでもって、別に特別なことをしたい、
とかいう野望じゃなく、純粋に自分自身を信じ、自分がどこまで出来るかと
見つめている智季の姿が眩しかった。

そんな二人に対して、飛沫は亡き祖父の影響や、飛び込みに関する因縁が
渦巻いている生まれで、その濃い出生やキャラが魅力だった。
自分らしく、自分の個性を生かせ、自分にしか出来ない飛込みを追及し、
ついには、それを晴れの大舞台でしでかす彼のスケールの大きさが魅力だった。

3人の成長や飛び込みの面白さを十分に味わいながら、
最後のオリンピック選手選考会は、じっくり読みつつ、
3人以外の登場人物からの語りが、スパイスで効いていた。
いつも、3人のように期待され成績を残したことのない選手や、
3人に憧れながら、高所恐怖症で飛び込みを楽しめない後輩。
そして、飛沫の恋人や、要一の父ではあるがコーチの立場上、
息子と相容れない父親、敬一の心境など。
ただ単に、3人の視点からの書き方で最後まで話を通してしまうより、
その3人を取り巻く別視点から描き出すことによって、理解が出来た。

ところどころ、飛び込み競技の説明が入るし、
試合での点数制の成績表とか、飛び込みをぜんぜん知らなかった自分でも
面白く読めた。それどころか、次のオリンピックでは飛び込みを見たいな、
って思うくらい。水泳は見るけど、飛び込みを見たことはないんだよな。

宙返りしながら三回転半とか、倒立したあと、ようするに逆立ちした後に
回転しながら、飛び込むってどういう風なんだろう。
こういう飛び込み方の、文字では『三回転半』とか、
『前逆宙返り二回半蝦型』とか、多分、文字通りなんだろうけど、
見たことがないから、飛んでいる姿を想像するのが難しいってこと。
つーか、前に飛びながら、後ろ向きに二回半をして、
そしてエビぞりってどんなんだよ。
10m上から飛びながら、水面につくまでの1.4秒の間に、
そんな忙しいことをしちゃってるわけ?!と、そこだけ実感できないのが
残念だったといえば、残念だった。
これは、本のせいで残念じゃなくて、ただたんに自分が見たことないから
想像できなくて、それで読みながら、その技の難易度や、
「へ~!あんな難しいのを!」って実感できないのが惜しいってこと。

いやはや。スポコンなんだけど、意外とスラスラって読めるし、
なおかつ、3人の主人公のそれぞれの立場で飛び込みを見れて、
かなり面白かった。文庫本だと2冊だから、友達にも薦められるな。
ハードのほうは4冊だから(それも1冊1000円ちょい下)高い。
文庫本で、誰かにプレゼントしてみようかな。
難しい文章じゃないし、なおかつ文章的ニックを駆使していたり、とか
難しい心情表現が続くわけじゃなく、直情的に勢い良く書かれてるから、
読んでいるほうも、読み進めやすいだろうしね。


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凍りのくじら  11/14/2007  
凍りのくじら (講談社ノベルス)凍りのくじら (講談社ノベルス)
(2005/11)
辻村 深月

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『凍りのくじら』 辻村深月

ダヴィンチのプラチナ本として紹介されていたのを
読んだのがキッカケで、辻村深月の作品を手に取った。
最初にこちらを借りようと思っていたのに、
後ろに書かれている粗筋に惹かれ、
『冷たい校舎の時は止まる』から読んだ。
久しぶりのミステリーだ~と思いいつつ。
その作品が面白かったので、今度こそは、と思い、
本命だった『凍りのくじら』を借りてきた。

ストーリーは、理帆子が写真家を志すまでの、きっかけの物語。
理帆子の父は自然撮影で人気のあった写真家で5年前に失踪。
そして残された母と二人暮しだったが、母は癌で入院中。
そんな彼女は高校生だが、周りの人間にあまり馴染んではいない。
彼女が好きな遊びは、ドラえもんの作者である漫画家の
不二子・F・不二男のSF(少し・不思議)をもじって、
周りの人たちを、SFであらわすこと。
理帆子の母は、「少し・不幸」、理帆子自身は「少し・不在」
同級生には「少し・憤慨」と「少し・不安」。
そして、父と母の旧友には「少し・不完全」、元恋人には「少し・腐敗」。
自分の精神年齢の高さゆえに、周りの人間と心の底から分かち合えず
どうしても距離を置きながら、演技をすることで、一緒にいられる状態。
そんな理帆子が、高校2年生の7月、同じ高校の3年生から、
写真のモデルに、と頼まれる。

読み終わったあとの感想。

確かに、ダヴィンチでプラチナ本として一押しなだけある!
理帆子の家族の話と同時に、元恋人である、自分よりイタイ人間の若尾とのやり取り、
そして写真のモデルに、と話を持って来た別所との交流を通して、
理帆子自身の精神的な、周りとの環境、周囲の人々との違和感や
その内面を軸に話が語られる。

好きな話だった。写真集のくだりとか、不覚にも泣いてしまった。
病気苦ゆえに失踪してしまった写真家の父、そして癌に冒されながらも
夫の写真を整理して構成し、写真集作りに取り組む母。
二人が子どもである理帆子にあらわした愛情表現の違い。
母と理帆子が上手く通じ合えない関係。
色んな人がいて、色んな愛情の示し方がある。
それが、派手にならずに、そしてきっちりとおさえていた。

周囲の人間には馴染めない、そして心を開いて、きちんと向き合っていけない。
だからこそ、周りを自分より頭が悪いと決めて、それなりの対応しかしない。
そして執着をしない。
そんな自分を客観視しながら、精神的に同類な若尾と恋人同士になるが、
結局のところ、きちんと分かり合えることもなく、関係が消滅する。
なんとなく、どころじゃなくて、あたし自身と似かよったところがある
面白いのは、ストーリーの中で繰り返し語られる、理帆子自身の話だった。
自分がどういう人間であるか、そして周りと自分との関係をどう捉えているか。

理帆子に自分は似ている。
まぁ、似ているとはいっても、理帆子ほど賢く現実に対応して
演技をしながらも、周囲にあわせることはしていない、というか出来ない。
あんまり周囲の顔色や、人間性を観察することはなくて、
客観視して、自分ときっぱり切り離していないところが、理帆子とは違う。
イタイ人間を自分自身と同類と思ってしまうところとか、
感情の出し方とか、そんなところが似ていた。

自分と似ている、と思う主人公の話を読むと、どうしても、
感情移入してしまうことが多いのだけど、今回は少し客観的に見れた。
小説のストーリーでの作られた主人公として見れた、というのかな。
写真がテーマで出てきたり、ストーカーまがいの1歩危うい若尾とか、
写真を撮りたがる別所の言葉とか、現実ではありえないだろう、と思える
一歩行き過ぎた感があったからかな。
まぁ、話を全部読み終わってみたら、この理帆子の視点で語られ、
つづられていく話自体が、SF(少し・不思議)な話なんだけど。

今、感想を書きながら思ったんだけど、このSF遊びって、
割と使えるよな~。周りの人間をどう見るか、観察力を養う時に、
ぴったりだと思った。この、SとFの2語だけで相手を的確に言葉で当てはめる。
意外と、言語センスが問われるかのような。
少し、周りの人間で試してみよう。

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九月の恋に出会うまで  11/13/2007  
九月の恋と出会うまで九月の恋と出会うまで
(2007/02/21)
松尾 由美

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『9月の恋に出会うまで』松尾由美

初めての松尾作品。文庫本で出ている『雨恋』が
気になっていたので、著者名は覚えていた。
図書館の棚でこの本を見つけたときに、ちらりと読んで
すらすらって読めそうな柔らかな文章だったので、
まずは、と思って借りてきてみた。

ストーリーは、主人公が可愛いテディベアのヌイグルミと出会い、
引越しを決意するところから始まる。
写真撮影を趣味にしている彼女が、モノクロ写真を
部屋で現像しているのを、隣人や家主から怪しく思われ、
それが嫌で、写真撮影の趣味の現像が出来る部屋を探してて
新しい部屋が決まるところから。
そのマンションは少し変わったマンションで、入居の条件は
他を3軒以上断られ、なおかつ芸術家であること。
そして画家であるオーナーの面接もある。

その条件をクリアして、新しい部屋に入居した彼女は、
毎日の出来事をテディベアのボンバーに話しかけるのだが、
ある日、ボンバーへの話かけを、くすりと笑う声と雰囲気が
エアコン用の壁の穴から聞こえてきた。
その声は、なんと主人公のいる時間より1年進んだ年、未来に住む、
同じマンションに住む平野だという。
そして、その声の主、一年後の平野氏は、過去の自分と区別するために
シラノと名乗り、主人公にあるお願いをする。
それは、1年前の自分、平野を尾行し、写真を撮ることだった。
そんな不思議な出来事が始まった日から、テディベアのボンバーも
喋りだした。可愛い顔に似合わずに皮肉な口ぶりで。

読後、とても幸せな気持ちになれた。
一年後の平野であるシラノと、主人公と、そして主人公と同じ時を生きている平野。
その3名がぐるぐる回りの巴のようになりながら、結末まで一息だった。
どうして、シラノが主人公にお願いをして、1年前の平野を尾行させたのか。
そして、9月22日の尾行3日目を終わりに、シラノは消えてしまい、
魔法の穴は、未来と通じなくなった後の、謎解き。
シラノは本当は誰だったのだろうか。
主人公に尾行をさせていた理由は、などなど。

ボンバーの使い方が上手いなぁと思った。
あと、現在の主人公と平野が、同じシラノの謎に取り組むうちに
近づいていくところや、そして、最後の恋の話。
9月に始まった不思議な出来事で結ばれた恋。
本文中に

女はよく献身的だといわれるけど、これは見える形で尽くすからだ。
男は相手の知らないところでひそかに尽くす。
そのことにロマンを感じる。

という台詞が出てくる。同じマンションに住んでいる正真正銘の音楽家である
倉が主人公に話すシーンだ。
関係が深いとか、長いとかは関係なく、
好きになった人のためだったら、奇跡を起こしたいと思う。
そう語っていた。まさにその通りのストーリーだった。

最後に、シラノが現れるシーン。
なぜ、「シラノ」だったのか。
全ての回答は、ずっと前から文章で出てきているのに、
最後になって、「あ、そうか~」と納得した。
主人公、幸せになるといいな。
9月に出会った恋と、現実が結びつくまでの時間、
長いようで、短かったし、その間の時間で主人公もシラノも成長できて、
そして、シラノが行ったマグカップ1杯ほどの奇跡が、
二人の人生を変えてしまったのがすごいと思った。


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冷たい校舎の時は止まる(上) (講談社文庫)冷たい校舎の時は止まる(上) (講談社文庫)
(2007/08/11)
辻村 深月

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『冷たい校舎の時は止まる』 辻村深月

新書型の2段組で上中下、3巻あった・・・。
久しぶりに、長い長い長編を読んだ気がする。

高校3年生の冬。
センター試験まで1ヶ月と間近な冬の日、
同じクラスの8人の男女が学校に閉じ込められた。
教室の光と暖房だけがついている学校から
出られない8人。誰がここに8人を閉じ込めたのか。
電話も通じず、時計の針は動かない。
そんな中、5時53分をさしていた時計が動き始めたが、
チャイムが鳴るたびに、8人のうち、誰かが消えていく。
2ヶ月前の学園祭で自殺したのは、誰なのか。
どうして学校に閉じ込められているのか。

面白かったー、面白かった!

異空間に閉じ込められた飛行機乗客の映画、
スティーブン・キング原作の『ランゴリアーズ』の話がモチーフ。
閉じ込められている学校は、誰かの精神世界なのか!?
そんな問いかけ、この映画が大好きな私からすると、
涎ものでしたね。

登場人物8人の、それぞれの心の闇や、他の人には見せられない
人間らしい持ち味が効いていて、なかなかの心理描写だった。
著者のデビュー作でもあるんだけど、これがメフィスト大賞なんて、
メフィスト、すごすぎだぞー。
主人公と同姓同名の辻村深月という登場人物も出てくる。
女4人、男4人なんだけど、それぞれ優等生だったり、劣等生だったり、
はたまた、家庭の事情やら、友達がいなかったりとか。
いじめや、友人関係のもつれ、家庭内暴力や、色んな要素が詰まってた。

あたしとしては、登場人物のなかで肩入れしちゃったのは、
特待生でT大第一志望でありながら、絵もかけちゃう清水女史。
もう一人は、女性という性を逸脱していながらも、
そのサバサバした性格が好感持てる景子とかいいな。

高校生活が終わりを告げる時期の冬の学校。
少し感傷的になりますね。ある時代が終わる、寂しさと切なさというか。
この作品って、映画化しても面白いよな~。
キューブじゃないけど、ある一定空間で撮られるのが面白そう。
演劇でも使えそうだけど、上中下と長すぎるかな。

初の辻村作品でしたが、惚れました。
他の作品も早く読んでみたいな。
たまには、こういうミステリーもいいね。
久しぶりにクイーン作ぽぃ、読者への挑戦ページがあった。
犯人は当てたぞ!その代わり、動機とか、そんな細かいのは
推理したのが当たってなかった~。犯人名当てただけでも、
あたしとしては満足なんだけど(笑)

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1リットルの涙  11/11/2007  
1リットルの涙―難病と闘い続ける少女亜也の日記 (幻冬舎文庫)1リットルの涙―難病と闘い続ける少女亜也の日記 (幻冬舎文庫)
(2005/02)
木藤 亜也

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テレビドラマ化されたってことで、レンタル屋でDVDを見かけることや、
同級生から、ものすごく泣けるから、ってお勧めされたことや、
学校の先生から(リハビリ職)勧められたこともあって、名前は覚えてた。
けれど、元になっている体験談が本で出てることまでは知らなかった。
実話っていうのは知っていたけどね。

たまたま、学校図書館の文庫コーナーにこの本があった。
気がついたらあったので、多分最近寄贈された本かな。

医療従事者の仕事の勉強をしているからこそ、
参考文献、とまではいかないけど、どういう職種なのか、患者さんや
障害を持った人たちの雰囲気というのを掴むためにも、
難病テーマのドラマや漫画とか、あれこれ勧められることはある。
それで、まぁ、よく聞く名前でもあったし、とりあえず借りてきてみた。

読み始めて思ったのは、日記としてかかれたものが原稿になっているから、
文章が、そのつながりが、箇条書きではないけど、さらりと書かれてるので
じっくりと思いがつづられて、長文が続くわけじゃない。
その時、その時、作者の木藤亜也さんが感じたことを書いてある。

14歳から、21歳まで。1年ずつ、章に分かれている。

14歳---わたしの家族
15歳---忍びよる病魔
16歳---苦悩の始まり
17歳---もう、歌えない
18歳---本当のことを知って
19歳---もうダメかもしれない
20歳---病気に負けたくない
21歳---生命ある限り

そして、亜也さんが書けなくなった後、主治医の先生の説明が入り、
お母さんがあとがきを綴っている。

だんだんと体の自由がきかなくなり、歩行が困難、そして動作が困難、
口の動きが制限されてきて、言葉や呼吸が困難になり、
ついには自立でつたい歩きができず、這って動いていたのが寝たきりになる。

そんな生活の中で、著者の亜也さんは、しょっちゅう泣いて泣いているけれども、
いきることを諦めず、自分でできるだけやろう、なにか自分にできることは、と
探し続けている姿が、とても印象的だった。
ただ、強がっているわけじゃない。泣き虫、と言われながら、
それでも涙がとまらなかったり、障害を受け入れる心の準備ができず戸惑ったり、
不安になったり、少しいじけてみたり、自分自身に絶望したりしながらも、
生きることを諦めず、その時その時を一生懸命に生きていく。

"できなくなっていくこと”が多い中でも、残された能力を忘れずに、
考えて、自分にできるように懸命に努力する姿が、日記から伺える。
何度も自分自身に言い聞かせるように、残された能力を尽くして生活をしていこうという
亜也さんの気持ちが、とても胸に突き刺さった。
残された能力を使って、諦めずに生きていくために、自主訓練を欠かさず、
訓練でよくできた日は、素直に嬉しいと書いているのが、とても切なかった。
なんとか、治りたい、家族の負担を減らしたい、と願いが書かれることもあった。

自分も病気で入院したことはあるが、進行性の難病とかではなく、
きちんと一定時期療養すれば治る、というものだった。
だから、病気って治るもので、普通に生きている、健康で生きているっていうのが
当たり前で、その当たり前さえも疑って確認しながら生きているわけじゃない。
だけど、現実には難病に苦しみ、そして生きていることを常に確認しながら、
生きることについて、今、この時も一生懸命、生命を燃やしている人たちもいる。

「生きる」と「死ぬ」は、この世に生まれたすべての人たちに平等に与えられたものだが、
平等に与えられているのはそれだけであり、そのほかはみんな違う。
体もそうだし、感性もそうだし、家族もそうだし、健康だってそうだ。

今、自分自身に与えられているものに対して、感謝しようと思った。
そして、もっと「生きる」ということを大事にしようと思った。
健康な体でいることも。
健康で生きているからこそ、職業の選択もでき、歩いて遠くまでいける。
行きたいとこにもいける自由がある。
そんな、あたしにとっての「当たり前なこと」は、
誰かにとっては「とても特別なこと」かもしれない。
だからこそ、「当たり前なこと」をもっと大事に、与えられたことを喜ぼうと思った。
けして、「当たり前」過ぎるから、と軽視せず。

そして、一生懸命生きようと思った。
自分のできる限り。

概して、あまり「泣ける」とか、闘病の話とかは、自発的には手に取らないので
今回、久しぶりにこういう系統の本は読んだ。
著者の亜也さんに。
日記を書いて、自分のことを教えてくれてありがとう。
戦っている病魔のことや、こういう症状が出て、そして苦しいとか、
自分自身だけに収めず、いろんな人に知ってもらおうと、本にしてくれてありがとう。
こんな病気があるなんて知らなかった。
知らずにいよう、としていた節もあるけど、知ることができてよかったと思う。


そう思わせてくれた、この本に感謝。
出版してくれた人たちに感謝。
巡り合わせてくれたきっかけに感謝。
勧めてくれた人たちに感謝。




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獣の奏者  11/10/2007  
獣の奏者 I 闘蛇編獣の奏者 I 闘蛇編
(2006/11/21)
上橋 菜穂子

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獣の奏者 II 王獣編獣の奏者 II 王獣編
(2006/11/21)
上橋 菜穂子

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『獣の奏者』上下巻 上橋菜穂子

ついに、読んでしまった・・・。
『狐笛のかなた』以来の上橋菜穂子作品。
(今、初上橋、と書こうとして、狐笛を読んだのを思い出した)

守り人シリーズも知っている。
ファンが多いことも知っている。(友達も読んでいる)
だけども、なんだか天邪鬼な性格が災いして、
「よーっしゃ、上橋作品を読もう!」なんて流行に乗らなかったのが
少し悔やまれるけれども、それはそれで。
流行じゃなくても、上橋作品は廃れない、と確信するほど、
守り人シリーズじゃないけど、これはよかった。

獣の奏者・・・・、先月号のダヴィンチで上橋特集が組まれていた。
そこで、ファンによる「上橋菜穂子の人気作品!勝手に配役当て」で
この「獣の奏者」の主人公エリンに、蒼木優があがっていたのを覚えていた。
ダヴィンチで特集、それもでかいなぁ~と感心して、やっぱり素通りした先月。

それが先週、本の雑誌の何月号か忘れたけど、この「獣の奏者」の話がでてて、
対談で題名が挙がっていたのだけど、そこで、すでに読んだAが、まだ読んでいないBに対して
「おまえ、うらやましいぞ。充実した読書時間をおくれるな」と
うらやむ会話があった。

こ、これってすごくわかる。

とても面白くて、こんな作品が世の中にあるんだ!?っていう発見の喜びと
読書の喜びを噛みしめながらも、自分がまだ読んでいなくて、こんな感動を与えてくれる
作品の数が、これで1つ減ったな、と、なんとなく寂しい感情。
遠足なんて、一番楽しいのはその前日の夜だ、というのと同じような感覚で、
面白い、感動できる、心が深く揺さぶられる、自分にとっての名作に出会ったとき、
一番楽しいのは、それを読むまでで、読んでいる間は、
楽しさと終わってしまう寂しさが同居してて、
読み終わったら満足感と共に、やっぱり知ってしまったーっていう、
少しだけ"終わってしまった”感がある。

もしかしたら、あたしが上橋菜穂子作品に、これまで進んで手を出さなかったのは、
こういう"終わってしまった”感よりも、まだ読んでいないことに対しての期待感を
選んだのかもしれない。

まぁ、その期待感は外れなかった。

22時頃から読み始めて、明日は休みだし、ビリヤードでも遊びに行こうかなと
夜遊びの約束をしていたのを、読み始めて30分で放棄し、
そのまま読み続けて、日付が変わり、読み終わりが2時。
まだ読んだあとの感慨深さで心が満たされてる状態、今。

ストーリーに引き込まれて、ぐいぐい読んでしまった。
集中して読んだので、焦って飛ばし飛ばししたつもりはないけど、
できれば、2度目の読みをしたいな。この作品は。
ストーリーの面白さ、だけじゃなくて、心理描写やテーマについて掘り下げて考えたい。
久しぶりに、そう感じました。
いや、この本だけじゃなくてさ、いろんな本にいえることなんだけど。
最近は、記事を書いて、できるだけ本数を消化する方に回っていたので、
どれかに執着して、少しこだわった読みをするのを避けていた感がある。
あ、そんな手抜きして書いているわけじゃなくて、印象に残ったところを重点的に書いていたけど。

とりあえず、1回目の読みを終わり、この感動、この満足感を、
ほとばしる気持ちのままに、乱文として残してみようと思い、書き綴っている。
いつもはメモ帳に書くけど、今はそのまま直接入録してるよ。

上橋菜穂子さん、文化人類学専攻だったというのは、特集記事で知っていたけど、
こういう風に生かされているっていうのは、非常に興味深かった。
自分も同じだよーっなんていうのがおこがましいな(苦笑)
文化人類学らしい考察観点、というか、なんだろう、独特な匂いがする。
狐笛の時は、そこまで感じなかったけど、なんだろう、この手ごたえは。

ひたむきに生きるエリンの姿、生きることについて偽りのない登場人物たち、
それぞれの心の葛藤、真摯に生きているところが、非常に感じ入りました。
もう一回読むと、多分、他者との理解、という観点から、あれこれ考察して、
自分がどう感じたか、それに派生して、あれこれ書けそう。
考えながら読むより、怒涛のごとく、走るように読んでしまったから、
ちょっと表面的なことをなぞった感想しか今、書けないのが事実。
言葉をためて、この作品から感じた情熱や思いを、自分の中で発酵させて、
もう一度、感想を書きたいと思います。

とりあえず、軽く一言で感想を表すなら。

語り手の上手さ、人生観を感じられる心理描写や、独特の世界観に魅了されました。

今日はもう遅いから、これで寝て、明日また読みかえそう。
この本、ハードカバーだから高いけど、買ってもいいな。買う価値あり。



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その日の前に  11/09/2007  
その日のまえにその日のまえに
(2005/08/05)
重松 清

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『その日の前に』 重松清

読書ブログをつけるようになってから、
妙に重松清の作品をよく読んでいる気がする。
これまでは手をつけなかったんだけど、一度手を出したら、
あれも名作っていわれてるよな~と思い出して借りてきてしまう。
そして、読み終わったあと、やっぱり読んでよかったと思う。

「その日」とは、ずばり、死んでしまう、その日のこと。

ゆるく繋がった短編集になっている。

『ひこうき雲』小学生のころ、入院した同級生の女の子を訪ねる話。
『朝日のあたる家』夫が突然死してしまって久しい教師の話。
『潮騒』癌だと告知された日に、男は少年時代の友達を訪ねる。
『ヒア・カムズ・ザ・サン』母子家庭の二人暮しを病魔が襲う。
『その日のまえに』病魔におかされた妻と新婚時代を過ごした街を訪れる。
『その日』妻が召されてしまう、その日のこと。
『その日のあとで』妻が亡くなった3ヵ月後、残された家族の物語。

メインは、後半の3編の家族。「その日」を迎える家族の話に、
それまでの話に出てきた主人公や、その家族がちらりと姿を見せる。

自分が一番印象に残った話は、『ヒア・カムズ・ザ・サン』と、
『その日のあとで』である。

前者の方は、母子家庭で母親が癌かもしれないと怯える息子が、
母の存在について思うシーン。

・・・・・・・・・・

それほど母ちゃんに期待しているわけではないけど、
でも、とにかく、母ちゃんは「いる」からこそ意味がある。
いてくれないと困る。なにがどう困るのか予想もつかないぐらい困る。
いてほしい、絶対に。これからも。

・・・・・・・・・・・

大事な家族が、もし病気でいなくなってしまう、「その日」を
自分の目の前で迎えてしまうかもしれないっていう恐怖や、その困惑ぶりや
恐れが率直に表されてる文で、この表現がすごく心に残った。
ただ「いる」だけでいい存在、それが家族なり、自分の大事な人なんだと思う。

自分は病気をして、一時は命の危険もあって、
それで両親や家族をひどく不安にさせたことがある。
親よりも早く逝ってしまう子供というのは、どれだけ親不孝なことか。
死を、自分の気持ちや都合だけでは止めようがないように、
自分が親よりも先に「その日」を迎える可能性だって、
なきにしもあらずであることを、知っている。
自分がいなくなることを、誰よりも恐れている人たちがいることを
知っている。しかし、知っているからといって、「その日」を迎えることを
避けることができない場合もある。
悲しいけれど、これは真実だ。

多くの場合、人は誰か大切な人が自分よりも先に、
「その日」を迎えることを生きているうちに、何度も経験することになる。
避けても避けられないものだからこそ、「その日」を直視することを
誰もが、時には考えることすら、嫌がるのだけど、
この本を読んで、「その日」を迎えるまでのカウントダウンや、
そして、「その日」がどれほど日常の生活と同じように存在しているかと
改めて考えることができた。

けして、どういう風に「その日」を迎えるべきか、などといった、
そういう類の話が載っているわけではない。
短編での主人公たちは、戸惑いながら、そして恐怖におののきながら、
悲しみつつも、死と生が同居した日常を送っている。
「生きる」ということは、「死ぬ」とはどういうことなのか。
そして、それが自分自身だけのことじゃなく、周りの人間に対して、
どのように関わってくるのかを、見事に描き出した作品だと思う。

最後の『その日のあとで』を読むと、『その日』よりも、
胸に差し迫る悲しみで、ものすごく泣いてしまった。
けして、「その日」で終わりなわけじゃなくて、生きている限り、
その次の日も、そしてその次の日もある。
けして、「その日」ですべてが消えるわけじゃない。

その短編の中では、ダイレクトメールがその象徴だ。
亡き妻、和美がいなくなった後も、彼女宛にダイレクトメールが送られてくる。
そのメールを子供の一人は受け取り手の母がいない不在感で嫌がり、
もう一人は、まだ母の存在を確認することができると素直に喜ぶ。
どれだけ「その日」を迎える準備をしても、自分の身の回りのことだけじゃなく、
社会のどこかに組み込まれた、存在の証というのが残っているものだ。

そんなダイレクトメールだけのことじゃなく、
一番最後の短編が、私たちに教えてくれるのは
だんだんと、亡くなった人の面影が薄れようとも、
「その日」が遠くなろうとも、
それでも、その人が生きていた証は、その生命のきらめきのようなものは、
思い出として、関わってきた人間すべての心の中にあり続けるものだ。

観念的なことだけじゃなくて。
誰かの『死』を考えたり、反対に、自分の『死』を考えたり、
そんなことって、あんまり日常生活ではないんだけど、
こんな本とか読むと、無性に泣けるし、そして辛い気持ちと一緒に、
ちゃんと生きれる分だけ生きていこうって思うんだよね。
「死んだ人もいるけど自分は生きているから」って理由じゃなくて、
ただ、たんに「その日」が訪れるまでの間、猶予期間のように生きている
毎日をもっと、きちんと感じていこう、というか。
生きているだけでいい、なんて簡単に言えないほど、実は生きることは難しいし
辛いことも多く含んでいるのはわかっている。
それでも、今自分が生きてるって、本当に大事なことなんだなぁと思う。

生きているってことを、ただただ丸々受け入れて肯定するのは
自分にとっては難しいことだけども。
いつか必ず「その日」が訪れるから、それまでの間、
できるだけ、きちんと生きていたいな、と思った。

拙い文章ではあるんだけど、今の正直な気持ち。
この本って、こんな拙い文章で表すことは難しい本で、
もっともっとすごい本なんだけど、まだ自分はこの本をきちんと消化して
そして、それを自分の言葉で表すのは難しい、みたい。

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Sweet Blue Age  11/09/2007  
Sweet Blue AgeSweet Blue Age
(2006/02/21)
有川 浩、角田 光代 他

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恋愛アンソロジー『 Sweet Blue Age 』

** 収録作品***


角田光代『あの八月の、』
有川浩『クジラの彼』
日向蓬『涙の匂い』
三羽省吾『ニート・ニート・ニート』
坂木司『ホテルジューシー』
桜庭一樹『辻斬りのように』
森見登美彦『夜は短し歩けよ乙女』

***********

有川浩の『クジラの彼』と、森見登美彦『夜は短し歩けよ乙女』は
表題どおり、単行本で出ているのを先に読んでいた。
桜庭一樹の『辻斬りのように』は、10月に読んだ本でも,NO1だった
『少女七竈と7人の可愛そうな大人たち』の中の短編。
(詳しく言うなら、主人公七竈の母の独白分)
これまで、単行本で読んでアタリだった3作が収められている
アンソロジーだから、と期待していたら、意外とアタリだった。

その中でも一番強烈だったのが、角田光代の『あの八月の、』だ。

ストーリーは、語り手である夏紀が大学時代のサークル仲間だった
弥生子と二人、夜の大学に忍び込むところから始まる。
二人が忍び込んだ目的は、ただ一つ。
同期のサークル仲間と、10年前に作った自主映画を観るため。
サークルの部室にて、映写機で映し出された自主映画には、
10年前の仲間の、ある夏の情景と共に、
当時の人間関係を生々しく映されていた。

・・・・・・・・・・・・・

スクリーンのなかで、私たちは一度も、だれかに向かって好きだとか
嫌いだとか、死んじゃえばいいとか交際するつもりはないとか、
そんなせりふは口にしていない。いないが、けれど画面からはたしかに
あふれすぎている。私たちの、はじめて深く人を好きになった気分、
どうしたって手に入らないものがあると知った戸惑い、言葉よりさらに
馬鹿でかい感情の下手な処理、手に負えない自分自身、そんなものが、
生々しく、痛々しく、あふれ出すぎている。

・・・・・・・・・・・・・・

タイトルの『あの八月の、』は、その映画が撮られた時のこと。
あの時の空気を含んだまま、それが12年後に映し出されて、
それに戸惑いながら、今だからこそわかることもある。
そのほろ苦い気持や、その時、運命だと思っていた恋の終わりや、
色んな感情が押し寄せてくるのが、上手く表現されていた。

読んでいて、他人事に思えない話だった。

そういえば、夏紀と弥生子が映画を見終わった後に、
自分たちの青春、その舞台だった大学時代を振り返って
よく生き延びたね、って、頷きあうシーンがある。
図らずしも、前にあたしが大学時代の友達に、あの当時のことを
二人そろって振り返った時に言っていた言葉と一緒だった。
よく生き延びられたよね、大人になったよね。

本当に、そうとしか思えない。
今、あのときのことを考えると、夏紀と弥生子が
自主映画を見終わった後、下した判断と同じことを自分もするだろうな。

あの当時の、あのときの空気、そして思い出にはまだなっていない
生々しい記憶。まだ完全にそこから脱出しているわけじゃなくて、
その余韻に浸るほどの甘さなど、そこにはなくて、
ヒリヒリする記憶、そのもの。

これを読んで、鮮明に思い出した。


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浮世でランチ  11/09/2007  
浮世でランチ浮世でランチ
(2006/09/12)
山崎 ナオコーラ

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『浮世でランチ』 山崎ナオコーラ


初・山崎ナオコーラ作品!

ずっと気になっていた作家。名前を目にするたびに、
一度はとにかく、山崎ナオコーラを読まなくては!と思っていた。

んだけど。
借りてきた作品を読み始めて、最初、思いっきりビビった。
山崎ナオコーラって名前もそうなんだけど、
ここでミャンマー!?そして78年生まれ!?

実は自分が以前ミャンマーに出かけた時に、
同じグループに、著者の名前と殆ど似た名前の子がいて、
それも78年生まれで、なんとなく、この書かれている文章や
その感性が、彼女を彷彿させたから。

えー!?このナオコーラってもしかして、
彼女な訳…あるわけないけど、それっぽい…、真相は不明。

というわけで、(もしかしたら知り合い、なんて訳あるわけないけど)と
ビビリながら読み始めた。

この作品は、主人公が仕事を辞めて、タイやマレーシアを渡りながら、
ミャンマーへ行く話しだ。
そして、その旅行記に、彼女の中学時代の回想がはさまれる。
回想が終わる頃、主人公がなぜミャンマーに行くのか、目的がわかる。


・・・・・・・・・・・・・

気の合う人を側に置き、意見の合わない友だちからは、そっと離れた。
得意な科目は熱心に勉強し、苦手なものには一切、手を出さなかった。
自分の部屋には、自分の気に入った雑貨や家具しかない。
汚いものや、気に入らないものはすぐに捨てた。
見たくない出来事は、目をふさいでやり過ごしてきた。

・・・・・・・・・・・・・・

この文章を読んで、ハッとした。
これって、まさに自分自身、っていうほど、あたしは主人公みたいに
徹底して、自分の嫌いなものを排除して、好きなものしか置かないわけでは
ないんだけど、そういう傾向があることは認める。
今まで、こうやって、この自分の傾向を文章にして、客観的に考えた事はなかった。
この文章を読んで、最初に思ったのは、
「これって、もの凄く偏っているんじゃ?」ってこと。
そして、なんだか、この傾向を好んでいる自分が、
あんまり、ヨロシクナイ気がした。

世の中って、自分の気に入る事ばかりじゃない。
反対に気に入らない事ばかり、って言って良いと思う。

だからこそ、気に入るものだけを選び取って、それ以外を捨てるのか。
それとも、気に入らないものも受け入れて、それさえも自分の糧とするのか。

あと、この本の主人公は、自分の好きな人に対して以外には、
仲良くなる努力をする気もないという。
この辺りを読んで、ふと思ったのは、
自分自身もそういうところがあるということ。
どちらかというと『わかってもらえる人にだけわかってもらえれば良い』と
考えてて、それが実は甘えなんじゃないかと思った。
わかってもらう、っていう努力を怠っているんじゃないか、ということ。

わかってもらいたいなら、わかってもらえるように、
努力することも必要だと思う。

旅行中の彼女が、元同僚とメールでやりとりしているのだけど、
マレーシアから、

『帰りたい。日本に帰りたい。外国は辛い。
もっとハキハキ喋れば通じるのかもしれないのに、
私は自信のない喋り方しか出来ない。思えば日本でもそうだった。
日本語がわかる人にも私の言葉は通じない。誰にもなんにも通じないんです。』

と、メールを送る場面がある。

そのメールに対して、元同僚から、

『「上手く喋れないけど、わかって欲しいの」としか考えていない人の言葉に、
耳を傾けたいと思う人はいません。どうしたらいいのかは、自分で考えてみてください』

と返事が来る。

これも、かなり真剣に考えるべき問題だよなぁ~と感心した。
わかって欲しい、なんて、そんなん、甘えだよ!と他人にはいえるけど、
気がつくと、自分が誰かに対して「上手く喋れないけどわかって欲しい」
ということってあると思う。
自分の事になると、客観性に欠けてしまうというか。

ハッと気づかされた。
なんだろう。山崎ナオコーラの文章を読んでいると、
時々深く気づかされることが多い。
たまたまこの作品と自分自身がシンクロしたからか。
この、自分の中の、もやもやっとした、自分自身を上手く表現してくれるような
そんな文章が多くて、主人公がもはや他人事とは思えなくなりそうだった。

いやはや。意外だった。
中島たい子の作品を読んだ時より、
こっちの作品の方が、より等身大の自分を投影できる。
感覚が似ているというか。同世代だから?
この親近感が、妙に新鮮だった。

『人のセックスを笑うな』も読んでみたいな。


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魔女の死んだ家  11/08/2007  
魔女の死んだ家 (ミステリーランド)魔女の死んだ家 (ミステリーランド)
(2003/10/26)
篠田 真由美

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『魔女の死んだ家』 篠田真由美

講談社ミステリーランドのシリーズより。
2003年に発表された篠田真由美の作品。
シリーズでも、第2回配本だったらしく、
有栖川有栖の作品と一緒に発表されていた。

タイトルに惹かれて、住んでいる市町村の図書館で
リクエストしたものの、既に重版なしで手に入らないと
予約さえ出来ず、涙を飲んでいたら、なんと実家のあるとこの
図書館にあった!それも、既に発売されて4年経っているので、
もう手に入らないだろうと諦めて忘れていたら、
篠田真由美の『王国は星空の下』を探していたら、
棚にあってビックリ。
これだよ、読みたかったのは!!と興奮気味に借りてきた。

ストーリーは、ある西洋館での密室事件の話。
語り部が何人も代わるのだけど、そこで話をされてるのは、
小鷹狩都夜子(こたかりつやこ)という、とても美しい女性が
元婚約者の橘瑞男に殺されたといわれてる事件のこと。
都夜子は、貴族の出で資産家であり、西洋館にてサロンを開き、
夜な夜な客人を招いて、風流・趣向の凝らした遊びをしていた女性で、
その美しさは稀に見る美女で、昭和時代とは思えないほど、
明治時代や大正時代の鹿鳴館を思い出させる遊びを行っていた。
その彼女がなぜ殺されたのか。
そして、犯人は本当に元婚約者の橘だったのか。

都夜子について、始めに、彼女の子供が語る。
そして、サロンに集っていた男たちが3人。
一番最後は、その西洋館の庭師だった男。
それぞれが語る都夜子像が違う。

ある者は都夜子は孤独に震え、実は男性恐怖症であり、
彼女を殺したのは、もしかしたらサロンに集まっていた男性全員が
共謀したのではないかという思いに駆られている。

ある者は都夜子は高級娼婦であり、橘は元婚約者である
都夜子に振り回され、神経衰弱になり殺してしまったという。

そしてある者は、都夜子は非常に美しかったが、心は氷よりも冷たく
彼女は老いゆくことを恐れ、橘を利用して自殺したと。

人間、色んな人がいるわけで、それぞれの立場で見れば
同じ人間でも色んな側面から思われているっていう
当たり前のことが、ここでは、なぜ死んだのかという点から
考えるに、それぞれの都夜子像は正しいものであるといえると思う。

最終的にストーリーは、都夜子の死の謎解きで終わる。
そこに至るまでの、都夜子を巡る人間像が面白い。
事件から10年後に明かされる真実が、
「あったかも知れないこと、あったに違いないこと」が交錯し、
残されたものが下す、最後の決断が潔い。

この作品を読みながら思ったのは、舞台となっている西洋館の
庭の美しさ。魔女とも言われるほどの美貌だった
都夜子の美しさと暗喩するように、庭の美しさも添えられている。
自然のまきちらしたような、森のような庭の自然が重なり合い、
彼女が愛した枝垂桜の花びらが舞い散る様子が情緒的で、
どこか洋風で、そして懐古趣味が重なり、
情念の渦巻いた西洋館の様子をよく表していると思う。

あと、一番最後に残された子供たちが
生きていくことを決意するシーンが印象的だった。
物語は、都夜子の死の謎を解くだけで簡潔ではなく、
そこから引き起こされた第二の被害、そしてその余波を受け、
痛手を忘れられず生きていくしかない人達のその後も描いている。
残されたものは生きていくしかない。

・・・・・・・・・

これ以上、辛いこと悲しいことを考えるのは止めます。
起きてしまったことを変えるわけにはいかないのですから、
これからのことを考えます。

・・・・・・・・・・

この言葉が、とても強く響いた。


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ヘビイチゴ・サナトリウムヘビイチゴ・サナトリウム
(2003/12)
ほしお さなえ

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『ヘビイチゴ・サナトリウム』 ほしおさなえ

どこかの読書ブログで見かけ、女子高関係の
それも、学園ミステリーに惹かれ、図書館で借りてきた。
著者のほしおさなえは、詩人であり、作家。

中高一貫教育の女子高の屋上から、高校三年生の生徒が
墜落死した。様々な噂が飛び交う中、続いて、
男性国語教師も墜落死する。二人の死を結びつけるものは?
死の真相は?
男性国語教師が死ぬ前に応募していた文学賞の作品と、
彼の亡くなった妻が残したネットサイト、
「ヘビイチゴ・サナトリウム」に隠された秘密とは?
その謎を解くべく、死んだ高校3年生の生徒と同じ美術部だった
海生と双葉は、学校内の噂や死んだ先輩の自宅へ赴き
原因を探る。一方、男性国語教師の同僚である高柳は、
独自のルートから、彼の死んだ妻のネットサイトから謎を探る。
双方向からの真相への捜索は、時に混乱し、交わりあいながら、
真相に迫っていく。

読み終わって思ったこと。
作品末についている書評を笠井潔が書いているのだけど、彼曰く
この作品のテーマが「自分と他人の境界のくずれ」であるという。
読み進めていると、なぜそうなのかというのは、スグに思いわたる。

この作品に出てくる登場人物は、中高一貫教育の女子生徒で、
特に、美術部の先輩・後輩の間で、強烈に年上の先輩に憧れて、
憧れの人と一心同体になりたいと、その人に成り代わりたいと、
その人に自分自身になってもらいたい、という願望の話とか
出てくる。それと共に「自分は自分でしかありえない」という反発も
同じように含みながら、誰かに自分自身を投影する、
そして投影される、人間関係の繋がりが多い。

誰かになりたいが、なりえるのが自分だけだということ、
まだ自分自身を、自我を確立していない不安定で
揺れ動く少女の精神が、誰かに利用され、そしてそれが元で
事件が起こる。そこにあるのは、狂気という名前ではっきりと
理解できるものではない。
ただ単にに、あちらのせかい・こちらのせかいと言ったような、
曖昧な境界線をつい踏み越えてしまっただけの、
安易で、そして不安定で、不可解かつ混沌として無意識の世界だ。

映画『バージンスーサイド』の原作となった、
『ヘビトンボの季節に自殺した五人姉妹』(ジェフリー・ユージェニデス)が
引用されている節を読みながら、まさにあの作品の空気を感じられるような、
そんな気がした。というより、引用を読んで、作者があの作品の空気を
この作品中に取り入れたかったのか、ということで合点した。

2段組で文量も多く、読み始めるまでは躊躇したけれども、
ほしおさなえの文章が柔らかいからか、
その言葉のセンスが柔らかい、というかな、
すらすらと読めた。二つの死の真相を巡る双方向からの推理を
読者である自分は、情報を与えられているわけで。
その情報から(犯人はあの人?)と思っていたら、
とんだどんでん返しで、目下の犯人ははずれてしまった。
その代わり、一番最後に判明する真相には、
自分の推理、かなり近づいていたけどね。

面白かった。意外にミステリーな要素が多くて、
情報も多いし、登場人物たちが推理しているシーンも多いし。
推理する楽しさもあった。学園物っていうのも、
その限られた特殊な世界での出来事、って感じで好きだな。
少女時代にある、あの独特の感性が生きている作品でした。
混沌として、深層心理の世界。

それにしても、ヘビイチゴ・サナトリウムってタイトル。
この言葉の選びようが素敵。乙女って気がするな。
ヘビイチゴとサナトリウムを組み合わせるセンスが良い。
流石は詩人ですね、と感心した。



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さよなら妖精  11/07/2007  
さよなら妖精 (創元推理文庫)さよなら妖精 (創元推理文庫)
(2006/06/10)
米澤 穂信

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『さよなら妖精』 米澤穂信

古典部シリーズでお気に入りになった米澤穂信の作品を借りてきた。
タイトルからして、妖精だし、ファンタジックな話かと思いきや、
全然そんなファンタジーどころじゃなく、現実感のあるストーリーだった。

物語は、1年前のある出来事を、関った人々の記憶から構成していき、
そして最大の謎を解く、という形をとっているのだけど、
その最大の謎の前に、1年前の記憶をまさぐっていくと、
段々と小さな謎をもはらんだストーリーだという事がわかる。
雨なのに傘を差さない男、墓に添えられていた紅白饅頭の話など。
大きな謎は、1年前に主人公の守屋と太刀洗(センドー)が
雨の日に出逢った黒髪の少女、マーヤのこと。
2ヶ月だけ日本に滞在していたマーヤにまつわる出来事を思い出していって、
最大の謎、マーヤの居場所を突き止めるために、守屋をはじめ、
マーヤを泊めていた、いづるや、守屋の部活仲間の文彦を交えて
色々な資料から、別れた後のマーヤの足取りを追う。

実際、ストーリーは、マーヤといた1年前のある2ヶ月間の記憶を
時間どおりに並べて、どういうことがあったのか、
そこから手がかりを掴むべく話が進んでいく。
大まかなところ、マーヤと出会って、マーヤと別れるまでの
時間が長らく、細かく書かれている。
そこで描かれるのは、マーヤという存在を通して、
マーヤの世界を覗くこと。マーヤがどんな人間であるか。
どういう風に世界を見ているか。
マーヤが生きてきたユーゴスラヴィアという国のこと。
日本では考え付かない遠い国を持ってきたマーヤを、
守屋をはじめ、他の3人も、自分たちの足場である国や、
社会情勢について考えていくようになる。

ボスニア・ヘルツェコヴィナや、サラエボの戦争など、
このストーリーとは関係ないところで、
自分自身、ボランティアで関った事があるので、
このユーゴスラヴィアの問題を取り上げているのが、
とても興味深かった。

本とは関係がないが、『サラエボの春』という映画がある。
そこで映し出されるサラエボの街並みや、住む人々の暮らし、
そして、かつてあったユーゴスラヴィアという国の話。
この作品よりも前に、自分の中にあった知識とリンクして、
読み進めながら、とても苦しい気持になった。

最後の結末、なんだか、(これで締めちゃうの?)という
不完全燃焼を感じさせる終り方で、正直納得がいかなくて、
これより先に進んだ形で終わってもらいたかったなぁと
そこが残念だった。
というより、少し予想のついた終わり方ではあったけど、
こんなにあっけなく、というか。
もうちょっと掘下げて…といっても、多分これ以上掘下げても
何も出てこないんだろうけど、なんか物足りなかった。
んー、なんでだろう。

まぁそれはさておき。

なんとなく思ったのだけど、
マーヤと古典部シリーズの千反田えるは似ている、と思う。
マーヤも黒髪だし、謎を解きたがるところ、知りたがる所、
そして、覗き込んできて質問する所作が、えると似てるなと思った。
著者の米澤さんの好きなタイプなのかしら、ね。


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雪屋のロッスさん  11/06/2007  
雪屋のロッスさん (ダ・ヴィンチブックス)雪屋のロッスさん (ダ・ヴィンチブックス)
(2006/02)
いしい しんじ

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『雪屋のロッスさん』いしいしんじ

初めて、といってもいいかもしれない。
きっちり読んだ、初めてのいしいしんじ作品。

ダヴィンチの広告で見かけて、読んでみたいな~と
チェックすること、1ヶ月前。
図書館で借りられっぱなしだったのを待って、
ようやく本棚で見つけ、借りてきた。

30の職種につく、人々のお話。
短い話は2ページほど。長い話でも5ページぐらい。
その中で、短編といえるんだけど、そこで語られるのは、
その人がどういう風に仕事をしているのか。
仕事を従事している姿が描かれている。
勿論、その仕事に誇りを持ち、その人なりの心持で
取り組んでいて、どの人も自分の仕事をきちんと全うしている。


印象的だったのは『見張り番のミトゥ』と『ブルーノ王子と神様のジョン』。
前者は、臆病者で見張り番の仕事を果せなかったために
村を死に追いやったミトゥが、その後、見張り番として生きていく話。
後者は、“王子”と名乗るブルーノ王子が“領民”に対して、
王子としての責務を全うする話。
ミトゥの話は悲惨であり、自分の罪と向き合うミトゥの
厳しい生き方が描かれてた。臆病者で生まれてしまった自分の性。
自分の性と対峙しながら、逃げ出さずに生きていく人間の強さを感じた。
ブルーノ王子の話は、これまた不思議なバイオリンに悩まされる
領民を王子が救う話なのだけど、最後のブルーノ王子の結末には
心を動かされた。領民を守る、行動を迷うことなく取れる王子は、
責務を全うしたと思う。

いやはや、この2つの話だけでなく、他の話も不思議なのばかりだった。
でも、妙にリアリティがあって、実話を集めた、と言っても信じれる
話ばかりだった。ポリバケツの青木青兵の話も良かったなぁ~。

久しぶりのいしいしんじ作品だったので、昔のブランコのとか
童話のような話を想像していたのだけど、今回読んだ
『雪屋のロッスさん』は意外にも、童話からより進歩した形を
見せてくれたと思う。読んでよかったな。
いしいしんじに少し興味がわいてきた。

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片耳うさぎ  11/05/2007  
片耳うさぎ片耳うさぎ
(2007/08)
大崎 梢

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『片耳うさぎ』 大崎梢

書店ミステリー以外の初の作品。
ダヴィンチで見かけて、読みたいと探したところ、
図書館にあったので、予約待ちして借りてきた。
大きなお屋敷に潜む謎、って、かなりツボなんですけど!

インタビュー記事であったように、凝った作りのディティールで、
お屋敷の見取り図や屋根裏部屋や、隠し階段、
そしてアンティークの家具など、それはそれは、
金田一耕介の事件のような、日本のお屋敷ミステリーの要素が
詰まってて、読みながら楽しかった。

ストーリーは、父の会社の倒産で、父の実家に舞い戻ってきた
母と奈都。実家は蔵波邸と呼ばれる庄屋の大屋敷で、
幾つもの部屋があって、大きなお座敷やら客間やら、蔵がある。
舞台は、この蔵波邸での事件なのだが、登場人物は
主人公の奈都と、その同級生の“姉”である、さゆり。
奈都の母が、急用でしばらく蔵波邸にいなく、
大きな屋敷で一人ぼっちが怖いから、ということで、
お屋敷マニアのさゆりが、奈都母が帰ってくるまで
一緒に泊まってあげる、というストーリーだった。
そんな二人が、蔵波邸の謎と、そこから浮かび上がる因縁と
対峙するお話。

表題の「片耳うさぎ」とは、蔵波邸に伝わる言い伝えから。
昔、蔵波に恨みを持つものがいて、それが片耳うさぎとなり
屋敷に潜入し、人々を殺したという言い伝え。
それゆえ、蔵波では片耳ウサギはタブーになっている。

うさぎのうらみ わするるがべからず
風なき夜の半の月 もののけつどいて
うたげをひらく
人の子死して うさぎおどる

蔵波の人々に襲い掛かる事件の裏には、うさぎがいたのか。
うさぎは、外から来るんじゃない、
最初から、うさぎは中にいたんだ。

そう気づいた後の奈都の行動が素早かった。
最初は蔵波の屋敷の大きさや古さに怯え、
蔵波邸から出て行きたいと、しきりに嫌がっていた奈津が
母親がいない間に、だいぶ甘えていた自分から、少し大人になって
自分のいる場所、蔵波を守ろうとする。

この作品で書かれている魅力って、
お屋敷ミステリーの魅力丸ごとだけど、それだけの話じゃなくて、
母親に頼りっきりの甘えん坊の奈都が、冒険をすることで
少しづつ自分で考えて行動できるようになる、
心理的成長の面白さもあると思う。
そこには、ハチャメチャに行動力だけは抜群のさゆりの存在も
あるのだけど、少女二人で大きな謎解きをする、っていう冒険が
すごく魅力的だ。さゆりが夜中に他人の家でごそごそと冒険するのは
流石に常識がないというか、なんというか。
あんまり褒められたことじゃないけれども。

あたしとしては、この作品で一番良かったなと思ったのが、
うさぎの存在だった。その家に忌むべき出来事をもたらすとされているうさぎ。
誰がうさぎなのか。うさぎにはなりたくないと、家から離れるもの。
自分がうさぎかもしれないと怯えながらも、家に居続ける者。
うさぎ、が象徴するものがなにであるか。
暗喩としても使うことの出来る“うさぎ”が効果的で、
心理描写にも繋がるし、印象的だった。



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東京バンドワゴン  11/04/2007  
東京バンドワゴン東京バンドワゴン
(2006/04)
小路 幸也

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『東京バンドワゴン』 小路幸也

ある読書ブログで記事を読んで以来、読んでみたいな~と
メモっていた本。あっさりと地元の図書館にあった。
聞いたことがない作家だから、こんな縁がなければ、
読むことなかったでしょう。どこでどう縁が繋がって、
本と自分が繋がるか。感謝感謝。

話は音楽関係とかじゃなくて、立派に明治時代から続く古本屋
<東京バンドワゴン>の堀田家のお話。
なんと4世代家族のお話なのだ。
3代目の勘一(79歳)、その一人息子の我南人に、その子供、
紺と、藍子、愛人の息子の青。
紺の妻の亜美に息子の研人、シングルマザーの藍子の子供、花陽。

冒頭に登場人物紹介があるのだけど、
ややこしい…って読み始める前に家系図でもかいてから
読もうと思いきや、物語の語り部が、79歳勘一の死んだ妻のサチなので
読み始めたら、混乱することなく、すらすらって読めた。
ところどころに家訓が張られているお家で、

<文化文明に関する些事諸問題なら、如何なる事でも万事解決>
<本は収まるところに収まる>
<煙草の火は一時でも目を離すべからず>
<食事は家族揃って賑やかに行うべし>
<人を立てて戸を開けて万事朗らかに行うべし>

などなど。家訓がある家に住んでみたい…。

あたしは核家族で育ったので、こんな大家族の話しに憧れる。
誰か毎日家にいて、うっとうしい時もあるかもしれないけど、
確実にそこには自分の場所があって、話し相手もいるし、
寂しい思いをしないでいられそうで、そこが羨ましい。
家に帰っても一人ってことは、滅多になさそうだしな。
出来るなら、人生長いし、賑やかな家族構成で生きていくのって
ある意味、生きるを一番毒する孤独から遠ざけてくれる特効薬になりそう。

話は、春夏秋冬にわかれて、それぞれの季節に
東京バンドワゴンに訪れる謎解きとともに、家族の
一人一人の人生が変わっていく。
勘当されて嫁に来た亜美の実家とのやりとりや、
愛人の子供で生母の顔を知らない青の結婚式や、
いろんな家族の出来事が共に綴られてて、
ただ単にミステリーとして読むよりは、
そういう家族愛を描いた物語として読むと良いのかもしれない。
「8時だよ!全員集合」みたいな雰囲気がある。
ドラマにしてもいいだろうな。

あたしが登場人物で気に入ったのは、
伝説のロッカーである我南人。つねに「~なのねぇ」って
おねえ言葉みたいに喋っているのだけど、
決めるべき時にはビシッと決めてくれる姿がカッコいい。
流石はロッカー。口癖がLOVEなのが、また良い(笑)
あと、ちょっと好きになりかけていた青も恋人できるし、
残念だったけど、それもありかな~と思った。

続き物で、第二作目も発売されてるらしいので、
早くそっちで堀田家のその後の知りたいな。
図書館で探してみよう♪



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わたくし率イン歯ー、または世界わたくし率イン歯ー、または世界
(2007/07)
川上 未映子

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『わたくし率イン歯ー、または世界』 川上未映子

芥川賞の候補作になった、この文筆歌手、川上未映子の
デビュー作品。なんというか、真っ白な文面に、平仮名が多い
関西弁で、息継ぎがところどころある、不思議な文章だった。
地元の図書館で借りようとしたところ、なんと不明図書になっていて、
それで探してもらうこと1ヶ月近く…。
一時期蔵書検索からも消えていたのが、リクエストをしたら、
またもう一度買い直したのか、不明だったのが出てきたのか、
借りることが出来ました。紆余曲折して読めることになったので
嬉しかったな~。

ただ、嬉しかったことは嬉しかったけど、
あまりにも独特な文章に圧倒されて、正直、読むのがきつかった。
この世界観が捉えようがなくて、かつ、関西弁の喋り方が
そのままリズムをもって、文章になっているものだから、
関西弁の文化圏に馴染がない自分は、
(ど、どこまで続くんだろう・・・・)と、途中何度も休みながら
どうにか読み終えました。文学賞受賞作とか、結構分量も少なくて、
1ページに文字数・行数少なくて、すかすかな感じなところが
この本にもあって、そのとっつきにくさにも閉口した。

読みにくかったのは事実なのだけど、その内容は
なんというか、問答を思い出したね。
この、わたくし率っていうのが、この主人公にとっては、
奥歯であり、奥歯に“私”が詰まっていて、その奥歯がキーワードで
歯科医の助手で勤めて、口の中にうっとりする。
私というものが不安定であって、どこにあるのかわからないから、
奥歯ときめてみて、
「私は奥歯や、わたくし率はぱんぱんで奥歯にとじこめられておる!」
と叫んだりする。平仮名が多い文章なのだけど、それが関西弁のリズムを
保っていて、ほんと、歌を歌うように、畳みかけるように続く文章が
独特だった。まさにこんな文章をいままで読んだこと、ない。

この主人公が妄想癖というか、独特の世界観で生きていて、
その自意識が少し、ずれているのが、圧倒された。
職場のある女性から変な手紙を手に捻りこまれたりとか。
まだ生んでもいない、いえ、生む予定のない
子供に対して日記を書き綴っているところとか。
あと、“恋人”な青木の家に押しかける所とか。

あたしとしては、その青木の家にいった化粧女のセリフが
妙にリズム良くて、もの凄くそこにはまってしまった。
まさに関西の人が喧嘩したり、イラついたりしているときの
セリフそのもの、みたいな話し方、話運び。
妙にリアルだった。

一冊に短編が2つ入ってて、
表題の「わたくし率 イン 歯ー、または世界」と
もう1作、「感じる専門家 採用試験」。
後者の方の、主婦と妊婦がスーパーでかけあいをするのが面白かった。
主婦の意見、面白すぎ(笑)そして的確で、あまりにも的確で、
その視点の良さが気に入った。

誰かの頭の中に思考を覗いてるようで(関西弁で喋る人のな)
読むのに苦労したのだけど、でも読み終わった後に、
これまでかつてない文を読んだな、という感想が残った。
これって才能だよね。
こんな文章、真似してもかけないし、そもそも、関西弁圏でないから
自然なリズムがつかめないし。不思議な本だったけど、
こういう本があってもいいし、むしろ新たな才能の形を見れて
満足した。


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小石川の家  11/02/2007  
小石川の家小石川の家
(1994/08)
青木 玉

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『小石川の家』青木玉

1994年に出版された随筆。
著者の青木玉は、明治の文豪、幸田露伴の孫にして、
その娘、幸田文の一人娘。
内容は、幼少の頃の祖父である幸田露伴と母、幸田文の思い出。
小石川にあった家で育った玉の思い出が詰まっている。
エッセイじゃなく、これは随筆、と呼ぶに相応しい作品。

確か10年ほど前にこの本を読んだ、と思う。
題名はインプットされてたのだけど、
内容はすっかり抜け落ちていた。
覚えていたのは、あまり気の効かない主人公の玉子と、
気難しい暴君の祖父、露伴。祖父に従順で、
娘らしく気を利かせる母、文とのやりとり。
だけど、忘れていた。

それが、最近どこかの読書ブログで、「小石川の家」が
憎しみの文章である、というのを読んで、
(はて?そうだったっけ・・・)と思い、
図書館で借りてきた。憎しみ、と、端的に表現できるような
内容だったら、自分も覚えているのだけど。
覚えているのは、読んだ(だろう)ということと、
この本が、幸田露伴と幸田文に関するものということだけ。

あらためて読んで思ったこと。

祖父の幸田露伴の頑固でそして偏屈で暴君な、
まさに旧石器時代(失礼な!)の明治生まれな男なところ。
そして、それに従順でありながらも、父に従わざるおえない母。
この本だけを読んだら、どうしてあの暴君の幸田露伴に
娘の文が、あそこまで尽くすのかわからないのかもしれない。

自分は、幸田文の本が好きであれこれ読んでいたので、
幸田文がいつも父から褒めてもらいたかったこと、
自慢の娘になりたかったこと、そしてそれが叶わなかったことなど、
父と娘の間の葛藤について読んだことがあったので、
この随筆を読んで、その祖父と娘の関係が理解できた。
不器用で、そして他人の気持を、特に家族の気持を顧みない
幸田露伴が、彼なりの愛情を慮れる場面もいくつかあり、
ただ単に、孫の青木玉が祖父の幸田露伴の思い出を
憎しみでもって語っているわけじゃないと、自分は思う。

随筆が書き取る時代は、まだ戦争が悪化していない時期の日本。
小石川で暮す露伴と文、そして玉子の生活。
幼き日に祖父と貝殻あわせを、そして弓をいって遊具を作ったり、
法螺貝を吹いた思い出。祖父の下に訪ねてくる文豪や本屋の人々。
客人への御もてなし。
そして、時代は戦争時期に移り、空襲が酷くなるさなか、
一家で疎開をする場面が出てきて、戦争が終わった頃、露伴が亡くなり、
その回想と共に、時代が一気に流れ、母の文の死で終わる。
いってみれば、一冊に書かれたのは、祖父と母の思い出である。

随筆の後半、露伴の死に関し、著者が
露伴全集の終わりの巻に収められた「愛」という一編について語っている。
これは、露伴、文、そして玉子の生活で起こったある出来事から
書かれた一編であるが、そこに書かれた内容を、
著者は母の文が亡くなるまで恐ろしくて読めなかったという。

・・・・・・・・・・・・

人との繋がりは常に愛憎ともにあると母は言っていた。
それを悟らせたのは祖父であろう。
耐え得たものだけが知るところである。
愛という、この美しく人を和ませ、慕わせ、迷わせもする言葉の
極まった姿に対して、私はあまりに弱く幼くて思考及ばず、
畏れだけ得たと思う。

・・・・・・・・・・

この「小石川の家」が書かれるようになったきっかけは、
著者が祖父、幸田露伴の思い出について聞かれた時に
「露伴先生はやさしいお祖父様だったんでしょうね」
といわれたのに対し、少女時代の、露伴に叱られた思い出を
語ったことから、一冊にまとめられるようになったという。

ここで書かれている祖父、露伴の姿は、優しい、などという
形容詞だけで表されるものではない。
心許せる身内だからこそ、その風当たりは強く、
時に憎しみと思われるような酷い仕打ちをも、してしまう。
その家族の中に流れている愛憎の記憶、これが綴られている。

概して人は、時が過ぎ去ってしまえば、良い思い出しか残らないという。
生きている時はどんなに酷い人だったとしても、
死んだ後は、その人との良い思い出や良い一面を強調して語るように。
しかし、この本にはそういうぼやかしはない。
良い思い出よりも、叱られた思い出、悔しかった思い出が多い。
美化するのではなく、きちんと見定めて覚えておくっていうのは
なかなか難しい、特に故人にまつわることについては。

不器用な家族、と幸田家のことを思うが、
不器用って言葉だけからははみ出すほどの、なにかがある。
虐げられても、報われなくても、実父に尽くす文の姿や
病気の文を心配する心から貶す言葉しか出てこない露伴。
そして、祖父に叱られることを恐れながらも、
いつも失敗してしまう孫の玉子。
祖父や母が偉大なる作家だといって、それがそのまま、
家庭内での姿であるわけない。そんな当たり前のことが書かれてて
読むと、少しほっとしたりする。

熱く語ってしまった・・・。

今回、この随筆は文庫化されてて、手に入れやすい値段でも
売っているのだけど、あえて、紹介用にアマゾンの方では
ハードカバーの方を選んでみた。

だって、こっちの装丁の方が、凄く素敵だから。

小石川の家には、大きな椋の木が道まではみ出してて、
ついでには、2階にあった露伴の自室の窓からは、
椋の木がすぐそばまで枝を伸ばしてて、それはそれは、
周りの雑多な風景を緩和してくれていたらしい。
幸田文も「自分の庭」として、小石川の家の庭を愛した。
そんな庭を描いたのが、この表紙。
水墨画に木々の緑をひいているのが、しっとりと情緒があって、
さすがは風流人の露伴の家だわ~って思える。
文庫本の表紙も素敵(これの色違い風)なんだけど、
やっぱり、「小石川の家」の記事と共に出したいのは、こっちの装丁かな。

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りはめは100倍恐ろしい  11/01/2007  
りはめより100倍恐ろしい (角川文庫 こ 28-1)りはめより100倍恐ろしい (角川文庫 こ 28-1)
(2007/08)
木堂 椎

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『りはめより100倍恐ろしい』木堂椎

第1回青春文学大賞受賞作。
受賞した作者は当時17歳。
全て、携帯で書いた、というのが話題になった。

いじりはいじめより100倍恐ろしい。
いじめだと、いじめられる方に何かしらの非があり
そして明確に、苛める人間が悪で苛められる人間が弱者と
すぐに位置づけられるけれども、いじりは違う。
あくまでも「じゃれあい」や関係性の問題。
いじられる側は、関係性を保つために、
“いじり”という名前で、いじめにも等しいことを
やらされなくてはいけない。
そして、いじりには、果てがない。
いじりには原因がない。しいて言えば、
人気者といじられキャラは紙一重。
ただ、それだけ。いじられキャラ確定されたら、
ずっと、その人間関係と環境にいる限り、いじられ続ける。

主人公の典孝は、中学時代、「キョジャク」とあだ名をつけられ
いじられキャラで最悪な思い出がある。
いじられないために、高校デビューを果たし、
いじられないために、誰かをいじられキャラに進んで落としいれ
いじられないように行動していく。
典孝は無事に高校時代をいじられずに卒業できるのか。

舞台はバスケ部。そこでの目まぐるしく、いじるーいじられる側との
交替劇が行われる。相手の弱点を掴んで、そこをターゲットにしろ。
いじられるまえに、いじってしまえ。

読後、というより、読みながらも、このいじり合戦での
人間の表裏が嫌になって、放置しようかと思ってしまった。
ほんと、作者の言うとおり「救いがない話」。
典孝はいじられキャラを作ることで、自分がいじられることを
回避する作戦に出るが、その陥れられた「いじられキャラ」の
グッキィは部活をやめてしまう。
そして、ついに戦いの火蓋が切って落とされたとき、
典孝を助けてくれた人物は・・・。

最近文庫化されたね。
これを読んでいると、高校時代とか、中学時代の
あの閉鎖的で、小さな世界の中で派閥争いのように、
人間関係の弱肉強食の暗い世界を思い出すよ。

どこにだって、弱肉強食はある。
かといって、典孝みたいに作戦を立てて、そこに打ち勝とうとか
出来るだけ、勝者になろうとは思わない。
所詮、関係性なんて、1つの毛布と同じ。
その毛布の端を握る事をやめてしまえば、別に関係の無いこと。
毛布を握り続けたい、皆と連帯したいと思うからこそ、
必死になって、弱肉強食の世界に殉じてしまう。

やめないか、そんなこと。
そう一言言いたくなった。

やめたら終わりなんだろうか、この世界の。
終わりは始まりであるから、別にやめたからといって、
世界が終わるわけじゃない、と思う。
既に毛布をもつことを意図的にやめたり、続けたりしている自分にとって
この作品は、必死で毛布を掴んでいる人間たちの物語としてしか
思えなかった。苦しんだりしているのは毛布を掴んでいるからなのに。
それでも毛布を離さない、っていうのは、そこに
なにか必死で守るべきものなんだろうか。

そんなことをぼんやりと考えながら、とりあえず読んで終わった。



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