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After the Party  12/11/2005  

**** After the Party.********



ハローウィンパーティは
侑人さんと一緒に過ごせなかった。


あたしの恋人であり
専属執事で、九条院家の執事長で
家例でもある樫原侑人さん。
九条院家でのパーティだから
当然、侑人さんはとても忙しい。


侑人さんが指示を出して
飾り付けや食事の準備や
パーティの進行を全て決める。
侑人さんだからこそできる
こんな仕事。

そう、あたしの恋人は
とても有能で
仕事ができて・・・
すごく素敵な人。










・・・・・・・・



パーティの準備で
傍についていられないからと
あたしの世話を侑人さんが
真壁さんに頼んでくれた。


「申し訳ございません。****お嬢様」

当日は真壁が****お嬢様の
お世話を担当しますので。


そう侑人さんがあたしに頭を下げた。
ちょっと寂しかったけど
でもこれはしょうがないことだと
わかっているから、と少し笑ったら。
侑人さんがあたしの右手を取って
その手の甲にキスをした。


「終わったら君の元に戻るから、大人しくそれまで我慢できるかい?」



恋人になった侑人さんが
そうあたしに問いかけるものだから
握られた右手を頬に当てて
侑人さんの手にあたしは頬擦りした。


「うん。待ってる」


「いい子だ」


愛しそうにあたしを見つめる年上の恋人。

「パーティ終わったら、いつものように2人で過ごそう」


侑人さんが柔らかく抱きしめてくれたから
それに身を任せた。
侑人さんの細い指があたしの顎を摘んで
いつものように優しくそっと自然にキスしてくれた。

















パーティの仮装は
中世の貴婦人をイメージした。
オフホワイトのドレス。
侑人さんが選んでくれた。
義兄さんが貿易関係で取引している
イタリアのアトリエで作られたクラシカルなドレス。

丸く開いた胸元にはレースが施され背中も開いている。
シルクオーガンジーのトレーンから覗くレースがとても素敵。
すっきりだけどふんわりと降りる裾。
レースで作られた透ける袖。
中世のジュリエットが着ていたような
そんなオフホワイトのドレス。


少し大人っぽい感じ。

準備をしているときに真壁さんが迎えに来てくれて
髪の毛を結い上げてくれた。緩くカールがかかった毛先。
小さなティアラを真壁さんがそっと被せてくれる。


髪飾りは赤い薔薇の花。

耳朶の後ろにつけられる薔薇の香りの練り香水。

優しく丁寧にゆっくりと筆で紅を塗られる。


そして顔には真壁さんが準備してくれた
鈍い金色に光る仮面をつける。


足元にはドレスと共布に思えるホワイトベージュに
クラシカルレッドの糸でバラの模様が刺繍されている。
そっと真壁さんが靴を履かせてくれる。
優しく足首にもつけられる薔薇の香り。




「まさに貴婦人です」



真面目な顔をした真壁さんがそう褒めてくれた。
少し頬が赤くなってる?


「ありがとう、真壁さん」


吸血鬼の仮装をした真壁さんは
はまりすぎるほどはまってる。


「非常に古風な美しさで、本当にお美しい」


いつもの真面目な真壁さんからは
聞けないような大絶賛にあたしも嬉しくなった。


「真壁さんが髪の毛のセットやお化粧もしてくれたからだよ」


真壁さんってこんなこともできるんだ、と
びっくりするほど,
お化粧道具を扱う真壁さんはとても器用で。
綺麗にお化粧してくれた。
いつもはつけない紅い色の口紅さえも
あたしに似合っている。


クラシカルなドレスを着たあたしと一緒にいると
真壁さんとあたしだけ違う時代の人みたいだね。


そう言って笑ったらまた真面目な顔をして
真壁さんが「恐れ入ります」と言った。






・・・・・・・・・







真壁さんにエスコートされて会場に行くと。


既にパーティ会場は玄関から続く絨毯も
オレンジ色に変わってて
カーテンもテーブルクロスも
すっかりハロウィン仕様になっている。



(これじゃ、侑人さんが準備で忙しいのもわかるわ)


屋敷全体がハロウィン仕様に変わっている。
そっと窓から覗く庭もハロウィンに合わせて
飾り付けされてる。










つつがなくパーティが進む中
真壁さんが傍にいてアップルサイダーや
パンプキンパイも食べさせてくれたけど・・・


あたしはずっと侑人さんを探していた。

















パーティ後半。



会場にしっとりしたワルツの曲が流れる。
メロディアスでロマンチックな雰囲気。

義兄さんが姉さんに
「これからは大人の時間だよ」と
2人が最初に踊りだした。


侑人さんがいないことに気落ちしながらも
あたしはダンスの誘いを受け
最初に晶さんと、その次はウォルフさんや中岡さんと踊った。


ファーストダンスを申し込んでくれた晶さんは
いつもの口の悪さもなく
とても綺麗なレディになったね、と褒めてくれた。


ウォルフさんはいつもどおり
ダンスに誘ってくれるだろうとは
想っていたけれども
ナポレオンの格好をした中岡さんが


「一曲、お相手願えますか?」

と尋ねてきた時にはびっくりした。
隣にいた真壁さんもちょっと驚いていた。


「ええ、喜んで」


差し出された手を握ったら
中岡さんが少し赤い顔をして
にっこりと笑ってくれた。

中岡さんと踊った後、義兄さんとも踊った。


今日のオフホワイトのドレスが
とても綺麗だと褒めてくれた。


まるでこんなオフホワイト一色のクラシカルなドレスだと
ウェディングドレスのようだとちょっと寂しそうな顔をする。


「本当に侑人と****ちゃんが恋人同士になってくれてよかった」


「義兄さん・・・」


「おかげでこんなに優雅で気品あふれる****ちゃんをみれた」


「うふふ」


「まったく侑人が妬けるよ」


「え?」


「こんなに綺麗な****ちゃんをお嫁さんにするなんて」


「義兄さんったら」


義兄さんには姉さんがいるじゃない?
それにまだ結婚の話なんてされたことないよ?


恥ずかしがるあたしを
義兄さんが優しく見つめる。


「それはそんなに遠くないんじゃないかな?」


「え?」


「侑人が君を手放すとは思えないからね」


嬉しすぎる言葉であたしが頬を染めていると
少し義兄さんが困ったような顔で溜息をついた。


「きっとぼくは君の結婚式で泣いてしまうんだろうな」


「そう?」


「うん、きっとね。こんなに可愛い義妹が他の男のもとへ行くのだから」


「・・・あたしが結婚するとしたら侑人さんしかいないよ?」


「侑人でも、誰でも、だよ」


それぐらい君は今日綺麗だ。
この手を離したくない、と想うほどにね。
どこにもお嫁に行かせたくないよ。


穏やかで優しい義兄さん。


侑人さんとは違う愛情で
義兄さんから包まれているのを実感する。
侑人さんがいなくて寂しかった心が
少しだけ癒される。



年上の義兄さんから見てもこの格好がとても上品で
大人びて見えるのなら、侑人さんもそう想ってくれるかな?



会場をステップ踏んで回りながら
目ではずっと侑人さんを探してる。



踊っているあたしを見つめている
隆也君や誠吾君、中岡さんやウォルフさん、
真壁さんと目が合う。
晶さんもあたしを見ている。



皆、あたしの今日の仮装を
とても綺麗だと言ってくれた。


ドレスもさることながら仮面をつけているからか
いつものお嬢様よりももっと大人びて見えて
とても美しいって。



・・・・そんな言葉、侑人さんの口から
一番最初に聞きたかった。


いろんな人からの褒め言葉より
なによりも欲しかったのは
大好きな人の言葉。


少しだけでも侑人さんの時間を
あたしにくれたらな。
今日、すごくお洒落したのに。
この仮装だって・・・
気品あふれる貴婦人を目指して
一回り年上の侑人さんの隣に並んでも
見劣りしないように大人っぽくしたのに。









結局、侑人さんは見つけられないまま。



パーティは終わり
真壁さんにエスコートされて部屋に戻ってきた。
着替えを手伝いましょうか?と聞かれ
断った後、真壁さんに仮面を返した。















部屋で一人残されて。
あたしはドレスを着替えられずに
ソファに座っていた。


(たしか前にもこんなことあったな)


侑人さんと初めてキスした日を思い出す。
自分の想いを伝えた日。
着替えずに待っていたら
また侑人さんと踊れるかな?



侑人さんにはあたしの傍にいる
専属執事以外の仕事も沢山あって。
忙しいってこと分かってる。
だからいつも我がままは言わないって決めてる。


でも・・・。


今日のこの格好はきっと侑人さんが
とても褒めてくれるはずだから。
侑人さんに見て欲しかった。


それに―――。
侑人さんとダンスを踊りたい。


今日いろんな人と踊ったけど
でも一番最後のダンスは侑人さんと踊りたい。


今日のパーティ会場、本当に素敵だった。
ハロウィンパーティ。
仮装した侑人さんを見てみたかったな。
仮装していた中岡さんや真壁さん、ウォルフさんも
他の皆も素敵だったし。
きっと侑人さんだったらもっともっと素敵なはず。



侑人さんの言葉を想い出す。


終わったら戻ってくるって言ってた。



それなら・・・・。



あたしは自分の部屋を
そっと抜け出した。















オレンジ色の絨毯。


ホールの電気は消えていた。


飾り付けのされた窓はカーテンがひかれずに
そのままの状態。
黒の総レースに紫色の刺繍が入った
ハロウィン特別仕様のカーテン。



(こんなところまで凝ってるって素敵)




窓から月の光が入ってくる。

窓から覗くと庭園の外灯も
かぼちゃの形に変わっていた。
思わず可愛らしくて笑ってしまう。
ホール中に飾られた
かぼちゃやお化けなんかのオーナメント。


本当に今日のハロウィンパーティは
とても素敵だった。
オーケストラの演奏でダンスも踊れた。
いつものお屋敷の人たちもとても素敵だった。

だからこそ・・・
侑人さんに逢えなかったのはとっても残念だった。




でも・・・・確信はあった。


ここで待っていたら
きっと侑人さんが探してきてくれるって。





誰もいないホールはしーんとしてて。
さっきまでの華やかなパーティが
終わった後の静けさ。



(こんな静けさ、好きだな)



いつからか、パーティよりも
パーティが終わった後のほうが好きになっていた。



きっとそれは
侑人さんに想いを告げた日から。



華やかなパーティで楽しむより、パーティが終わって
その余韻が残った時間を侑人さんと味わいたい。


その時間のほうが
もっと大切。


終わった後の静けさが好きだなんて
きっとあたし変わってるんだと想う。





窓際に置かれたソファに座る。



きっと会場の片付けは明日かな。
明日には無くなってしまう今日だけの、この空間。


月の光でも十分に明るいくらい。
そっと窓から庭を覗いてみる。
10月の終わりの庭園はコスモスや秋の花が咲き乱れている。


月も満月に近くて。


(早く侑人さん来ないかな・・・・)



待ち合わせをしたわけじゃないのに。




きっと来てくれると
信じてるから。


あたしはパーティの疲れもあって
近くのソファでうたた寝してしまった。













・・・・・・・・・・・




ふと目が覚めた
何か音が聞こえる。


え・・・?


あ・・・眠っちゃってた?



思わずびっくりして起きたら
ホールの隅から音が聞こえる。



なんかいつもとは違う音。


電気はついていない。
ホールは月の光だけ。





でも・・・。



あれ?と想ってそこに近づくと
古いレコード機があった。
レコード盤が回ってる。
じーっという音と共に
静かにジムノペディが流れた。











「****」


優しい声が
あたしの名前を呼ぶ。
その声で誰かわかるよ。




「・・・侑人さん」



振り向けば
あたしがずっと逢いたくて待ち焦がれていた人。


両手には2つの
ろうそくが入れられたジャックランタン。
かぼちゃの目や口から
柔らかい灯りがこぼれている。


思わず駆け寄ると
侑人さんが仮装しているのが分かる。
そして、その仮装に目を丸くする。



「侑人さんそれって・・・」


両手に持っている
ジャックランタンの光で
その姿が浮かび上がる。


「****がここで僕を待っていると想ったから、着替えてきたよ」


「え?」



「約束しただろう?パーティが終わったら戻るって」



「うん」



「どうしたの、そんなきょとんとした顔をして」



「だって・・・」



あたしが驚いている様子に
侑人さんがくすっと笑う。



そしてホールの隅に置かれた
テーブルにそれぞれ1個づつ
ジャックランタンを置いた。


「ね、侑人さん。その格好って・・・」


「ヴァンパイアだよ」



灯りをテーブルに置いて
近づいてきた侑人さんは
吸血鬼のマントを羽織っていた。



真壁から借りたんだ。



そう言いながら
近づいてくる侑人さんの影が
蝋燭の光でゆらゆらと揺れる。



黒の燕尾服に
黒の蝶ネクタイ。
そして黒いマント。


(さっきの真壁さんのヴァンパイア姿もよく似合っていたけど・・・・)


侑人さんはとても・・・
淫靡でもっと艶ぽい。




「さっきまで準備や片づけで追われてたからね」


すごくカッコよくて
ドキドキしてしまって・・・
あたしは侑人さんから
目が離せなくなっていた。



「待ちくたびれた?」


「・・・ううん、大丈夫」



侑人さんがあたしの髪の毛を撫でる。
思わず自分が真っ赤になるのが分かる。


「どうかした?」


「う、ううん」



あたしが見惚れてることに気がついて
侑人さんがくすっと笑う。



「こんなところで寝てたら風邪を引いてしまうよ」



「・・・侑人さんが見つけてくれるって分かってたもの」



侑人さんがあたしの前に立つ。
蝋燭の光が逆光でその表情は見えないけど。
すごく愛しそうにあたしを
見つめているのが感じられる。


伸ばされたその手が優しくあたしの頬を撫でた。
あたしはその手を掴んで自分の頬に当てた。



「侑人さんを待ってたの。侑人さんと踊りたくて・・・」


侑人さんと踊るまで
着替えたくなかったの。
この姿を見せたかったんだ。



「しょうがない子だ」


侑人さんが優しく笑いながら
あたしだけに聴こえるように
囁いてくれた。










おいで。









手を引かれて
ホールの中央に立つ。





部屋に静かに流れる
ジムノペティの柔らかいピアノの音階。

ジャックランタンから漏れる灯り。


窓から差し込んでくる月光。


そしてヴァンパイアの格好をした恋人。



「いつもだったら、こうやってホールなんかでは踊らないけど・・・」


「うん、わかってるよ」


建前は執事長の侑人さん。
2人でいるときは執事だったり恋人だったりするけど
部屋で2人きりじゃないときは大抵は執事の樫原さんだ。



「この蝋燭の光だけで、誰にも見られないなら大丈夫」


「そうだね」


侑人さんがあたしをぐっと引き寄せる。


「一曲、踊ってくれますか、マドモアゼル?」


「ええ、喜んで」


優しく組まれる手。背中に添えられる手。
優しく笑った侑人さんがゆっくりと踊りだす。
そのリードに合わせて
あたしも靴で床を滑るように踊り始めた。

部屋の隅でともる蝋燭の光で
二人の影が揺れるのが分かった。













「やっぱり、侑人さんとの方がすごく踊りやすい」


「それはそうだよ」


なんていっても僕は君の恋人だから。
君のタイミングや身体の使い方、
呼吸の速さまで知ってる。


緩やかでありながらも
しっかりとリードしてくれる。
ナチュラル・スピン・ターン、リバース・ターン。
侑人さんに導かれるままあたしはステップを踏む。


侑人さんは踊りながらあたしの瞳を見つめる。
あたしも侑人さんを見つめる。
踊っている間はあたしと侑人さんは
本当に二人だけの世界になる。



「ねえ侑人さん、覚えてる?」


何も言わないのに
侑人さんが優しく頷く。


「あの時と一緒だね」


あたしが想いを告げた日のこと。
初めてキスした日のこと。
あの日もこうやって侑人さんと踊った。



「あたし・・・ずっと侑人さんに恋していたのに、その気持ちを言えなくて」


「わかってたよ」

君の気持ちは全て。
嬉しかった。



そう伝わってくる言葉が
あたしも嬉しくて。
そっと肩に頭をもたれさせた。



「今日のこのドレス姿、とても綺麗だ」


「ありがとう」


侑人さんの手があたしの肩や
ドレスから出ている背中をなぞる。



「パーティで誰と踊った?」


「ん?」


侑人さんの目がじっとあたしを見つめる。
・・・あたしがこうやって問われることに弱いって分かってて。



「・・・晶さんと踊ってウォルフさんと中岡さん・・・義兄さん」



真壁とは?と訊かれて首を振った。
侑人さんがそっと笑うのがわかる。
安心したのかな?



「慎一郎様と踊られてるのは見たよ」


「え?」



「丁度その時会場にいたからね」

いつもの笑顔でにっこり笑う。


「気がつかなかった・・・」



「踊りながら楽しそうに、どんな話してたの?」



どこにいたの?と聞く前に質問で返された。
その言葉は・・・疑問系だけどあたしは知ってる。
これって、全部話しなさいって軽い命令形。



「・・・とても綺麗だからどこにもお嫁にやりたくないって言われたの」

「あたしの結婚式にはきっと泣くだろうな、って」



思わず義兄さんの困り顔を思い出して
くすっと笑ってしまう。
そんなあたしを侑人さんが真面目な顔で見返した。




「慎一郎様が僕にとって一番の恋敵ですね」



「え?」



さらりと言われた言葉にドキッとする。


そのままターンでくるりと回される。
戻ってきたところは侑人さんの胸の中。
侑人さんは何も言わずにいつもの笑顔だった。


侑人さんの冗談、
ほんとにわかりにくいよ。



「それにしてもこんなにも綺麗な姿でハロウィンパーティ出席なんて、さすがは僕の恋人だ」



「侑人さんが選んでくれたからだよ」



侑人さんが少し赤くなりながらも
あたしのことを褒めてくれる。
それがとても嬉しい。



「もっとこっちおいで」


侑人さんを見つめたらステップを踏むのをやめて
背中に添えていた手でぐっとあたしを抱き寄せた。
そして組んでいたその手をあたしの頭に添えて
じっと見つめる。



「本当に綺麗で、見惚れてしまうよ」


「・・・あたしだって・・・侑人さんがとても素敵で見惚れちゃうよ」




「奇遇だね」


思わず笑ってしまう。
懐かしい言葉。


この言葉を最初聴いたとき・・・
すぐには意味がわからなかったけど
でも、とても嬉しかった。
あたしの中で忘れることのできない言葉の1つ。




「うん。それにこういうの両想いっていうんだよ、侑人さん」



「知ってるよ」



思い出しているのがわかったのか
侑人さんがにっこり笑った。


視線が交わる。



そっと瞼を閉じたら
自然と唇と唇が重なった。


ジムノペティの音階。



緩やかでも静かに激しいキス。
角度を変えて何度も繰り返される。


唇も吸われて、舐められる。


Kiss off.
キスで口紅を剥いじゃうことって
侑人さんが前に英語の宿題をしているとき教えてくれた。










時が止まる。










いつの間にか
曲が終わっていた。









侑人さんがずっとキスしててくれた。
永遠かもと思うほど長く。
何度も何度もキスされる。


繰り返されるキスに心奪われる。


キスしながら髪の毛を撫でられる。
ドレスの背中、開いたところから
肌に触れる。


ドレスの背中から差し込まれる指先。
それはひんやりとしながらも
優しく撫でてくれる。


うっとりして力が入らなくなって
そのまま侑人さんにもたれたら
唇が優しく離された。



「曲が終わったね」


「うん」


「もう少し踊る?」


「ううん・・・さっきのでラストダンスは充分」



侑人さんが耳元に顔を近づける。


「薔薇の香りがする」


「うん」



耳朶の後ろにつけた練り香水。
きっとキスで体温が上がったから
それで香りがするんだと想う。




「これだけ近づかないと、匂いがわからないようにちょっとだけ」




侑人さんが傍にいなくて
ちょっと寂しそうな顔をしていた
あたしに真壁さんが
夜を楽しく過ごせる魔法だって
そっと付けてくれた。




その意味が今、よくわかる。






「キスされることわかっていたからかい?」




優しく笑う声が聞こえる。


パーティの時間に一生懸命侑人さんを探していた
心細さや不安や寂しさが全部消え去っていく。
楽しかったけど、でも侑人さんがいなくて
ちょっぴり寂しかった。
パーティが終わった余韻を今、2人で味わえて・・・
こんな甘い時間がずっと続けばいい、と想った。



「侑人さん・・・大好き」




そう言って侑人さんの
燕尾服の胸元に頬を寄せる。



「****・・・」



ふわっと何かが背中に被さった。

一瞬の後。
マントの中に包み込まれた。

侑人さんがマントを持ちながら
その中にあたしを閉じ込めた。











真っ暗の中。




さっきも蝋燭の明かりしかなかった
暗い部屋だったけれど。
今はもっと真っ暗。頭の先からつま先まで。



ヴァンパイアのマントの中。



何も見えなくなって
ただそばにある侑人さんの
身体しか感じられない空間。


「侑人さん・・・? 」


ちょっとだけ不安になって
侑人さんにしがみつく。
そしたら侑人さんが
くすっと笑うのがわかった。




「僕の心臓の音、聴こえる?」


「うん・・・」




少しだけ速い。



抱きついている
その身体を通して言葉が
自分に響いてくる。




真っ暗なのはちょっと怖いけど
でもそれが侑人さんのマントの中だから・・・
怖いけれどでもこのままずっと包まれていたいと想うの・・・。


抱きしめられるだけで満たされる気持ち。



侑人さん・・・って抱きついたら
抱き返してくれた。













本当に君は僕の腕の中だけに
納まってしまって。
時々可愛すぎてたまらなくなる。





侑人さん・・・。





こんな可愛い君だから
慎一郎様が手放したくないと
冗談でもおっしゃる理由がわかるよ。




ふふ・・・あれは義兄さんの冗談だよ。





そうかな?





侑人さんの少し真剣な声が響く。





慎一郎様が君を可愛がりすぎて
結婚を許してくれないのなら―――





いっそこのまま君を浚ってしまおうか。



え?




ヴァンパイアの花嫁になるかい、****?



・・・!!



言葉に驚いて顔を上げたら
侑人さんがじっとあたしを見つめていた。





「返事は?」



その瞳の色が妖艶で情熱的にあたしを見つめてる。
いつもの優しくて柔らかい侑人さんじゃなくて
もっとその奥にある一人の男の人だった。


思わずドキッとしてしまう。



「答えて、****」



軽い命令形にあたしはくらくらしてしまう。
こうやって・・・たまに支配的な侑人さんも
好きだと感じてしまうの。





「・・・・侑人さんみたいなヴァンパイアだったら、あたし、浚われてもいい―――」



答え終わらないうちに
激しく唇を奪われた。


さっきとは全然違う。


侑人さんの舌があたしの口の中を全て味わう。
熱で浮かされる。
全て奪い去られるかのように
激しく求められて。
息もつけなくなった。



「愛してるよ」



両腕で抱きしめられて
その腕の束縛から
逃げられない。


どこにも逃がさない、とマントにも包まれて
その腕にも拘束されて―――





苦しいって侑人さんの燕尾服の裾を指先で
一生懸命引っ張ったら不意に唇が離された。




「っ・・・・!!」


少し咳き込みながら
侑人さんに抱きしめられる。




「・・・****がとても可愛いからだ」




荒くなってしまった呼吸を整えようとしたら
侑人さんがあたしの顎をしゃくって
自分の方に向かせる。
その親指で息の荒いあたしの唇を優しく撫でた。





「なんだかいつもの侑人さんとは違うみたい・・・」



いつもより・・・激しい。


強引でずるいところも
たまに意地悪で怖いところも
わかっている。
そしてそれを見せてくれるのも
あたしにだけってことも。
思い余って実力行使に出ちゃうのも
あたしに対してだけだってことも。


今は知ってるよ。




「嫌?」



あたしは静かに頭を横に振った。


「嫌じゃないよ、むしろ・・・ドキドキする」



こんな、侑人さんの一面を
あたししか見れないことが。

少し戸惑いながらも頬が赤くなる。

侑人さんの手が優しく
あたしのからだのラインを撫でた。






なぜだろう。
きっと君があまりにも綺麗だから
パーティの時に一緒にいれなかったことを
悔いてるのかもしれない、僕は。
手放したくないという慎一郎様の気持ちがわかるからか。




その言葉が切なそうに聞こえる。




でもね、****。

「君が襲いたくなるほど綺麗だから気持ちが抑えられないんだ」




言い訳がましいその言葉に
くすっと笑ってしまった。



だってさっき襲っちゃったのに。
マントの中に閉じ込めて腕も拘束して
あんなキスなんて襲ってるのと同然だよ。
それをあたしの責任にするなんて
ずるいよ侑人さん。





拗ねながらそう言ったら
侑人さんがちょっと瞳を和らげて
そうだね、って言ってくれた。












「あ・・・薔薇の花が」


気がつくと髪の毛に飾られていた
薔薇の花が落ちていた。
花弁が何枚か取れて
あたしと侑人さんの周りに散っている。


「花を散らすなんて・・・・」



赤い花弁が侑人さんの黒いマントにも付いている。
花弁を摘んだ指先を侑人さんが包んだ。
その指先にそっと侑人さんがキスをする。



あまりにもその動作が色っぽくて・・・
目を離せなくなってしまったあたしを
侑人さんがまた抱きしめる。



力が抜けて指先から
赤い薔薇の花弁が
はらはらと落ちていく。





「・・・・本当に侑人さん、ヴァンパイアみたい」





・・・闇の魅力っていうのかな。
妖艶で・・・淫靡で・・・
見ちゃいけないほど綺麗で
思わず心を奪われてしまうの。





「****はヴァンパイアが好きかい?」



「違うよ・・・。侑人さんだからヴァンパイアが好きなの」




今日の侑人さんは・・・いつもと少し違う。
でも・・・こんな侑人さんもすごく好きだよ。
今、あたしがすごくドキドキしてるのわかる?





「****」


「なあに?」



侑人さんの瞳が魅惑的に光る。
その瞳がじっとあたしを見つめながら愛を囁く。





「もし僕がヴァンパイアだったとしたら、君を浚って、ヴァンパイアにして永遠に君だけを愛すだろう」


こんなに綺麗で愛しい女性を前にして
浚いたくなるのは当然だよ




「そして僕は君の血しか吸わない」



「え・・・」




そう言いながら
侑人さんの綺麗な指が
あたしの首筋をすーっと撫でた。
鎖骨と鎖骨の間のくぼみを
指が円を書くように撫でる。



ひんやりとした指先。





「だって愛してるんだから、飲みたいのは君の血だけだ」


指先があたしの髪の毛を
少し耳朶が見えるようにかきあげる。




「・・・・侑人さん、冗談わかりにくい」




「冗談じゃない」




「侑人さん・・・」





ゆっくりと耳元に近づいてくる唇。









そういうのもいいと思わないかい?


密やかに笑う声にさえ胸が高鳴る。





今日はハロウィンだから。
こんなことさえもきっと許される。
僕がヴァンパイアになっても。
そして君がその花嫁になっても。




「・・・なんだか怖いよ、侑人さん」



「怖くなんかないよ」




耳朶を軽く舐めながら、そこで喋られる。
その感覚で思わず力が抜けそうになる。





「こういう風に愛されるだけだ」



あ・・・・




侑人さんがゆっくりと
あたしの首筋に噛み付いた。



「っ・・・・!!」



思わずきつく目を瞑る。


痛みじゃない。
これは・・・気持ちよさ。


生温かい唇や
這う様に動く舌。
軽く噛んでくる歯。
肌に吹きかけられる温かい息。




(侑人さんに食べられちゃう・・・)



強烈な感覚で
思わず身体の力が抜ける。




くらっとしたあたしを侑人さんがつかさず
お姫様抱っこのように抱きかかえた。




「っ・・・!!」



侑人さんがくすっと笑う。



魅惑的に微笑みながら
あたしに言い聞かせた。





今日はもうここには誰も来ない。
鍵も閉めてしまったからね。

ヴァンパイアに浚われた花嫁だよ、今夜の君は。
僕の意のままだ。
可愛い****。本当に可愛くて仕方ないんだ。
浚ってしまいたい、このままずっと遠くまで。

誰にも邪魔されないところへ。
2人だけになれるところへ。










僕達2人のパーティはこれからだよ。










顔を近づけて侑人さんが
あたしにしか聴こえない声で囁く。



初めて侑人さんに
抱かれた夜のように。


あたしの中から余裕なんてものが
侑人さんよって全て剥ぎ取られる。
侑人さんに囁かれるだけで。
その言葉の魔力に身も心も束縛される。


これから起こることに胸が高鳴って
何も喋れなくなったあたしは
ただ静かに目を伏せた。



その瞼に侑人さんが
優しくキスをしてくれた。










黒のマントが翻されて
2人の姿を隠すように
包み込まれる。



闇に奪われるかのように
白いドレスが乱れる。



ホールの静寂を乱す気配。



蝋燭の明かりが揺れる。



ジャックランタンから
零れる灯りが
弱弱しくなる。


オレンジ色の絨毯に延びる影。
格子のように絨毯にうつる窓枠。



月は雲で覆い隠される。



時折、青白い月光が
天井のステンドグラスに刺し込む。



鳴り終わった後の
レコードの針が止まる音。




絨毯に散らばった赤い薔薇の花弁。



テーブルに置かれた
小さなティアラ。







衣擦れの音。
侑人さんの息遣い。
漏らしてはいけないと
抑えるあたしの声。


そっと吐き出される溜息。







闇にゆっくりと飲み込まれる。



ひっそりと耳元だけで
囁かれる愛の言葉。
繰り返される情事。




薔薇の香り。



侑人さんとあたしの匂いが溶け合う。














パーティが終わった後。









2人だけの時間。







パーティの余韻を残し
ハロウィンの夜が
静かに過ぎていった。







ただそれを見守るのは
雲に隠れた月だけ。












Fin.....




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密やかな夜  12/02/2005  
******** 密やかな夜 *********








夜中に目が覚めたら
執事服を着替えぬまま
あたしの手を握った恋人がいた。



「*****、大丈夫かい?」

「樫原さん・・・」


サイドボードの明かりだけがついてる。
薄暗がりのなか、樫原さんがあたしの顔を覗き込んだ。


「少し水飲める?」


うん。


じゃあ、ちょっと起きようか。



眠っていたあたしの背中に
手を入れて、少し起してくれた。
背中にクッションが入れられる。

まだだるくてぼんやりしているけど
そこにいるのは、あたしの恋人で
いつも優しくしてくれる人。


(逢いにきてくれたんだ・・・)

じんわりと喜びが胸を押し寄せてくるのがわかる。


樫原さんが、そばに置かれた水差しから
コップに水を入れて差し出してくれる。


ありがと。

水は美味しかった。

冷えすぎてもいなくて。
飲み始めると思っていた以上に
喉が渇いていたことに気がつく。


こくこく。

飲み終わったコップに
もう少しいれる?と
樫原さんが水差しから
またお水を入れてくれた。


・・・だいぶ眠っていた気がする。



ぼやける視界に目をぱちぱちさせながら、
樫原さんのほうを見つめると
樫原さんもあたしのことを見つめていた。


その瞳は、すごく心配そう・・・。



「倒れて夕方からずっと寝てると中岡から聞いたんだ」


「うん・・・・」


飲み終わったコップを樫原さんがゆっくりと取る。
そしてあたしの手に手を重ねて、ゆっくり撫でてくれる。


「起してしまったかな?」



「ううん、丁度目を覚ましたところだったから大丈夫だよ」


ふと時計を見ると深夜を回っている。

・・・もしかして、樫原さん。
お仕事終わった後、そのままこの部屋に来て、
ずっと付いててくれたのかな?
執事服のままだから。
いつも夜、逢いにきてくれるときはきちんと着替えてる。



「お薬は?」


「夕食食べたあとに中岡さんが持ってきてくれた」


身体のだるさと共に胸が苦しかったり、
頭痛がしていたので
中岡さんから頭痛薬をもらったんだ。
眠る前は頭痛が激しくて
気持ち悪くなっていたけど
薬を飲んで眠って、起きた今。


だいぶ頭痛は治まっている。
ほんのちょっぴり、痛みがあるぐらい。


「そうか。本当だったら僕が持ってきたかったんだけど・・・・」


「大丈夫だよ、樫原さん」



そう言って、あたしは微笑んだ。
樫原さんが忙しいこと、あたし、わかってるもん。


「身体のだるさはどうだい?」


「・・・・まだ胸が苦しいかな」



握った手のひらから温かさが伝わる。
それと共に、眠ってて乱れた髪の毛を
樫原さんが優しく整えてくれる。



その仕草が気持ちよくて目を閉じて応えた。




いつも、こう。



少し無理をして頑張りすぎると
身体がだるくなって微熱を出して胸が苦しくなる。
頭痛もしてくるし目の前もぼーっとしてきて
眠らないで頑張っているとそのうち、倒れてしまう。


そういうあたしの身体のことを
よく知っている樫原さんだから
いつも優しくしてくれる。無理しないでいいよ、って。


髪の毛を撫でる手から。
手の上に重ねられた手から。
樫原さんの優しさが伝わってくる。


「昨日の夜、あれから寝なかったのかい?」


「え・・・?」


「中岡から聞いたよ。テスト勉強で夜遅くまで起きていたとか」


「あ・・・・それは・・・」



今日、テストがあるからって昨日の夜、夜更かしをした。
ううん、その前の日も。
だって、白凛学園に来てから何度目かの試験だけど、
毎回成績が振るわなくて・・・。


あまり成績のこととか
義兄さんや姉さんはいわないんだけど・・・。
あまりにも悪い点数を取って
樫原さんに知られるのは恥ずかしいから。
いい点数取ったら樫原さんが褒めてくれるだろうなって
そう想像していたら、頑張りたいなってテスト勉強に励んだの。


樫原さんはお仕事終わったあとに
必ず部屋に逢いに来てくれる。

昨日の夜も、逢いにきてくれた。
日付が替わったころの時間で
もう寝なさい、と樫原さんに言われた。


いつも通り樫原さんに甘えてちょっとお話して、
テスト勉強を見てもらった後
おやすみなさいのキスをして
樫原さんは帰っていった。


でも、あたしはそのまま寝ずに
あれから勉強したんだよね。


だからかな。


今日のテスト中に気分が悪くなって
頭痛がしてきた。


(これはやばいな・・・・)


テスト終了後にはぐったりしてた。



だから、専属執事の中岡さんに
電話をして迎えに来てもらった。
中岡さんは優しい人だから、
電話をしたら、真っ青な顔をして
すぐに着てくれた。

(中岡さんのほうが何かあったような顔色だよ)


そう茶化したら、
中岡さんがすごく心配そうな顔をした。


(ごめんね、中岡さん)


あたしの恋人は樫原さんだっていうのに
いつも傍にいてくれる中岡さんは
本当に恋人のようにあたしのことを心配して
大事にしてくれる。


その気持ちはありがたいんだけど・・・。


ふらつくあたしを遠慮無しに抱きかかえようとするから
学校の廊下で(!)人目もあるし、と
どうにかその手を掴んで車まで乗せてもらって。


一緒に後部座席に座ってくれた
中岡さんの膝に頭を乗せてあたしは目を閉じた。


気分が悪くて
くらくらするのを押さえながら。




樫原さんには電話しないで。


そう頼むので精一杯だった。


電話したら
絶対に樫原さんが心配してしまうから。

今日も義兄さんと一緒に仕事にでてる。
そんな心配をさせてもすぐに戻ってくるわけじゃない。



余計な心配はかけたくない。




こうやって体調が悪くなるのは
あたしにとってはいつものこと。
心配をかけて負担には想われたくない。




樫原さんには電話しないでね。


再度、念を押すあたしを
中岡さんが少し悲しそうな顔で見つめていた。


心配かけてごめんね。


いつも傍にいるから、中岡さんはこんなあたしに
しょっちゅう遭遇しててとても心配をかけてる。
中岡さんには遠慮なく心配かけられるのに
樫原さんにはそれが出来ないと想う。




(ごめんね、中岡さん・・・・)





ご無理はなさらずに。



そう中岡さんが優しく言いながら、
車の中で横になったあたしの頭を
優しく撫でてくれた気がした。












―---それから、あまり覚えてない。


とりあえず部屋まで戻ってきた。
部屋について中岡さんに手伝ってもらって
着替えをした後、ぐったりと寝ていた。



食欲が無いと言ったら
中岡さんがおじやを持ってきてくれた。
でも、そのおじやでさえ食べるのが億劫なぐらい
だるくてしょうがなかったから
食が進まないあたしに中岡さんが
ご飯を食べさせてくれた。


いつも、こうやって甘えてしまう。


でも、甘えてしまうけど
中岡さんはあたしの恋人じゃない。


不思議だな。

そう想いながらも、中岡さんが差し出すスプーンから
おじやを少し食べてお薬を飲んでまた寝た。




「・・・・今日、テストだったから勉強しなきゃって想ってそれで・・・」



頑張ったけど肝心のテストの時に
気分が悪くなっちゃって
結局問題を上手く解けたかわかんないや。


思わず笑ってごまかしてみた。


だって、樫原さんがすごく悲しそうな顔で
こっちを心配しているのがわかるから。




(そんなに心配しないで)


そう言っても、あたしの身体は
あたしが思うようにいかないことが多くて。


「・・・中岡に電話しないようにと言ったとか」


「あ・・・・・・」


中岡さん、それを樫原さんに言っちゃったの・・・?!
思わずどうフォローしていいかわからなくて。
黙ってしまった。


樫原さんが目を伏せる。


「心配かけないようにお嬢様が気を使っていらっしゃいました、と中岡が報告してくれたよ」


聞けば、すごく体調が悪くて
早退してきたというじゃないか。
それも食欲が無くて中岡から
食べさせてもらったというのも聞いたよ。



どうしていつもすぐに頼ってくれないんだ?



そう哀しそうに問われて、
あたしは何も言えなかった。






「・・・・樫原さんに心配をかけたくなかったの」






だって一番好きな人だから。
あたしの良いところだけ見てて欲しい。

心配してもらうと・・・・

その心配している顔を見ると、
あたしの方がもっと辛くなるの。


樫原さんはいつもお仕事大変な人だから。
心配かけたくないの。
これ以上心配して欲しくないの。





「・・・・それは、僕が君の事を負担に想っていると思っているということかい?」


「ち、違う、そうじゃなくて・・・」

「君の心配をするのは、いつだって僕の最優先事項だから」



「樫原さん・・・・」



「心配ぐらいさせて欲しい」



心配するのも恋人の特権だと思わないかい?




そう言って、樫原さんがぐいっと
あたしの方に身を乗り出してきた。
思わずその仕草にドキッとする。



「樫原さん・・・・」


すごい至近距離で見つめられ
ドギマギするあたしに樫原さんが声を潜めて囁く。





いつも中岡が君の世話を焼いてることに
嫉妬している僕にこれ以上嫉妬させないでくれ。



「え・・・・?」



思わず目を丸くして樫原さんを見つめた。
その言葉の意味であたしはドキっとした。


「現に今、中岡が君の恋人みたいに世話を焼いているだろう?」



樫原さんがそう耳元で問いかけるように言う。
怒っている声でもないし不機嫌でもない感じ。
でも、ちょっと寂しそうな心配しているような感じ。




「あ・・・でも、それは中岡さんがあたしの専属だから。」


ちょっと言い訳がましく言った
あたしの頬を樫原さんが撫でる。



「樫原さん・・・・嫉妬してるって・・・?」



思わずドキドキして訊いてしまった。
樫原さん、中岡さんに嫉妬してるの?
え・・・?




思わず言ってくれた言葉の意味が
あまりにも予想外だったから
あたしはドギマギしてしまった。
そんなあたしに樫原さんが
少し溜息をついた気がした。


え・・・?
あたし何か悪いこと言ったっけ?



「わからないのかい、*****?」


目を覗き込まれるように
樫原さんから問われると。
ドキドキしてしまう。




自分の恋人が他の男に頼ってるのを見て
嫉妬しない男がいると思いますか?



丁寧な口調なのにそう甘い言葉を言われると
どうしていいのか・・・わからなくなっちゃう。


「わ・・・わからなく、は、ないよ・・・?」


多分顔が真っ赤だ。

すごく恥ずかしいから。
ドキドキしちゃうから。




そんな・・・それくらい
樫原さんがあたしのことを
好きでいてくれるっていうのが嬉しい。



(あたしも樫原さんのこと好きだよ)



小さく呟いた声を樫原さんが
ちゃんと聴いててくれる。


好きだって言葉さえも口から出した途端に
恥ずかしすぎて、もうそれだけで
倒れてしまいそうになるあたしを
樫原さんはちゃんと知ってるから。
いつも甘えるように小さな声で好きだと伝える。

そんなあたしを樫原さんは許してくれる。

案の定、あたしの小さな呟きを
聞き取った樫原さんがくすっと笑ってくれた。




そして、左手の小指を出してきた。


え?


何も聞かずにあたしの小指と結ぶ。



「今度から体調不良のときは中岡じゃなくて僕の携帯に電話するように」

約束ですよ。


思わずその行為より
その言葉でびっくりしてしまった。


「え・・・・でも、樫原さん、義兄さんと仕事に出てるから、電話しても迎えに来れないよ?」


目を丸くしたあたしを
ふふっと樫原さんが笑う。


「義妹を大事に思っている慎一郎様がその知らせを聞いて、僕を帰さないわけはないだろう?」


「あ・・・」

思わず顔を見合わせて笑う。


確かにそうだね。
義兄さんだったら、そんな連絡をもらった
樫原さんをすぐさま帰すに決まってる。
だって、あたしと樫原さんが恋人同士になったのを
一番喜んでくれたのは義兄さんだったから。


勿論・・・少し嫉妬してたみたいだけど
さすがに自分の片腕の樫原さんだったら
あたしを任せることが出来ると、
数日後には機嫌直してたから。





「きっとそういう連絡をもらったことを、樫原さんが言ったら、義兄さんまで一緒に帰ってきちゃうね」


「ええ、慎一郎様も心配で帰ってきますよ」


2人でくすくす笑った。


「だから、*****は余計な気を使わずに、そういう時はすぐに連絡するように」



念を押されて、あたしはその強引さに幸せを感じる。
命令されるみたいな強引さは、樫原さんが
あたしを愛するが故だと知ってるから。
包み込まれるような優しさを樫原さんから感じる。






付き合うときに言ってくれた言葉。



『全てから君を守りたいんだ』


その言葉を樫原さんは忘れてない。
きちんと守ってくれて・・・


あたしをいつも包み込んでくれる。
それがすごく暖かくて嬉しい。



「もう遠慮せずに今度からは樫原さんに連絡するね」


そう告げたら、樫原さんが
いつものように笑ってくれた。




―――その笑顔を見ていたら、
あたし、わかったの。



この笑顔に、今日一番逢いたかったって。

優しくしてくれる介抱してくれる中岡さんじゃなくて
こうやってあたしを見つめて優しく微笑んでくれる
樫原さんの笑顔が欲しかったんだって。


その笑顔で元気になれる。




それがすごく不思議。
大好きな人の笑顔だからかな。



「樫原さん」

「どうした?」

「・・・・今日、すごく樫原さんに逢いたかった」


甘えも全て受け止めてくれる。



「毎日会いに来てるじゃないか」

「うん」


(2人っきりになりたかったの)


そう思ってあたしは
じっと樫原さんの顔を見つめていた。
樫原さんもあたしのことを見つめてくれる。
とっても優しい瞳で。


(僕だってそうだよ)



夜の時間で何も物音はしない。
でも樫原さんの声が
聴こえてくる気がした。






部屋には樫原さんと
あたしの2人きり。

薄暗い中でも樫原さんの姿がちゃんと見える。
こうやって夜の時間にこの場面ってすごく
時間が止まったみたい。
そんなことを感じてたら、
樫原さんが急に座っていた椅子から立ちあがった。




「じゃあ話は終わり。もうそろそろ眠るといい」



そういって、あたしの頭の上に
手をぽんぽんって載せる。


「え?やだ!」



思わず条件反射で言ってしまった。
帰ろうと立ち上がった樫原さんの手を
ぐいっと掴んだ。


「え?」


思わず大きな声で言ってしまったのを
樫原さんがびっくりしている。


あたしも・・・そんな大きく
自分が「嫌だ」っていうなんて
思わなかったから、
かーっと頬が赤くなるのがわかる。



「だって・・・せっかく樫原さんが来てくれたのにもう、こうやってすぐに眠るなんてもったいない・・・もん」


少し言い訳交じりになってしまった。


「*****・・・・」



沢山眠らないと身体の辛さは治らないってわかってる。
でも、気持ちはそうなの。
まだ樫原さんと一緒にいたいの。



「もう少しお喋りしようよ」



だめ?


そう上目遣いで聞いてみる。
立ち上がっている樫原さんの表情が
よく見えないけど、少し困ったように
そして嬉しそうにも見える。


「・・・*****」


「・・・・はい」


「お喋りなら明日にでもできるから、さあ、眠って」


・・・・いつもだったら
わがままを聞いてくれるのに。


「ヤダ」


即答で返してしまった。


さっきまで、嫉妬するとか
すぐに電話するようにって言ってくれてたのに
話が終わったからって
すぐに帰るのは寂しいよ樫原さん・・・。



そんなことを、全て伝えることが出来ず
あたしはただ口をへの字に曲げるだけだった。
ふくれっつらをしたあたしに
樫原さんがくすくす笑う。


「*****?」


「・・・・樫原さんの意地悪」


「ふふ、意地悪なんかじゃないよ」

「意地悪だよ」

「そうかな?」

「うん、そう」




さっきまで、樫原さんのほうが
あたしの傍にいたいって感じだったのに
今はあたしが樫原さんに帰らないで、って頼んでる。
そして、頼むように仕掛けた樫原さんの
小さな悪戯があたしからすると、意地悪に思えた。

うん、甘い意地悪。


だから、拗ねてみるの。
樫原さんがきっと許してくれるってわかるから。
甘えたくて。わざと「意地悪」っていうの。


案の定、樫原さんが
仕方ないなって感じで苦笑する。




「ほら、*****、機嫌直して」


そう言って今度は
あたしのベッドに腰掛けた。



横向きで抱きしめられる。



拗ねているあたしと
機嫌直そうとしている
優しい恋人。
優しくふわっと抱きしめられて、
あたしは樫原さんの背中に手を回した。




ちょっとだけ強く
樫原さんの執事服を握る。
今日、まだもう少し一緒に居たいんだって
気持ちを込めて。抱きしめられながら、
目を瞑ると樫原さんの香水の香りがする。


一番安心する香り。
大好きな匂い。


すごく甘えたくなって。
胸の中が切なくなって。
樫原さんの名前を
小さく呟いてみた。


その呟きが聴こえたのか
樫原さんが優しくあたしの
耳元で囁く。




「しょうがない子だな」




その言葉が少し嬉しそうで
そして甘くて
あたしはすごく嬉しくなる。


いつもあたしを甘やかしてくれる恋人。



この言葉が聞けたら、
きっとその次に言う言葉は
あたしを甘やかしてくれる言葉。

樫原さんの腕の中に包まれて
あたしは甘えるように
樫原さんの胸に顔を寄せた。












そんなあたしを
樫原さんが抱きしめながら
髪の毛を撫でる。


「*****、おとなしく眠ってくれたら、君のわがままを1つだけ聞くよ」


「樫原さん・・・・」



ふっと顔を上げると
やっぱり優しく見つめてて
その瞳に吸い込まれるように
あたしは何も言えなくなってしまう。


いつだって、樫原さんは
あたしのわがままを聞いてくれる。
わかっているのに。
こうやって言われるとまた、わがままをいうの。



「さあ、君が喜ぶことを何か1つやってあげる。何がいい?」



「え、えーっと・・・・」

くすっと樫原さんが笑った。






「あたしは・・・・樫原さんが今晩ずっと傍に・・・」



いつも樫原さんは
おやすみなさいの挨拶をしたら
自分の部屋に帰ってしまう。


泊まったりすることもない。
だって・・・・
まだ一緒に朝を迎えたことが無いし
それに樫原さんからは
あたしが大人になるまで待つといわれてるから。



ずっと一緒に朝まで。



この願いは無理ってわかってる。
それは、わがままをきいてあげると
言われても、無理なことだと知ってる。



だから、言葉を濁してしまった。




思わず我に返ったように
樫原さんにわがままをいうより、
やっぱり今日は・・・と思って。

我慢しようと思った。


もうこんな時間だし、
樫原さんだって疲れてるだろうから
部屋で眠りたいよね。

ここで一晩っていったら、
きっとあたしのベッドでは
寝てくれないでしょう?


だからいいよ。
わがままきいてくれるって
言ってくれただけで充分って言いかけてすぐ。



樫原さんが、そのあたしの言葉が
唇から出てくるのを指で押さえた。




「それが*****の望みですか?」



「え・・・?」




思わず訊かれて頷いた。
すると樫原さんはいつもの笑顔で
ふわって笑ってくれた。


「じゃあ、今日は*****の傍で眠りましょうか」


一緒のベッドには
まだ眠れないので
ベッドサイドで手を握っててあげますよ。




歌うように優しく告げる。



思わずびっくりしてしまった。


「え!!??」



「え・・・?って、*****」


樫原さんが苦笑している。



「驚くことはないよ。*****の願いだったらなんでも叶えてあげたい」


それが恋人である
僕の甘やかし方です。


・・・・でも
一緒のベッドに眠るのは
まだまだ先の約束だから。
とりあえず、今日は手を繋いで眠ろう。

いつかは、きっと。



思わずその言葉に
心が絡め取られた。

その言葉の意味も。
樫原さんの想いも。


「樫原さん・・・・」


嬉しくてじっと見つめたら、
樫原さんがにっこり微笑んで、
あたしの頭を優しく撫でてくれた。


「さあ、*****。眠る時間だよ」

ゆっくりとあたしの背もたれにしていた
クッションを引き抜きながら、
ベッドに寝かせてくれる。



「・・・ドキドキして眠れないかも」


これは本当。

だって、ただ手を
繋いでくれてるのもそうだけど
こうやってすぐ傍に樫原さんが
いてくれるなんて・・・・。


あたし、本当に眠れないかも。


赤くなっているあたしを見て
樫原さんが、意外そうな顔をする。




「そうですか。それなら、やっぱり僕は部屋に帰りましょう」


僕が傍にいたら
*****が眠れないってことですからね。
寂しいですけれど、
眠れないのなら部屋へ―――



「あー!!だ、ダメダメダメダメ!!!」




慌てて否定する


「そ、そうじゃない、そうじゃないから!!ね、眠るから、大丈夫だよ!!」


「眠れないって言ったじゃないか、さっき」


からかうように樫原さんが言う。


「だ、大丈夫、一生懸命眠るよう頑張るから!!」


それに、頭痛薬が効いてきて
ちょっとしたら眠れると想・・・・・

そこまで言ったときに
樫原さんがくすくす笑い始めた。


え・・・?


「*****、本当に君はかわいいよ」


ええ・・・・?!!!


「思わず慌てる顔を見たくて意地悪してしまった」
帰って欲しくないと言って欲しくて。



そう言われてみれば、
帰ろうかな、と言ったときも
樫原さんはあたしの手を
ぎゅっと握っててくれた。


・・・・あ・・・・。


あたし、からかわれたんだ。
樫原さん、ひどいよ、
本気にしちゃったよ!と
拗ねて口を曲げてみた。


そんなあたしの唇に
樫原さんがキスをする。
そっと触れるようなキス。



*****、ごめん。

帰るつもりはないから安心していいよ。
ほら、手を握ってるだろ?



そういって樫原さんが
あたしの頭を抱きかかえるようにして
今度は髪の毛にキスをした。





「さあ、どこが痛いのか教えてごらん?」

痛いところにキスしてあげるよ。



痛みがなくなったら
すぐに眠れるだろう?




そう言いながら、樫原さんが
あたしの髪の毛にキスをする。


抱きかかえられた頭が
抱きすくめられた体が熱くて
思わず目を瞑った。


「ここが痛い・・・?」

うん・・・ちょっと頭も痛い。
そうっと、こめかみにキスをされる。

「ここも痛いかな・・・?」


額にも。
何度も繰り返されるキスに
あたしは目を閉じた。
そのキスが優しくて。
味わいたくて。


「可哀想に。頑張りすぎて倒れてしまうなんて」


代われるものなら
代わってあげたいよ。



優しい言葉があたしに降り注いで。
それだけで幸せを感じる。




今も胸、苦しい?

・・・・・うん。


そう応えると、きっと・・・・。



樫原さんの指が丁寧に
あたしの上着のボタンを
1つ、2つ、外していく。
その1つ1つの動作に
ドキドキしながら。



ぎゅっと目を瞑って
次に来るだろうことを待っていたら。



樫原さんがくすっと笑うのがわかる。


「そんなに緊張しなくても」


「だって・・・・」


胸元にキスされながら。
ドキドキしすぎて。

(心臓に悪いよ・・・)



「痛いところに口づけるだけだよ」



そういって、優しく樫原さんが
ボタンを開けて少し見えている
あたしの胸元にキスをする。


それがすごくドキドキする。
それ以上・・・・はないのに。
わかってるけど、ドキドキする。


(樫原さんってやっぱりひそかに意地悪だ)



そう拗ねながらも。
樫原さんのキスが気持ちよくて
あたしは目を開けることが出来なかった。



気がつくと、胸が苦しいって
言っていたのさえ
吹っ飛ぶかのようだった。


(ドキドキしすぎて、別の心臓病になっちゃうよ)

そんなことを考えてしまう。



沢山キスされているうちにぼーっとしてきて、
頭の中をズキズキと走る痛みが遠のいてきた。
身体の力が抜ける。
沢山のキスをしてくれた唇が
唇に戻ってきた。


ちょっとだけ顎を持ち上げられて
樫原さんの密やかな息が
あたしの顔の近くでする。
目を開けると
樫原さんがあたしをじっと見てる。



もう、執事のときの顔じゃない。
恋人のときの表情。


甘くて。
大人で。
優しくて。
あたしをいつもふんわりと包む。



胸の奥まで見透かされるような
その視線のまっすぐさに
目を細めた。


樫原さんのことがすごく好き。


「・・・・目を細めているのは、唇にキスして欲しいからかい?」



そう小声で訊かれて
答えるよりも先に
唇に優しくキスされた。



「樫原さん・・・・」



呟く言葉さえキスされる。


たまにしてくれる大人のキス。


絡まる舌に言葉を取られて。
声にならない声が零れた。








何度も繰り返されるキスで
頭がボーっとしてきた時。


不意に唇が離れて、
樫原さんがあたしをベッドに
優しく押し戻した。


「さあ、お眠り、*****」


「樫原さん・・・・」


なんだか物足りないよって言おうと想ったけど、
でも、さっきのキスで満たされてしまった。
布団から出ている手を優しく握ってくれる。


「手を握ってるから」


もう片手であたしの額に
かかった髪の毛を優しく撫でた。

優しく微笑んでくれる。


この優しさを独占しているのは
あたしだけだ。
そのことがとても嬉しい。


「今度目が覚めたら、身体の辛さは消えてなくなってる」


額に置かれた手の温かさが
気持ちよくて、そっと目を閉じた。



よく眠るんだよ。
疲労回復には眠るのが一番。

あまり食欲が無いって聞いたから
明日の朝ごはんは
*****が好きな果物を準備するよ。




「中岡さんは?」


さあ?


思わず笑うように樫原さんが言う。


うん、きっと。
明日は、中岡さんじゃなくて
樫原さんが傍にいてくれるんだと思う。
さあ?って答えた樫原さんが
やっぱり「樫原さん」だなと思った。


そんなところさえ愛しくと思うの。

胸が潰れる切なさとかじゃなくて
満たされていく、何かで。
温かい気持ちで。



「明日もまだ具合が悪かったら、樫原さん、側に居てくれる?」


「勿論だよ」

執事のときみたいな返事で
あたしは思わず笑った。



「侑人さん」


この人に思いっきり甘えたくて。
握られた手をぎゅっとして
そのまま、自分の布団の中に引き込んだ。

帰らないで、って印。


「うん?なんだい、*****」


下の名前で呼んだからか、
樫原さんが嬉しそうにしているのがわかる。
照れるから何度も呼べないけど・・・・。



「ありがと」


その言葉で侑人さんがくすっと笑うのがわかる。


「お礼を言われるようなことは何もしてないよ」


「ううん・・・。侑人さんがいてくれたら、なんでも大丈夫なんだ」


だから・・・・。
ずっと傍にいてね。


そう告げようと想ったけど
もうなんだか、いきなり
薬のせいなのか眠くて瞼が重い。
まだ身体のだるさとか辛さがある。


でも倒れたときや、
侑人さんが来てくれたときより
ましになってる・・・気がする。


侑人さんの魔法?


きっとこんなに侑人さんのことが好きな
あたしにしか効かない魔法だと思う。


そう思うと、すごく幸せな気持ちになった。



キスするだけで、
あたしの傷みや疲れを
取ってくれる人。

大好きな人。

本当に大好きなの。


もちろん。
それで全て無くなるわけじゃないけど
でも、そう感じるの。



「侑人さんがあたしの恋人でよかった・・・」


心からそう思う。



いつも傍に居てくれて
優しい中岡さんでもダメなの。
優しくしてもらうだけじゃ
こんな気持ちにならない、きっと・・・。



大好きな人じゃないと
癒されないの。


身体の辛さとか痛みとか
全て忘れさせてくれるのは
あたしが侑人さんのことを
とても好きだから。



勿論、侑人さんもあたしと同じくらい
ううん、それ以上にあたしのことを
愛してくれてるから。



だから・・・・。





瞼が閉じる直前。
優しい言葉が耳元で囁かれる。



「*****。僕は君だけの恋人だから、これくらい当然だよ」





「それに・・・・・」



―――それ以上の言葉は聞こえなかった。




でも、それに続く言葉はわかってる。






(――-それに傍にいたい気持ちは僕も一緒だよ)




きっと侑人さんだったら
こう言ってくれるはず。



半分夢の中であたしは樫原さんの言葉を聞いた。


安眠できるようにって
部屋に焚いてくれたアロマの香りより。
あたしのベッドの傍で手を握っててくれる
大好きな人の香りのほうが
心と身体を癒してくれる。



夜の帳がこの部屋にも訪れて。


静かな時間を刻む時計の音。
柔らかいベッドの中に包まって
感じるのは、握られた手の温かさ。
傍に居てくれる大事な人の存在。



あたしだけの恋人。
あたしだけにしかこんなに優しくなくて。
あたしにしかこんな意地悪はしない。
何でもお見通しで。頼りになって。
つい、甘えてしまうの。

そして、甘やかされるの。
誰よりも。甘く甘く。
あたしが寂しがってることも。
頑張りすぎちゃうことも。


そういうのさえ、全て包んでくれる。


そのままのあたしを愛してくれる人。



あたしの前でだけ
とてもとても・・・素敵でいてくれて。



手が届かないと思うくらい特別なの侑人さんは。
他の誰よりも。そんな侑人さんが
あたしのことを好きでいてくれてとても嬉しい。



お薬よりも効くのは
大好きな人のキス。



大好きな人からもらう愛情。
愛されてる実感。
独占させてくれるその優しさ。
慈しんでくれるその視線。
包んでくれる手のぬくもり。



(大好きだよ、侑人さん)




侑人さんがしっかり
手を握っててくれるから。


きっと目覚めたときも
傍にいてくれる。


その安心感があるから、
もったいないなって想っても眠れるの。
きっと目が覚めたら
侑人さんがキスしてくれたところから
全ての痛みがなくなっているはず。




(特効薬だもん・・・・侑人さんのキスは)



思わずこの幸せに
頬が緩むのがわかる。


遠のいていく頭痛と
身体のだるさに任せて。

ふんわりとしてきた
手のぬくもりを感じながら
あたしは夢の世界へ落ちた。






















***** 密やかな夜 Fin.**********
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桜舞い散る春の夜  12/01/2005  



******* 桜舞い散る春の夜に ********














あの時、俺に囁いた彼女の声は、
本当に彼女の声だったんだろうか。




あの時、俺が出逢った彼女は
本当に彼女だったんだろうか。








屋敷の庭園での夜のお花見。



夢のような出来事。




一年前の春の夜。






俺は、何度も何度も想い出す。










・・・・・・・・・・・・・・・






その夜は、庭園のはずれにある枝垂桜を
ライトアップして、夜の花見をした。


旦那様や奥様、お嬢様や
屋敷に滞在する客人が中心になり、
華やかな宴をしている最中。


執事である俺は、その準備と、
食べ物や飲み物などの給仕で、側に仕えていた。
宴の様子を観察しながら、足りないものを補充していく。
旦那様や奥様、そしてお嬢様に客人。
全てに気を配りながらも・・・・。



俺の意識は、常に、****お嬢様のほうへ向いていた。



先日、旦那様と結婚なされた奥様の実の妹。



特に美しいわけではないはずだが、
どうしても、俺の目を惹いてしまう。
ひきつけられる魅力がある。
気がつくと、彼女を見つめている自分がいる。


彼女の隣には、彼女専属の執事、中岡がいる。
屋敷にきたばかりの彼女をサポートするため
樫原さんが中岡を指名した。

俺ではなく。


最初、その決定に関して、俺は何も想っていなかった。
ただ、「執事」としての職務を全うする。
それが俺の生きがいだったから。

それが、日々過ごす中・・・・。


彼女が屋敷にいるだけで、
花が咲いたようなそんな明るい雰囲気が
かもし出されるようになった。
専属でついている中岡のお陰か、
彼女もだいぶお嬢様らしくなった。


そんな彼女と俺が関わることは、まず、ない。
なぜなら、彼女の用は全て中岡がしてしまうから。



俺は彼女に近づけなかった。



いいや、近づけたとしても、
屋敷のお嬢様である彼女に、
俺はどんな関係を望むだろうか。

主人と僕、そこからはみ出すことは
俺の執事としてのあるまじき姿から遠かった。


今も、お嬢様の隣で中岡が世話を焼いている。
飲み物や食べ物、そして話し相手になりながら。
その仲が良い様子を、横目で見ながら、
俺は自分の心が少しだけ痛むのを感じる。

しかし、この痛みは、
見て見ぬフリができるものだ。



執事としての仮面を被っているのなら、
俺はどんな気持ちでも隠せる。






そう想っていた。
















「あ・・・・・・」



声がした先を見ると
1本の線がひらひらと流れていく。


ふと、いきなりの春の風で吹かれて、
****お嬢様の髪の毛を結んでいた
リボンが風で流された。
先に立とうとする中岡を制して
それを追いかけた俺。






朱鷺色のリボンだった。















突風のような風に乗って飛んでいく。











だいぶ行ったところで追いついた。


桜吹雪の花びらに巻かれて
朱鷺色のリボンが舞う姿を
綺麗だとは思いつつ、手を伸ばした。


宴のところへ戻ろう。
そう想ってた矢先。





後ろから誰かが歩いてくる気配があって
振り向けば、彼女だった。


夜の闇にまぎれて、
月の光りで照らされるは
髪の毛を風のままに流し、1人。
こちらへ歩いてくる、****お嬢様。
光の加減で、表情が見えない。


俺が・・・・心の奥底で切望している女性。
その姿に、胸が不自然に高鳴る。






髪の毛がはらはらと風で吹かれる中、
桜吹雪も同じようにはらはらと散る。






その美しさに、俺は息を呑んだ。




こうやって・・・・
誰もいないところで、2人きりなど。
やめてくれ。
俺が俺でなくなってしまう。









「・・・リボンをお持ちいたしました。どうぞ」




動揺する声を悟られないように、
顔を伏せて、会釈をする。
風の中、拾った赤いリボンを彼女に差し出す。






すると、その手を・・・



一瞬だけ彼女がなぞった。
リボンではなく、俺の手を。





え?








いきなりのことで
一瞬びくっとした俺の手を
今度は柔らかく触る。




そして、急に手を引っ込めた。



リボンを持ったまま、
俺の手は差し出されたままだ。
手が震えそうになるのを必死で押しとどめた。






彼女から漂う、いつもとは違う雰囲気。
誘惑の気配に、俺は息を殺した。



執事の仮面が壊れてしまいそうになる
衝動を抑え、俺は動揺を隠すため、
ひたすら地面を見つめる。
今、顔を上げ、彼女の顔を見る自信がない。









・・・なんだか、
緊迫感のある沈黙の中、
彼女が口を開いた。






その言葉は、普段彼女の口から
聞けないような・・・そんな言葉だった。











あたし、桜の花は本当は嫌いなの。
綺麗だから哀しくなる。

だって、桜って散ってしまうじゃない?
散ってしまうのが、
終わってしまうのが綺麗だなんて、
あたしは認めたくないから。

桜が散れば、別れの季節。
そして、出会いの季節。
別れがなければ、出会いがない。


そうわかっているのに、
別れを拒むあたしにも、
“出会い”はやってきて、
“別れ”を奪っていく。

だから、桜の花は嫌いなの。

この花をみると、
これまであたしの前から去っていった人や、
これからあたしの前を去る人を
想ってしまうから。



でも・・・・。



桜をみると、綺麗だと想ってしまう。



とても美しくて心が揺さぶられるの。

どうしてなんだろう。















誰に話しているわけではない言葉たち。



ぽつりぽつりと語る****。




どこか遠くを眺めるように、
凛とした表情。


今、君の胸にいる人は誰なんだ?




俺は、その人間に猛烈に嫉妬している
自分に気がついた。



馬鹿な。




彼女は語りながらも、
この場にいる俺ではなくて、
1人でいるように思える。

手に入らないその横顔を
俺は顔を上げて、じっと見つめた。
この角度で見つめることは・・・・
今までだって、何度もあったことだ。

でも、今夜は何かが違う。



とても・・・魅惑的で、
俺はその横顔に、もう少しで手を伸ばして
自分の胸に押し付けてしまいたい衝動に駆られた。



ふと、風に乗って、
薄紅の花びらが
はらはらと落ちてくる。


風に遊ばれるかのように。



その一枚が彼女の髪の毛に触る。
撫でるようにそれをつまんだ俺の指。

散りゆく桜の花びらでさえ、
彼女に触れていることに嫉妬する。

俺も桜の花びらになれるのならば。

こうやって彼女に降り注いで、
彼女に触れることができるのに・・・・。






指でつまんだ桜の花びらをじっと見つめた。



不意に、俺のその指を掴んだ彼女が、
その指にある、花びらを唇で噛んだ。




「あ・・・・」




噛まれた花びらが縁から
色が濃くなっていくのが見える。


気がつくと、花びらだけではなくて、
俺の指先も彼女が甘噛していた---。





「っ・・・・・!」


なぜ、こんな?




疑問よりも俺は、
その色気に、魅力に、言葉が出ず、
じっと見つめているだけだ。


甘噛みされた指先が震える。



彼女の口の中の温かさや、
濡れた感触が一気に
俺の身体の血を逆流させる。



いきなりのことで、
俺は自分が赤くなるのを感じた。



甘噛みしている彼女の唇と、
その唇にくわえられた
自分の指を凝視してしまう。





こんな風に・・・・
俺を誘惑しないでくれ。



俺は自分の中の衝動と戦っていた。



固まってしまった俺の指先から
そっと唇を離した彼女。
俺がつまんでいた薄紅の花びらは、
ぱら、っと下に落ちた。


紅色に染まった唇で、彼女は俺に呟く。
俺は彼女の赤く染まった唇に
目が吸い寄せられる。


そっと唇が開かれて、紡がれる言葉。

その1つ1つを耳に焼き付けようと
俺は、どんな音でも聞き逃さぬよう、
彼女を見つめた。


食い入るように見つめていた
俺の視線に気がついたのか、
彼女がふっと笑う。











あたしとあなたが終わる瞬間も
こんなに綺麗だったら・・・・




じっと俺を見ながら、そう呟く彼女。



その呟きが、やけに哀しくて、
切なくて、幻想的で。



彼女の瞳には、俺と、
俺の横で舞い散る桜吹雪が写っている。
その視線の痛さに、俺は彼女の瞳から目が離せない。




―――始まらなければ、
結局、終わりは来ないわね。

だから、あたしは・・・・






続きが、風の音で流れていった。
夜の向こう側に吸い込まれるかのように。


ため息と一緒にそっともれた呟きが
どうしようもなく切なくて、俺は
我を忘れて、彼女を抱きしめた。





なぜ、こうなったのか、わからない。
夢をみているかのようだった。
現実にはありえない―――。
いつものお嬢様じゃない様子だけど
抱きしめてわかる、その身体の温かさ。






(――――あなたとは、「はじめない」って決めてるの)





続きが、本当はちゃんと聞こえてた。


声にならない声も。
痛いほどの想いも。



本当は・・・・今までだって、ずっと。




俺は唐突に、彼女がなにを
俺に伝えたいか、わかった。



屋敷の中ですれ違うたびに。
階段を上がっていく俺を、
ずっと見つめていたことも知ってる。
廊下で後ろから、じっと見つめていたことも。





応えられなかった。





だって、何も始まってないのだから。
なにも、俺と彼女の間に接点はないのだから。
ただ、屋敷のお嬢様とその屋敷に仕えるものという関係以外は。
自分が仕える屋敷のお嬢様に恋心を抱くなど
そして、彼女も俺のことを好いてくれているなど、
自分でも認めたくなかった。

彼女には彼女専属の執事がいて、それは俺ではない。
俺はただ、屋敷に勤める一使用人でしかない。


そんな俺が・・・・。


お嬢様とかかわりがない俺が
どうしてそれ以上の関係を望めよう。
そう想って、ただ胸の中に気持ちを収め、
時折眺めるだけで満足しようと言い聞かせてきた。



言い聞かせるうちに、それが
本当になっているかのように・・・想っていた。






でも、今わかった。




俺は・・・・ずっとこの瞬間を待っていた。
気持ちを抑えるのではなく、
気持ちを解放していいという赦しがくるのを。








「来年は・・・・、俺の隣で夜桜を観てくれ」





誰かが彼女の隣にいるなんて、
本当は、嫌なんだ。
彼女の傍にいていいのが、「執事」であるなら、
どうして、「俺じゃない執事」が傍にいるんだ?




ずっとそう想っていた。



決められてしまったことで、
今更俺が彼女の執事になりたいなどと
申し出ることなど、無理なことだと想っていたから。

だから、ずっと見ないふりをしていた。






専属執事の中岡の隣で笑う彼女を見かけるたびに、
俺の心は、その微笑と笑い声で切り刻まれる。
感じないフリをしていた、今まで。
この想いを。

感じてしまったら、それが「始まって」しまうから。




それなのに。




****はどうしてここで、俺の気持ちを、
こうやって乱暴に引きずり出してしまうのか?

****の「はじめない」という決意の言葉さえ
俺にとっては「はじめて欲しい」にしか聞こえない。








諦めていた。
今夜までは。







「約束?」





「ああ、約束する」







その言葉だけが、
桜吹雪の薄紅色の風に乗って俺の耳元に届いた。

夜の闇にまぎれて、彼女がそっと俺から離れていく。



何も言わない。



そっと、少しだけ微笑んでいるのがわかる。
その姿は・・・・嬉しそうだった。


いいや、嬉しそうに感じるのは、
俺が自分の気持ちを解放することを
今、ここで決めたからかもしれない。


最後まで掴んでいた腕を、
彼女が無言で優しく振り払う。




彼女が歩いていきながら、
足元で泡立つ、散った花びら達の渦。



歩いていったときにできた
桜の道を俺は見送った。





桜鬼のようだ・・・・。



ふと心にそんなことが思い浮かぶ。
今の出来事は、本当に・・・あったことだろうか。
美しい桜が見せた夢ではないか。



俺は、少しだけ俺の体に残っている
彼女の温かさを思い出した。





いや、違う。
あれは、ちゃんと彼女だった。






俺は、今起こった出来事を・・・・
反芻する。









彼女が「始め」たくなくても、
俺の中では「始まって」しまった。






この瞬間から。









――――― あれから、一年。





また春が来た。






俺は、お嬢様の専属執事になった。



まず、いつも傍でお仕えすること。
彼女の傍にいないことには、何も始まらない。
彼女への恋心を自覚した日から、俺は決心していた。



彼女の専属執事だった中岡に専属を辞任させた。
お嬢様を気に入り、専属の役目を降りたくない中岡を、
もっぱら、1年かけて根気よく説得した。

執事長の樫原さんには、自分から願い出た。
どうしてここまで彼女の専属になりたいのか、
そう聞かれたときに答えた言葉は
「約束だからです」の一言。


深くは訊かれなかった。

無理を通してでも、俺は彼女の傍にいなくては
いけないと思った。
あの日の約束を果たすためにも・・・・。



最後は強く望んだものに、結果は訪れる。




しかし・・・・。


専属執事になって初日、****に挨拶に出向いたとき。
彼女は、この“約束”を覚えていなかった。
何度か仄めかしても、彼女の反応はなかった。





俺はあっけに取られた。


しかし、それも諦めた。
春の夜の夢のような出来事だったのだから。



まあいいさ。
彼女が忘れていたとしても。


約束などなくても、俺は彼女の傍にいたいと
強く願っていたのだから。
彼女への恋心が抑えられるわけはなかったのだから。
いずれにせよ、この形に収まったであろう。


俺は専属となり、彼女の傍にいる。
そして、俺たちはお互いの気持ちを確認しあう。
ずっとお互いに抑えていた気持ちが
通じ合ったとき、俺は心の底から歓喜した。



それでいい。


大事なことは、俺たちが愛し合っていることを
お互いに認めて、傍にいることだから。






あの日の約束を、俺は誰としたのか。
今となっては、それはわからない。
ただ、あの時おれの前に現れた彼女は、
まぎれもなく、彼女であったということ。
春の夜の桜が、俺にみせてくれた幻想だとしても、
彼女のことを想う俺の心に変わりはない。


そして、俺のことを想っている****の心にも。


俺の中に灯された、
この恋心はいつまでも燻るばかりだ。
傍にいて、彼女を見つめ、彼女を愛すること。
それが俺の望みだ。


















「---------真壁さん、夜桜が庭で見れるって本当に素敵ね」



ある月が綺麗な春の夜。



俺は執事の仕事を終えて、
ショールを羽織らせた彼女を連れて、
そっと手をひき、庭に出た。



春の生暖かい匂いがするなか、
まだ少し肌寒い風が感じられる。
夜空には星と、月が煌々と輝く。
月の光の青白い光に照らされた小道。
その中をひっそりと2人で歩く。
繋いでいる手から伝わるぬくもり。
彼女の気配。


一足先に夜桜を2人で観たかったから。


屋敷での恒例の夜のお花見の前に、
彼女と2人で、あの「約束」を
果たしたかった。
彼女が覚えてないにしろ、
俺にとっては大事な「約束」だった。




目の前に、美しい枝垂桜が立っている。
その幹の太さ、枝の上品な振り具合、
花びらの先からこぼれるような光。


大きなライトをつけると
家人に見られるかもしれない。


いちお、屋敷では、「彼女と俺」は
「お嬢様とその執事」なのだから。
こんな夜更けに2人で桜を見ているなんて、
誰にも言えないことだ、まだ・・・。





俺は遠慮がちに1つだけ、
桜の根元のライトをつけた。
小さな灯りだけでいい。
俺と彼女が桜の元にいるときだけ。


根元のライトと月光の光だけで照らされた枝垂桜。
薄紅色の花びらが、薄青色で白い光を放つ。



「本当に・・・・綺麗だね」



ため息をつくように、じっと桜に見惚れる君。

その横顔を見ながら、俺は想った。
1年前のあの日の出来事は、
多分・・・・俺だけが見た白昼夢だ。



そして、目の前に広がる桜吹雪と、
大きくしなる桜の枝で満開の花を眺める。
ほんのりと淡紅色の光が灯っているかのようだ。


ずっと桜に見惚れて
言葉が出なくなっていた彼女が、
そのとき、不意に語り始めた。




「あたし、夢を観たんだ」




「え?」



「こうやって、真壁さんと夜桜の中にいる夢」



「・・・・・」


その続きがどういうことなのか、
俺は思わず息を凝らして、続きを待った。



ゆっくりと彼女が語りだす。
桜を眺めたまま、彼女の口から
吐き出された言葉が、春風に乗って俺の耳の届く。



「真壁さんがいて、あたしに約束してくれたの」



「・・・・約束?」



もしかして・・・
これは・・・あの1年前の話なんだろうか?
俺の胸は急に高鳴ってきた。




「うん。来年は一緒に桜を見ようって」



「・・・それはいつ観た夢なんだ?」



「今日の朝。なんで来年なんだろう?って想ってた」



「・・・・・・・・・」


「そしたら、さっき、いきなり夜桜観にいこうって誘うでしょ?びっくりしちゃった」



そう言って、俺のほうをみて、
ふふっと笑う。



「この桜を見て、今日の夢が正夢なのかな?って想った」


首に両手をかけて、
下から抱きつくように
俺の顔をじっと見上げてくる。


「あたし、夢の中ですごく濃いピンク色のリボンをしていた」

「真壁さんがあたしの恋人になったときに、記念にって、最初にプレゼントしたくれたリボン」




これだよ?と、身体を俺から離し、
後ろの髪の毛を束ねた
朱鷺色のリボンを見せてにっこり笑う。
そして、リボンをしゅるりとはずして、
髪の毛を下ろした。
ふんわりと降りた髪の毛から、
彼女のシャンプーの匂いがする。


その動作が・・・とても色っぽくて、
俺は心臓がどきっと高鳴るのがわかった。






―――約束を覚えてなかった彼女に、
俺は恋人になった暁にプレゼントした。

一番初めのプレゼントは、朱鷺色のリボンにしようと
専属につく前から決めていた。
あの時見た朱鷺色のリボンに似たリボンを探してプレゼントした。



覚えてなくてもいい。

ただ俺は、あの時の彼女を忘れたくなくて。
約束の「しるし」だったから。
そのリボンは・・・・、
俺といるときに彼女が好んで身につける。

その姿を見るたびに、俺は1年前の春の夜を思い出す。



「真壁さんが、風に吹かれたリボンを取ってくれて」




2人っきりになれて嬉しかった。




呟きのように、声が風で流れていく。
リボンをくるくる丸めながら、
彼女が俺のポケットにリボンを収める。



俺には、すぐわかった。
彼女が語ったことが。




心が震えてきた。





やっぱり彼女が俺に会いに来ていたのか。
あのときの約束が俺だけの夢ではなかったことが。





運命の恋―――。





そんなことをあまり考えない俺にも、
この偶然のような必然性のある出会いと
そして、彼女の言葉を聴いて・・・・
そうとしか思えなかった。



とても切なくなって、
胸をつく想いがこみ上げてくる。





「来年もまた、一緒に桜をみようね」



そういって、彼女はまた
目の前の枝垂桜に見惚れる。
にっこり笑う彼女の無邪気な横顔を見ていると、
俺は、無性に愛しくなって彼女を後ろから抱きしめた。



「お前のことを誰よりも愛してる」

「約束だ。来年もまた一緒に桜をみよう」




俺は彼女の髪の毛に自分の顔をうずめる。
彼女の匂いを嗅ぐ。
そして、彼女の気配を存分に味わう。
その温もりも、身体の震えも。
ぎゅっと強く抱きしめる。




あの時―――



彼女が語った言葉を思い出す。





はじまらなければ、終わりはない。
だから、はじめないのだ、と彼女は言った。




俺たちの出会いは始まってしまった。






でも、その終わりはない。

いや、終わらせない。


終わらせないために、
いいや、「出逢う」ために
俺たちは出逢ったんだ。


俺は一生お前を離さない。
どこへ行こうとも。


何度、春の夜が巡ってこようとも。



俺たちの出会いに終わりはない。




「来年だけじゃなくて、これからずーっとだよ」


可愛く呟く彼女の一言一言が、
俺の胸を打つ。



「ああ、そうだ。これからもずっと一緒にいよう」




捕まえた。ようやく。



彼女に出会えた。
1年かかった、ここまで。





夜桜が舞う中、
後ろから彼女を抱きしめ
愛の言葉を囁く夜。


月の光は2人を照らし
桜の花びらがはらはらと散るさまを
ぼんやりと眺めながら、
背中から抱きしめた彼女の鼓動に耳を澄ます。


湿った土の匂いと、ほのかに香る水仙の香り。
夜桜の、薄い紅色の風が俺と彼女を包む。


こんなに美しい光景があるのならば、
これは夢でしかないはず。
夢でしかみれないのなら、
もう、目が覚めてしまわなければいい。



夢の彼女が、俺に逢いに来てくれて。
俺の背中を押してくれた。



胸にこみ上げてくる想いがある。


1年前の桜吹雪のあの夜。


彼女に出逢ったこと、
巡り会ったことが、
全て、2人の「始まり」だった。




そして、これは「終わりがない」物語。




「俺に逢いに来てくれて、ありがとう」




そう、彼女にまた呟いた。


なにもかも説明する必要はない。
ただ、俺だけわかっていればいい。
何度、言葉を重ねても伝わらない。
この心からあふれる嬉しさは。
そして、幸せは。


俺は、少しだけ腕を緩めて、
彼女の顔を見る。
うっとりした表情の彼女。


どんなに愛しい気持ちで、
今、俺が君を抱いているのか
伝わってるだろうか。



月光に照らされ、後ろには大きな枝垂桜。
桜吹雪で、花びらがいくつか髪の毛につく彼女。

春風が舞い散る中、少し肌寒いけど、
抱き合っている肌で温かい。





「愛してる」



その言葉だけしか出てこない。
どれだけ言っても足りない。

たとえ、一生かかっても、
俺がどれだけ愛しているかは
彼女に伝えられないだろう。


でも、大丈夫。
俺たちには、これから先の時間が、
ずっとずっと終わることなく続いてる。
たゆみなく流れるときの中で、
俺はお前だけを見つめているよ。




「愛してる」



これからもずっと傍にいるという気持ちと
一生愛しぬくという誓いをこめて。

そうっと目を閉じた彼女の唇に
俺は深く口づけた。




―――夜の闇にまぎれて、
俺は彼女を自分の影で包み込む。
2つのシルエットが1つになるように。

どこにも、もう行かせないように。


1つになったシルエットを、
桜吹雪が、夜の風に乗って包む。

人目を忍ぶ恋をしている2人を
桜の花びらが隠してくれる。





そんな2人を
月の光だけが照らしていた。


<br><br><br>








桜舞い散る、ある春の夜。












<br><br><br>

******* 桜舞い散る春の夜に FIN.*******



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